「な、ななな……」
「お久しぶりです、議長」
「あぁ、そう固くなる必要はないよレイ。今日は休日だろう? もっと楽にしてくれていい」
「はっ」
そう返事をしつつも態度を崩さないレイにデュランダルは「やれやれ」と声を漏らす。
一方、身構えていたはずのシンはそれでもこの状況が飲み込めなかったのか「な」以外の言葉が出せずにいた。
「さて、はじめまして……でいいのかな? シン・アスカ君」
「えっ? あ、はい!」
ソファーから跳ねるように立ち上がりレイにならって敬礼する。
反射的に答えてしまったとはいえ、こちらの世界のシン・アスカがこうして面と向かって議長と会うのはこれ
が初めてのはずだ。もっとも元々いた世界で何度か顔を合わせたことがあってもガチガチになってしまっている
のだが。
「申し訳ありません、多忙であることを承知の上で無理を言ってしまって……」
「いや、ちょうど良かったよ。遅れてしまったが今日はまだ少し余裕があるからね」
レイと議長の話を聞きつつ、シンは扉の前に立つ二人の男たちを見やる。
黒服にサングラスという実に分かりやすい服装の護衛。まるで門番のように唯一の出入り口の両脇に直立している。
まるで、ここから出て行くことを阻むかのように……
「それに、聞く限り彼の話は複雑なものになりそうだ。時間がある今のうちに済ませた方がいいだろう?」
その言葉が自分に向けられたものだとワンテンポ遅れて気付き、どう答えればよいのか分からず言葉を詰まらせる。
このままではマズイ、こんな調子でこれから話すことを信じてもらえるのだろうか?
そんな焦りがさらにシンの口を重くさせていた。
「それじゃあレイ、しばらく外で待っていてくれ」
「はっ」
え? とシンが声を上げる間もなくレイは部屋から出て行ってしまった。二人の護衛もその後に続く。
あれよあれよという間に議長と二人だけ残される。
改めて考えれば当然の対応なのだが、いざこうして孤立してしまうと平静を保つことは難しい。
――落ち着け……とにかくこっちの情報を信じてもらえるようにするしかないんだ。
ごく近いものとはいえ未来の話。ザクやインパルスを始めとした次世代のMSは今まさに開発が続けられてい
るはずである。シンの記憶が確かであるなら、この時期には何の情報も公開されていなかった。
そうした軍事機密をただの訓練生である自分が知っているなら、いくら慎重な議長でも無視することはできな
い。すべてを信じるまでは行かずとも話を聞く気になりさえすればいいのだ。
「さて、立ったままでは話にくいだろう。とりあえず座ろうか」
「は、はい!」
慌てて議長の言葉に従いテーブルを挟んだ対面の椅子に座る。
かなり大きめなテーブルなのでやや話しづらい距離だった。ただでさえ予想外の相手の登場で少なからず気
後れしているというのに、この距離感ではさらに話を切り出しにくい。
「……だいたいの話はレイから聞いている」
「え?」
「もちろん、にわかには信じがたいものではあったがね」
そんな心境を察したのか、議長からそんな言葉が放たれた。
情けない話だがそれに早くも救われた気持ちになっていた。
信じる信じないは別にしても、自分が未来から来たという荒唐無稽な話を先に聞いているのだ。あとはそれを
どう信じてもらうか、最低でも一考の価値はあると受け取ってもらえればいい。
もっともそれが難しいというのは重々承知してはいるが。
「そ、それなら話は早いです。そのこと、じゃないその件についてですが……」
「その前に、」
覚悟を決めて口を開いた矢先に鋭い声に割り込まれた。
そして、
――ゴトン。
自然な動きで懐から取り出され、テーブルの上に置かれたものを見て息が止まった。
見慣れたものではある。だがこのような場所で、このような人物が持っていたことに驚いた。
そして、その意味を考えて自分の血の気が引く音が聞こえた気がした。
「私の今の考えを先に伝えておこう。君の話は到底信じることはできない。だが、君が知っているという情報に
は興味がある。現在開発中の次世代MSの情報……決して漏れてはならないものをどうして君のような訓練生が
知ることができたのか? ということにだ」
つまり、と一拍置いて議長はテーブルに置いたもの――黒光りする拳銃に目を向けて続きを告げる。
「君がスパイか、あるいはそういった人物と繋がっているのではないか? と、そう考えている」
「なっ……!?」
「君がどんな意図でレイにあんな話をしたのか、それは分からないが現実的に考えれば真っ先にそう疑うしかない。そうだろう?」
そこでようやく理解した。
この拳銃は保険であり、脅し。
仮に身体能力でシンが勝っていたとしても、議長を抑えるより拳銃を向けられる方が早い。そしてもし議長の
追求に沈黙の姿勢を貫き続けるとしたら、抵抗しなくても銃口はやがてシンに向けられるだろう。
唯一の入り口であるドアの向こうには二人の護衛とレイ、どう考えても逃げられるはずがない。
――い、いや待て……冷静になってもう一度考えるんだ。
議長がそんな自分の手を汚しかねない手段を使うだろうか?
それに自身の身が絶対の安全を保障されているわけでもない。
機密が関わっているから? 否、そうだとしても議長が一人で来る理由はない。
本当にスパイと疑うなら、拘束して尋問すればいい話だ。
――試されている……?
何を? ザクやインパルス等の話ではないはずだ。
おそらくはもっと別の、議長が自ら確かめに来るほどの理由があるはずだ。
……だがそれが分からない。
――どの道、スパイじゃないってことを証明しないとダメか。
カラカラになった喉に唾を送り込む。だが出すべき言葉が見つからない。下手をすれば撃たれかねない状況に
変わりはない以上、迂闊なことを言うわけにもいかない。
「どうしたのかね? 君がやるべきことは限られているはずだ。疑惑を認めるか、それを払拭できるならそれ
を証明すればいい」
優しい口調ではあるが、それがさらにプレッシャーをかけてくる。
そもそも、この場で言えることなどたかが知れている。仮に未来の話をしたとしてもすぐに確認できるはずも
ない。新型機の強奪など今から1年も先の話だ。その間目立った事件も起きた覚えもない。
そんな話を議長にしたところで何の意味も……
――あっ……!?
そのとき、シンの脳裏で閃くものがあった。
強奪事件やユニウスセブンの落下よりもさらに未来の話。
だがこの場、この人物に語るのならばおそらくはもっとも効果があるのはこれしかない。
「議長……」
「何かな?」
膝の上に乗せた手をぎゅっと握る。
これから聞くことで、自分がどうなるか想像はできない。最悪この場で撃ち殺されてもおかしくはない。
それでも口を開くのは、もうそれしか方法がないこと。
「議長は、今どこまで進めているんですか?」
「ん?」
そして、それほどの覚悟を決めなければみんなの元へ帰ることなどできないだろうと、そんな奇妙な確信が
あったからだった。
「……『デスティニープラン』を」
「――――」
議長は、表情を崩さない。
わずかに眉が揺れたような気がしたが錯覚だったのかもしれない。
先ほどとは違う類の沈黙に一層緊張感が高まっていく。意識すまいとしてもテーブルの上に置かれた拳銃が
気になって仕方がない。
「……これは、参ったな」
すっと、議長の手が拳銃へと伸びた。
一気に冷たい汗が噴き出してくる。ゆっくりと持ち上げられた黒光りする物体の動きに目が離せない。
やがて視線の高さまで達し、動悸がかつてないほど激しくなったところで、
「もう少し、手間取るものかと思っていたのだが」
銃は、議長の懐へと戻された。
それを確認して1秒ほど間を空け、シンは熱を帯びた息をほっと吐き出した。
確信がないわけではなかった。プラント・地球全体に向けての計画であるなら、形にはなっていなくともすで
にある程度は進められているだろうということ。そして、あの計画自体が議長がコーディネイター・ナチュラル
全体の信頼を得られなければおそらくは誰も信じようとしないであろうということ。
そして、おぼろげながら議長が自分に何を求めていたのかということを察していたからだった。
即ち、「未来から来たということを証明してみせろ」ということを。
「それじゃあ、信じてもらえたっていうことですか?」
「まぁ落ち着きたまえ。まずは話を聞いてからだ。君が飛ばされたという世界の話を」
こうして、ようやくシンは一歩進めることができた。
それからどれほど時間が経っただろうか。
数ヶ月前――この世界からでなら1年ほど先の話ではあるが――、突然別の世界へと飛ばされてしまったこと。
そしてその世界で765プロダクションの高木社長に拾われ、そこで仕事をすることになったこと。
細かい話は省いたのだが、意外にもかなりのことを話すことになってしまった。
「……なるほど、大体の話は分かった」
その間、議長は口を挟むことなく話を聞き終わるとそう呟いたのだった。
「君は、並行世界というものを知っているかね?」
「? えっと……聞いたことがあるような、ないような」
「つまり、我々がいるこの世界と似てはいるがまるで別の世界が存在するという話だよ。宇宙や地球というもの
は存在していても、そこに在るものや住む人間がすべて同じとは限らない世界、と言うべきかな」
「はぁ……」
分かったような、分からないような、そんな感覚がそのまま出てきたような曖昧な相槌が漏れる。
ただ漠然と「違う世界」であるとは感じていたのだが。
「君が飛ばされたのは、その数多ある世界のひとつなのだろうね」
「どうしてそんな……」
「それは私にも分からない。奇妙な形ではあるがこうして君が戻ってきたことを考えると、そういう特性を持っ
ているという可能性もある」
傍迷惑なものを持ってしまったということか、と考えて頭が痛くなってきた。
「だが、話を聞く限り今回は君の精神がこの世界の君の身体に移ってしまったということになる。この違いは
気になるね……そういえば、携帯電話を持ってきていると聞いているが」
「あ、はい。これです」
ポケットから取り出した携帯電話をテーブルの上に置き、議長の方へと押し出す。
「ふむ、これか……む? 時計が止まっているね」
「多分こっちへ来た時に壊れたんだと思うんですけど」
「日付は6日後か。この日は君がこちらへ来た日ということかな?」
「はい」
そう、この日はライブに向けていろんなところで打ち合わせを済ませ、あとは事務所へ帰るだけだった。
そんなとき、突然鉄骨が降ってきて……
「あ、そうだ。議長、聞きたいことがあるんですが」
「聞きたいこと?」
「はい。あの、テレビで千早……765プロのアイドルがプラントに来るってCMが流れてたんですけど」
「あぁ、そのことか」
「いろいろ聞きたいことはあるんですけど、なんで地球のアイドルがプラントでライブをすることになったんです?」
ふむ、と納得したように頷き、議長は静かに語り始めた。
「君も知っているだろうが、1年前の大戦で我々は深く傷ついた。プラントはもちろん、そこに住む人々も。
目で見える範囲ですら悲惨な有様だ。精神的な影響ともなれば、正直どれほどのものになるか想像もできない」
『血のバレンタイン』以来、再び放たれた核に対する恐怖。それが特に大きいと議長は語った。
「評議会も手は尽くしているのだが、そういったメンタルな面となるとどうしようもない。そこで私たちはある
人物の手を借りたいと考えた」
「ある人物?」
「ラクス・クラインだよ。プラントを核の脅威から救った彼女を市民は英雄視している。元々求心力のあった
彼女はあの大戦を経てさらに支持されるようになったよ。私などよりも遥かにね」
だが、大戦後ラクス・クラインはその姿を消した。彼女と行動を共にしていたアークエンジェルやエターナル
のクルーと共に。
「今なお希望を見失い、惑う彼らを救うためにも彼女の存在は必要だ。だからこそ、あらゆる手を使って彼女の
行方を探した。だが……」
見つかることはなかった。シンの知る限り、彼女が公の場に姿をさらしたのはあの「二人のラクス」のときで
ある。その間ずっとどこかに姿を隠していたということになる。
「そこで私は考えた。これをチャンスに変えてみないか、と」
「チャンス、ですか?」
「あぁ。我々コーディネイターとナチュラル……今でこそ深い溝のある両者だが、互いに歩み寄る余地がない
わけではない。地球の民俗、文化、そういったものを愛する者もこのプラントには少なくない」
「文化……」
「とりわけ、歌に関しては特に顕著だ。これもラクス・クラインの影響が大きいこともあるがね」
ようやく話が見えてきた。
コーディネイターとナチュラル、共通して存在する文化、そして歌。
「そこで765プロ、ですか」
「そういうことだ。それに、ラクス・クラインほどとまでは言わないが、君たちのような若者の間では彼女たち
が人気だということも調査で分かった」
そういえば、とヨウランやヴィーノも千早の名前を知っていたことを思い出す。
10代の少年少女ともなれば、コーディネイターとナチュラルの確執というのもあまり実感がないのかもしれ
ない。
「来るのは千早だけなんですか?」
「いや、むこうの希望もあって四人ということになった。如月千早、天海春香、星井美希、そして今回の話に
協力的なプロデューサーだ」
意外、といえば意外なメンツだった。もっともこちらでの彼女たちの活躍をシンはよく知らないのだが。
「おぉ、そうだ」
いいことを思いついた、というように議長が声をあげる。
それを聞いて、シンにある予感が電流のように走った。
そして知っていた。こんなときの勘ほど、嫌になるほどよく当たるということを。
「……なぜそんなに不機嫌な顔をしている」
「レイ、お前最初から知ってただろ?」
「当然だ」
しれっと答える級友の頭をはたき倒したくなる衝動をグッと抑えながら、シンは疲れ果てた息を吐く。
アプリリウスから戻ってはきたのだが、そのまま宿舎へ帰るというのも味気ないということでブラブラと街を
当て所なく歩き回っていた。
「まったく、結局ほとんど何も得るものはなかったのにやることだけは増えたとか……」
「だが無意味というわけではあるまい。今のところお前とお前が来た世界を繋ぐのは彼女たちだけだ」
「そりゃそうかもしれないけど」
千早たちのライブは5日後、そして彼女たちがこのプラントを訪れるのが3日後。
この二日間、現地の人間として世話をするようにと議長直々の命が下されたのだった。
表向きは765プロのアイドルたちと年が近いこと、元オーブの人間ということもあり先方も安心するだろうと
いうこと、若干素行に問題はあるものの――『今』のシンにとっては耳の痛い話だったが――アカデミーでも
上位に入る実績もあるので護衛としても申し分ないということが選抜の理由だった。
もちろん裏の理由は別世界の彼女たちのことを知っていたからである。
「たかが二日、面倒を見るだけだろう。何をそこまで気負う必要がある」
「お前は知らないだろうけどなあ! 俺は今度来る内の一人に何度か斬殺されそうになったんだぞ!?」
「……日本の少女はそこまで身体能力が高いのか。一度この目で見ておく必要があるかもしれんな」
逆に興味が沸いたように思案し始めたレイを見てさらに疲労が溜まっていく。おかしい、自分の知るレイは
こんな奴だったか? と過去を振り返らざるを得ない。
「あぁ、そういえばレイ。議長が俺の携帯電話を調べたいって言ってたんだけど」
「今のところ、あれが唯一お前が持ってきたものだからな」
「分解まではしないって言ってたけど、正直ちょっと不安が……っ!?」
「? どうした?」
不意に奇妙な感覚に襲われ立ち止まる。
周りの風景、何の変哲もない街並みだというのに、どこか違和感があった。
――違和感。
「お、おい……ウソだろ?」
「なんだ? 何があった?」
ゆっくりと辺りを見渡す。
……開発の進んでいる都市区の一角。近くのビルもそうだがちらほらと工事が進んでいるところもある。
そう、傍らに立つ巨大なビルも含めて。
頭の中でバラバラだったものが繋がっていき、形を作っていく。
6日後の日付で止まった携帯、似て非なる並行世界、そしてこの感覚……既視感。
真上を見上げる。そこには当然のように存在する巨大なクレーンと、それにぶら下げられた鉄骨。
「元の世界に戻りたければ、また……潰されろってこと、か?」
嫌な予感がそのまま口から漏れ出た。
そして困ったことに、とても困ったことに、
こんなときの勘ほどよく当たるのだ。
我ながら心底嫌になるほどに。
最終更新:2010年03月02日 19:54