闇の欠片事件――闇の書事件から一週間後に起きた騒動は、なのは達の活躍で無事終結した。
闇も、闇の欠片から生まれた者達も、今度こそ、完全に消滅した――筈だった。
「何なんだよこれは……」
「すみません、騒がしくて」
「あれー? もうお菓子ないよシーン。僕もっと食べたい」
「さっさと茶を注がんか、下郎」
この部屋の主――シン・アスカ・高町はがっくしと肩を落とし、溜め息を吐いた。原因は、目の前にいる三人の女の子。
謝罪しつつも、のほほんとお茶を飲んでいる星光の殲滅者。
中身が空になったスナック菓子の袋を逆さに振っている雷刃の襲撃者。ちなみに、袋の底に溜まっていたカスが床にブチまけられたのは言
うまでもない。
罵倒しつつお茶のおかわりを要求している闇統べる王。
彼女達三人は、闇の欠片から生まれ、闇の欠片事件で消える筈だったもの。どういう訳か、事件終了後もこうして現界している。
以前と違うところは、彼女達は闇の書の闇の復活を目論んでいる訳でもなく、外見年齢相応の女の子になっていた。
デバイスも所持しているし、魔法も使えるようだが、何か行動を起こす事もなく、今もこうしてシンの部屋で寛いでいる。
何故こんな事になったのかは不明だが、彼女達は通常の思念体とは違い、防衛プログラムの構築素体の一部で、独自の意識を持っている所
為ではないか、とクロノとユーノが結論づけた。
当面は様子見で――時空管理局提督、リンディ・ハラオウンの鶴の一声とも言うべき発言で、この小さな騒動も幕を閉じた。
嘗てのフェイトやヴォルケンリッター達と同じく、保護観察として処分されている。
(何も皆押し付ける事はないよなぁ)
そして、保護監察官に選ばれた――白羽の矢が立ったのがシンだった。
シンは新暦六十四年、第九十七管理外世界の地球と呼ばれる惑星に次元漂流してきた。
シンは今住んでいる地球生まれではなく、異世界――遺伝子工学が発達している、コズミック・イラという世界から事故で流されてきた次
元漂流者だ。
戦争によって家族を亡くし、軍に入隊、争いのない世界を実現する為に戦い、その果てに嘗て上司だった男に敗北し、乗っていた機体が爆
発する寸前で意識を失い、彼が次に目覚めたのは、どういう訳か異世界だった。
文字通り右も左も分からず途方に暮れていたところに声を掛けてくれたのは、喫茶店『翠屋』を経営する高町夫妻だった。
高町家の人々はシンを優しく受け入れてくれた。時には衝突し、涙を流した事もあったが、本当の家族のように接してくれた事に、シンは
自分の正体を明かす。
異世界やロボット等、この地球の常識では漫画やアニメのような話でも、彼等は笑う事なく「シンの言う事だから」と信じてくれた。
そうして高町家の、真の家族として過ごしてきたシンの運命は、後にPT事件と呼ばれるものに、高町家の末っ子、なのはと共に巻き込ま
れる事で、再び動き出す。
魔法――ジュエルシードと呼ばれる物を巡る戦いは、ある意味ファンタジーな世界からやって来たシンも、ファンタジーと感じられずには
いられなかった。
魔法? 変身して戦う? おいおい、こっちの世界じゃテレビアニメでやってたぞ――と、当時のシンは開いた口が塞がらなかった。おま
けに、自分自身も魔法少年に変身! という訳ではないが、魔法が扱えるなんて事に。
人の言葉を理解し、喋るフェレット――ユーノと、魔法少女として覚醒したなのはと共に、シンは魔法のステッキよろしく身の丈程もある
大剣で魔導士としてのデビューを果たした。
「……ン! シンってば、ねぇ!」
「!」
ハッとして顔を上げると、眉を吊り上げ、薄い紫の瞳でこちらを睨み、頬を膨らませている雷刃の襲撃者。後ろでは、闇統べる王が腕を組
んで「我は憤慨している」とアピールしていた。
「何ボーっとしてるんだ、暇だから僕と遊ぼーよ!」
「えっあぁ……悪い、ちょっと考えてた」
「いいから茶を注げ下郎。遅れた罰で茶請けも出せよ」
「お茶請けといえば、サトートーカドーのデパ地下で売っていたお饅頭がまた食べたいものですね」
過去を振り返っている暇なんかない。今はこのお嬢様方を満足させねば、とシンは気持ちを切り替え、ゆっくりと立ち上がる。
(敵だの何だの、言葉を交わして分かり合えるなら、それがいいもんな)
コズミック・イラで悲惨な人生を歩んできたシンの心の傷は、この世界の住人達が優しく癒してくれた。
高町家の人々やなのはの親友、すずか達月村家、アリサ達バニングス家の人々。フェイト、アルフ、ユーノ達スクライア一族、クロノやリ
ンディ、エイミィ達艦船アースラの乗組員。そして、はやてやヴォルケンリッターの皆。
自分の事を家族や友達、仲間と言ってくれた皆に、シンは心の中で何度も感謝した。そして、そんな皆の為に何かをしてあげたいとも。
人は分かり合える。それは幻想かもしれないが、その努力もしないのなら、人は滅んでも仕方のない生き物なのかもしれない。
人は言葉で分かり合える事を、シンはなのはから教わった。そしてシンは闇の書事件、闇の欠片事件で、敵であったヴォルケンリッターや
構築素体の彼女等に、何度も呼びかけた。
その結果が今のこの状況なのかは分からないが、もしかしたら……。
話せてよかった、と。分かり合えてよかったと、シンは思わずにはいられなかった。
まぁ、
「だから無視するなよシンのバカー!」
「いい加減にしろよぉ塵芥の分際でぇ……! 我を無視するとはいい度胸だなぁ文字通り塵にしてくれようかぁ!?」
「シンさん、このプリン頂きます」
本当に分かり合えたかどうかは、首を傾げざるを得ないシンだった。
最終更新:2010年05月31日 14:30