闇の書の防衛プログラムの、構築体の一部としてではなく、一人の女の子として再誕したかどうか、そこんとこよう分からんが、マテリアル達は新しく宿った命で毎日を一生懸命に生きている。
罪を犯した事実から目を背けず、償う為に時空管理局に赴き、身を粉にして働いている。まだ子ども(借り物の姿だが)ながら、その姿勢は頑張れと応援したくなる。素晴らしい心掛けだすばらしい。
だが、シンの胸の内に、一つの不安があった。
毎日を面白おかしく楽しい保護観察生活を送っている(であろう)雷刃の襲撃者と闇統べる王に比べ、星光の殲滅者は日々浮かない顔をしていた。
彼女が自分の処遇に嘆いている訳ではない。本人の口から「罪は償う」と言っていた。
では、原因は何なのか。
シンはそれが分からず、己の無力さにうちひしがれていた。
闇の書の防衛プログラムの、構築体の一部としてではなく一人の女の子として生まれ変わった星光の殲滅者、雷刃の襲撃者、闇統べる王。何と彼女達はアイドルとして生まれ変わったのだ! その名も『こーちくたい』平均年齢九歳の超人気アイドルグループ! ランキングも毎週首位を独占! ライブツアーのチケットも即日完売! ラジオ収録、テレビ番組への出演、新作の為のレッスン……等々、日々アイドルとして――
「どうですか?」
「んあ?」
テレビ画面に釘付けになっていた星光の殲滅者は、後ろにいるこっくり、こっくりと船を漕いでいたシン・アスカ・高町に顔を向けた。その頬は赤く染まり、瞳はキラキラと輝いている。
「うぇ、あ、マネージャーのクビは待ってください!」
「……シンさん?」
「……夢かよ」
目蓋を擦り、欠伸を噛み締めるシン。
「悪い、何だっけ」
「彼の在り方です。生物が持つ闘争本能を剥き出しにし、闘いを求め、己が欲望に従う。これこそが、人間というものだと私は思うのです」
「そうか」
シンは適当に相槌を打ったが、星光の殲滅者は特に気にする事無く、再びテレビに向き直った。
『戦いの中で、人は己の闘争本能を蘇らせる……』
『我等の闘争本能の赴くままに、イラブーとミミガーのエネルギーを使い切れば、地球の文明は滅ぼされないかもしれんぞ!?』
『戦うと元気になるなぁ!? ヒデキ! 死を意識する事が出来るから、生きる事を実感出来る!』
『命を繰り返す為には、戦い続けねばならんから残っていた!』
(アニメかぁ)
つい先日まで、星光の殲滅者に元気がない事に、それが分からない自分自身に憤っていたというのに、当の本人はテレビアニメに夢中になっている。
もっと複雑な事情があったのかと思いつめていたのに、テレビアニメを見ただけであんなにも歓喜しているなんて……。
(まぁ、いいか)
実に子どもらしく微笑ましいものではないか、なぁ兄弟よぉ。今女の名前を呼ばなかったかい?
(呼んでない)
シンは謎の電波を送ってきた主にツッコミを入れ、同時に溜め息を吐く。
さっきの通り、テレビアニメに夢中になるのはいい。可愛いから。
『貴様は戦っているぞ!』
『あなたがいるからでしょう!?』
『私は人間だぞ、封印されたままという訳にはいかん!』
『戦いの歴史は、繰り返させません!』
『もう一度封じられるかぁ!? このムギ・ムガンルムを!』
「ムギ・ムガンルム……是非あなたと闘いたい。シンさん、彼は今何処に? これは中継モニターなのでしょう?」
「残念だけど作りものだ。この変人は架空の存在だぞ」
「……そうですか」
肩を落とし落ち込んでいる姿は、後ろから抱きしめたくなる。
実在する人物だと本気で思いこんでいたらしい。マテリアル達は人間ではなくプログラム体、しかも生まれて間もないので、人間のサブカルチャーの事など知らないのだから無理もないが。
問題なのは、星光の殲滅者は、まともそうな主人公の男の娘ではなく、
『あなたが戦う力を守ってこられたのは、ティアナ様をお守りするという、誇りがあったからでしょ!?』
『その誇りをくれたのがティアナなら、奪ったのもティアナなのだ! 労いの言葉一つなく、トーキョーに帰ったんだよ! パンツめくりなどという下劣な趣味を持つティアナの為に戦う貴様なぞに、この私は倒せん!』
『倒す……倒します!』
闘いが大好きな、物語のラスボスらしい変人にときめいているようだった。
(共感してるのかな)
「んぅ……らいじん……けん」
自分の膝を枕代わりにして眠る雷刃の襲撃者の頭を撫でつつ、シンは闇の欠片事件で、初めて星光の殲滅者と出くわした時を思い出す。
闇の書の復活を目的とし、邪魔する者と戦い力を奪って糧とする。実直だが闘いを求め、そして散り際に見せた儚げな姿。
(もしかして、まだ引きずってるのか……?)
星光の殲滅者は、今も心のどこかで闘いに飢え、苦しんでいるのかもしれない。だとすれば、それは由々しき事態だ。直ぐにでも管理局に連絡し拘束、最悪の場合、存在自体が抹消されるかもしれない。
シンはまだ管理局員として日が浅い。人ではないプログラムの一種である彼女達に、人権と呼ばれるものがあるのかは分からなかった。
危険因子は排除すべきという、管理局員としての理性的な考えと、マテリアル達を信じたいと思う感情的な考えが、シンを苦悩させる。
(レイなら……どうするんだろうな)
今は亡き親友を想い、彼ならどういう答えを出すかと考えてみる。
(やっぱり……)
どんな時も取り乱したりせず、物事を冷静に捉える彼ならば、理性的な方をとるだろう。それはシン自身もよく分かっていた。
『お前のやりたいようにすればいい』
『気にするな、俺は気にしない』
でも、もしかしたら。自分の考えに賛同してくれるかもしれない。あの時と同じように。
「なぁ、星光」
「何ですか?」
アニメの方がコマーシャルになったところで、ちょうどいいとシンは星光の殲滅者に声を掛ける。彼女はこちらに向き直らず、顔を横に向けて、アジュールブルーの瞳だけをシンに向けた。
「闇の書の復活、諦めてないのか」
「…………」
シンの問いかけに、星光の殲滅者は目を伏せる。その態度に、シンは苛立ちを募らせた。どうして直ぐ否定してくれないんだ、と。
彼女は今度こそシンと向き合い、ぽつりぽつりと心境を語り始めた。
「闇の書の復活は、するつもりはありません」
「じゃあ、何で……元気ないんだよ。ここ最近、思いつめてるみたいだし」
「……正直に言えば、私はまだ闘いたい」
「誰と」
「私は、闘いという行為そのものを欲しているのです、シン」
目の前の女の子の直向きな願いに、シンはどう答えていいか分からず、そんな自分に顔を顰める。それでも何とか言葉を掛けようと、自分の中でも上手く纏められない言葉を吐く。
「それなら……シグナムさんみたいに、試合形式のものじゃ、駄目なのか?」
「……私が闘い続ければ、それは闇の復活に繋がってしまうのではないか、と危惧しています。確かに『私』は、闇の書の復活を望んではいません」
ですが、と星光の殲滅者は一旦言葉を切り、次の言葉を強調するように喋る。
「闇の書の防衛プログラム、構築体の一部としての『私』が、闘えと。闘い、力をつけ、血と怨嗟の暗黒を蘇らせよ、と」
「…………」
「それも『私』です。二つあっての私です。私という存在が生まれてから、一度も消えぬ思い。どんなに忘れようと努力しても、忘れる事が出来ない思い。私はこの先、消えるまでずっと、この思いに苛まれていくのでしょうね」
胸に手を当て俯く姿は、今にも消えてしまいそうだった。その姿に、シンは思わず両手を伸ばし、星光の殲滅者の肩を抱き、そのまま自分の胸に引き寄せる。その所為で眠っていた雷刃の襲撃者の顔が、星光の殲滅者のお腹に下敷きにされたが、彼女は起きる事無く、フガフガと健やかな寝息を立てていた。息苦しそうに聞こえなくもないが、なに、気にする事はない。ついでに構築体何だから息しなくても平気じゃね? 的な考えもあるが、なに、気にする事はない。彼女達が何なのか、分かっていないのだから。
「……シン?」
「ごめん、でも星光が、ここから消えちゃいそうで」
「っか……! がっごほっごほ! んぅ……」
息苦しく咳き込んでいる声が聞こえたが、二人の耳には届いていなかった。
『グミくれよ!』
『やーだよ!』
それ以来二人は黙り、シリアスな雰囲気には場違いな、テレビの音だけが鳴っていた。やがてコマーシャルは終わり、本編のBパートがアイキャッチと共に始まる。
『今の地球を破壊する必要なんてどこにもないんですよ!』
『それがあるんだよ! 何も変わらない、ただ時が流れていく暮らしに耐えられない地球人は、チャンプルーを呼び覚ましたんだ、坊や!』
『そんな事ありません!』
『だったら! 何故ティアナは凡人帰還作戦を始めたのだ。何故yagamlはそれを止めないのだ!』
『何故……!?』
『今までの時代は間違っていたのだ。人類は戦いを忘れる事などできはしない。だから! このイラブーで全てを破壊して、新しい時代を始める!』
「私はどこへも行きません。少なくとも、あなたに何も告げずに去る事は」
星光の殲滅者は顔を上げ、シンの紅い瞳を真っ直ぐに見つめる。その表情は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「この感情を抑えて生きていく事は容易ではありません。ですが、今の私には、目標があります」
「目標……?」
目を丸くするシンの頬を、星光の殲滅者は左手でそっとなぞる。
「あなたの隣に、胸を張って並ぶ事です」
「お、俺の……?」
シンは頬が熱くなるのを自覚し、それを星光の殲滅者に悟られないよう、剥がすように彼女の左手を掴む。自分の手の平に覆われた彼女の手は、火照った顔にはちょうどいい冷たさで、当てていると気持ちがいい。
「あ……」
「!」
触れた途端、彼女が発した小さな声。その中に艶かしさを感じたシンは、羞恥で顔を背けようとするが、
「動かないで下さい」
「うぁ……」
顔を両手でがっちりと掴まれ固定される。
見つめ合う二人は恋人のよう。しかし、某絵画の人物のように頬をへこませているのは、いささかムードがなかった。それでも、星光の殲滅者は気にする事なく、潤んだ瞳でシンを見つめる。
『純粋に戦いを楽しむ者こそ!』
『自分を捨てて戦える者には!』
時間にして数分だが、シンにはその倍以上も経過したと錯覚するような時間。
星光の殲滅者はシンにもたれていた体を起こし、そのまま背を向け何事もなかったかのようにアニメの視聴を再開した。
『遅いっ!』
『オ・ノォォォォォレェェェェェ!』
まだ火照る頬と動悸が激しい心臓を煩わしく思いながら、シンもテレビ画面に目を向ける。敵の御大将がシークァーサー果汁に飲み込まれて、闘いの決着が着いたようだ。
「さて……終わったようですし、行きましょうか」
「? 行くって」
リモコンでテレビの電源を待機状態にし、ゆっくりと立ち上がる星光の殲滅者に、シンは首を傾げる。
「高町桃子に買い物を頼まれていたでしょう?」
「! あぁ……うん」
先程の嬉し恥ずかしイベントの所為で、すっかり忘れていたらしい。
気持ちを切り替えるように頭を振ると、星光の殲滅者はクスリと微笑んだ。それは彼女が今まで見せた事のない、あどけないものだった。
「な、なのはとフェイトに声掛けてきてくれ、一応」
「分かりました」
自分のやっている事に恥ずかしさを覚えたシンはまた頬が熱くなり始め、誤魔化すように言うと、星光の殲滅者は素直に応じ部屋を出て行った。
「ったく……俺ってやつは」
「話は終わったか? なら、今まで我を蔑ろにした罰を与えんとなぁ、下郎」
底冷えするような声色が、シンの背後から聞こえた。
ギギギ、と錆びた機械のような動きで振り返ると、闇統べる王が額に青筋を立て、愛用のデバイス『エルシニアクロイツ』を弄んでいた。
最終更新:2010年05月31日 14:39