……気がつけば、すべてを話していた。
スカウトされてから今日までの日々のこと、そして今新人アイドルとしての瀬戸際にいること。
話してどうなるわけでもないことはわかってた。
悩みは誰かに話せば楽になるというが、全然そんなことはなかった。むしろ逆効果、どうし ようもないくらいに気持ちが沈んでる。
――やっぱり、私にはアイドルなんて向いてなかったんじゃ……
「水谷ってさ、すごいんだな」
思ってもみなかったことを言われて驚いた。
すごい? 自分が?
「だってさ、今までろくに外に出たこともなかったのにアイドルになったんだろ?
それってそうそうできることじゃないって」
「それは……尾崎さんに誘われたからで」
「でも、決めたのは自分の意思だ。今の話だとそんな風に感じたけど違うのか?」
……そうだった。
尾崎さんの勢いに流された感じもあったけど、決めたのは自分。
あのときは、変わろうという強い気持ちがあった。
今思い出しても、そんな気持ちになったということが信じられない。
しかし確かに、それは自分の中から沸いて出た意思だった。
「……俺もさ、今の仕事につく前はいろんな奴と競い合って、結構負けたりしてさ」
「今の仕事の前……学校?」
似たようなものかな、誤魔化すように笑いながら、アスカさんは遠い目になった。
不思議な感じだった。
あまり年は離れていないはずなのに、とても昔の話をしようとしているような。
「そこですることはみんな初めてのことばっかりでさ。
最初はついていくのに必死だったよ。そのうち自分に向いてることとかわかってきて、それなりにできるようになった」
詳しいことは何も話していないのに、その気持ちがなんとなく理解できた。
どこかアイドルになったばかりの自分に似ているからかもしれない。
「でも、一人何やっても済ました顔でこなせる奴がいたんだ。
しかも頑張ってるこっちのことなんて眼中にないみたいな感じで、
それにムカついてこの野郎って思いながらなんとか見返してやろうとしてたんだ」
懐かしそうに目を細める。言葉は少し荒っぽいが、その口調は優しかった。
「なんとかそいつに追いつけたかなってとこまでなったけど、今度はそいつと組むことになってさ。
なんでこんな奴とって思ったけど、仕方なくチームになっていろいろやったな」
言いながら浮かんだ苦笑に釣られて、少し笑った。そんな自分に驚いた。
「ちょっとしたことで言い合いになったりケンカしたりして……
それである日気付いたんだ。俺はこいつを見返してやりたいんじゃなくて、
自分のことを認めさせてやりたかったんだって」
認めさせる。
少し違うかもしれないが、アイドルに似ていると思った。
いや、たとえ仕事でなくてもそういう相手がいるということが言いたいのかもしれなかった。
その存在がどれほどありがたいものなのかということも含めて。
「……水谷はどうなんだ? 誰か認めさせたい相手とかいないのか?」
認めさせたい、相手。
真っ先に思い浮かんだのは尾崎さんだった。
今の話みたいな関係じゃないが、最近の尾崎さんは以前ほど自分のことを見ていない気がした。
仕事を取ってくるためなのは分かっているが、それが少し悔しかった。
それから事務所の社長、アイドルとして自分より何歩か先に進んだ愛や涼。
それに――最後まで私がアイドルになることに反対していた父と母。
「……いる。思ってたより、いっぱい」
「じゃあ、俯いてる場合じゃないな」
その言葉にはっとした。そうだ、落ち込んでいる暇などなかった。
尾崎さんががんばって取ってきてくれた仕事をきちんとやり遂げるために、
レッスンをしなければいけない。
社長や事務所のみんなに少し失敗しただけで自分は大丈夫なのだと、
心配させないようにしなければいけない。
そして、父と母に伝えなければいけない。
――私は、ちゃんと変われたんだって。
「って、なんか説教みたいになっちまったな。ごめん水谷……って、さっきから呼び捨てなのも謝る」
「あ、えっと、それは別にいいんだけど……」
頭を下げようとするアスカさんをなんとか止める。
そして、さっきから言いたかったけど言えなかったことを伝えることにした。
「絵理、で……いい」
「え?」
「絵理って、呼び捨てで……いい?」
「いや俺に聞かれても」
と言いながら少しだけ笑い、わかったと言うように頷いた。
「それじゃ、俺もシンでいいよ。改めて、よろしくな絵理」
「うん。よろしく、シンさん」
名字で呼ばれるのもくすぐったかったが、名前で呼ばれるのも少し変な感じだった。
しかし、けっして嫌ではなかった。
「あ、そういえば……その、ケンカしたりしてた人とは、どうなったの?」
あぁ……と少し寂しそうな表情になって、けれどすぐに笑顔になった。
「友達になったよ。今はちょっと遠いところにいるけど……大切な友達だ」
照れもせずそう言えるような相手がいる。そのことが少し羨ましかった。
――私にも、いろんな人たちに認めさせられるようになったらこんな顔ができるかな?
そんなことを考えながら、いつの間にか笑っていた。
「……大丈夫、だったみたいですね」
談笑する二人の姿に安堵しながら呟く。
さすがと言うべきか、シンは上手くやれたようだった。
765プロでもそうだが、こういうときの彼の面倒見のよさは良い意味で予想外の方へと進むことが多い。
今回もその例に漏れなかったようだ。
「まぁ、あとは彼女次第ってことになりますけど……どうしたんですか?」
「いーえ、別に」
いつの間にやら尾崎さんはあからさまに不機嫌な顔になっていた。
「あー、まさかシン君があっさり彼女を立て直したから機嫌損ねたって言うんじゃ……」
「それはいいわよ。一番私がどうかと思うのはねぇ」
グイッ、とネクタイを引っ張られる。
「なんでこんなに早くあそこまで絵理と仲良くなってるのよ!?」
「そこですか!?」
「私なんて2ヶ月よ2ヶ月! 絵理と会うまでそれだけかかったのよ!?
会って1日どころか1時間も経ってないのになんであそこまで親密になれるわけ!?」
「ちょ、おっ、落ち着いてくださ……!」
がっくんがっくんと揺さぶられながら、プロデューサーは思い出していた。
――あぁ、そういえばこういう人だった。
妙に負けず嫌いというか、嫉妬癖というか……ちょっとめんどくさい人だった。
――何やってんだあの人たちは。
絵理の後方、少し離れたテーブルでプロデューサーが尾崎さんにネクタイを締め上げられていた。
妙な流れだとは思っていたがやはり訳ありだったらしい。
「? どうかした?」
「いや……ある意味、いつも通りだ」
後ろの惨劇に気付かず疑問符を浮かべる絵理に苦笑を返しながら、シンは思った。
――あの頃のお前には、俺はどう映ってたんだろうな。
今は会うことも叶わない親友への問いかけ。だがその答えは聞かなくても構わなかった。
この時、この場所で、あのときの思い出がどれほど大切なのかが分かった。
それだけで十分だった。
「……私、がんばってみる。少しでもみんなに認められるように」
「あぁ、がんばれ」
向こう側の騒乱を見ないふりをして、微笑む絵理に頷く。
――懐かしい記憶を蘇らせた出会いと、そのきっかけを与えてくれた少女に感謝した。
最終更新:2010年08月10日 00:27