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東洋の宝玉-01

1

そして、其処からかつて一度だけ遭遇した大妖が現れた。

飢えた妖怪も戦う人間も、誰もが死に物狂いで足掻き続ける。そんな戦場に不釣り合いな程優雅に紫はスキマから這い出した。

「挨拶は……今更ね、ここで待っていた様だし。……ふぅ、貴方が此処までの力を付けるとは思わなかったわ」

紫はシンを真っ直ぐ見ると真剣な表情で語りかける。声にも抑えきれない様々な感情が籠っていた。かつて見逃した後悔か、幻想郷を乱された怒りか、自らの立場ゆえにここまで手を出せなかったもどかしさか、彼女自身も分かっていないのかもしれなかった。

紫を知る者なら誰もが驚くだろう。何処か余裕を無くした現在の彼女は幻想郷の管理人らしくなかった。辛うじて体裁は整えているものの、見る者が見ればすぐに異常を感じ取れる。それほどまでに変わっていた。

「そうか? こっちは全部アンタの手の上で踊らされていたんじゃないかってビクビクしてたんだけどな」

一方のシンは落ち着いていた。謂れに慣れた身体は適度に緩み、四肢には力が漲っている。使い慣れた得物が身体の延長のように感じられる。
幾多の幻想との戦いが、経験が、シンを強く鍛え上げていた。

「ふふ、私の手はそんなに広くは無いわ」
「どーだか。アンタ、胡散臭すぎるから」

お互い軽口を叩くが着実に戦いへ向けて身体の熱は高まっていく。

「ねぇ、ここはそんなに気に入らなかった? 貴方の世界よりもずっと居心地は良かったと思うのだけど」

シンの能力によって次第に荒れ果てていく景色を見ながら紫は問いかける。辺りは既に焼け野原と化していた。生命の息吹が失われ、焼けた土が風で舞い上がる。戦いの舞台も広がっていった。

「いや、俺の故郷に似ているからかな? 居心地は良かった。妖怪も人間もお互い憎み合ったりしてないしな」
「そう……」
「でも、悪いところもそっくりだ」
「それが外来人と貴方は言うのね」
「ああ、訳も分からず妖怪の餌にされるなんて許せないだろう」

だからこそシンは彼らを助けた。その結果、妖怪が飢える事となっても犠牲となる人を見逃すことは出来なかった。

「俺も聞きたい事がある。なんでここまで手を出さなかった? 早い段階であんたが出てくれば今みたいになって無かったはずだ」

これは初めから疑問に思っていた事だった。博麗の巫女ではなく八雲藍、それも腹を空かした妖怪を誘導するという消極的な手段で攻めてくる。余りにいい加減な方法だった。

「大した理由は無いわ。餌が狩り辛くなった程度で出張る訳にはいかなかった。ただそれだけよ」
「それで手下がやられたから出てきたって訳か」
「いいえ、それは原因の一つでしかないわ。正しくは機が熟したというべきね」
「なに?」

突然、訳が分からない事を言い出す紫にシンは警戒する。しかし、紫は何処か熱に浮かされたような表情で話し続ける。

「幻想郷では外来人を縛るルールは何一つない。そして、幻想郷から外来人には妖怪の餌か幻想郷の人間として扱うという暗黙の了解がある。
 その結果、人里にも行かず力を付けた外来人は餌である代わりルールに縛られない第三勢力となってしまった。
 だから博麗の巫女も管理者としての私も手を出せない。だけど今の私はただのお腹を空かした妖怪、此処に居ても不思議ではないわ」

そう言った紫の頬は上気し、シンを見る目は彼女らしからぬ熱が籠っていた。姿形だけを考えると恋する少女だが真実は異なる。理性すら危うい飢餓に晒された妖怪、それが今の八雲紫であった。

一時、管理人で無くなるため理性の限界まで腹を空かしたのだろう。ここまでの空腹を作りだすために時間が必要だったのだ。どこまでも幻想郷の守護者足ろうとする女であった。

「なるほど、ならあんたが此処に居ても不思議じゃないな」

シンはにやりと笑いながら紫の言い分を認めた。

紫の返答はシンにとって小気味よいものだった。彼女は自分を曲げずに不利を悟りながらこの場に来たのだ。
幻想郷のためなどと言っていればシンは烈火の如く怒り狂ったが、食べるために襲いに来たと言われると逆に清々しい。思えばこんな心境で戦いに臨んだのは初めてではないだろうか。

「そうよ、お腹を空かせた妖怪さんは美味しそうな人間を見つけて食べようとするの」

──紫が一歩、近づく

「なら、食べられようとする人間は抵抗するな」

──シンが腰を落とす

「でも、最後は──食べられちゃうのよっ」

──襲い来る幻想を迎え撃つ人間、元始の風景が其処に在った。





──20xx年 夏公開! 東洋の宝玉(オーブ)


2

「うーん」

永遠亭の一室、八意永琳の研究室でシンは悩む八意永琳という珍しい光景を目にしていた。
彼の隣には永琳の弟子の鈴仙・優曇華院・イナバ がその赤い目を真ん丸にして見ている。彼女もここまで考え込む永琳を見るのは初めてだった。
そして、永琳の正面にはレイ・ザ・バレルがいつもの鉄面皮を崩さず静かに座っていた。諦めか、当事者であるにも関わらず一番動揺が少なかった。

「あの、師匠……」
「静かにしなさい」
「はい……」

その様子に鈴仙が声をかけるが切って捨てられる。
シュンとした鈴仙を横目にシンも自分を抑える。レイが黙っている以上自分が騒ぐ気にはなれなかった。

「うーん。よしっ」

それから少しの間、永琳は唸っていたが考えが纏まったのか顔を上げる。

「あの、レイは大丈夫なんでしょうか?」

シンは真っ先にこれを確かめにはいられなかった。
レイと共に幻想郷に落ちてきてから1週間、薬の副作用に苦しむレイを何とかしようと永遠亭にやってきたのだ。
慧音の話と近代的な医療器具の存在からもここが幻想郷で最高ランクの医療施設だと分かる。ここがシンたちのとっての最後の砦なのだ。
しかし、肝心の永琳は事情を説明してからずっと唸っているし、鈴仙は良く分かってない顔をしていたため非常に不安だったのだ。

「ええ、大丈夫。貴方達の欲しい薬は用意できるわ」
「そうですか」
「レイ、良かったな」

その言葉にほっとするシン。レイも憔悴した顔に笑みを浮かべる。
永琳は紙の端から端まで大量の文字を書くと鈴仙に渡す。

「ウドンゲ、地下の薬品庫からコレ全部持って来なさい」
「げっ、コレ全部ですか」

10や20じゃ足りないその薬品の数に鈴仙は声を上げるが一睨みされると慌てて部屋から出て行った。

「ごめんなさいね、頼りない子で」

笑いながらシンたちに向き合う永琳。

「いつもはもう少ししっかりしているんだけど、貴方達の場合ちょっと特殊だったから」
「特殊……とは? 私はコーディネーターではない筈ですが」

レイの疑問に首を振りながら永琳は続ける。

「確かにそのコーディネーターもそうだけど、一番は寿命に対する考え方ね。気付いていると思うけどこの幻想郷の文明は精神・魔法中心となっているわ。だから貴方達のように遺伝子のテロメアと呼ばれる部分に原因を求めるという考え方が無かったのよ」
「じゃあ、いままでどう考えてたんですか?」

今度はシンが疑問の声を上げた。
遺伝子を弄る事が常識的なシンからすれば当然の疑問だ。

「私たちは穢れが命を縮めると考えているわ」
「穢れ?」
「そう、自らが生きることを最善とすることで逆に強くなってしまう死の匂い。物から永遠を奪い、生物には寿命を与える。それを私たちは穢れと呼ぶの」

シン達には馴染みの無い考えであった。

(ふーん、死の匂いねぇ)

こういった抽象的な話があまり得意では無いシンが抱いた感想はこんな物であった。
しかし、レイはまた違った事を思ったらしい。

「死の匂いですか……なら私とシンはさぞ強い穢れを放っているのでしょうね。少し前まで戦場に居たのですから」

その言葉にはっとするシン。
良く考えれば自分たちは開戦からずっと前線に居たのだ。永琳の言葉が正しければ強い穢れを放っている事になる。
その言葉に困った顔をする永琳。

「うーん、そうなのよねぇ。貴方達の穢れは既に致死量で死んでいるのが普通なんだけど……死んでないのよ。それでさっきは悩んでいたの」
「なるほど、新しい概念が入ってきたので悩んでいたのですか」
「そういうこと。でも安心していいわ貴方達の考え方は理解できたから」
「えっ、もう?」
「月の頭脳を舐めて貰っては困るわ」

悪戯っぽく笑う永琳。
月という単語にどういう意味があるのかと尋ねようとするが、鈴仙の声に中断される。

「師匠ぉー、持ってきましたー」
「来た様ね、まずは治療しましょう。私も聞きたい事があるし、またあとで話しましょう」

そう言って永琳は薬の調合を始めた。




────東方ネタ 穢れの花────




永琳の薬は良く効いた。彼女の“あらゆる薬を作る程度の能力”は確かで以前よりも副作用も少ないものを作ってくれた。
ここまで出来るのならレイの寿命もなんとかなるのではないかと聞いたのだが、永琳曰く「薬の領分ではない」らしい。生き物の身体の理を変えるものは薬とは呼べないため不可能だという話であった。
治療が終わった後は月の話を始め、コズミック・イラの話をする事となった。
異なる歴史を辿った世界の話は永琳だけでなく彼女の主の輝夜も興味を示し、随分と長い間話すこととなった。
そして、肝心の代金はコズミック・イラの話とシンの身体で払う事となった。
と言ってもエロい意味ではない。永琳が欲しがったのはシンの生体データであった。血液などを採取して抗体などを調べるのだ。もしかしたら新しい薬の材料が含まれているかもしれないためだ。


「ちょっといいかしら?」

一通りの検査が終わった後、永琳が一枚の写真を持ってきた。
その眉はしかめられ、余り良い内容では無さそうである。

「この写真なんだけど、心当たりあるかしら」
「何だこれ──って、俺!?」
「これは……」
「やっぱり気持ち悪いですよね」

それはシンのレントゲン写真であったが、頭部から無数の根の様なものが全身に広がっていた。
鈴仙の言うと通りお世辞にも気持のよい物ではない。シンにしたら非常に気分の悪くなるものだった。

「これはレントゲン写真ですか」
「ええそう、安心していいわ。これは霊的なもの、妖怪と一緒で貴方の身体に根を張っている訳じゃないわ」
「根? シンの身体に植物の妖怪が居ると言うことですか?」

余りの内容に言葉の出ないシンを余所にレイと永琳は話し続ける。

「そう考えていいわ。ただ、植物みたいなんだけどなんでこんな風に神経に沿って根を張っているのか? なんで平気なのか? ってが分からないのよ」
「ちょっコレ取れないんですか!」

再起動したシンが慌てて聞くが返答は非情な物であった。

「脳みそごと取っていいなら」
「やっぱ遠慮します」

鈴仙が気の毒そうにシンを見る中、レイには一つ思い当たる物があった。

(まさかあれか? 神経という意味ではあたってるか?)

「たぶん貴方達の視点からも確認出来ると思うんだけど」
「あっているかは分かりませんが、私たちの世界ではSEEDという概念があります。Superior Evolutionary Element Destined-factor、『優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子』の頭文字です」
「はぁ? レイ、何っているんだ?」
「俺も詳しい事は知らない。ただ、議長はお前にそういったものがあると考えていた。戦闘中、妙に頭が冴える事が無かったか?」
「議長が? ……そういえば何度かあったような……でも、関係あるのか?」
「それは分からない。だが、精神と肉体には深いかかわりがある。ここで見えた物が異なる形で見える事もある、ということでしょう? 八意先生」
「そうね、概ね正しいわ。そのSEEDだけどもう少し詳しい事は分からない?」
「すみません。私が知っているのはこれだけです。シンはどうだ?」
「と言っても……」

突然のカミングアウトのシンとしても戸惑うばかりだった。だが、これは自分の事なのだ。
とりあえず頭が冴えるということから考える事とする。

(やっぱMSに乗ってる時だよな)

思い当たるのは強敵と戦ったり、窮地に陥った時の万能感。それを何とか言葉にしようとする。

「えっと戦争中に頭が冴える事が多かったです。強い敵と戦ったり、ピンチになると頭の中がスーッてなってました。そうなるとなんかなんでも出来るっていうか、周りが良く見えるっていうか……そんな感じになってました」
「はぁ、分からないってことね」

永琳は身も蓋もなく纏める。

「まぁ、害はないみたいだし静観するのがよさそうね。植物人間がいても気にする人はいないでしょ……たぶん」
「シン、気にするな、俺は気にしない」
「いや、気にしないのはありがたいけど解決してない。っていうかこんな事実知りたくなかった……」

現実に打ちひしがれるシン。鈴仙は何も言わないがその生温かい視線が辛かった。
そんなやり取りをしているうちに夕方が迫っていた。
幻想郷の夜に出歩くのは自殺行為である。多くの妖怪が活動するため人間にとっては危険な時間であった。
夜までに人里に帰るためにはもう出発しなくてはならない。シンとレイは永遠亭を出る事にした。

「今日はありがとうございました」
「あの、レイを助けてくれてありがとうございます」

別れ際、見送りにきた永琳に頭を下げる二人。感謝の念から自然と頭が下がった。

「いいのよ、こちらにとっても有意義な時間であったし報酬はもらったわ。それより、本当に道案内はいらないのね?」
「はい、レイが居るので」
「私の周囲を把握する程度の能力で竹林の外まで行けますので大丈夫です」
「そう、じゃあ気を付けて」

最後に一礼すると二人は肩を並べて竹林へと消えて行った。
二人を見送って研究室に戻ると永琳は今回のデータを纏める。
思えば変わった二人だった。
両方能力持ちであるというのもそうだが、違う世界の考え方など非常に興味深かった。

(そういえば結局あれってなんだったのかしら)

思い出すのはシンの身体にあった根の様なもの。

(まるで、寄生されてるようだったけど……。分かっている事は戦争中、極限状態になると能力が上がる。寄生って考えると宿主から何を得ているかしら?)

今までの会話を思い出していく。

(精神的なものだから吸収するのもそういったもののはず。戦争、争い、穢れ……まさか穢れを吸っている? いいえ、無いわね)

ふと思いついたバカげた考えを否定する。
まさか穢れを餌に成長してゆき、効率よく穢れを集めるため窮地で力を発揮するなどあり得ない。そして、本当にあり得ないのが宿主に働きかけて争いに向かわせるということだ。
確かに寄生生物の中には宿主を操作するものもいるが、あくまで種の保存のためだ。態々死の危険を大きくする必要などない。
先程までの考えを打ち消して作業に戻る永琳。そうして永遠亭の夜は更けて行った。


これから幻想郷に死を誘う穢れの花が咲くかどうかは誰にも分からない。
宿主の未来も。

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最終更新:2010年09月15日 22:16
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