ジョージ・グレンがコーディネイターを広めなかった少し未来の世界。
月への有人旅行が一般人にも可能になりつつある一方で、地球の環境は確実にマイナスに向かっていた。
かつての隣人であった神を放り出し、敵であった悪魔を駆逐し、留まることを知らずに増え続ける人類。
もはや、人が人以外の何かから滅ぼされることはないだろう。
そう、人類の敵は人類だけとなったのだ。
だが・・・
私達はまだ、己の“影”を知らない。
題名未定 第二話「 神話 覚醒 」 前篇
シン「ああ、ちくしょう! もう最終便じゃないか」
時刻は既に深夜になりかけている。
仕事帰りが多いのか、行きかう人たちも疲れた表情をした人たちばかりだ。
港区からローカル線を使って巌戸台駅(いわとだいえき)へ。
そこからタクシーないしバスを使って学生寮へ。
事前に調べておいた時刻表にはそう書いてあったが、
大幅に遅刻したせいでローカル線に間に合うかどうかがすでに怪しくなっていた。
こうなったのも、全てはステラたちがよりにもよってシンが転入する日に越してきたのが始まりだった。
せめて一日前後にずれてくれれば、こんなことにはならなかったのだが。
フラガ一家は、毎年この時期になるとアスカ家に遊びに来ていた。
シンたちが幼いころは、フラガ家に子供ができなかった分シンとマユを本当の子供のように可愛がってくれたものだ。
養子をもらってからも一年に一回の交流は続き、家族総出で一週間ほど遊び歩くのは毎年の恒例になっていた。
今年も、久しぶりにシンやマユと会えると(遊べる)と楽しみにしていたのだ。
だからこそ、その日中にシンが出発せねばならないことは彼らをひどく落胆させた。
特に事情を知らなかったステラの嘆きようはひどいもので、宥めるために便を予定より
三本も遅らせなければならなかった。
宥めることには成功したものの、いよいよ最終便に間に合わないかもしれないというところまで追い込まれた時、
フラガおじさんが助け船を出した。
バイクの免許しか持っていないシンの代りに、車で最寄りの駅まで送ってやると申し出てくれたのだ。
これでなんとかなりそうだとシンたちは肩をなでおろしたのだが・・・。
シン「そんなに飛ばさなくたって間に合うでしょうっ! 」
フラガ「黙ってろ坊主。舌をかむぞ!」
警察「そこの車両、スピード違反だ。止まりなさい! 」
フラガ「俺を捕まえようなんざいい度胸してるぜ。追いつけるもんなら追いついてみな!」
シン「何でこんなことになるんだーっ!」
フラガおじさんが“調子に乗って”スピードを出し過ぎたせいで、みごとに警察に追われる羽目になってしまう。
外国の広い道路で飛ばしまくったのと同じ感覚で、日本の狭い道路を走ったのだから当たり前といえば当たり前だ。
あげく、カーブで曲がり切れずに駅前の電柱にぶつかって人の家の車を完全にスクラップに変えてしまった。
シンはぎりぎり無事だったが、フラガおじさんは・・・まぁ、人も多かったし自業自得だし
『やっぱ俺って・・・不可能を可能に・・・』とか言ってたので大丈夫だろう。
車を出る前に病院にも連絡しておいたから、当たり所が悪くなければ助かるはずだ。
シン「フラガおじさんのヤツ。恰好つけておきながら途中で事故るなんて。
こんなことで、今日中に寮に入れなかったら・・・」
泊まれるだけの余分な金も、駅に着くのに使った家族の車も、帰りの電車もないのだから、
おそらく道端かこの駅で野宿することになるだろう。
そうなった時のことを想像して、シンは身震いした。
海沿いの港区でそんな真似をすれば、死ぬほど寒いこと請け合いだ。
もっとも、フラガ本人はどんな事態になろうと
「貴重な経験が出来てよかったなボウズ。あっはっは」
で済ませるに違いない。
星になっていなければ。
シン「間に合わなかったら・・・ステラに言いつけてやるからな」
現状でもっとも効果のありそうなお仕置きを考えながら、シンはなんとか最後のモノレールに飛び乗った。
シンは、重い荷物を引きずって電車を降りると、急いで改札口を出た。
このままいけば、寮に到着する頃には深夜になっているだろう。
荷解きして、翌日の準備を整えるだけでも確実に三時は回る。
シン「タクシー・・・は駄目か。こっちに知り合いはいないし、こうなったら自分の足に頼るしかない!」
巨大なボストンバックを背負い直して、シンは見知らぬ町を寮に向かって走り始める。
時刻は、もうすぐ零時になろうとしていた。
“それ”に気付き始めたのは五分ほど走り始めた頃だった。
シン「・・・・なんだ?」
よくわからない、例えようのない違和感を感じてシンは立ち止まる。
アスカ家は、シンが子供の頃は仕事の都合でよく引越しを繰り返してきた。
都会の方にもよく行ったが、大都市になるほど町並みはどこも大差なくなってくる。
乱雑する高層ビルに、子供の落書きのように規則性のない道路は当たり前。
ひどい所になると、人が多いにもかかわらず快適とはほど遠い造りになっていることもざらだった。
だが、この街は今まで見てきたどの街とも雰囲気が違っていた。
シン(まだ零時だって言うのに静かすぎじゃないか。それに・・・)
人気のない道路に並んだ棺おけのようなオブジェ。
動く者のない不気味な街中で、街灯は照らす相手を見失ない沈黙している。
シン(月って・・・あんなに大きかったか?)
唯一見慣れていたはずの満月さえ、ここでは異質なものに思えた。
シン「はぁはぁ、ふぅ・・・ここでいいんだよな」
シンの前にそびえ立っていたのは入学案内のサイトに載っていた写真と同じ建物だった。
住所に間違いがなければ、ここか今日からシンが住む寮になるはずだ。
学校の寮にしてはずいぶんとがっちりしている。
それというのも元はホテルだったものを買い取って改造したかららしい。
サイトによれば、外観だけでなく内装もしっかりした造りになっているそうだ。
電気がついているということはラウンジに起きている人がいるのだろう。
シン「これから一年間、俺はここで過ごすんだな」
初めて会う人達しかいないということもあって若干緊張するシン。
本来なら、これから始まる新生活のために笑顔の一つも浮かべて入るべきなのだろうが
疲労のせいで全くそんな気力がわかない。
せめて気を落ち着かせようと大きく息を吸うと、シンはゆっくりと扉を開けて中に入った。
シン「おじゃましま~す」
?「いらっしゃい。ずいぶん遅かったのね」
カウンターで出迎えてくれたのは妙齢(に見える)の美しい女性だった。
ここの寮の管理人の人だろうか。
それにしても、シンが出会った女性の中でも上位に食い込むほどの美人だ。
「絶世の美女」とはこういう相手に使う言葉なのだろう。
手に持った扇子で口元を隠し、紫色のワンピースでその豊満な体を着飾っている。
その割には長い金髪を小さなリボンで結んでいたり、帽子に赤いリボンが付いていたり、
ところどころに少女趣味が伺える。
むき出しの色香に、あまり大人の女性と接した事のないシンはそれだけで舞い上がってしまいそうになった。
だが、それとは別にシンの中に複雑な感情が湧きあがってきた。
この相手は信じてはいけないという懐疑心、そこに彼女がいることへの強烈な違和感。
そして、ほんのちょっとの懐かしさ。
?「事情は察するけど、女性を待たせるのはあまり褒められたことではないわよ」
シン「あ、は、はい。予定より二時間も遅れてすいませんでした」
何をボーっとしていたのかとシンは自戒する。
遅れたのはこちらで、相手はシンをずっと待ってくれていたのだから、
本当なら真っ先に謝らなければならなかったはずだ。
そっと顔色を伺うが、女性は微笑んでいるだけで怒った様子は見受けられなかった。
というよりも、赤くなったり青くなったりするシンの反応を面白がっているようだ。
?「ふふ、まあいいわ。今夜はそのほうがかえって“都合がいい”でしょうし」
シン「都合がいい・・・?」
女性の意図がわからずにシンは首をかしげた。
自分が遅れたわけでもないのに、相手が遅刻をしてしまったことが都合がいいなどということがあるのだろうか?
見たところ、シンを迎えるパーティーの準備していたわけではないようだが。
疑問は浮かんだが、とにかく今は部屋の鍵を貰うことにした。
同じ寮に住む人たちへの挨拶は明日に延ばすしかないとしても、
着替えや勉強道具が入っている荷物の片付けは延ばしようがない。
シン「あの、部屋の鍵を受け取りたいんですけど・・・」
?「あら、意外にせっかちさんね。まあいいでしょう。
はい、大切な物だからなくさないようにお願いするわ」
シン「それはもちろん・・・ってあれ?」
手渡されたのは、青白い光沢を持った古めかしい鍵だった。
といっても、さすがにこれは部屋の鍵にしては大きすぎる。
シン「いや、これどう考えても鍵穴と合わないじゃないですか。
それに、契約書は書かなくてもいいんですか」
相手が女性なだけに普段なら軽く流すところだが、あいにくこの日のシンは気が立っていた。
時間に対する焦りと疲れから、ついつい口調も乱暴になってしまう。
それに、デュランダル理事長の話によると、
面倒を省くために最終契約はこちらに着いてから直接かわすことになっていたはずだ。
シンの言葉を聞いて、女性はどこからともなく(少なくともシンには見えなかった)
B5くらいの大きさをした一枚の契約書を取り出した。
ようやくかとほっと眉間のしわを伸ばすが、シンの期待はまたも裏切られることになった。
?「契約ならもうかわしていますわ。ほら」
驚いて手渡された契約書に目を通すシン。
だが、もっと驚くべきことにそれには肝心の契約内容や契約金が何一つ書かれていなかった。
ただ『我、自ら選び取りし、いかなる結末も受け入れん』とよくわからない悪戯書きが書いてあるだけだ。
紙質も契約書にしてはずいぶんと頼りない、というより書類に入るのかも怪しい代物だ。
そもそも、相手側が持つべき契約書の写しがどこにも見当たらない。
シン「これが・・・契約書?」
?「そうよ。ここにあなたのサインがあるじゃないの」
細い指が指し示しめす先を調べてみると、
確かに下のほうに『シン アスカ』と汚い字で書かれている・・・様な気がするのだが、
こんな変な契約書にサインした覚えはシンには全くない。
ここにきて、シンの女性に対しての不信感は頂点に達した。
シン(・・・何なんだ、この人は・・・)
態度といい、やってることといい、
さっきからいいようにシンをもて遊ぶばかりで一向に話が進まない。
てっきり寮の管理人だと思っていたがそれもどうも違うようだ。
だとすれば、シンが管理人だと勘違いしたことを利用してからかっていたのかもしれない。
どちらにしろ、シンはあまりいい気分にはなれなかった。
シン「・・・あの、もしかして俺をからかってるんですか。だったら勘弁してください。
越してきたばかりで忙しいんですから」
これ以上は許さないとばかりに思いっきり睨みつけてみるが、女性は相変わらず微笑むばかりだ。
この調子ではこちらの意図が通じているのかも怪しい。
?「今はまだ分からないでしょうね。
でも、これらはすべてあなたがこの先生き残るために必要なこと。
そして、これから起こることも」
シン「わけわかんないことを・・・。そもそも何なんですか、あんたは!
寮の管理人じゃないならこんな時間にここで何やってるんです!
こんなわけのわからない鍵が何の役に立つって・・・!?」
最後まで言い終わる前に、寮全体をいきなりの地響きが襲った。
まるで、巨大な何かが体ごとぶつかってきたような揺れ方だ。それが二度、三度と続く。
少なくとも、断続的に揺れてない時点で地震でないことは明らかだった。
?「影(シャドウ)といえど、さすがに目標があると動きが速いわね」
シン「シャドウ・・・?」
余裕たっぷりといった様子で自分をもて遊んでいた相手の言葉が、
急に苦々しい口調に変わったことに驚くシン。
聞きなれない単語を呟いたが、それがこの寮を揺らした原因なのだろうか。
よく見れば、女性の顔からさっきまでの笑顔が消えている。
視線は天井に向いているが、意識はさらにその上に向けられているようだ。
思ってもみなかった事態に戸惑ってはいたものの、シンの腹の底は自分でも驚くほどに冷静だった。
シン(どうなってるんだ。この人が電波ってだけじゃこの揺れは説明できないし・・・)
自分の知らないところで何かが起こっている。
そして、この女性はそれが何か知っている。
シンはそう直感した。
もしかすると、この街に来てからずっと感じていた違和感と関係があるのかもしれない。
?「外では面倒なことになってるみたいだし、私達も急ぎましょうか」
シン「待てよ。まだ俺の話は終わってないだろ! あんたは何者なんだ。
この事態が何かあんたは知ってるのか」
? 「それは、これから先あなたが自分の目で確かめることです」
シン「だから、言ってる意味が分かんないって・・・なっ!?」
唐突に足元が崩れ去るような感覚を覚えると、
次の瞬間シンは寮のホールから神隠しにでもあったかように忽然と姿を消した。
だが、不思議なことに女性は目の前で人が消えたというのに慌てもせず、
何事もなかったかのように置いておいた自分の傘を手に取った。
?「十年ぶりだというのに、穏やかな再会とはいかないものね。」
ついさっきまでシンがいた所に言葉を残し、今度は女性も姿を隠す。
寮のラウンジには鳴りやむ気配のない地響きだけが響いていた。
最終更新:2010年05月24日 02:28