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なのポネタ

 いつも通りマテリアル達についての経過報告と、自身の溜まっていた簡単な仕事をちょちょいとやっつけたシン。
ロビーで自分を待っているであろう三人娘の所へ、足早に廊下を通り過ぎていく。

 保護観察処分がマテリアル達に下されてから、やっと二ヶ月が経過した。
彼女達は特に問題を起こすこともなく、日々管理局に尽くしている。
このまま何もなければ、多少窮屈だが自由の身になれるだろう、
とマテリアル達に処分を下した一人の、シンの上司が述べた言葉に、彼は顔を綻ばせた。
その決定に異を唱える者もいないわけではなかったが、事件が大事になる前に終結したのが大きな理由だろう。
少なくとも、先の闇の書事件に比べるのも馬鹿馬鹿しいくらい、規模は小さいものだった。

「ん……?」
 辿り着いたロビーで見たもの――それはいつもと違っていた。
それはほんの小さな些細なものだったが、シンから見れば、異常ともいえる事態だった。

 星光の殲滅者――来客用のソファで姿勢を正して、行儀よく座っている。
いつもと同じ姿。

 雷刃の襲撃者――女性局員と談笑していたり、飴玉を貰ったりしている。
これもよく見るもの。

 闇統べる王――遠目からでも分かる一枚の紙切れに『これでもかっ!』というくらい顔を埋めていた。
明らかにおかしい。

「何やってんだアイツ」
 闇統べる王は『待たされる』という行為が嫌いだ。
頭に大が付く程といってもいいくらいに。
彼女は基本的に自己中心的な性格なので、自分の時間を他人なんかの為に使うのを酷く嫌う節がある。
流石にお勤めの時は黙って従っているが
「いつか膝まずかせてやる」
と鼻息を荒くしていたのは、シンの記憶に新しい。

なので、彼の仕事を待つ間の彼女は、苛ただしげに腕と足を組んで、ソファにふんぞり返っているのが日常的だった。
まぁ彼女の姿が子どもな所為で、その仕草は可愛らしい、と受付のお姉さん方の間では、ちょっとした話題になっているなんて事は、本人は知る由もない。
 シンは訝しみながらも、三人に近づく。足音か気配を察知したか、いち早く彼に気づいたのは星光の殲滅者だった。
雲に覆われていた夜空に風が吹き、満月が顔を覗かせると、雑草すらない平原に、儚くも美しい花が咲き始める。

「おかえりなさい、シンさん」
「あ、シンだ」
 星光の殲滅者の声で、雷刃の襲撃者も飴玉の包装を剥がそうと躍起になっていた手を止め、シンに向かって手を振った。
「遅い」
 闇統べる王は頭を上げ、ちらり、とシンを一瞥して、また紙切れに視線を戻した。
そのそっけない態度に、彼は困惑と不安を覚える。
 いつもなら「遅過ぎるわダボらぁぁぁぁ! 我を待たすなぁぁぁぁ!」と、
烈火の如く恨み辛みを捲くし立てる事もあれば
「人を待たせる事だけは天下一品だなぁ?」と皮肉たっぷりのフルコースをご馳走してくれる時もある。

それなのに、今の闇統べる王はシンなぞ眼中にないかのように、素っ気無い態度だった。
ここまで書いておくと、彼はマゾじゃないかと疑われそうだが、それは錯覚なので安心してほしい。
「なに読んでんだ?」
 シンは闇統べる王の向かい側のソファに腰を下ろす。
直後、星光の殲滅者と雷刃の襲撃者がそそくさと席を立ち、彼の両隣に腰を下ろした。
その微笑ましい光景に、受付のお姉様方がくすくす、と忍び笑いを漏らしている。
『アスカ君が迎えに来ると途端に元気になるのよねー、特にショートの子』
 とは、お姉様方の一人の証言である。
「見てわからんかー? パンフレットだ」
 あからさまに棘を含んだ声の闇統べる王に、シンはたじろぐ……前に、

「パンフレット?」
 怪訝な顔を浮かべた。
 一体全体何のものを――シンが口を開く前に、闇統べる王が持っていた紙切れを彼の顔面に突き出た。そんなに近づけたら、見えるものも見えないわけで……。
「ちょっやめ!」
「ふん」
 嫌がるシンの苦痛に満ちた表情――闇統べる王にはそう見えた――を十分堪能したのか、彼女は満足そうに口の端を吊り上げ、今度こそシンが見やすいように紙切れを差し出した。
 シンは眉を顰めながらも、目の前の紙切れを手に取り、紅い瞳に内容を写す。そこには、
「私立聖祥大学付属小学校……」
 なのは達の通う小学校のパンフレットだった。紙面積の半分に、ヘリコプターか何かで上空から撮影したのだろう、校舎全体の写真がプリントされており、写真からでも清潔そうなイメージが伝わってくる。端に追いやられた空間に、ぎっしりと詰め込められた、何やら小難しい単語の数々。
 これを手に取る大人には大事な事だが、入学をしようか迷っている子どもには、逆効果っぽい。何故なら、小学校では習わない漢字がひしめき合うようにしているのだから。内容云々以前に、読めないだろう。
「なんだこれ。もしかして通うのか?」
 シンはパンフレットに向けていた視線を、眉を吊り上げ不機嫌そうに腕を組んでいる闇統べる王に向けると、彼女は目を伏せる。
「誰が。暇潰しに見ていただけだ。さっさと帰るぞ」
 待たされていた事にまだ腹を立てているのか、不機嫌そうに席を立つ闇統べる王に、シンはどこか違和感を覚えたが、いくら考えたところで答えも出ず。本当に、彼女の言う通り退屈凌ぎだったのかもしれない。
 今はあれこれ考えても仕方がないと判断したシンは、二人に手を引かれ、自分の帰る場所へと戻っていく。
 闇統べる王はシン達の数歩前を歩きながら、相変わらずのむしゃくしゃオーラを周囲にバラ撒いていた。



 数日後の休日、自室で寛いでいたシンは喉の渇きを覚え、一階のリビングにやって来ると、なのは、彼女の親友アリサ、すずかと闇統べる王が、ジュース片手にテーブルを囲んでいた。
「あ、シン君」
「こんにちはー」
「お邪魔してます」
「…………」
 なのはは笑顔でシンに向けて手を振り、アリサとすずかは行儀良く頭を下げ、闇統べる王は組んだ腕をテーブルの上に乗せたままの姿勢で、シンを一瞥した。
 なんともまぁ、珍しい組み合わせである。
なのは、アリサ、すずかの三人ならよく見るが、そこに闇統べる王が加わっている状況だと、シンも首を傾げざるを得ない。一体どういう流れでこの四人組なのか。

 闇統べる王は、他人と対等なコミュニケーションを取らない。
絶対に、とまで言い切ってもいいくらいだ。そんな彼女が、年頃の女の子のように、誰かと対等に会話をしている。
同じ魔導師であるなのはなら分かるが、アリサやすずかと仲良く話せるかは、シンには想像出来なかった。
特にアリサ相手では、挑発と皮肉を得意とする闇統べる王とでは、相性が最悪のように思えるが。
しかし、シンの紅い瞳には、険悪な雰囲気は漂っておらず、寧ろ和やかに見える。
それに、なのはが黙っていない筈だ。
「いらっしゃい、ゆっくりしていってくれ」
 何処か腑に落ちないが、仲良くしているのならいいだろう――
シンはこれ以上話の妨げにならないようにと軽い挨拶だけにして、冷蔵庫に向き直ろうと、止めていた足を動かす。
「えっと、どこまで話したっけ……あぁそうそう、給食だったわね」
「それで、どんなものが出てくるのだ?」
「色々だよ。揚げパンとか、蜜柑が入ったサラダとか……」
「な……!? サラダに、果物を……!? 正気かうぬ等……!」
「正気も正気、闇統べちゃんも食べてみれば美味しいって分かるよ。他にもねぇ……」
どうやら小学校の給食の献立について盛り上がっているみたいだ。
得意げに語るアリサ達、それを一字一句聞き漏らすまいと身を乗り出している闇統べる王。
そんなに給食が気になるのだろうか。

闇統べる王は我が侭なので、食べ物の好みにも煩い。
よく言えばグルメだ。
まず一口食べて、それが気に入らなければ皿を下げてしまう。
これでも、テーブルをひっくり返さないだけマシな方だ。
こだわりがあるのか、外食には興味を示さなかった。
ファーストフードなど眼中にない。 
前に、雷刃の襲撃者がハンバーガーを食べてみたいと駄々をこねた時も、闇統べる王はポテトどころか、飲み物の類さえ口にせず、頬杖を突きながら窓の外を眺めていた。

(学校の給食が気になるのか)
 シンは冷蔵庫の扉を開け、飲みかけのオレンジジュースが入ったペットボトルを手に取った。
 学校に通っていない闇統べる王が絶対に味わえないもの――食に煩い彼女が惹かれるのも、無理はないのかもしれない。
(あれ……?)
 ここでシンは、ある引っ掛かりを覚えた。
キャップを緩める手が思わず止まる。
 前にも、こんな事があったような気がした。
だが、それは給食の話ではないという事だけは確信を持って言える。という事は――
(学校、なのか……?)
 管理局のロビーで熱心そうに見ていた、小学校のパンフレット。

そして今回の給食。

 そこから導き出される答えは一つ。

また数日が経過した頃の管理局、シンは空いた時間に、ここでの自室と呼べる部屋に闇統べる王を一人呼び出した。
小さな透明ガラスで作られたテーブルの上に、二人分のコップと紙パックの林檎ジュース、十円玉サイズのチョコチップ・クッキーがどっさり入ったお皿が置かれていた。
ちなみに、このクッキーは日本全国のスーパーマーケットやコンビニエンスストアで、六十六円で販売中だ。
一つ一つは小さくても、その量の多さで、精神的に満足出来る、シンのお気に入りのお菓子の一つだった。
指定した時間に時計の針が進むと
「来たぞ」
 ノックもなしに、バリアジャケットを展開した闇統べる王が、ドアを開けて入ってきた。
随分と失礼なものだが、今更彼女に注意するのも馬鹿馬鹿しいので、シンはもう放置している。
だから部屋の鍵も開けておいたのだから。
 シンが座ってくれ、と言う前に、闇統べる王は彼の対面に、勢いよく腰を下ろした。
あぐらを掻く座り方は女の子らしくない。ましてや彼女はタイトスカートだ。
足なんて組んでしまうと、大事な部分が見えそうで見えない、何ともむず痒い感覚に苛まれる。

「それで……んぐっの用だ」
 闇統べる王は左手をクッキーに伸ばし、五、六個それを鷲掴み口の中に入れながら、自分を呼び出した理由をシンに問いただした。
 もっきゅもっきゅ、ボリボリと頬を膨らませながらお菓子を貪る姿だけは、可愛かった。
口元にクッキーのカスまで付いている。
シンはカスを取りたい衝動を必死に押さえ、今回の用件を切り出した。
「その、さ。ここ最近、お前の行動を見て疑問に思った事があるんだ」
「……言ってみろ」
「じゃあ。もしかして、学校に通いたい……とか?」
シンの言葉に、闇統べる王はエメラルドグリーンの瞳を僅かに揺らした。
その小さな変化を、彼は見逃さなかった。
 図星か、とシンが心の中で結論づけたと同時に、闇統べる王はバリアジャケットの袖で口元を拭った。
そして胡坐から正座へと居住まいを正し、改めて彼の紅い瞳を見据えた。

「それは後で話す。これからの、先の話だ」
「先……将来の夢か?」
「そういう言い方もあるな」

シンは困惑した。
将来の夢、などと冗談のつもりで言ったのに、闇統べる王は怒りもせず否定もせず、肯定したのだ。
自嘲めいた笑みらしきものを浮かべているが、何を意味しているのだろうか。

目を丸くし口をアホみたいに開けているシンを余所に、闇統べる王は紙コップの中に林檎ジュースを注ぎ、一口飲んだ。クッキーの所為で渇いていた彼女の口内が潤されていく。
一息ついたのか、小さく息を漏らした闇統べる王は、テーブルの上に頬杖を突き口を開いた。
「シン・アスカ、我はな……政治家になってみようと思う」
シンは闇統べる王の言葉が理解できなかった。自分の両耳をポンポンと触ってみるが、異常なぞある筈もなく。聞き間違いでも、幻聴でもない。まぎれもない事実。
 闇統べる王は、政治家になると言ったのだ。

「……は?」

 シンはどう答えていいか分からず、彼の口から出た言葉は、何とも間抜けなものだった。
気持ちは分からないものでもない。
見た目九歳のようじょが「大きくなったらケーキ屋さんになりたいの~」というのとは、次元が違う。
自分至上主義の闇統べる王が、その身を犠牲にしてまで国を想い、国民を想う仕事――政治家などというものになりたいと。
嘘だ、と叫びたくなるのを、ぐっと堪える。
「う、嘘だろ?」
「下郎が……馬鹿にしているのか」
「いやそうじゃなくて! ごめん!」
ゆらり、と目に見えそうなくらい闘志のオーラを纏いながら立ち上がった闇統べる王に、シンは平謝りする。
自称『王』だから人の上に立つ仕事に興味が湧いたのだろうか? 
それにしたって、政治のセの字も知らない闇統べる王には、どだい無理な話ではないのか。
闇統べる王は冷ややかな目でシンを見下ろしていたが、小さく鼻を鳴らし乱暴に座る。
その衝撃で、コップの中身のジュースが波で荒れた。
「いいかシン・アスカ……我はな、諦めてなどいない。我が、いや我等が目指した世界を」
「世界……」
闇の書事件から端を発した闇の欠片事件。
この騒動の主犯格であるマテリアル達が望んだもの――それは力を蓄え『砕け得ぬ闇』としての復活。
安らかな闇と破壊、混沌……人間に限らず、動物、植物、果ては『世界』そのものに死を与える。

「お前……!」
「あぁ訂正する。もう『闇』はいい」
「いい?」

 どういう事だよ、とシンが闇統べる王に懐疑的な視線を送ると、彼女はクッキーを一つ摘まみ、弄ぶ。
 シンは「食べ物で遊ぶな」と注意したかったが、珍しく真面目な闇統べる王が自分の事を語っている最中だから、それを邪魔するのも悪いと思い、開きかけた口を噤んだ。

「もう『世界を血と怨嗟に染める』『砕けぬ力を手に入れる』『心地よき永遠の暗黒を手に入れる』とかとかとか……そんなものに……んぐ、ひょーみがふぁふなっふぁ」

 闇統べる王は気怠そうな表情を浮かべ、白魚のような指先に絡め取っていたクッキーをそっと口に運んだ。

「……い、いいのか? それで」
 闇統べる王である。闇の書の、闇の復活を企んでいた彼女が、自らの存在意義を自分で否定しているのだ。
この場になのはがいたら、彼女は自分の米噛みを人差し指でトントン、と叩き「闇統べちゃん頭大丈夫?」と聞いていただろう。
シンの問いに、闇統べる王はニヤリ、といやらしく笑う。
「やはり王たるもの、他者の頂点に立ち自分の意のままに動かし国を統治する……それが王の正しき姿だと再認識してな」
「おい」
 どっちもどっちだ、とシンは心中肩を落とした。
 以前のように、闇の復活を目論んでいる闇統べる王と、今現在の、王になり人間を支配しようと夢見る彼女。
どちらにしても、シンを含む人間達には目指してほしくない夢である。
「まずは第九十七管理外世界の地球、日本を拠点にし、隣国の韓国・北朝鮮・中国・ロシア・ 台湾・アメリカ……と
 徐々に根を生やしていき、ゆくゆくは全世界を手に入れる。そして次はこのミッドチルダを……」
水を得た魚のように語りだす闇統べる王。
若干頬も赤い。
身振り手振りで、シンに自分の夢がどれくらい凄いのか、丁寧に説明している姿だけは微笑ましいが、その中身が、漫画に出てくる悪役並みなのはいただけなかった。

破壊から支配へ――闇統べる王の夢は『世界征服』だった

(厳密にそうだとは言わないが)

まぁ政治家になるという事は、力で支配するのではないという事だろう。
せめてもの救いだ。
先の事件で、少しは自分が小物だったという事を理解したのだろうか。
これは間違っても言葉にしてはいけないが。
「……と、いうわけで、だ。我を学校に通わせろ。
 政治家になるには色々手順があるそうだからな」
「本気かよ……」
「本気も本気、大本気というやつだ」

 頭を抱えるシンに、闇統べる王は悪戯っ子のように、しかし可愛らしく舌を出し、外見年齢相応のあどけない笑みを見せた。

(けど)

シンは抱えていた手を力なく垂らし、窓の外を眺める。
今日の天気は、綿飴雲の行進だった。それを風が煽り、太陽が応援している。
過去を克服しようと、自身と戦っている星光の殲滅者。
現在を楽しみ、周囲の者と手を取る雷刃の襲撃者。
未来に目を向け、立ち上がった闇統べる王。
自分はこれから先、彼女達と、どんな人生を送っていけるんだろう――シンの胸中に、不安という暗雲が立ち込めてくる。
分かり合えたと思ってはいたが、実際は違うのかもしれない。今回の件がいい例だ。

(それでも)

分かり合えなくても、話をしよう。
人生、まだまだ先は長い。彼女達と過ごす時間は、腐る程ある。
その間に絆は作れる筈だと、シンは多少楽観視していた。
「やってやるさ」
「ちなみに、うぬは我の僕第一号として使ってやる。喜べ」
「アンタって人は!」
自分の足で、前を向いて、そして手を繋いでいけば。きっと素敵な人生を送れるだろう、と。
シンは力強く、握り拳を作った。

 自分達なら、歩いていける――そう信じて。

机の上に置いてあったシンの端末に、メールが届いている事を知らせるランプが点滅している。
そのディスプレイには『星光』と『雷刃』の文字が浮かんでいた。

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最終更新:2010年05月30日 08:51
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