1
「それで美鈴…その、言いたい事は山々あるんだけど」
咲夜が、余りある混乱を僅かばかりの冷静さで抑えてようやく発せた一言
視線の先、咲夜の、レミリアの眼差しは美鈴に・・・
美鈴の腕に抱かれて眠る赤子に集中していた
その幼子には小さな羽があった
幻想郷に羽の生えた者は少なくない、故に別段珍しくもない
だがその羽は蝙蝠のような羽、そして紅魔館の主である少女によく似た羽
咲夜と美鈴、少女達が恐る恐ると、一人の少女を思い浮かべるのは当然だった
そして、思い浮かばれているであろう少女にしてみれば、それは冗談にもならない事態だった
「あらレミィ、何時の間に子供を作ってたの?」
空気が止まった部屋に、魔法使いの一言が飛び込む
耳の良い者なら、空気が砕け散る音が聞こえたかもしれない
だがその音もかき消すくらいの
「じ、冗談じゃないわよ!! 何で私に子供がいるのよ!!!」
まるで時を止められたかのように硬直していたレミリアの
その小さな体から発せられた声は、爆音として幻想郷中に響いた
「うるさいわね…その子の特徴から見てあなたの血を引いてると思うほうが自然よ」
「だ、だったらあなたの使い魔だって似たような羽が付いてるじゃないの!!」
「私は自分の使い魔はちゃんと管理してるわ、勝手に子供を作るような真似はしないわよ」
「わっ、わ、私をそこら辺で子供を作るような犬だって言うの!?」
最早爆音の域に達したレミリアの声は
赤子をたたき起こすには十分で、そして恐慌させるにも十分だった
けれどその泣き声は、二人の少女には蚊帳の外、届く事は無い
「よしよし、泣き止んでくださいねー」
美鈴の温もりと優しさは、怒号の中でも赤子に安らぎを与える
やがて、落ち着きを取り戻した赤子は、笑顔を取り戻す
主達もこう落ち着いてくれたらいいのにと、美鈴が心の中で呟く
そんな彼女の願いを聞き入れてくれる神は
果たしていない
「お嬢様、どうかされました!?」
駆けつけてきた一人の少年、シン・アスカ
最近迷い込んできて、紅魔館に使用人として住みついた外来人
「…シン? 大丈夫よ仕事に戻ってちょう…だ…」
上司である咲夜が、彼に顔を向け指示を出そうとして
その顔を見て、また凍てついた
赤子にはもう二つの特徴がある
漆黒の黒い髪と、深紅の瞳
二つの符号が一致する人物
結び付けるにはいささか暴論かもしれない
だがそう思い至るのは仕方ないかもしれなかったが
「シィイイインン!!! お嬢様に何をしたー!!!!」
時の針を進めるのに、生きとし生ける者は、どうして血を必要とするのだろうか
2
小さく小さく、けれど存在を主張するその足音は
瀟洒な従者の歩みの音
窓から差し込む光は茜の色
それは、だが朝日ではなく夕日
もっとも、この館に住まう者、この館の主にとっては朝焼け
あと数刻もしない内に闇の帳が落ちて、悪魔達の時間となるのだろう
「…いくら吸血鬼だからって、もう少し早起きしないと健康に悪いわね」
そんな光景とは裏腹、考える事はいささか暢気なものだが
暢気に進めば、さて目指す主の部屋にとたどり着く
どうせ寝ているのだが、一応のノックは怠らない
仮に、万が一に、奇跡的な確率で、もしかして、起きていたら大変だから
「失礼します、お嬢様」
当然だが、万が一以下の奇跡はなどは起こらなかったが
「お嬢様、お目覚めの時間です」
返事が無い、元から寝起きの良いほうではないから当然だが
だから二言目は無く、荒療治、いつものように布団を剥ぎ取る
「お嬢様、おはようございま…す…ふは?」
素っ頓狂な従者の挨拶は、そこに寝ている永遠に幼き月に向けられたものだけれど
果たしてそこにいたのは、幼き吸血鬼レミリア・スカーレット・・・の面影を残す妙齢の
多分に自分と同い年ぐらいの少女がすやすやと、安らかな寝息を立てていた
・・・同時刻・・・
ぼやけた視界にまず入り込んだのは
薄汚れた天井と、ほんの少しだけ赤い、外の光
一瞬の思考が、全てを繋げる
「あぁ、仕事に行かないと」
天井は自分に与えられたこの館の物置、赤い光は夕焼けか朝焼け・・・多分前者だ
体にはやたらと違和感がある、昨日は何があったかな・・・思い出せない、まぁいいか
ぐずぐずしてたら咲夜さんに怒られる、早くしないと
気だるさを感じる割には、何故か軽い体を動かしてベッドから降りようとして
床に顔面から落ちた
寝ぼけすぎた、床との距離を間違えるだなんて
痛む顔をさする手から、また違和感を感じる
違和感の正体は、自分がシャツの袖で顔をさすっていたから
それは簡単に分かるけど、サイズが丁度のはずの服の袖で何故?
そういえば違和感は腕だけじゃない
そういえば何故かスースーする足元
そういえば何故か巨大化しているタンスやベッドにドア
そういえば鏡があったな、この部屋には・・・
そう思って鏡を覆い隠す布を剥ぎ取る
鏡に写ってるのはもちろん自分、当然だけど
違う所と言えば、随分縮んだ自分の体、小学生の頃の自分はこんな感じだったかな
頬をつねれば、伝わる痛み
夢じゃない事はは確かだった
「ははは・・・あはは・・・」
どうする事も出来ないから、ただ苦笑いしか出ない
一分もしない内に苦笑いも出せなくなったけど
悲鳴が二つ、悪魔の紅い館から重なりあうように響いた
3
「こんにちわ…あ、上白沢さんもこんにちわ」
「やぁシン、いらっしゃい今日は何をお求めかな?」
「アスカか、こんな所で会うとは珍しいな」
「こんな所とはご挨拶だね、君も」
「ははは、すまない霖之助」
香霖堂にて、珍しい顔合わせ・・・シン、慧音、霖之助
買い物はすぐに済んだから、雑談に花が咲く
「そういえば、ココでは牛乳って無いんですか?」
「ぎゅうにゅう・・・? あぁ、牛の乳の事か
残念だが、うちでは扱っていないね」
「と言うより、この国では牛の乳を飲む文化は殆ど無いようだ、文献にも残ってはいない」
それは残念だな、といった表情
「外の世界では、酪農も盛んらしいね」
「はい、オレのいた所でも、小さいですけど牧場もありました
乳搾りとかもやった事あります」
「だが流れ着いた資料によれば大分自動化が進んでいるそうだね
効率を上げるために牛を常時妊娠させたりしているそうだ」
「そうなんですか…でも何で妊娠させてるんですか?」
「妊娠中や出産直後は乳の量や出が良いらしい
一年の殆どを妊娠させておいて乳を搾り、残りの期間に体を休ませ
そして年が明けたらまた妊娠させて…と言った方法を取っているらしい」
「なるほど…牛も大変なんですね…
牛乳一つとっても知らない事ばかりだったんだな」
「知らない事は知らない、それは仕方の無いことだ
…それにしても牛乳か、僕も少し興味がわいて来たな
慧音、牛乳を取り扱うような人妖を知ら…慧音?」
「あれ、慧音さん顔が赤い…」
こ・・・こ、この破廉恥共があああぁぁぁ ! ! !
2010年春、香霖堂壊滅!
4
幻想郷
そこに住まうものには、人と妖の区別も無く
はてさてどうしてだろうか、寒さや雨に弱いという者が意外と多い
彼女もそう、そんな寒さに弱い者の一人
迂闊だったのかな
如月も終わり、弥生に入って暖かさが増した
昨日などは暑いとさえ感じるほどだった
だから調子に乗って、夜通し友人達と騒ぎ続けた
いつの間に寝ていたのだろう、目覚めは頬に落ちた一滴の雨
友人達は別れの挨拶もほどほどに散り散りに我が家へと
私も同じように文字通り飛んで逃げる
だが道半ばに至る前に、雨脚はやがて雷鳴を響かせる
飛び続けて怪我をするのも嫌だな
でも地上を進んでもずぶ濡れになる
どっちも嫌だな・・・
だから視界に飛び込んだあばら家に、迷うことなく駆け込んだ
見たところは何十年も人が住んでいない朽ち果てた家
雨宿りには十分だけれど、雨脚は雷鳴は衰える気配は無い
軒先で、雨雲を眺めながらそんな事を考えて・・・
- 暇だな
- どうしよう、全然止まない
- 少し冷えてきたなぁ・・・嫌だなぁ
- そういえば家の中はどうなってるんだろう
誰もいないように思えるあばら家の戸、だけどおっかなびっくりと開けてみて
「おじゃましまーす…」
「…誰だ」
「ひぇぇ!? ってあんたか」
そこにいたのは黒い髪に真っ赤な瞳の人間
外来人で、最近幻想郷にやって来た少年
見てくれはいいけど・・・何かつっけんどんな感じ
いつも一人で無愛想でだんまりしてて
でもたまに哀しそうな顔をしてる、そんな奴
それが少年、シン・アスカ
「ここあんたの家だったの?」
「…ねぐらだ」
本当に可愛くない反応
いつもの事だけど、もう少し愛想が良くないとこの幻想郷じゃ上手くやっていけないと思う
まぁ、愛想なんて関係無しに襲ってくる奴もいるけど
「そ、そう、じゃ雨宿りさせてもらうよ」
ちらっと視線を向けて、また虚空に臨む
反応すらない、可愛くなくても反応があった方がまだマシだ
それが癪に障るから、例えそれが否定でもお構い無し、傍にあったガラクタに腰をかける
雨音は変わらずに聞こえる
そういえば雷鳴が無くなった・・・気がする
ポタポタと、雨漏りの音、水のたまる音
トントンと、雨水が何かを叩く音
はくしょんと・・・これは私のくしゃみだ
そういえば随分肌寒いなぁ
昨日は暑くて、このまままっすぐ春になると思ってたのに・・・寒いのやだなぁ
「…はぁ…とぅわぁ!?」
いきなり目の前が真っ黒になる
慌てて手を振りもがいて、真っ黒な視界はあばら家へと戻る
一体何よ、もう! ・・・赤い服?
うーん、どこかで見たことあるような・・・あ!
「ちょっとあんた、一体何するのよ!」
所有者を思い出して、抗議の声と視線を投げかける
「妖怪なのに風邪引くなよ」
ムカッと来る一言
本当にムカッと来る奴、人間のくせに
人間の情けなんていらないわよ・・・バカ人間
でもそんなのはどうでもいい、そう言う態度で奥の間へと消える
「ちょっとどこ行くのよ!?」
「茶を沸かしてくる・・・飲むならやる」
でも、でも怒って頭に血が上っても寒さは消えない
私は寛大だから、こんな粗末な服で暖をとって、バカ人間の顔を立ててやろう
バカ人間の奉仕を受けてやる
包まれるように、羽織った服はシンの象徴みたいな赤い色だ
羽みたいに軽いけど、それでもすぐに温かさに包まれる
大きいなぁ・・・これが男の子の服なんだ
私も男の子に間違えられる事が多い、本当に嫌な話だけど
でもこれが本当の男の子の大きさ・・・
後ろから抱きしめられてるみたいで
人間の匂い、男の子の匂い・・・シンの匂い
寒さがどこかへ行っちゃったみたいな温もりと匂い
何だかドキドキする、心がポカポカする、心のずっと奥がジンジンする・・・
不思議、本当に不思議・・・心地良い
守られているみたいで、どこか安心する
不思議・・・
リグルです
最終更新:2010年03月31日 01:56