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なのは単発-07

「七夕、か」
シンはそう呟いて、満点の天の川を眺めた。
時間は夜。
場所は彼が通いなれた幼馴染である高町家の裏庭。
そこで彼は先ほどご近所からもらってきた竹をくくりつける。
季節は梅雨。
じっとりと湿った空気が、そろそろ夏も近い夜の気温と混ぜ合わされていた。
つい先日までの曇天が全て嘘のようなその状況に、思わず苦笑する。
昨日までの天気予報は雨。
良くても曇りと言う予報であったはずなのだが、今夜に限ってこの晴れ模様。
「まったく、神様の粋な計らいって奴か?」
それとも、乙姫と彦星の執念の賜物といえるのだろうか?
自分達の逢引を、世界各地に見せ付けるなんてとんだ場カップルぶりだ。
もう少しで15に成ろうとする自分には到底想像もつかないことではある。
まぁ、そんなこと彼には関係が無いのだが。
「シン君、出来た?」
不意に、後ろから声がかけられる。
もはや聞きなれすぎて側に居るのが当たり前に成ってしまった声。
彼の誇る親友の一人の声に、シンは後ろを振り返った。
「遅かったじゃないか、なの、は・・・」
言葉を失う。
呆然をする自分を自覚するが、彼はそれをとめることが出来ないで居た。
そこに居るのは彼の小学三年生からの幼馴染。
幾度もの鉄火場をお互いに潜り抜けた自身の翼の一翼。
高町なのはがそこにいる。
ゆかた姿で。
「えと、その・・・似合ってる、かな?」
不安が半分、期待が半分というようなその表情。
普段からサイドポニーにされている茶色の髪は、今日は結い上げられ普段よりもその白く細いうなじをより鮮明に見せている。
浴衣の色は朝顔の柄をあしらった鮮やかな水色。
さらにはお風呂上りなのだろうか、やわらかく甘い、女の子特有のにおいがシンの鼻腔をくすぐってしまう。
本人は気にしている体型も、彼から見れば何のことはない些事である。
「あの、シン?」
「え?!あ、その、ど、どした!?なのは」
不安げな声にいつも通りの浮けこたっをしようとして、どもってしまう。
まずいと思い、咳払いを一つする。
それに対して、やはり、なのはは眉根をよせる。
「もう、ゆかた。似合ってる、かな?」
本人も気になっているのだろう。
彼女はいつも気になればなるほど真っ正直になってくる。
だからこそ、彼はいつの間にか斜に構えるような性格になってしまっていたのだが。
「別に、似合ってるぞ」
それでも、答えるのは妹に鍛えられたせいであろう。
やれ髪型が変わっただとか、体重が二十グラム増減しただの、あまりにもどうでもいいことを連発されるのは幾ら可愛い妹からの兄への言葉とはいえ、それなりにつらいものがある。
世の女性と言うものは、男性にとっては未知でしかない。
それは、親友のほとんどが異性と言うシンにとっても変わりは無かろう。
しかし、その答えになのははいまだ不満げに口を尖らせる。

「・・・それだけ?」
「似合ってるって言っただろうが」
「足りないよ。もっとなんかないの?」
もう、といいながら言ってくるなのはに、もう一度なのはを見やる。
「今日は、髪の毛結ってるんだな」
「うーん・・・25点」
「天数式かよ」
思わずげんなりとするシンを尻目に、なのはは猫のような笑みを浮かべる。
人差し指をピンと立ててシンへと突きつけてそのまま言葉を続けた。
「天数式です。ちなみに、マイナス100で罰ゲームだよ」
なんだそれはと思いながらも、シンはなのはを見る。
高く結い上げられた長い髪、きらきらとこちらを見つめる瞳は、愛も変わらず彼にとっては宝石に感じられた。
「可愛いぞ」
「うーん、18点」
「・・・辛口じゃないのか?」
「一番最初に出てこなかったからだよ?出てきてたらもう少しは高かったのに」
思わずほうけた数分前の自分を悔やむ。
「なら、綺麗だぞ」
「うわ、4点」
「って、幾らなんでも低すぎじゃないのか!?」
「そんな心のこもっていないただの言葉に+点をつけてあげたんだよ?寧ろ甘いくらいだよ」
「はいはい、それはお優しいことで」
げんなりとしながら、シンはため息を吐いた。
まったく、オンナと言うものは本当に度し難い。
そこで、ふとシンは疑問に思ったことがあった。
あまり品が良いとはいえないが、やられっぱなしと言うのも悪くない。
シンはやや性質の悪い笑みを浮かべて
「水色なんて、珍しいな」
「なんで?」
突然の言葉に、なのははきょとんと首をかしげる。
そのしぐさは相変わらず可愛らしく、自分よりも数ヶ月だけ年上とは到底思えない。
「いや、お前あんまり水色のやつとか穿かないし」
「・・・減点100、はい失格」
デリカシーのかけらも無いその言葉に、なのはがプイと横を向く。
「その心は?」
「デリカシー皆無。むしろそれは私が子供っぽいように聞こえる!」
「・・・悪かったよ」
さすがに、言い過ぎたかと思ったシンがバツが悪そうに頭をかきながら謝る。
「・・・でも」
突然。
一つ息を吐こうとして自分の目の前、シンの胸にもたれかかるように、すがるように寄り添うなのはが見えた。
普段よりも視界を占めるなのはの潤んだ瞳。
唇にはリップクリームでも塗っているのか瑞々しく、ぷっくらと己を主張しすぎることも無くかといって没個性にも成らない絶妙な加減。
柔らかな感触が自分の胸の辺りに当たる。
それがなんであるのかを自覚して思わずおたおたとするが、相手はそんなこと知らぬ存ぜぬのように押し付けてくる。
「最初に、顔を真っ赤にしてくれたから、百点万点かな?」
「なんだその採点は」
なにやらシンにとってよく判らないその基準に思わず半目でなのはを見やるが、当の彼女は気にする風も無く、シンの最近厚くなってきた胸板に顔をつけた。
先ほどまで竹を一人でくくりつけていたせいか汗のにおいと、男性特有の心地よい異性(シン)のにおいが彼女の鼻腔をくすぐる。
「シン、本当に大きくなったよね」
ついこの間までほとんど変わらぬ背丈だったというのに。
いつしか彼の背丈は自分を追い越してしまった。
今では少し見上げなければ彼を視線を交わすことは出来ない。
「そりゃ、まぁ・・・成長期だからな」
あきらめたのか、頬を赤らめ、そっぽを向きながらシンが言葉を返す。
ちらりとみた彼の両腕は所在無げに垂れ下がったままだ。
「でも、この間までは私と変わらなかったじゃない」
「この間って・・・いつの頃だよ」
「本当に男の子は成長が早いよね」
「それは女子のほうが早いだろうが・・・おれはまだ子供だし、もうしばらくは子供で良いよ」
あぁ。
なのはは心の中で呟く。
なぜ彼は、いつも直情的で、真っ正直だというのに。
「シン」
「ん?どうした?」
何故いつも、自分が欲しかった答えをまるで知っているかのように、さも当たり前のように、くれるというのか。

「好き」
「・・・知ってるよ」
衝撃の告白に、しかし帰ってきた簡素な答えにむっとする。
それでも、胸板に響いた心臓の高鳴りに少しばかりは溜飲を下げることが出来たのだが
「むぅ・・・私の一世一代の告白だよ?なのになんでそんなに冷静なの?」
「お前の一世一代というものは、一月や一週間ごとに起きるものなのか?」
「それまでとは比較にならないから、一世一代だよ!・・・って、頭なでないでよ!!もう!」
「なんだその無茶苦茶な理屈は」
苦笑する彼の温かく、大きな手のひらが頭をなでる感触にしかしなのははそれを振りほどけない。
彼が困ったときに何とか言い逃れするようなそのいつもの行動であることも知っているというのに。
その甘い毒のような感触にとろけさせられる。
「シン」
ふいに、視線を上げると、赤い双瞳と視線が絡み合った。
どちらとも無く、ゆっくりと近づいていく。
周囲にいる虫の鳴き声も、人々の喧騒も、まるで耳に入ることは無く。
流れに身を任せるままに瞳を閉じる。
徐々に近づくにつれてシンのと息を感じる。
あと数瞬で甘い唇が触れると感じたその瞬間。


「そこまでだ。お子様ども」


不意に、シンの気配が消える。
次いで聞こえたのは自分の身内である兄の声と、なにやら吹き飛ばされたシンの叫び声だった。
何が起こったのかと瞳を開ければ、すぐ側に居るのは年の離れた兄、高町恭也の姿があった。
右腕を突き出し、右足と左足を開けたそれは、なのはの知らない武術の構えなのだろう。
視線は鋭く揺るがずに前を見据えている。
「い、たたたた・・・な、なにするんだよ!恭也兄!!」
その瞳がにらみつける先、庭に植えられている茂みの中からガサガサとシンが文句を言いながら這い出てきた。
突かれた痛みからかわき腹の辺りを押さえながら体中に葉っぱを纏うようなその姿に、思わずなのはは噴出しそうになるのをこらえて兄へと抗議の視線を向ける。
しかし、高町の次代を担う長男は、その程度そよ吹く風と言うように気にしない。
「ふん。人のうちの庭先でいきなり可愛い妹を手篭めにしようとした不埒な輩を突き放しただけだ。むしろ殺さなかったのを光栄に思うんだな」
つんと言い放つその言葉には、寧ろ険しか含まれて居ない。
その上、もう知り合ってから6年が経とうと言うのにまるで代わらぬその敵愾心。
だが、そんなことで千載一遇のチャンスを逃した彼女には通じるはずも無い。
「お兄ちゃん!あとちょっとだったのに!なんで邪魔するの!?」
「何度も言っているだろう。あいつは気に入らない。それだけだ」
あけすけもなく言われるその言葉に、シンはもはや清清しいとさえ感じるほどだ。
思えば、彼とは最初の出会いからしても良くなかった。
可愛らしい末妹がいきなり誰にも告げずに夜遅く家に帰ってくるとそこには見知らぬ同年代の男の子(悪い虫)。
しかもその上、普段ならばどこか一歩引いている妹と、なにやら仲がよさ気に話しているのを見てしまっては、それは最早疑念から核心に変わるのに然したる時間もかからなかった。
次の瞬間には「お前がなのはを誑かしたのか!!」という断定でシンに殴りかかって言ったのはお互いにとって苦い思い出の一旦といえなくは無いだろう。

その後も、何かあれば二人は反目しあい(たんに恭也が一方的に敵視しているといえなくも無いが)、なのはとシンが一緒に居よう物ならば年甲斐も無く攻撃してくるのは最早風物詩ではなく天丼といっても過言ではあるまい。
最初の頃こそは周囲はこぞって止めようとしていたものの、いつの間にやらシンも戦えるようになってきたのか互いに切磋琢磨する間柄になったのは自明の理かそれとも運命のいたずらか。
ともあれ、シンにとっての高町恭也という人物は天敵と言う言葉以外の何者でもなかったのだが。
体についた葉っぱを手で払い落としつつ、シンはその天敵をにらんだ。
「ていうか、なんであんたがココにきてるんですか?今夜は忍さんとデートじゃなかったんですか?
「これから行くんだ!だと言うのに・・・お前はなのはにまた手を出そうとして・・・恥をしれ!」
「いや、今のはどっちかというとなのはちゃんの方から迫ってたように見えたけど?」
「なんだと!?では貴様はヘタレか!?オトコとして見っとも無くは無いのか!?」
「相変わらずむちゃくちゃだなおい!!」
息子の無茶振りに何食わぬ顔をして合いの手をうった高町家の母、桃子はそのままにっこりと微笑んでお茶を置いていった。
よく冷えた麦茶がガラスの表面に水滴を作っており、見ただけで喉の渇きを潤すほどに。
恭也はそれに何らかのメッセージを受け取ったのか、時計をちらりと見てからなのはの肩に手を置く。
「なのは、シンには機をつけるんだぞ。男はいつだって狼なんだからな」
「何度も言うんだけど、シンになら幾らでも狼になってもらってOKだよ。それに、元から私はシンの出し。
 なにより、これから忍さんのところに行ってリアル狼になるお兄ちゃんに言われたくはないかな」
妹のその言葉に、恭也は一瞬だけよろめいた後、シンを睨み付け、シンも負けじと睨み付ける。
(いいか、なのはに何かしてみろ。貴様にはなんとしても責任を取らせるからな)
(何度も同じ子と言ってる暇があれば、いい加減忍さんのところに行け)
視線だけでそう言い放った後、恭也はゆっくりと庭から表門へと向かっていった。
「まったく・・・何であの人は毎回毎回同じこと言えば気が済むんだよ」
「まぁ、それだけシン君のことを認めてるんじゃないの?お兄ちゃん、それだけシンに期待してるってことだよ」
姿が見えなくなってから愚痴を言うシンに、なのはは先ほど母が置いて行った麦茶の入ったグラスの一つをシンに渡す。
シンはそれを手に取り、一気に喉に流し込む。
よく冷えた麦茶が、疲れた体に染み渡るように感じた。
そして、口元を伝うこぼれた麦茶を手の甲でぬぐうようにして
「・・・いや、単にあの人はシスコンなだけだろう」
思わず、お前がそれを言うのかというような言葉を呟き
「あ、ははははは・・・」
なのはは、乾いた笑みでその場を濁すしか出来なかった。

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最終更新:2010年08月08日 17:57
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