生活 ◆v4WvnwAJkk氏のネタ-01

では投下させてもらいます。





 やって来たのは、虚無だった。

「シン……彼が――」

 かつて上司だった男が口にした名前に、シンは我が目を疑った。

「――……!」

 信じられない思いでいるシンの口から、思わずその名前がついて出た。
 幾度となく戦い、倒すことばかりを考えていた宿敵。
 それほどまでに憎んだ敵が、今目の前にいる。

だが――

――なんだよ、こいつ……

 その姿を見たとき、シンはあまりの事に頭が真っ白になった。
 足元が崩れそうな錯覚から膝を着いてしまいそうになり、シンは必死に耐える。
 戦っている敵がどんな人間なのか、考えたことなどなかった。自分と同じ血の通った人間
だと、あまりに当たり前過ぎて考えた事もなかったのだ。
 だがそんな当たり前の考えに反して、今シンの目の前にいる青年は全くの別物だった。

――ボロボロじゃないか。

 何も言えないでいるシンに、『彼』は声をかけてきた。

「……ダメかな?」

 困ったような、哀しげな色の漂う声で聞いてくる――ただ漂うだけの声で。

 シンは縋るように手を差し出すと、『彼』は当然のようにしっかりと手を握ってきた。
 そしてその顔に安堵の笑みがのぼり、それを見ながら思う。
 殺さなくてよかった――と。
 憎しみは何も生み出さない。復讐は何も生み出さない。その通りだと、シンは理解して
しまった。
 復讐は自分にしろ相手にしろ、悔いる事ができる“人間”に行わなければ意味がないの
だから。
 こんなにも空っぽな、壊れ切ってしまった人形に復讐したところで、返るものなどあるはず
もない。
 これが、親友の語った人類の理想のカタチ。人間から理想に“成り下がってしまった”、夢の
成れの果て。
 自分は危うく無意味な死を背負う所だった。
 かつての上司も何かを言っているが頭に入らない。
 何も考えられなかった。いや、考えたくなんかなかった。

「いっしょに……戦おう」
「……はい!」

 涙が零れてきた。なんだか笑いたくなる。
 嬉しそうに微笑を浮かべている周囲の人たち。
 例え敵同士であっても、こうして分かり合うことができるのだと、未来を信じられる人
たち。
 なぜ、『彼』がこんなになっても誰も気付いてやれないのだろう。

――ステラ、レイ、議長……終わったよ、全部…

 世界はこんなにも優しかったのか。


 それがこの日、シンが見つけた明日(終わり)だった。



エピローグ・終わらない終わり

 あの出会いからしばらくして、世界はようやくの平穏を迎えた。
 無論、完全に平和になったと言えるわけではない。宇宙には現在の体制に反感を抱き軍人から海賊に身を落とした者が多くいるし、かつての暴動で大打撃を受けた経済もまだ回復しきってはいない。
 だがそれでも、終戦直後の状態に比べれば大分マシにはなった。
 海賊の被害もほとんどなくなり、物資も行き届くようになり餓死者や失業者による犯罪件数がかなり減った。
 少なくとも、これで自分が戦う必要はほぼなくなった。
 世界は平和になったのだ。

(ただ、俺が望んでいた形とは大分違ったけど……)

 かつて自分が家族と暮らし、家族を失った国。こうしてまたここへやって来るのはこの
慰霊碑の前で『彼ら』と出会って以来だ。
 シンは以前のように慰霊碑に花束を供えると、力無く苦笑した。
 今のシンの服装はその時と同じ格好だった。それはまったく偶然だったが、こうして
ここへ来てみるとあまりの皮肉に可笑しくなってくる。
 同じ格好でやってきたシンと違い、周囲には誰もいない。今回シンは一人でここへやって
きていた。
 現議長の就任式以来、『彼ら』と会っていない。
 元々シンと『彼ら』にそれほど繋がりがあった訳でもないのだから当然だが、戦後の
復興と治安回復の為にすぐに忙しくなった事もあり会う機会は一度もなかった。
 自分の元上司だった彼も今ではこの国の重鎮だ。何度か話がしたいと連絡があるには
あったが、シンも出撃命令が多くあり、結局時間が合わず会う事はなかった。
 もっとも、それはシンが自分から積極的に戦場に出ていた為、意図的な面もあるのだが。
 だから特に『彼ら』と会わなかった事は別段気にしてはいない。
 ただ、彼女との別れは気がかりではあった。
 訓練生時代からの友人で、一時は恋人だった彼女。
 その彼女はもう、シンの隣にはいない。
 数日前、シンは彼女に別れを告げた。
 ずっと戦い続きで会える時間はほとんどなかった。そしてようやくお互い時間ができて
会えたその日に、二人は別れた。
 やっぱり。そう呟いてどこか諦めたような彼女の顔は、小さな針となってシンの心を突いた。
 一方的に守ると約束したのに、約束を果たせなかった、負い目。
 彼女にはどれだけ謝っても謝り足りない。
 脱走した元上司と共に彼女の妹を殺そうとした。それは任務でありシンの意思では
なく、彼女も責める事はなかった。結果的にも殺す事にはならなかったのだが、それでも
やはり結果論にしか過ぎない。
 その妹とも、やはり会っていない。会わせる顔がなかった。自分を恨んでいないと
言われても、はいそうですかと殺そうとした相手に頭を下げて終わりにできるほど、
シンは器用ではない。
 そういえばあの時からだったか。例えどんなに自分の手が血で汚れても、たくさんの
人間に憎まれても、その先に平和があるのならそのために力を振るおうと決心したのは。
 そしてたくさんの敵を撃ち、たくさんの犠牲を強いて、そしてその全てを無駄にした。
 結局、自分がやってきた事は――

「―――っ…は…ッ!」

――しまった

 頭の隅にある冷静な部分が警告したが後の祭り。
 シンは突然息が吸えなくなり、その場で膝を突いてしまう。
(落ち着け……ゆっくり息を吸え……ッ)

 頭で自分に言い聞かせるが、身体は必死に空気を求めて息を吸おうとする。

「はっ…、あ…ッがぁ……!」

 戦後、突然シンに襲い掛かるようになった発作。 テロリストとの戦いで自ら進んで
出撃していたのは、何も『彼ら』を避けていたからという理由だけではない。
 シンは戦闘の無い平時になると、こうして呼吸困難となる発作が起こるようになった
からだ。
 まるで地上にも関わらず水中で溺れているように空気を求めて藻掻き、仰向けに
なる。
 苦悶に涙を滲ませる赤い瞳とは逆に、晴れ晴れとした青い空が映る。
 そしてフラッシュバック。津波の様な記憶がシンの頭に押し寄せてきた。

 青い、機械仕掛けの天使が大地を吹き飛ばす。肉塊と化した家族だったモノ。右腕。
そうだ。俺は今、この手に首を絞められている。首だけじゃない。たくさんの腕が地面
から俺にまとわりいてくる。四肢を地面に縛り付ける、手手手手手。これは誰の手だろ? 
ああ、俺が欲しかったものだ。“平和の手”だ。真っ白でとてもきれいな手だ。返り血塗れな
僕とは大違い。だからとても暖かい。暖か過ぎて頭がボーッとしてくる。いやだな。暖かい
のはいやだ。もっと寒い所がいい。あの時の寒さはこんなもんじゃなかった。だから暖かい
所にはいたくない。だって――

――俺は、“平和”の中で生きられないから

 ああ、苦しいな。俺、ここで死ぬのかな。死んだらきっと地獄行きだろうな。だってたくさん
の人を殺したんだから。みんなの所にはきっと行けないよな。そうだ、それだけじゃない。
ステラ。俺が君を連合に返さなければ、君はあんなにたくさんの人達を殺させられるなんて
事にはならなかったんだ。ごめん、ごめんなさい……俺が地獄に行くから、俺がステラと
レイの罪を代わりに償うから、だからどうか、あの二人だけは優しい所に……。


「……けほッ」

 最初、シンは今の音が自分の咳だとは分からなかった。
 呼吸はとうに落ち着いていたらしい。気付けばシンは涙を流し続けたまま倒れていた。
 起き上がり妹の携帯を開いてみる。先ほどまで何時間も藻掻いていたように思って
いたが、実際の時間は十分も経っていなかったようだ。
 シンは涙を拭うとふらついた足取りで立ち上がる。 自分がさっき何を考えていたのか、
シンはよく覚えていない。ただ自分がパニックに陥っていた事は覚えている。そしてあの
“発作”が起こる頻度は明らかに増えていた。

(軍医は、なんて言ってたっけ……?)

 自分がPTSDに陥っている自覚はあった。何度かカウンセリングも受けたが、効果は
まだ出ていない。別に改善など望んではいなかったが。

「どうでもいいか……」

 呟き、慰霊碑に目をやる。そこには先ほど供えたばかりの花束がある。
 そういえば、以前も自分が彼女と供えた花はどこへ行ったのだろう。いや、それよりも
あれから誰かここへ来たのだろうか。

「……はは」

 思わず苦笑いがこぼれた。
 どうやら誰も来てはいなかったようだ。さっきは気が付かなかったが、枯れた花が周囲
に散らばっていた。
 吹き飛ばされた花の後にまた花を植えて、吹き飛ばされた花を人はどうするのか。きっと
忘れていくんだろう。
 そして同じように過去を忘れられない自分も明日に取り残され、人から忘れ去られるの
だろう。そう考えると、シンは自分の足元に倒れるように枯れてしまった花が今の自分の姿
と重なったような気がした。
 シンは枯れてしまった花を拾うと慰霊碑を後にした。


 いつからだっただろうか。自分と世界の間に違和感――“ズレ”を感じるようになった
のは。
 あの最後の戦いで本拠の要塞が墜ちるのを見た時か。それともあの娘が自分の腕の
中で冷たくなっていくのを感じた時だっただろうか。
 考えてみても思い当たるものはない。ただ気が付けば“ズレ”は日に日に広がっていき、
気が付けば自分に走っていた亀裂は致命的なまでに大きくなっていた。

(でも、それも今日で終わりだ……)

 シンは黙々と坂を進んでいく。
 分かっている。これはただの逃げだと。生きるという戦いを放棄しただけの事だ。
 だが、ならばこれから何を糧に戦えばいいのか。戦争は終わった。だけど大切な人達は
もういない。
 これからやってくる平和の中に、シンが戦ってまで生きる理由が見つからなかった。いや、
生きる方法が分からなかった。
 なんて茶番だろう。平和を求めて戦っていたはずが、気が付けば平和の中で息もできなく
なっていた。
 これが、平和のために人を撃った報いだとでも言うのか。

(俺がこうなる事を、アンタは知っていたのか?)

 思い出すのはかつての上司の顔。脱走する時から、自分に何かを伝えようと叫んで
いた男。
 せめてアイツの言う通りにしていれば、もっと違う結末になっていたのだろうか。

(……いや)

 今更そんな事を考えても仕方がない事だ。それに、やはり自分には彼の言うことに納得は
できなかったと思う。

(もういい……もう、疲れた……)

 坂道を上がりきると、視界いっぱいに海が広がる高台に辿り着く。
 穏やかな海とは対象的に、高台の遥か下では波飛沫が強く崖にぶつかり飛び散っている。

(終わらせよう……)

 終わらない明日は、何よりつらいから。

 父さん。母さん。ごめんなさい。俺は親不孝者だ。でも俺、頑張ったんだ。もう、俺達みたいに
差別されたり、戦争で犠牲になる人は出ないから。
 マユ。俺はお兄ちゃんなのに、守ってあげられなくてごめんな。
 議長。俺に期待してくれた貴方に恩を返す事はできませんでした。ごめんなさい。
 レイ。せめてお前の分も明日を生きようって決めたけど、ダメだったよ。ごめん…。
 ルナ。君にはどれだけ誤っても足りない。だけど、ごめん、ごめんな…。
 ステラ。君を守るって約束したのに、守ってあげられなくてごめん。だけど君は最後に
俺を救ってくれた。ありがとう。


――みんな。ごめんなさい……


 シン・アスカ。
 戦時中は若くして軍のエースとして活躍。終戦後も治安回復と維持のため軍務に従事し、
その後は軍を退役。
 以降、シン・アスカの行方を知るものは誰もいない。

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最終更新:2010年02月28日 07:36
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