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Crimson × Innocent Blue ~ファーストコンタクト~ 中編

 10分ほど悩んだ結果、無難に某有名ファーストフード店で昼食を取ることにした。
 一人でならともかく、誰かと一緒にとなるとはじめて入るような店は選びにくいということ、いつ戻ってくるかわからないプロデューサーたちを待たなければならないことを踏まえた上でも都合の良い場所ではあった。

「らんらんるー……」
「え?」
「……なんでも、ない?」
「いや俺に聞かれても」

 そして沈黙。
 互いに向かい合ったままもくもくとハンバーガーを食べ、ずずっとシェイクを啜る作業を再開する。
――空気が重い。
 話し上手とは言い難い性格の自分が、どうにかして会話を続けようと考えていることに驚いた。それほどまでに目の前の少女からはこちらに対してなんらかのコミュニケーションを取ろうとする気配がなかった。
 まるで拒絶されているかのように。

(一応、この子も話しかけようとしてる感じはするんだけどなぁ)

 目の前の少女――水谷絵理と言ったか――は先ほどから目を伏せている。
こんな状態で会話ができるはずもなく、自然シンの口数も減ってしまう。
まぁ、元々自分から積極的に話しかける性分でもないのだが。

(……いやいやいや、それじゃダメだろ)

 いつ戻ってくるかもわからないプロデューサーたちをこの無言の状態のまま待ち続けるなど考えたくもない。
自分の中の何かが耐え切れなくなるのは目に見えていた。

(――あぁ、そっか)

 この周りとの接触を拒否する気配。
それを良しとは思わないが、自分でもどうしようもないというジレンマ。
 覚えがあった。家族を失ってプラントに渡ったばかりの頃に。

「あの……」

 あまり思い出したくない記憶を遡ろうとした意識が絵理の声に引き戻される。
あまりにも唐突なタイミングだったので少し驚いてしまった。
いつの間にかその目に宿った決意の色にも。

「な、何?」
「……大気汚染について、ですけど」
「は? 大気?」
「……ごめんなさい。なんでもないです」
「あ、そう」

 会話終了。

(……どうすりゃいいんだよ)

 プロデューサーたちの数秒でも早い帰還を願うしかなかった。

 ――最初の印象は、怖い人、だった。
 主に目つきが。
 先ほど目が合ったことを思い出し、小さく身体を震わせる。

(思わず悲鳴上げちゃった……怒ってないかな、この人)

 ちらっと顔を覗いてみたが、怒っているような感じはなかった。
だがその表情に見えた別の感情を察して、絵理はさらに身体を小さくしてしまう。

(困ってる……さっきからずっと話もしてないし)

 当然だ。
目も合わせない相手に対してどう接していいか戸惑っているのが目に見えて表れていた。
 ――いつか経験したこの雰囲気。重苦しい沈黙に胸の奥底が軋むように痛む。

(いけない、なんとかしないと……)

 変わると決めたのだ。あの日手を差し伸べられたときから。
 でも、だけど、
 そう考えようとする思考を強制的にカットする。
今はそのことを思い出している場合ではないのだから。
 話題。そう、何か話題を出せばいい。
 どんな突拍子もない話でもいい。とにかく切り出さなければ。
 そうだ、はじめて876プロに訪れた日のことを思い出せばいい。
あのときも今と同じようにコミュニケーションを取ろうと必死に考えていた。
 思い浮かぶ限りの話、できれば面白いと思う話を……

「あの……」

 自分でも情けないと思ってしまうほどの声をなんとか絞り出す。
ちゃんと届いたのか心配だったが、相手の驚いた顔を見る限り聞こえたらしい。

「な、何?」
「……大気汚染について、ですけど」
「は? 大気?」

 聞き返されて思い出す。そういえばこの話題は以前自分から振って玉砕したものだった。

「……ごめんなさい。なんでもないです」
「あ、そう」

 微妙な顔と反応を返されて会話は終わった。数えてはいないが5秒と経っていなかっただろう。

(うぅ……尾崎さん、早く帰ってこないかな)

 振り絞った勇気が抜けていくのを感じる。
それなりに盛り上がりやすい話題だと思ったがやはり駄目だった。
そっとポケットから携帯電話を取り出してみたが、電話もメールも着信はなかった。
 一層深くなった溝を感じながら、ひたすらにこの時間が早く終わることを祈った。

「あらら、やっぱりいきなりは無理だったかしら」
「まぁこんなことだろうとは思いましたけど。あんまり趣味が良いとは言えませんよ?」
「……あなたに言われるとなぜか腑に落ちない気分になるわね」

 失礼な、こんな紳士をつかまえて何を……と言いかけてプロデューサーはさっと深く椅子に座る。
シンがちらりとではあったがこちらに視線を向けてきたからだった。
 バレていないことを確認して前へ向くと、テーブルに突っ伏しているような格好の尾崎玲子がいた。

「それにしても、なんでこんなことを? 百歩譲ってあの二人だけにするのは分かりますけど、こんな監視するような真似までするなんていくらなんでもおかしいですよ」
「……いろいろあってね。特に今は目を離すと不安なのよ、あの子は」

 いろいろ気になることはあったが、再びそっとシンたちのテーブルを見る。
注意がこちらに向いていないことを確認してプロデューサーは自然に座り直した。

「聞かないの?」
「事情ですか? 聞いてもいいなら聞きたいですね」

 無理にとは言いませんけど、と一歩引き下がっておく。
あとは嫌な成長したなコイツと言いたげなこの視線を受け流すだけだ。
やや間を置いて、溜息の後に尾崎さんの口が開いた。

「……この間、876プロのアイドル総出であるオーディションを受けたのよ。かなり大きなものでね、社長はそれに合格したアイドルをプロダクションの看板として売り出す方針を決めたのよ」
「じゃあ、あの子は……」

 みなまで言うなと尾崎さんが首を振った。

「絵理が頑張っていたのは、私がよく知っているわ。これ以上はないと言えるほどにね。でも、その努力は結果に結び付かなかった」

 この業界ではよく聞く話だ。
いくら努力を積み重ねても、それ以上に努力をした者、あるいはどうしようもない運、あるいはもっと汚れた手段、そんな壁の前に容易く阻まれてしまう。どのプロデューサーにとっても
辛い現実だった。

「ただでさえちょっと特殊な子だし。ランクも上がった頃はもっと生き生きとしていたんだけど……」
「特殊? どういうことですか?」

 しまった、という表情で尾崎さんが凍りついた。やがて気まずい顔になって視線を背ける。
 ……何も聞かない。ただし視線に意思は込める。
 絶対に誰にも口外はしない、と。
 こうして他プロダクションのアイドルのプライベートを探るような真似は本来ならNGだ。
 だが、いつも強気だった先輩プロデューサーの疲れたような顔は無視できるものではなかった。
 できることなら力になりたいというお節介な考えから、あえて遠慮は捨てた。

「……彼女はね、ずっと家に閉じ籠っていたのよ」

 だがようやく紡ぎ出された言葉に、プロデューサーは何も言うことができなかった。

「そういえば、水谷はどうしてアイドルになろうって思ったんだ?」

 ふと思い出したようにそんなことを聞いていた。よくよく考えてみればなぜこんな無難な質問すら出てこなかったのかと情けなく思う。
 だがそんな何気なくしてみた質問で、

「え……?」

 こんな風にショックを受けた顔をされるとは思ってもみなかった。

「あ……いや、話したくないならいいんだけど」

 慌ててそう言うが、そんな反応をされるとかえって気になってしまう。再び訪れた沈黙にさらに重苦しさが付加されてしまった。

「……尾崎さんに、」

 店内の音楽や周りの話し声にかき消されそうな声で、絵理は語り始めた。
 黙ってその声を聞き逃さないよう集中する。

「尾崎さんに、誘われた。アイドルになってみないか、って」
「ああ、スカウトされたんだ」
「うん……メールで」

 「メール?」と反射的に聞き返してしまった。
あまり詳しくはないが、こういった勧誘は直接会ってするものだとばかり思っていた。
 余談だが後日、律子さんにこのことを聞いて「シンって意外と古いわね」と言われて無意味に悔しい気分を味わってしまったが、それはまた別の話である。

「私、ネットでダンスの動画を上げてて……それを見た尾崎さんからメールが着て……」

 ぽつりぽつりと記憶をたどるように語り続ける。今度は何も聞き返さない。
 話をまとめるとこういうことらしい。
 とある動画サイトで絵理のダンスを見た尾崎さんは彼女のブログ宛てにアイドルになってみないかというメールを送った。
最初は悪質なメールだとばかり思っていたが、それから何通も「とにかく一度会いたい」と熱心に誘われ、ついに根負けして直接話すことになった。
 自分に才能があるということ、それをネットだけの活動で腐らせてしまうのはあまりにももったいないということ、専属のプロデューサーとして是非プロデュースさせてほしいと告げられたらしい。

(……なんというか、ウチも大概だけど相当強引だなあの人)

 シンの中で尾崎玲子の評価が改められた。
外見と本質のギャップの差は別のベクトルではあるがプロデューサーに匹敵するかもしれなかった。

「そっか。でもすごいな、ネットでダンスしてる動画を上げてるって」
「……別に、それしかすることがなかったし」
「それしか、って」

「……家から、出ることなんてなかったから」


「はぁ、その、いわゆる引きこもり……ですか」
「えぇ、そうね」
「でも制服着て……」
「外に出られるような服があれしかなかったそうよ」

 ニュースなどである程度知ってはいたつもりだったが、いざその実例を目の当たりにしたプロデューサーは呆然とするしかなかった。

「……尾崎さんはどこで彼女を?」
「きっかけは噂よ。ネットですごいアイドルがいるって話を聞いたの」

 ネット、という単語を口にした瞬間、尾崎さんの顔が不機嫌になった。
理由はよく知らないが、今でもネットを嫌っているらしい。それだけにそのきっかけは予想もしていなかった。

「最初も見る気もなかったんだけど、私も876プロからの依頼があったし早くプロデュースするアイドルを見つ
けなくちゃならなかったの」

 そこまで聞いて、大体の話は読めた。
 この周辺のプロダクション事情は961プロが大きく幅を利かせている。
当然アイドルを志望する者もその多くが集中し、また961プロもスカウトに余念がなかった。
そんな中765プロがあれだけのアイドルたちを候補生として迎えられたことは奇跡と言っていい。
後発の876プロともなればろくに候補生すら得られなかっただろう。

「藁を掴むような気持ちで教えてもらった動画サイトで絵理のことを知ったわ……正直、圧倒された」

 ダンスの技術だけではない。
どのアングルでもっとも自分を綺麗に映せるか、またどんな演出を凝らせばよりステージを映えさせることができるか。
そこいらのプロよりも遥かに熟知していたという。

「そして惜しいと思った。これだけの才能を持ちながらネットという世界に閉じ籠っているということ、そして歌を歌おうとしない彼女のことを」

 サイトで公開されていた水谷絵理の動画はすべてダンスのみで歌は一切入っていなかったらしい。
その理由は「歌を歌うのが苦手だから」ということだったが、それに納得がいかなかったようだ。

「それで、彼女をスカウトに?」
「多少強引ではあったけどね……何よ?」

 いえ別に、と追及の視線を受け流す。
このプロデューサーが自分で強引だったと認めるということは、余程しつこく迫ったのだろうということは想像に難くなかった。

「ともかく、そういうことよ。今のランクになるまでかなり調子もよくて、彼女もだんだん前向きになっていったんだけど……今回の失格がかなり響いたのかしらね、まるで最初の頃に戻ってしまったみたい」

 そこまで言って溜息をつく尾崎さんの姿を見て、ようやくすべてに納得がいった。
 二人きりにさせたのも、少しでも自信を取り戻させたいという想いからなのだろう。その是非はともかく。
 まぁ、そういうことなら……

「多分、大丈夫でしょう」

 怪訝な顔になった尾崎さんから目を離し、再度バレないよう気をつけながら二人の様子を窺った。

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最終更新:2010年08月08日 18:29
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