やっとの思いで帰宅したシンは、分厚い教科書で膨らんだ鞄を置くと
自分の転入する学園のホームページや評判をネットで調べ始めた。
デュランダル理事長から一通りの話は聞いたが、まだ自分では何も確かめていない。
調べていく過程で、もしかしたらいきなり転入させられた理由がわかるかもしれないと淡い期待を抱いたのだ。
だが、結果から先に説明すれば収穫はゼロだった。
調べてみてもサイトに書いてあるのは聞いたことのある内容だけ。
新しい情報もこれといって大したなものはなかった。
逆に、調べれば調べるほど自分が通うには場違いな気がして気が滅入ってくる。
シン「最新鋭・・・って感じだな。本当にここに俺が通うのか?」
偏差値も相当高いし、ディスプレイに映った画像を見る限りでは設備もそうとう充実しているようだ。
どう考えても、『できる』人間が行きそうな学校にしか見えない。
デュランダル理事長は何でそんな学園にシンを推薦してまで行かせたかったのだろうか。
それにもう一つ、シンのテンションを一気に冷え込ませる“問題”があった。
学園のある辰巳ポートアイランドに行くためのモノレールの時間と、
家から港区まで行く電車の時間がどうしてもかみ合わないのだ。
このままでは、片道二時間半、往復で五時間もかかることになる。
唯でさえ両親とマユのお弁当を作るために毎日五時に起きているのに、
これ以上早く起きるとなるとさすがに体が持たない。
シン「つまりこれって・・・あっちの寮に入らなくちゃ駄目ってことだよな」
親はたぶん大丈夫だ。学園からも連絡が行くと思うし、
今までだって進路に関してはそれほど干渉してこなかった。
問題は・・・。
題名未定 第一話「 転 入 」 後篇
いい加減調べるのに疲れ始めた頃、ドアを開けて誰かが家に帰ってきた。
この時間帯に帰ってこられるのはシンの知る中で一人しかいない。
??「たっだいま~。あ~疲れた~」
元気な挨拶で嫌な気分を吹き飛ばしてくれたのは、マユ・アスカ。
今年中学生になる予定のシンの妹だ。
十年前の事故では生死の境をさまよったが、今はこうして元気に暮らしている。
マユ「あれ、お兄ちゃん帰ってたんだ。今日は早いんだね」
シン「おかえり、マユ。どうだった、テストの出来は?」
マユ「いつものように全国模試一位。私にこんな問題を解かせる時間がすでに無駄なのよ」
もう一つ付け加えるなら、俗に言う天才だ。
というか、人類の長い歴史から見ても上位に食い込む大天才だ。
どうしてかはわからないが、小学生でありながら頭の出来は既に研究員の両親すら越えている。
シンは忙しい両親の代わりに普通に面倒を見ていただけで特別な教育などは受けさせていないのだが、
ここまでくると頭の出来の違いとしかいいようがない。
デス子「あ、シン様。お帰りなさいませ」
マユの後に続いてドアから入ってきたのは、マユの作った擬似人格搭載型人型二足・・・なんとかロボット『デスティニー』だ。
もちろん、市販されているわけではない。
そもそも、世界中のどこを探してもこれほど高性能なロボットは開発されていない。
これを完全にハンドメイドで作ってしまえることがマユ・アスカの才能がどれだけ優れているかの明確な証明だっだ。
シン「ただいま。それとおかえりデス子。いつも妹の護衛ありがとな」
デス子「いえ、それが私の存在理由ですから」
マユ「これだもんねぇ。もうちょっと感情を込められればよかったんだけど」
マユは変に納得しているが、これ以上何の感情が足らないのかシンにはさっぱりわからない。
ちなみに、デス子というのはデスティニーのことでご近所に怪しまれないために正式名称をもじって編み出した愛称だ。
マユは気に入っているが、シンは少しダサいんじゃないかと心の底で思っている。
気付けばもう六時を回っていた。夕食を作り始めなければならない時間だ。
基本的にアスカ家の夕食はシンが作っている。デス子も一応作れるが、
インストールされた味しか再現できないため評判はあまりよろしくない。
シン「母さん達は今日も遅いらしいから、先に飯を食べておこう。マユ、リクエストは?」
マユ「う~ん、お兄ちゃんの作ったものなら何でもいい」
シン「それが一番困るんだよ。え~と、昨日買ったひき肉が残ってるからハンバーグでいいか」
マユ「お、マユの大好物じゃん。ありがとね、お兄ちゃん♪」
去り際に、シンの頬にキスしていくとマユは着替えのために自分の部屋に戻って行った。
その後を、デス子がこちらにお辞儀をしてから付いていく。
シン「こういうところはまだまだ子供なんだけどな」
日々大きくなっていく妹の成長を思いながら、今日もシンは
美味しい夕食を作るために台所に立つのだった。
暖かい夕食を囲みながら、シンはマユと今日あった事について楽しく談笑した。
テレビでは紛争で食事も満足に食べられない子供達の映像が流れている。
だが、そんなものはこの国に住むほとんどの人間にとってゲームの中身と大差ない画面の中の出来事だ。
何せ、知っていても知らなくても明日のご飯は食べられるのだから。
マユ「それとね、さっきステラお姉ちゃんからメールがあったよ。近々、こっちに遊びに来るんだって」
ステラはシン達の遠い親族で外国人の女の子だ。
彼らの父親であるフラガとシンの父親が仲がよかったために、お互い子供の頃からよく知っている。
シン「こっちって、この家に? 」
マユ「うん。卒業したら日本で働くつもりだから慣れときたいんだって」
シン「ふ~ん、あの過保護なフラガおじさんがよく許可したなぁ」
マユ「マリューさんが無理やり説得したらしいよ。行かせないともう口を利かないって」
相変わらずの恐妻家だなと思うシンだが、ステラが日本に来る理由が自分にあると気付かない辺り
彼も将来は苦労しそうだ。
と、ここでシンは重大なことに気がついた。
向こうに転入するのは来週の四月九日の木曜日。
どう考えてもステラが来る頃には自分はいなくなっている。
だが、そのことを説明するには自分が寮に入るかもしれないことをマユにいわなければならない。
悩んだ末、シンはこの機会に全てを話してしまうことにした。
シン「あ~そうだ。実は来週から一年ほど別の高校に通うことになったんだ。
デュランダル理事長が今日になって行ってくれって頼んできてさ」
マユ「ふ~ん、また唐突だね。どんな学校?」
シン「確か、月光館学園だったな。けっこう大きいところだよ。
でも、結構遠いところにあるからここから行くのは難しいかも・・・」
マユ「・・・もしかして、寮に入るつもりじゃないよね?」
口調の多くなったシンを怪しんだのか、過程をすっ飛ばして一気に核心に迫るマユ。これだから女の感は恐ろしい。
シン「・・・うん。けど、一年だけだから・・・」
シンの言わんとしている事を察したのかマユはとたんに顔を曇らせると、食べかけのまま箸を置いた。
マユ「・・・ごちそうさま」
シン「え、おいマユ。まだご飯が残って・・・」
マユ「ごちそうさま!」
呆然とするシンを尻目に、マユは振り向きもせずに二階に駆け上がっていき
自分の部屋に閉じこもってしまう。
シン「怒らせちゃったか・・・。言い方が悪かったのかな」
デス子「はぁ、女心がまるでわかっていませんね」
シン「・・・いたのか、お前」
マユの隣に立っていたデスティニーがやれやれといった感じで口を挟む。
シンはいらっときたものの、怒らせてしまったのが事実だけに全く言い返せない。
デス子「僭越ながら申し上げますが、何故今になってそんなことを?」
シン「俺だって今日はじめて聞かされたんだよ。けど断る理由もなかったし、
マユだって全寮制の中学に行くんだから丁度いいかなって」
対象にされている本人が言うのもなんだが、マユはかなりのブラコンだ。
いくら兄妹といっても、いまだに将来の夢はシンのお嫁さんと断言してみせたり、
中学生になってまで一緒にお風呂に入ろうとするのはさすがにいきすぎだと思う。
このままでは、彼女の将来に悪影響を及ぼすかも知れない。
そう思ったシンは、この機会を利用して少し距離をとってみようと考えていたのだ。
デス子「やはりわかっていませんね。こういうのは徐々に離れていかなければ意味がありません。
このままではマユ様を寂しがらせるだけです。」
シン「うぐ・・・」
マユ「それに、あの方は休みになると戻ってくるつもりだったのです。
週末にここへお帰りになられても、お兄様もご両親もいないとなると・・・」
研究員である両親が休みを取れることは滅多にない。
確かに休みが取れれば自分達の疲労も気にせずに皆で遊びに行きたがるし、
夫婦仲も悪くないから、一般的な家庭の両親としては及第点だと思う。
それでもあの年頃の女の子には自分の居場所でずっと待っててくれる人が必要なのかも知れない。
シン「・・・そうか、そうだよな。デス子、俺やっぱり・・・」
デス子「誤解なさらないでください。いかないで、などと申しているのではありません」
シン「え?」
デス子「これまでと違う環境で己を磨き上げる。立派な殿方となるには必要不可欠な事なのでしょう。
かの徳川光圀も、諸外国を周り自らを高めたというではありませんか」
シン「いや、あれは引退してからのはず・・・。っていうか、架空の話じゃなかったか?」
デス子「マユ様のことならご心配なさらずに。シン様がいない間、きっちり支えさせていただきます」
シン「一応、休みの日には戻ってくる予定なんだけど・・・」
デス子「ともかく、このままではシン様も寝覚めが悪いでしょう。
旅立ちまでの短い時間を無駄にしないためにも、早くあの方のご機嫌を直さなければなりません。
ご心配なさらず。
マユ様も突然の事に戸惑っているのでしょうが、この私の秘策を使えば明日にでも笑顔が戻るはずです」
シン「・・・・・・聞けよ」
すんごく嫌な予感がするシンだったが、デス子の意見はなんだかんだで参考になるものも多い。(外れも少なくないが)
一旦へそを曲げたマユは誰に似たのか中々不機嫌が直らないのも確かなので、彼はしぶしぶ怪しげな “策”にのることにした。
自分のお腹がなる音で目が覚めた。枕の隣に置いた時計はご丁寧に光る短針で二時を指している。
マユ「お腹減ったな・・・」
もぞもぞとベットから起き上がるが、そこまでだった。
台所にはカップ麺があるのかもしれないが、行こうという気力が湧いてこない。
なにより、せっかく作ってくれたシンの料理を残してインスタント食品を食べるのは裏切りのように思える。
マユ「何であんなことしちゃったんだろ」
シンがこの家を出て行くと聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
いろんな思い出が駆け巡って、気付けばこの部屋でベットに包まっていた。
よく強いショックを受けた人間が何も考えられなくなるというが、どうやらあれは本当らしい。
常軌を逸した天才にも人並みに少女らしいところが残っていたのか、とマユは自嘲気味にため息をつく。
マユ「こんなことで動揺するなんて・・・、お兄ちゃん怒ってるかな」
しばらく自己嫌悪に陥りながらもぞもぞやっていたが、不意に下腹部に違和感を覚える。
そういえば、あれから一度もトイレに行っていない。
このまま篭もっていたかったが、生理現象はどうしても我慢できずこっそりお花をつみにいくことにした。
見つからないようにそっとドアを開けると、何かがこつんとぶつかった。
何かと思いながら、部屋の電気が届く位置までそれを運んで行く
マユ「これって・・・」
それは、マユが残した夕食にさらに豪華なアレンジを加えた特製の夜食だった。
ラップがしてあり、その上には折りたたまれたメッセージカードが添えてあるのが見える。
表に『シン・アスカ』と書かれているのを確認して、マユはそっとカードを開いてみる。
『転入や寮に入ること、いきなりでごめんな。お詫びってわけじゃないけど、お腹が減ったら食べてくれ。
p・s日曜や祝日になったら必ず帰るから』
まるで全部自分が悪いかのような言い草だ。
転入は理事長が勝手に決めたこと、寮に入るのも仕方がないこと。
いきなりで戸惑っているのはシンも同じはずだ。
なのに、そのことを受け止められずに冷たい態度をとったマユにまでこうして気を配ってくれている。
あくまでも優しく、心から大事にしてくれている。
マユ「馬鹿・・・」
所要を終えて部屋に帰ると、マユはさっそくお腹を満たして眠りについた。
つめたく冷えていたはずのおにぎりが、どうしてか彼女にはとても暖かく感じられた。
シンがお弁当を作っていると、階段を下りる二人分の足音が聞こえてきた。
シン「おはよ・・・う」
マユ「おはよう。おにいちゃん」
夜勤明けの両親だと思って挨拶するが、顔を向けた先にいたのはマユとデス子だった。
気まずい空気が流れるかと思われたが、意外にもマユは普通に挨拶を返した。
シン「怒って・・・ないのか?」
マユ「何で私が怒るの? お兄ちゃんだってちゃんと考えて選んだ道でしょ。
今更、私一人がわがまま言ったってどうしようもないもん」
シン「マユ・・・」
マユ「仕方がないからデート三回で勘弁してあげる。それよりいいの? 早くしないと学校間に合わないよ」
上の空で弁当を作っていたため気付かなかったが、時刻はもう七時を回りかけている。
いつもならとっくに家を出ている時間だ。
シン「やば・・・あ、ありがとな、マユ。いってきます」
マユ「はいはい、いってらっしゃい」
シンは急いで鞄を掴むと、慌てて学校に向かって出発した。
誰もいなくなった家で、マユはのんびりとシンお手製の朝食をとり始める。
デス子はいつものように無言でマユの隣に立った。
マユ「あんたでしょ。お兄ちゃんにあんなことやれっていったの」
顔を向けることなく、マユは横にいるデス子に話しかけた。
デス子「なんのことでしょう?」
マユ「アイディアは悪くなかったわ。でも、あの朴念仁にあんな真似が思いつくと思う?」
デス子「・・・・・・ありえません。迂闊でした」
マユ「まだまだね。もっと人の心を学びなさい」
デス子「精進します。ですがマユ様」
マユ「なによ」
デス子「口元が緩んでいますよ」
マユ「・・・気のせいよ。そんなことはいいから食事が済んだら協力して。昨日ネットで変なプログラムを見つけたんだけど、
一晩かけたのに全然解析できてないの」
デス子「変なプログラム? 何に使うものかはわかっているのですか」
マユ「製作者はSTEVEN・・・ってあったけど、中身は厳重にプロテクトされててさっぱり」
デス子「そうですか・・・。ですが、怪しげなプログラムの解析よりもマユ様のご出立の準備のほうが大事です」
マユ「はいはい、わかりました(でも、何の目的であんな複雑なもの組んだんだろ)」
十年間止まっていた運命が堰を切ったように流れ始め、平和なだけだった日々は終わりを迎える。
彼らは選ばなくてはならない。
奪われていくモノ達から目を背け、何も変わらない日常である“これまで”を生きるのか。
それとも、悲しみにくれるモノ達へ手を伸ばし、自らの影を乗り越えるための“これから”を生きるのか。
?「さあ、始めましょう。『全ての人の魂の戦い』を」
最終更新:2010年05月18日 02:06