ふよふよふよふよ。
そんな擬音が付きそうなほどに低速で、暗くなり始めて次第に出始めた月の下を浮いている歪な影。
どれくらい歪かと言うと、長い棒の上に大きな丸い物が二つ重なり合い、そして後ろにも一つ丸い物が付いているために、影が串団子のようになっている……とでも言ったところだろうか。
だが、特徴的な少し折れ曲がった三角帽が加えられているため、典型的な串団子に烏賊のげそか何かが刺されているような、何とも言えない印象を受ける…影だけを見るならば。
「あ~あ。なーんで私はこんな事やってるんだろうなー。」
「うわっ、揺らすな!中の野菜が落ちたら、取りに行かなきゃいけなくなるだろ。」
「そのためにお前が支えてるんだろ~?がんばれ、男の子!」
「なら揺らすな!こっちも結構バランス取るの難しいんだぞ。」
やってられない、とでも言いたそうな感じで影だけ見ると串みたいに見える箒に跨りながら、愚痴を零す少女。
……いや、ただの箒だよ?ただ、先っぽに大きな袋がぶら下げられているだけで。
その愚痴に、同じようにやってられないといった感じで愚痴を返しながら、その袋を支えるように下から持ちながらゆっくりと浮いている少年。
小さな身体で、背丈だけならば自分と同じくらいの大きな袋から野菜が零れ落ちないように、必死にカバーしている。
「あの……すみません、シンさん。お客さんにこんな事させちゃって……」
その少し後ろをこれまたゆっくり移動している兎耳の少女が、伏目がちの目で申し訳そうに謝る。
でも、シンと呼ばれた少年は小さく微笑み、優しく返した。
「あ、鈴仙さんは気にしないで。いっつも永遠亭の人たちには診察の後に泊めてもらってるし、それに、妖怪とはいえ鈴仙さんみたいな小柄な人が一人で持とうとするには、大きさから考えて結構辛いと思うよ?」
「でも、さすがに私がこれでは悪いかなあ、と……しかもシンさんは今子どもですし……」
ちらり、と伏目がちのままで、結び目を小さな両手でしっかりと持っている、風呂敷に包まれた荷物を見る鈴仙さん。
綺麗に風呂敷に包まれたそれは、箒の先端にぶら下げられている大きな袋と比べると、小さく見えた。
だけど……
「でも、鈴仙さんが持ってるの白菜だよ?いくらこっちと比べて袋が小さいっていっても、こっちより重いと思うんだけど。」
「おいおい、鈴仙も妖怪の端くれだぞー?私みたいなか弱い人間の少女と違って。その程度なら何ともないぜ。」
「あんたは肉体的にか弱くても、精神的には全然か弱くないだろ。」
そもそも、『異変』解決と称してしばしば妖怪退治をやっている(しかも自主的に)奴の、どこがか弱いんだ。
最早完全に趣味の域だろ、それ。
「ちぇっ、永琳ばかりかうどんげまで。なーんか私ばっかり損してるよなー……そうだ。」
「っと、わっ。揺らすなって言ってるだろーっ!」
ぐらり、と大きな揺れが、後部から襲う。
その揺れで危うく落としそうになった荷物を、慌てて前傾姿勢で抱える。あ、危なかった……
危なく落ちそうになった荷をぎりぎり腕全体で抱え込んで、そのまま落とさないようにゆっくり姿勢を直して……
「ふう。おい、魔理沙。あんた、しっかりバランス――」
「おー、絶景だなあ。」
何してるんだ、こいつ。
振り向いた先の、真後ろの光景に、思わず唖然とし……一寸間をおいて、赤面した。
「おまっ、ちょっ、○×δυ……」
「おお、新しい表現だな。でるた・いぷしろんって。」
赤面している俺を余所に突っ込みを入れてきたが、そんな事はどうでもいい。
……羞恥心というものがないのか、こいつには。
いくら下にはいている下着が色気の感じられないドロワだからって、スカートをはいた少女が足を組んで逆さに、まるで小さな子どもが棒に足でぶら下がるみたいに箒にぶらさがるな!
危ないし、見える!
「おや、シンちゃん顔が赤いぜ?」
「き、気のせいだろ。暗いからな、今は。見えないだろ、色なんて。」
「ふ~ん……シンちゃんにはあのまんまるお月様が見えないんだな、それともぉ~~~…」
逆さになったまま、にんまりと猫を思わせる笑みで(そのくせに、三角帽子は愚か髪すら乱れないのは不思議であるが)、そっぽを向く俺を弄るように声を掛けてくる。
……が、そっぽを向いたその顔が少女の言葉通りに赤いのは致し方ない……のかもしれない。
「ど、どうでもいいだろそんな事。それよりも、さっさと体勢戻せ。そんな姿勢じゃ、不安定だろ。」
「それなら、シンちゃんも同じ体勢になればいいだろ?」
「嫌だ。お前みたいに、羞恥心を捨てちゃいないんだよ、俺は。」
(馴染んできてるなー……ま、いいか。)
最早、紅魔館の妖精メイドたちと同じエプロン・ドレスを着ていることには突っ込みすら入れようとしないシンを尻目として、魔理沙はじっ、とその目の前の絶景を眺める。
……うん、絶景絶景。いやいや、本当に絶景だ。
男の子の『三角州』とはいえ、素材がよければ中々である。
「だからやめろって。仮にも女の子が、はしたない。」
「仮にもって、失礼だな。それじゃ、シンちゃんははしたなくないのか?」
「???何で俺がはしたないんだ。俺は、今はこんな格好してるけどれっきとした男――」
「ああ、男の娘だな。かわいいかわいい、メイド服に身を包んだ。」
「……お前、一回病院行ってこい。いや、病院じゃないしそもそも幽霊だけど、そのテの病気に詳しい人知ってるから。」
「お断りだぜ。大体が、今からそいつとは違うけど医者のところに向かっているんだろ。態々、別の医者に行く必要も無いし、それに私は正常だぜ。」
正常な奴は、そもそも女装した男を見て楽しんだり、男に女装させようとはしないと思う。
そうは思ったが、言うだけ無駄なのでわざとらしく溜息を零すのに留めた。
それを少し離れて見ていた鈴仙は……
「そう言えば、何でシンさんはそんな……え~っと、とてつもなく可愛らしい服を着ているんですか?」
「や、鈴仙さん聞かないで、お願いだから聞かないで……」
「っていうか今更だな。」
今更も今更、といった質問にそう返されて、きょとんとしていた。
―――――――――――――――
ざあああっ……風の音と共に、天まで届くかと思われるほどに成長した竹が、その細かい葉を擦れ合わせる。
そんな竹林ならではの音に耳を傾けながら、大きな月を何となく眺めていた女性は、一人ごちた。
「今日は、月が綺麗だわ。本当に……」
「ええ、そうですね。師匠。」
……断じて、気付かなかったという訳ではない。
最早こうやって月に堂々と姿を曝しても追手が来ないほどに平和な現在ならばいざ知らず、追手に追われていた頃――凡そ千年前のこの時期に、この程度の気配も感じ取れないようでは「あの子」と共にあっと言う間に捕まってしまっていただろう。
現に、いきなり後ろから聞こえてきた声――兎耳の少女の一体だが、こちらはどこか、兎より猫という態がしっくりきそうな少女だ――に振り向きもせずに、青色の帽子を被った女性は、のんびりとした口調で続けた。
「意外と早かったわね、てゐ。我らが姫様の、ご機嫌はどうかしら?」
「そりゃあもう、天井知らず、鰻登り。文屋からの新聞が来てからは更に嬉しそうですね。春の妖精と、良い勝負ですよ。」
其の内、意味も無く弾幕をばら撒き始めるんじゃないか、と思えるほどに今日の姫様はハイテンションだった。
あの少年が診察に来る前には、何時も行なっている禊の儀の最中、本来神聖な儀であるはずのそれの最中に、水面を激しく揺らすどころかそこに潜るほどに。
……狂喜乱舞。正に、それに相応しいと言える態であった。
「姫様も、蓬莱NEET脱却できたはいいんだけど、もう少し抑えが利かないかしらねえ……」
「いや、無理でしょそれは。それと師匠、正確には脱却できてません。あの人間が来る時だけ、猫を百匹も千匹も被っているだけですから。」
さらり、と笑いながら本来なら雲の上のはずの人物をとぼす。
主を主とも思わない、その言葉に青い帽子の女性が苦笑するが、まあ、否定はしなかった。
「それにしても、うどんげは遅いわねえ。夕暮れまでには戻ってこれると踏んだのに。」
「鈴仙って人気がある上にお人好しなとこ、ありますから。大方、何か貰ったはいいけど自分一人じゃ運べなくて、おろおろしてべそでもかいてるんじゃないですか。」
「……その光景が、容易に想像できるわねえ。」
さては、あの少女を一人で往診に向かわせたのは失敗だったか。
事柄こそ、手が離せない自分の代わり、単なる確認という意味が強かったものの、それぐらいは難なくこなせると思ったのだけれど。
……人気者は辛いわね、と、思った時にパンパン、と短いスカートに似ているタイプの服装を軽く叩いた、音が聞こえて。
「さ、何時までも主を放っておくのもなんですから、それじゃあ私はそろそろ、姫様のお付に戻りますね。時間掛けて、また不貞腐れられても困りますので。」
「忙しいわね、お互いに。ま、あの子のハートを射止められるように着飾ってあげなさいな。偶には、和服だけじゃなくて洋服も良いかもしれないわね。」
「師匠も、千年間そうそう見れなかったのは解らなくもないですけど、あれから結構経っているんですから。
何時までも、月ばかり見ていないで下さい。それと、洋服も(やたら露出の高いものを)チョイスの中には入れています。」
「はいはい、解ったわよ。……あら?」
「あーーい・きゃーん・ふらーい!!」
「飛ぶなーっ!箒から飛び降りるなーっ!!……っ、鈴仙さん、箒よろしくお願いします!!」
永遠亭の屋敷の近く、竹林を抜けた場所に来たかと思いきや、いきなり箒から飛び降りた――というか相変わらずの箒ぶら下がり決行中だったから、頭から飛び落ちたといった方が正しいかもしれない――魔理沙に、思わず叫ぶ。
と、ひゅううう……と、擬音が付きそうなくらい素直に落ちていく金髪に向けて、飛び出す黒点。
重力下では余程空気の抵抗を受けない限り、そうそう落下速度が変わらないというのに、どうにかして加速しているのか、ぐんぐんと近づいて……地上で見ている件の2人を目視できるかできないか、といったところで、合流して――
「よっと。」
「へ?うわああああああっ!?」
「おー、落ちてく落ちてく。」
手に持った八卦炉で地面に向けて軽く魔力を発し、し続ける落下の勢いを少し殺して、同時にくるんと体勢を立て直す。
……少女を助けるために慌てて飛び出した、黒点の少年が、素っ頓狂な声をあげながら遥か下へと落ちていくのが、何と言うか……むなしい。
「……っ!にゃ、ろおうっ!!」
地面まであまり時間が無い、このまま行けば(=頭からぐちゃっ、となれば)某アニメの鬱結末と同じ目に……といったところで、勢いが良い掛け声と共に少年の落下速度が、目に見えて遅くなった。
『音』を媒介とした、音声魔術。この幻想郷では、現在約二名程度(しかも一名は幽霊)しか使えないであろう、珍しい術。
ただ、その分――制御が、非常に難しいとも聞いている。あ、やっぱり。
「と、まらないいっ!?失敗かよおおおっ!!」
「あらら、頑張るわねえ……てーゐ。」
「はいはい、解りましたよっと。」
はいは一回、とたしなめる前に、走り出す兎耳の少女。
軽やかに、しかしとてつもないスピード。
正に脱兎と呼ぶに相応しい勢いで地を駆け、制御に失敗して真っ逆さまに落ちているその少年の下へと……
「……てゐっ!」
「うわあああっ!?」
降ってきた少年を、ギリギリで追いついたにも関わらず受け止めようともせずに、空中で突き飛ばす。
抵抗の出来ない空中で突き飛ばされた少年は哀れ、思い切り(と、いうか妖怪の文字通り人外の怪力で突き飛ばされたから当然である)横に飛んで……
どしゃっ、べしっ、ずざざざあああっ。……しーん。
「っと、師匠。これでいいですかー?」
上記の擬音を上げて、少し抉れた地面に突っ伏したままの少年を尻目に、後ろを振り向いて結果を報告する。
その動作に、悪びれたところは全くと言っていいほどない。
さすが里である意味凶悪妖怪よりも悪名が通っている(本人は『幸運を呼ぶ程度の能力』のはずであるが)ウ詐欺である。
ちなみに、後ろ手で少年より後に落ちてきた荷物をキャッチする事も忘れていない。
ある意味、さすがだ。
「てゐ、あなた、この永遠亭の未来の旦那候補を何だと……ま、まあ死んでないならいいわ。」
「て、てゐ!あなた、シンさんになんて事を……って、師匠もそう簡単に許さないで下さい!!」
その所業に、さすがに女性も呆れた様子を見せるが、すぐに気を取り直して傍に駆け寄って脈を測る。
いや、まあ脈なんぞ測ってる場合だろうか、と思えるほど小刻みに痙攣しているけど。
ちなみに、あわてて降りてきた鈴仙の激昂には、当のてゐは見事にスルー。
「まあいいじゃない鈴仙、そうそう怒らなくても。気になっている御仁を傷つけられて怒るのは解らないでもないけど、ね。」
「な、ななななななななななな何言ってるんですか、師匠!わ、私が、そんな、その……」
「いくらなんでも焦りすぎだよ、鈴仙。それじゃあ、よっぽどのにぶちん以外はすぐに気付くと思う。」
「よっ、と。ま、そのよっぽどのにぶちんが、すぐそこで伸びてるんだけどな。」
師匠と先輩と言っていい二人に攻められて、ぼしゅう、と真っ赤になって塞ぎこむ鈴仙。
そこのウ詐欺の言ではないが、そんな反応をしていたらすぐに解るだろう。
と、すたっ、というステレオな、軽い着地音と共に、明るい声が背後から響く。
「あら、久しぶりね。白黒の魔法使い。特に何もしないけど、まあ場所だけは提供するわ。せいぜい、姫の邪魔はしないで頂戴ね。」
「ああ、遠慮無くお邪魔するぜ。ま、邪魔しなくても、どうせ失敗するけどな。」
振り向きもせずにその明るい声の主の少女に、返事を返す。
地面に背中から寝転がる形に寝なおされた上に、土で汚れた少年の顔を自らの服で拭いながらの、ぞんざいと言える返事だったが、医者という職業柄か、あまりそうは聞こえない。
「う~ん、大した怪我はして無いみたいだけど……念には念を入れて、精密検査でもしておこうかしらね。うどんげ、シンを運んでちょうだい。」
「だいたい、あなたは……あ、わかりました、師匠!」
「それとてゐ!お客様への狼藉への罰として、この食材を全て運んでおくように。解った?」
「え~、面倒くさ「断ったら、今日の鍋に肉の種類が一種類増えるわよ?まあ、量が多くなって大人数としては……」喜んで、やらせて貰います。」
返事と同時に、荷物を持って風の如き速さで、兎らしい飛び跳ねながらの動きで逃げ去る少女をとてつもなく恐ろしい(本気と書いて『マジ』と読む。
まあ、当の本人は普通に見送っているだけだと思うけど)視線だけで見送ると、ようやく少女の方へと振り向いた。
「おいおい、精密検査って……あんたんところの兎が原因だろー?それなのに、いけしゃあしゃあと……」
「どっちにしろ、精密検査はするつもりだったのよ。今回の件がなくても、一月に二回程度の定期健診で、ね。」
「それは、しばしばって言う頻度だろ。何でそんなに一月に二回もこんな森の中に来なきゃいけないんだ?」
「……あなた、何も聞いていないの?一年前のこと。」
「うんにゃ、何も。だってさあ、聞いても話してくれないもんな。全く、薄情な奴だぜ。」
頬を膨らませながら、鈴仙が急いで引っ張ってきた箒をくるん、と身体の前で回し、柄の先端を地面に向ける形で肩に担ぐ少女。
その様子からは、嘘を付いているという様子も見られないし、そもそもそんな嘘を付く必要も無い。
それに、この少女は嘘を付くくらいなら――それを嘘だと自分で認識していない限り、だ――、(小さな)胸を張って宣言するタイプだ。
(……まあ、別に良いわね。)
話していないというのなら、それで良し。
医者という立場上、という訳でもないが、患者の秘密を態々勝手に話して、彼の永遠亭に対する心象に悪影響を与える事もあるまい。
幸い、この少女は最近しつこく嗅ぎ回ってくる(何時ものことではあるが)あの鴉天狗と違って、そういった事に余りこだわらない性格だし。
「さ、てと。じゃ、先に行ってるぜ☆」
「繰り返し言うけど、姫の邪魔だけはしないように。」
「邪魔はしないぜ。邪魔は、な。」
そういうや否や、にししし、と白い歯を覗かせた悪戯顔を浮かべながら、箒を持ったまま歩き始める。
……粗茶くらいは出させた方がいいかもしれないわね、姫をあまりにもからかわせないためにも。
……ふう。息を吐いて、長く長く伸びるその影を追うかのように、ゆっくりと立ち上がった女性は、もう一度、暫くの見納め、とでも語るように、月を見上げて――踵を返して、影が消えない程度の間隔で、その後に続いた。
最終更新:2010年07月18日 02:06