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ガンダムSEED DH 7話

第7話『機人と鬼人』

17回目だった。16回攻撃した。16回攻撃をかわした。16回死に掛けた。16回生き残った。16回奇跡が起きた。16回悪夢を見た。16回冷たい死体なりかけた。16回ビームで消し炭にされそうになった。16回天国ではなく、地獄という1つの最果てに近づいた。
そんな極限の攻防を16回も続けた。
たった16回の攻防で限界間近になっている。時間でもなく、回数でもなく、それだけ“質”のある攻防だった。本来16回も斬りあうこと自体異常なのだ。
異常な体験だった。不思議な体験だった。地獄の釜淵を渡るような、煉獄の上を綱渡りするような経験だった。

1回ごとに集中力が上がっていった。でなければ生きていない。
2回目、鼻血が出始めた。止まらない。
3回ごとに無駄な動作が小さくなっていった。でなければ死んでいた。
5回ごとに見切りの精度が上がっていった。でなければこの世にいない。
7回ごとに技を盗んでいった。でなければあの世にいた。
11回目、頭がボーとする。頭が痛い。
13回目、吐き気がする。限界が、近い。
15回目、足が寒い。血を、流し過ぎた。
そして17回目、攻撃してきたカオスの右足をさけ、MS形態で唯一残った左足のビームコーティングクローを使いカオスの右足首をえぐり落とした。
ガイアは全身をビームに炙られ表面が歪んでいる。それ歪みの分だけ“死”が隣にあったことを物語っていた。
「はぁぁああッ・・はぁぁああッ・!!」
悪鬼の形相。
羅刹の凶相。
何かに“楽しい”という感情でとりつかれたのが“狂”と呼ばれる存在なら。
何かを“怒り”や“哀しみ”などの感情に狂い、とりつかれする者は“鬼”と人は言う。
だが、正確に言うでなれば“楽しい”という中毒的な感情ではなく、“怒り”という“戦場限定”の感情で狂っているシンは。
中途半端な“鬼”。
“鬼”に成りきれない人。人をやめ切れない“鬼”。
“鬼人”と言うべき、区分すべき、標記すべき存在なのかもしれない。
人をやめかけている自分がいることが、自分の顔の皮膚が歪に歪んでいるのが分かる。
どんな顔をしているのだろう。いつものように怒りと憎しみに染まっているのだろうか?狂って笑っているのだろうか?映画に出てくる殺人鬼のような顔なのだろうか?分からない。
脳内麻薬が、アドレナリンが出まくりだ。瞳が虚にして濁りに濁っている。
時間が長く、感じる。相手の動きが、見える。ビームの粒子でさえも、見分けられる。
楽しいわけではない。喜んでいるわけではない。そういう次元ではない。
何か分からない衝動的な何かが、心臓の鼓動のような何かに動かされている。何かが、熱い何かが血と一緒に指先まで循環しているのが分かる。心臓の鼓動だけじゃない、体中の自分の血の流れまではっきりと分かる。
胸の中に何かがいる。暴れたがっている何かがいる。
そして何故か分からないが戦うことで満たされている。乾きが、潤っていく感じがする。
シン・アスカという人斬り包丁は確実に仕上げられていった。無骨な刃は、血を吸いすぎて黒くなった刃は、なお骨を砕き肉を裂き血をすすろうとする刃は。
確かに凶悪に強力に、確かに災厄に最悪に。
仕上げられていく。
だがこの戦いもあと少しで終わろうとしていた。
「ぐッ・・ッ・・・・ぅおぇッ!?」
シンの紅い瞳が元に戻っていた。それでも瞳の濁りはとれていない。
ガイアの動作が止まる。無防備になる。
原因は攻撃が成功した心の緩みで集中力が一時的に切れたこと。
そしてMS形態で唯一使える筈だった左足先の試験用ビームコーティングクローが突然砕けた心理的ショックだった。理由は戦っている間ずっとビームコーティングを展開したままだったのでクローがビームの熱量に耐えられなくなり、その上PS装甲を攻撃し限界を超えてしまった。
再び“あの感覚”になるには時間が足りない、なれる気配もない。止まっていた冷たい汗と、悪寒と、疲労感による吐き気と、傷の痛みの波が一気に打ち寄せてくる。
だが傷の痛みは意識を保つ役に立っていた。おかげて吐かずに済んだ。
こんなことを確認している間にもカオスはバーニアを吹かして突撃してくる。カリドゥス改複相ビーム砲という隙の大きな武装ではなく、ビームクローで確実に仕留めるつもりなのだろう。ある類の狩人が銃ではなく、槍やナイフで獲物に止めを刺すのと同じ心理なのかもしれない。
限界を超えた上での絶望的状況。
だが。
「・ッ・・・ま゛だだァァァァア!!」
限界を超えてこそ見えてくる世界もある。
絶望的状況だからこそ見える世界もある。
守るべき者がいる限りあきらめない、あきらめられない、あきらめたくない。
ガイアのグリフォンブレードがカオスの左の機動ポットを切り捨てていた。ガイアのMA形態頭部の紅いカメラセンサーから螺旋状の光の軌跡が延びていた。
シン・アスカは奇跡は起こしてはいない。必然なものを感じて動いただけだ。
『ちッ・・・反応速度が上がってきているだと? ククッ・・そぉかァ、お前そうなのか』
嬉しそうに納得したような声だった。珍しいものわ見つけたような声だった。
今、シン・アスカはSEEDと呼ばれるものとは違う“別のもの”を感じている。
シン・アスカは感じていた。
風を、感じていた。
それは戦場だけに吹く風。
戦場にはいつだって風が吹いている。空でも、森の中でも、焼け野原でも、塹壕でも、廃墟の中でも、雪原でも、砂漠でも、山でも、海中でも、宇宙でも戦場であればどこにだってその風は吹いている。
シン・アスカは大戦後の荒野の戦場で知人となった。かつて『悪魔の風』と敵の呼ばれるスナイパーが放ったライフル弾が音を超え、約15cm頭の上を空気を切り裂きながら通っていく数瞬前にに知り合った。本気で怖かった。知り合いになっていなければ頭に穴が開き、糸の切れた人形のように倒れていただろう。
“死”と“殺気”を運ぶ風はいつも戦場に吹いている。“死”と“殺気”を運ぶために戦場に吹いている。
ただ気付かないだけ。
その風に気付き、嗅ぎわけ、知人とし、旧知の友人とした時、ようやく。
“一流”となる。
いままで感じなかったのは相手にとってこれが“遊び”だったから、これはシンを“敵”として認めた証拠でもある。
「相手の殺気を感じる」という強さは、本来ならば“ナチュラル”特有の強さ。遺伝子の突然変異を人工的に行い生まれたゆえにコーディネーターが失った、“自然”の本能。
シン・アスカ――コーディネーターの両親から“自然”の摂理通りに生まれてきた存在―――“ナチュラル”になりかけのコーディネーター。
“見切り”で動きの筋を、“感じる殺気”の度量でそのなかの本筋とタイミングを読む。
その2つは才能ではなく、戦場で敵を襲い、襲われ、戦い、殺し、殺されかけ、死にかけ、守ったきた経験を積んでえた力。特別ではない力。
それを可能にさせるのが“怒り”と“欲望”の2つ。
胸には今も悲しみが生み出す“怒り”が溢れ、それを“勇気”に変えて力にしている。
守りたい、生きて帰りたい、という強い“欲望”を“希望”に変えて力にしている。
だからこそ今できる。すべき時だから。
相手が“遊び”でなく、“本気の殺気”を向けて仕留めにかかって来ているから。
幸いガイアのバーニア、スラスター類は手足についてはおらず加速力は変わらない。隠し札の固定式ビームサーベルはまだ見せてはいない。
限界は超えた、いつ倒れてもおかしくない。だが衝動が、胸の黒くて熱くて暴れたがっている何かがそれを許さない。むしろもっと暴れろ暴れろ暴れろ、と言いたいぐらいだ。
『「次で決め――』」

『隊長、雇い主の母艦が墜とされました!』

遠くからM1アストレイが1機近づいてきていた。
カオスが突然、その場から飛びのく。

『ふう・・・ようやく着いたぜ!』

極太のビームがカオスの元いた位置を通り抜ける。。
『ゲーリー・ビアッジ、お前の雇い主はもういない!!』
背中に二振りの大剣を携え、青いツインアイを光らせ、血(オイル)まみれの朱色の巨人がいた。
それは、かつて祖国の自由のために連合を脱走し戦った男。
それは、かつて戦場で2本の対艦刀を使い災厄をまき散らかした戦士。
それは、かつて切り裂いた敵の血(オイル)を浴び続けた者。
左肩にはクロスした一対のサーベルに赤い薔薇のマーク。
巨人の名はGAT-X133 ソードカラミティ。
パイロットはエドワード・ハレルソン。通称『切り裂きエド』――― 南米の『英雄』である。


ソードカラミティ(コピー)。アメノミハシラでコピー製造したものである。姿形こそかつてエドワード・ハレルソンが乗っていた2号機と変わらないが部品、装甲、ラジエーター、すべてが最新のものにリメイクされたものである。
背中の対艦刀はレーザーではなく重金属粒子を使い、実体の刀身には重金属粒子を安定させるための磁場発生装置が組み込まれており、その磁場の影響によりビーム・プラズマ・レーザーなどを拡散させることができる。つまり“鍔迫り合いのできる”近接ビーム兵器の試験兵器である。ただまだエネルギー効率が悪いため、巨大なジェネレーターをバックパックとして持つソードカラミティだからこそ扱える厄介者でもある。
『狂犬のオッサンが母艦をいぶり出してくれたところを俺が切り裂いたぜ・・・ッ! 俺が丁度来たとこで挟み撃ちのかたちでな!!』
これはゲーリー・ビアレッジにとって予定外のことであり、シンがエドワード・ハレルソンの到着予定を早めるよう連絡した結果だった。
伊達に大戦後、地獄のような戦場で小隊長をやっていたわけではない、煉獄のような戦場で何人もの戦友達を亡くしながら、多くの知的なものを盗みながら生き延びたわけではない。
だがそれよりも。
この人も―――強い。・・・・凍てつくようだ。
それがシンが初めて『切り裂きエド』を戦場で見た感想だった。
ゲーリー・ビアッジが“連撃”の達人なら、エドワード・ハレルソンは構えからして“一撃”の達人。
『殺気』とよばれるものを感じられる今なら分かる。『剣気』と呼ばれるものの存在が、感じ方が、捉え方が。
『まだやるなら――この『切り裂きエド』が相手になってやる!!』
ソードカラミティは黒い刃をもつ2本の対艦刀を背中から手にとり、ダラン、と垂らした。
その構えからしてエドが“一撃”で決めるタイプだと分かる。
ゲーリー・ビアレッジが“連撃”の達人なら。
エドワード・ハレルソンは“一撃”の達人というところだろう。
ある意味天敵のようなものだ。互いに天敵のようなものだ。切っても切り離せない天敵のような関係だ。
だが機体の損傷からして勝敗は火を見るより明らかだった。
『シン、無事か?!』
『まだくたばっていないだろうな?』
画面を拡大していくと、レッドフレームとガンバレルダガーがやってきていることが分かった。
『ここまでか・・・部隊をまとめて離脱だ!』
『了解!』
カオスとM1アストレイはその場を去ろうとした。だがこれで終わる筈がない。
『同じ狢・・いや俺より最低な奴よォ。また楽しみながら殺し合おうぜェ!!』

殺気がなくなったわけじゃないのに、俺からそれた? 今のアイツの損傷じゃあ誰も・・まさかッ!?

薄れかかっている意識を、唇を噛み切りその痛みでつなぎ止め、カオスの次の行動を読んだ。汗と血の混ざったぬるい滴が顔に垂れたが気にしない。
「くっそォォォォおおお!!!」
ガイア2ndはバーニアを吹かして、全速力で移動する。
『コイツは土産だァ!!』
幸いにも、最悪にもその読みは当たった。
カオスは残ったAGM141 ファイヤーフライ誘導ミサイルを撃ち放った。
警備隊の中で唯一生き残ったパイロットが乗っているシリビアンアストレイJGカスタム向かって。
運悪くさっきの攻撃のショックでバーニアがいかれ、動けなくなっていたのだ。
「落ちろォォおお!!」
少しずつ距離を縮めながらファイヤーフライ誘導ミサイルをMMI-GAU25A 20mmCIWSで撃ち落していく。
距離にはまだ余裕がある。冷静に撃ち落していく。
「あと1発ッ!! 」
だが。
「弾切れ!?」
モニターには【run out】(弾切れ)の赤い文字とアラーム音。
こうしている間にファイヤーフライ誘導もミサイルは動いている。シリビアンアストレイJGカスタムは動けない。
ならやるべきことは1つ。ガイア2ndの装甲が赤くなり強度を増す。
「ッ・・・ガイア、痛いと思うけど我慢してくれッ!!」
ファイヤーフライ誘導が爆発した。
シリビアンアストレイJGカスタムの盾になったガイア2ndに着弾して。
紫煙が広がる。
紫煙の中にガイア2ndはいた。コックピットの中でシン・アスカはつぶやいた。
「ッ・・守っ・・・たぞ」
たった1人の名前の知らない人のために、命を体を張る。
愚かな事だと人は言う。
狂っていると人は言う。
真っ直ぐだと人は言う。
それがシン・アスカだった。
その後ロウ達に救出され。ガイア2ndはガレージの中、片足がないため横たわっていた。
ガイア2ndの中からシンが出てきた、肩をゆらして呼吸をしてかなり辛そうだった。赤いパイロットスーツのいくつかの箇所が赤黒くなっている。
「・・ととッ」
床に足が着いたとき、目の前にモーガンが立っていることに気がついた。
乾いた音が響いた。
モーガンがシンの顔面を殴ったのだ。だがシンは倒れない、それどころか殴られてからしっかりと立った。
「お、おいッ!」
ロウが驚き、止めようとする。
「まあ見てろって、オッサンなりの“授業”だ。それにオッサンが殴らなかったら――」
褐色の男、エドワード・ハレルソンがそれを止めた。
「俺が殴っている」
真剣な眼差しで。
「なぜ殴られたのかは分かっているな?」
モーガンは殴った手をぷらぷらと振りながら聞く。
「分かってますよ。・・俺も・・・大戦の後の戦場で、同じ思いで・・・・・部下を殴ったことがありますから」
シンはふらふらになった体に鞭打ちしっかりと立って、不敵に笑う。あんたの拳なんて痛くも痒くもない、というふうに。
「お前のような奴を隊長にもってしまった奴らには同情するよ」
呆れた声しか出ない。命の大切さを知っていながらこんな行動をするのだから周りからしたら、たちが悪いことこの上ない。
「そりゃどうも。あいつら、やっと苦労を理解してくれる人いた、と泣いて喜びますよ。ついでにクラッカーも鳴らすかも」
皮肉に冗談をいい強がった。だがそれもここまでだった。
「減らない口だな」
「ついでに言っておきますけど。俺はあなたの拳で倒れるんじゃない。疲れたから・・倒れるん・・だ・・・」
そう言って、前のめりに倒れた。糸の切れた人形のように、モノが落ちるように。
後ろではなく“前”に。ここまでくれば意地というものでなく、生き様であり、いつか来る死に様なのかもしれない。
そして、シン・アスカはタンカに運ばれていった。
「フンッ・・・・いい根性だ。ますます気に入ったよ」
モーガン・シュバリエは満足した笑みでシン・アスカを見送った。
「見苦しいところをみせたな」
モーガンは、自分を睨んでくるロウを見ながら諭すように言う。
「だが、きれいな行動と正しい行動は同じでない。それを理解させ、時には殴ってやる。それが俺なりの人を教え育てるということだ。正しい殴り方をされずに育った者ほど、寂しく、哀しいものもいない。こういう時に殴ってやらなければ、アイツはますます自分の命を安く見るぞ?」
痛みを伴ってようやく伝わる思いもある。
拳に乗せてようやく伝わる心もある。
これはモーガンの優しさ、だった。
「・・・ッ・・・。」
このへんは人生の先輩という点だろう。ロウは何も言えなかった。
ある事で悩み、迷いのある今のロウ・ギュールには何も言えなかった。
「んん・・・ここは?」
暗くぼやけていた視界が少しづつ明るくなってきた。無機質な天井の電灯が最初に見えたものだった。
消毒用アルコールの臭いがする。どうやら医務室のようだ。更衣室はなくとも医務室はあったらしい。
「痛ッ・・・」
よく見れば右肩、右腕、左腕、胴体に包帯が巻かれ、下半身は軍服に着替えさせられベッドに寝かされていた。
包帯の下には縫合の跡があるのだろう。独特の感触がある。傷が熱い。
「まるで――ボロ雑巾だな」
自身の体を皮肉に言う。破けて穴が開いたら、縫って塞いで、また破けて穴が開くまで酷使する。もっともその生き方を選んだのは誰でもない自分なのだけれども。
「あ・・・・やっと起きた?」
「え?」
ベッドのすぐ横でディエチがイスに座っていた。正直、今一番会いづらい人物で・・・・会いたかった人物だった。
「えっと・・あー・・・」
ジト目で睨んでいる。静かだが、ものすっっっごい怒っているのが分かる。
自分どのくらい酷い事を言ったのが分かっている。
だから何を言っていいのか分からない。
だから何を言えばいいのか分からない。
「言わなきゃいけないことがあるでしょ?」
「・・・ごめ――」
「違う。・・・帰ってきたら?」
「・・・・ただいま?」
「おかえり」
淡々とした声だった。でもしっかりとした優しさがあった。
「・・・8は?」
「ロウさんと一緒にガイアガンダムを直してる」
こんなときに限って、空気の読めないおしゃべりがいない。
「・・・」
「・・・」
空気が気まずい。
「あのー・・・ディエチさん?」
耐え切れずに声をかけようとするが。
「・・・・バカ」
静かに震える声だった。表情はうつむいて見えない。雫が、浮いていていた。
「バカ!! なんであんなことしたの!? あんなこと言うの!?」
初めてだった。普段、大人しい彼女が初めて怒り、声を荒げてシンに怒鳴った。
怒りながら、泣いていた。
シンは真剣な表情で応えた。
「あれが戦力的に一番正しい選択だった。それに期待させてなんになるんだよ? 見ての通り、俺はこの様だ。なんて言えばよかった?」
今回は運がよかっただけだ。戦場では涙や祈りより1発の弾丸のほうが役に立つ。
「だからって・・・・だからって酷いよ。帰られなかったら・・・・忘れろ、だなんて。酷すぎるよ」
嗚咽を漏らしながらの声は自分を心配してくれたから。
だから聞いているだけで、辛い。

「死んだら忘れろって・・・・それは私にシンさんを殺せって言っていることなんだよ!?」

死ぬ。そして、忘れられる。それは本当の意味での死。
忘れろ、とは、殺せ、ということ。残酷極まりなく――切ないこと。
「俺は、そう言ったつもりだ」
その意味と残酷さをシンが知らないはずがない。大切なものを何人も失ったシン・アスカが知らない筈がない。だがディエチのことを思えば、それでもいい、そう考えた。
自分を生かすために誰かが死んだ、という後味の悪いものを背負わせる位なら。
本当の意味で死んだほうがマシ。本当の意味で殺されたほうがマシ。
どうってことはない。自分のような人間の命は、戦場で武器と戦う意思をもった人間の命は――消耗品。つまり弾丸のように戦場での使い捨てのようなものだ。自分のことなどすぐに忘れられるだろう。忘れてしまえばいい。
まして自分は“人殺し”という最低の人種だ。ディエチは“マトモ”な女の子だ。最低の人種の“死”を背負う必要なんてどこにもない。
「忘れたのか? 君には君の家族がいて、君の家族には君がいる。」
その口調は、聞いていると切なくて。
「ロウには樹里さんがいて、樹里さんにはロウがいる。」
聞いていると悲しくなる口調だった。
「けど俺には誰もいな――」
言い終わる前に何か鈍器のようなもので殴られた音が響き。
シンは数瞬宙をスローモーションに舞い。
「ぐはァッ」
壁に激突した。肺の中の空気が衝撃により押し出される。
ディエチが殴ったのだ。思いっきり、戦闘機人だということを忘れて思いっきり殴ったのだ。自分の命を安く見るバカの目を覚ますために。
重力下であれば、シン以外の人間だったなら間違いなく重症の怪我をする力で殴った。しかもグーで。当たり前だがモーガンの拳より重い。
「私は殺したくなんかない!!」
強く叫んだ。自分の意思を伝えるために叫んだ。
「私に・・シンさんは殺せないよ」
弱く呟いた。自分の意思とは関係なく言葉が漏れた。
「・・・・」
頬が痛いというより熱い。頭がグラグラする。少しでも気を緩めればそのまま意識を失いそうだ。多分、今日1番ダメージを与えたのは今の一撃だろう。
そんな状態でも意識をはっきりと保っているのはディエチの涙のせい。宙に浮く涙の雫は一見綺麗に見えるが、悲しい。
「なんで途中でほっぽり出そうとするの? 私は生きてさえいれば・・・・どうでもいいの?」
言ってはいけない言葉を言ってしまった。
「ふざけるなッ!」
冷淡な態度だったシンが怒鳴った。
「?!」
冷たい悲しみから熱い怒りへ。一変したその態度の温度差に驚く。
「大切だから自分を殺せと言えるんだ・・・ッ!! 大切だから本当の意味で死んでもいいと思えるんだ・・・ッ!!」
立った。気力を踏ん張り立ち上がった。本当に精神力のみで立ち上がった。
大体の侮辱は耐えられる。負け犬でも、人殺しとでも、なんと言われても耐えられる。だがその一言だけは耐えられない。
「俺は最低な人間だ。戦場で、男も、女も、老人も、子供も、敵なら全員殺してきた。守りたいっていう俺の我侭のために!!」
吐き捨てるように言った。
「こ、子供も?」
子供、という単語に反応。ディエチはあの小さな女の子を思い出した。
「そうだ! テロリストに訓練され、ジンに乗せられた子供達だった。戦闘不能に追い詰めたら、町の真ん中で自爆しようとして・・・・俺はアーマーシュナイダーでコクピットを貫いた」
ユニウスセブン落下テロ事件事件発生後からザラ派テロリストのよく使う手段だった。それに遭遇していた。
「しかも後で見つかった映像から分かったことは、その子供達は戦争に家族を殺された俺と同じ孤児だった。・・・・“俺”だったんだ」


地球圏内テロリスト討伐隊。表向きは平和のための8個小隊からなる遠征部隊、だがその真意は『死刑』。つまり殉職をさせるのが目的の隊である。
大戦後、ラクス・クラインのイメージを守るために死刑は極力避けられた。だがラクス・クラインに異を唱える“危険人物”はシン・アスカだけではなかった。アンドリュー・バルトフェルトはその者達の排除を必須と考え、つくられた『処刑法』である。
生き残ったのは第01アスカ小隊だけである(最初は第06だったが第01に繰り上がったのは、アスカ小隊以外全員戦死、逃亡、行方不明となったためである)。
その活動は文字通り、地獄巡りであり。耐え切れずに発狂したり麻薬に溺れる者もいた。
シンはあえてそんな“汚れ役”を率先してやり、隊員の精神面を守っていた。自分の心を省みずに。


「戦争中も戦後も、何十人もの仲間を失って、何百人もの敵の命を奪って、俺はここに生きている。俺だけが生きているッ!!」
戦場という処刑場。戦場という地獄でシンは鬼にならなけば生きていけなかった。
キラ・ヤマトがシン・アスカを恐れる理由。それはギロチン台に縛り付けられながら、1年間振り落ちてくる刃を噛み砕きながら生き延び培った強さと執念にある。
「家族の死に様が、ステラの死に様が、仲間達の死に様が、敵の死に様が、ずっと悪夢になって俺を苦しめた」
鬼が泣いていた。童のように。
手で顔を隠し、弱々しく泣いていた。
「けど・・・・君は、俺をそんな悪夢から救ってくれた。君といる時だけ開放された」
心が絶叫していた。罪人のように。
爪を皮膚に食い込ませ、痛みが足りないと絶叫していた。
銃弾を腹に受けても立っていた男が、力なく膝を落とす。
ディエチは初めて“弱い”シン・アスカを見た。シンはそれだけディエチの涙に追い詰められたのだ。
「本当は君といたい。けど君の枷になりたくない、なる位なら君に殺される(忘れられる)ほうがマシ――」

「もう――いいよ」

ディエチがシンの頭を両手で優しく抱いていた。
「無理して、自分は死んでもいい人間だなんて言わなくてもいい。いつも強くなくたっていい、たまには弱いシンさんでもいい」
胸でシンの涙を受け止めていた。正確には心を受け止めた。
「・・・・なあ、俺が怖いんじゃないのか?」
恐る恐る聞く、不安だった。“弱い”自分は用なしなのではないのか、“人殺し”の自分は彼女と一緒にいてはいけないのではないのか不安だった。
「怖いよ。正直、戦っている時のシンさんは怖いし、躊躇い無く人の命を奪えるシンさんはもっと怖い。たとえ・・・そうしなきゃいけないのだとしても・・・。」
「だったらなんで離れない?」
「でも、それだけがシンさんじゃない。怖くないシンさんだって私は知っているから」
笑顔で言った。聖母のような慈愛の笑顔で。シンを安心させるために精一杯の笑顔を見せた。
その一言と健気さだけで十二分だった。シン・アスカが精神的にさらに強くなるには、自分は独りではないということを自覚するにはその健気さと一言だけで十二分だった。
「強いよ、君は。俺なんかよりもよっぽど強い。・・・どうした?」
ディエチは震えていた。
「今になってさっきの襲撃が怖くなった」
脳内麻薬が切れて恐怖が今頃になってやってきたのだ。
「ごめん・・気を使わせてごめん。・・・・ありがとう」
こんな俺を頼ってくれてありがとう。
「シンさん!?」
シンは腕を使っていったんディエチを離し、
「こんな腕で君の震えを止められるならくれてやるよ」
包帯が巻かれた両腕でディエチを抱いた。
こんな小さな両肩に。
どれだけ心配をかけたのだろう。
どれだけ不安にさせたのだろう。
どれだけ恐い思いをさせたのだろう。
どれだけ怖い思いをさせたのだろう。
どれだけ―――自分を救ってくれる力があったのだろう。
「大丈夫、君は生きている。俺が君を守る」
優しい声で生きていることを確認させ、安心させる。
「卑怯だよ。もういつもの“強い”シンさんに戻ってるなんて」
ディエチが見上げる。そこにはいつもの強さと優しさと熱を帯びた紅い瞳があった。
「言ったろ? 卑怯じゃないと傭兵・・・いや、花を守ることなんてできないんだよ」
腕の傷は開き、血がたまり、熱を帯びているはずである。だがその程度で表情一つ表さない。ただそこにあるのは不敵な笑みだけ。『男の美学』という奴だ。
「ねえシンさん、あの質問の答えを聞かせてよ」
なんだか惜しい気もするが、意を決した。
「あの質問?」
「なんで私が人を傷つけることしかできないモノじゃない、と簡単に断言できるのか。・・・ッ・・・シンさん、私は今から独り言をいうよ。」
震える声だった。
「嘘か本当か、聞くかどうかはシンさんが決めて」
勇気を振り絞った声だった。
「この状況でなんて・・・・ズルイぞ」
ディエチはまだ震えている。手放せない、手放したくない。
「女はズルイほうがいいんでしょ?」
ディエチの精一杯の強がり。だから――
「初めは純粋だったのに・・・。」
「大人になるってことは汚くなっていくことなんだよ」
「君は一体何なんだ?」
「ディエチ。『ドクター』ジェイル・スカリエッティの作り出した戦闘機人、『ナンバーズ』の1人」
「・・・・いいさ、否定してやる。全部聞いた上で、全部受け止めた上で否定してやる。君はただの家族に会いたがっている女の子だ」
シンも覚悟を決めた。
ディエチは全部話した。自分が戦闘機人であること、何をやっていたのか、何をやってしまったのか、どうやって来てしまったのか。
信じてもらえないかもしれないが真剣に全てを話した。
勇気を振り絞って。


「・・・・」
流石に辛いので、ベッドの上で彼女を抱きしめながら聞いた。
唖然とするしかない。だが彼女の勇気と真剣さは本物だ。
「信じられない?」
「・・ああ。あまりにファンタジーな世界で」
「どっちかていうとマジカルな世界だよ」
魔法はあっても、ディエチにとっては夢のない世界だった。
「ねえ、シンさん、聞いて」
ディエチはシンの頭を自身の胸に押し当てた。
「何だ――」
一瞬、胸のふくらみに戸惑うが、音が聞こえてくる。
「・・・・ねえ、聞こえる? 機械の動いている音が」
「・・・・ああ、聞こえる。 人間の生きている音だ」
意地である。しかし、ドクンドクンと聞こえてくる音は確かに人間の生きている音である。
いつかは止まってしまうが、だからこそ輝く生命の音。守ろうと誓った音。
「ただ今でも分からないんだ。あれは正しかったのかどうか」
「両方“正義”があったけど相容れなかった。たかがそれだけだろ?」
「たかが?!」
自身のやってきたことが虚しい声で返ってきたことに驚く。
「ディエチ・・・正義ってのは強者と勝者が名乗るものだ。戦場にいる奴は全員半分正義で、全員半分悪だ。最後に勝った奴だけがそれを決めることができる。正義は勝つんじゃなくて、勝った奴が正義だ。だから絶対的な正義が存在しないように、絶対的な悪も存在しない。何が言いたいかっていうと、戦いはくだらない、ということさ」
飽きるぐらいに多くの正義(テロリスト)と戦ってきた男だから言える言葉。
呆れるぐらいに相手の正義(思想)を受け止めた上で踏みにじってきたから出てくる答え。
戦いの理由に虚しさを知っていた。
灰色の空と大地の間で知った虚しさ。
「けど俺は“そんなの”なく守りたい。だから俺は守るためなら、相手が誰であろうと、どんな思想をもっていようと、どんなに強かろうと。討つし、墜とすし、斬るし、殺す」
だからこそ揺ぎ無い覚悟が必要だった。
目をそらさず、『人を殺す』という観点を持つ必要があった。
MSパイロットは相手の死に様を直接見ない分、殺したという実感を持ちにくい。だがシンには、目をそらすという選択は許されなかった。目をそらせば苦しみから逃れるためにゲーム感覚で楽しみ、人を殺す殺人鬼になっていた。アイツ(ゲーリー・ビアッジ)のようになっていた。
「けどごめんな。あんな風に怒鳴って」
謝りたかった。ようやくできた。
「必要――だったからだよね?」
答えが会っているか伺うように聞く。
「・・ああ」
観念したようにため息をつく。
「私を“そういう世界”から遠ざけるためだったんだよね?」
「ああ。実はさ、最近恐いんだ」
「戦うことが?」
「いや、人を殺した後・・・・出てくるはずの罪悪感が無くなってきている自分が」
命を軽んじているわけではない。だが慣れていくのが人間という生物の残酷な性である。
というより本来ならすでに人格を守るためにそんな理性は捨てられている筈なのだが、シンの人間性がそれを許さず。だから苦しんだ。
「・・・・」
無言で聞くしかない。
「俺は恐いんだ。いかれていく自分が、“こんなこと”に慣れていく自分が恐い。・・・・君も引き金を引いたことがあるんだろう?」
悲しい目で聞いた。
「・・・・うん」
たまらずに目をそらす。
「その時“罪悪感”はあったのか?」
「・・・うん」
「そっか・・・ならまだ大丈夫だ。まだ引き返せる」
安心した。彼女はまだ慣れきってはいない、踏み外していない。やり直せる。
「勝手だけど俺は、君にはこんふうになってほしくないんだ。こんな思いは味わってほしくないんだ。だから君に“こんなこと”に触れてほしくない」
自分のように、引き金の軽くなる壊れた人間にはなってほしくない。例外はない、人に向かって引き金を引く者は全て壊れていく。
「俺の番だな」
今度はシンが主張する番だ。彼女が、ただの家族に会いたがっていてる女の子、だと。
「俺に“当たり前”をくれたのは君じゃないか。俺が欲しかったものを全部くれたのは君じゃないか」
モノクロになりかかった世界に、赤以外の色を取り戻してくれたのはディエチだった。
だから言える。感謝の意を込めて。
「もしそんなことをいう奴がいるのなら、俺がそんなの全部否定してやる。もし世界が言うのなら、俺がそんな狂った世界を薙ぎ払ってやる」
はっきり言って馬鹿馬鹿しい戯言だった。
ふざけて言っているような戯言だった。
だがそんな馬鹿馬鹿しくて、ふざけたことを実現できる可能性をもった鬼の戯言だった。もっともそんな可能性をシンが持っていることを彼女は知らないのだけど。
「そして、君を狂った世界から奪い取る」
奪う・・・・欲望の言葉だ。もしかしたらシンが自分の気持ちとして、使うのは始めてかもしれない言葉だ。誰のためでもない、自分のための言葉だ。
「乱暴な言葉を使うんだね。」
「悪役らしいだろ?」
いつもの悪戯小僧のように笑う。いつものシンだ。
「シンさんらしい。でも責任とってよね」
「せ、責任ッ!?お、お、お、俺は、な、な、な何もや、や、や、やっていない、い、い、いぞ、ぞ!」
『責任』という言葉に動揺しラップをしてしまった。シンも男である。この言葉に弱い。
「だってこれまであった私の存在する意味を否定したんだから、新しい意味が見つかるまで付き合ってくれるんだよね?」
戦闘機人としての意味。戦うために存在する、という意味。生まれた意味、という鎖。
皮肉にもその鎖を砕き、解き放ったのはかつてデスティニープランのを誰よりも支持したシン・アスカだった。
「あぁ―そういう意味か。付き合うさ。すぐには見つからなくても、いつか見つかるよ」
ようやく理解したように相槌を打つ。
「・・どういう意味でとらえていたの?」
いつものジト目だった。シンはこの目に弱い。だいたいこの目をされるとヘタレてしまう。
「君は俺じゃない、君は君だ。君のなりたい君になれるよ!」
その強引さで焦りが丸分かりだ。
「シンさん・・・何か誤魔化そうとしてない?」
シンは近くなる顔にちょっとドキッっとなる。焦りと高揚感で顔が赤い。
「してないしてない!!」
迫られ、顔を振り誤魔化す。妄想を読まれるわけにはいかない。読まれればある意味人生の墓場行きだ。
「いいよ。“今は”誤魔化されてあげる」
「さいですか」
ほっ、と安心の一息。
「だから、シンさん、お願いが・・・」
途端にディエチは顔をうつむいた。
「その・・管理局だっけ?そいつらに君を引き渡せばいいのか?」
彼女が再び家族に会うためには、癪に障るがそいつらの力がいる。
「そう」
「ディエチ、最初に1つ言っておくけど、俺は君の戦いには関わらない」
自分が戦力として関われば、彼女の目的は適わない。もう勝負はついているのだから。
「・・・ありがとう」
「ただし君がコインを1枚でも俺に渡せば俺は、どんな時、場所、状況でも君を守る。そのコイン1枚がその依頼で死ぬ可能性のある俺の命と俺が殺す可能性のある敵の命、全部の値段だ」
「分かった。小銭は持ち歩かないことにするよ」
「手厳しいな。じゃあ・・・・あとで何か教えてくれ」
「え、何を?」
全て話したつもりだった。もう何も聞かれることは無いと思っていた。
「君のお姉さんや妹のことや何気ないこと・・・なんでもいい。俺は君のことが知りたい」
「・・・・うんッ!あ、でも、ウチは姉妹が多いから時間はかかると思うけど・・・。」
ディエチは嬉々として答えた。
「ハハッ・・・・いいな。家族が多いってのは」
女しかいないという事実に思わず苦笑い。
「なあ、ディエチ。・・ただいま」
「え?」
「言いたいから言っただけだ。それと、地球に降りたら君を連れて行きたいところがあるんだ・・・。」
ブッキラボウに言い、顔をよそに向けた。恥ずかしいのだ。
「え!?どこへ連れて行ってくれるの!?シンさん!」
初めてだった。この男が自分から、必要もないのにどこかに連れて行こうとするは。
「それは・・・・ん・・んん・・・」
唐突に眠気が襲ってくる。理由は常人なら倒れている疲労とダメージ。
「どうしたの?眠いの?」
「なんで・・・・だろうな?」 
殴られた顔が熱い。だが心地いいものだった。誰かに心配され、殴られる、というのは人生において必要なことである。
「なあ・・・・しばらくこのままでいてくれいかな?」
目は既に閉じられていた。
「え?」
「酒が欲しい。今は冷えたジンより・・・・君に酔いたい・・・zzz」
「寝ちゃった。まあ・・・・いっか」
初めてこの男が自分に対してワガママを言った。自分を必要とした。この男の“弱さ”を知った。気分は悪くない。
誰かを傷つける者はいつか誰かに傷つけられる可能性があり、誰かを殺す者はいつか誰かに殺される可能性がある。これは王道的なものだ。
誰かを包んで守ってきた者は、いつか誰かに包まれて守られる可能性もある。それぐらい・・・・あってもいい。
病室の前
「おい、狂犬のオッサン。俺たちはどうやら邪魔者のようだぜ?」
エドワードがドアを少し開け、隙間を親指で指す。一応、見舞いに来たのだ。
「まったく。『羅刹』の二つ名が泣いているな」
モーガンはしかめっ面で答えた。
「それは聞いたところによると“あの戦い”の後に生き残った連合の兵士達が勝手につけたもんだろ?あいつは『ピエロ』のほうがお気に入りみたいだしよ」
エドワードは頭の後ろで腕を組み、他所をむいた。
シンにもプライベートはある。その点に関しては良き理解者だ。
「エド・・・・お前は“あの戦い”で戦っている時のシンを見ていないからそう言えるんだ。アイツはたった1人で、俺を含めた3人のエースの内2人を討ち取った。俺はたまたま運良く生き延びただけだ」
「・・・・マジかよ」
驚愕の事実だった。
「エド、シンを良く見ておけ。俺の勘がそう言っている」
モーガンは真剣な表情で警告する。
「言われなくても、可愛い後輩の面倒は見るつもりさ」
エドワードは気楽に承諾する。
「さっきアメノミハシラにいる情報屋から聞いた話じゃあ、さっきの赤い奴とその部隊。ここに襲撃に来る前にザフトのジュール隊を壊滅させちまったらしい」
「何だと・・・!?」
ジュール隊といえば、大戦後は軍人としては裏切り者達としても有名だが、質の高い部隊としても有名だった。
「正規の軍人が25人死んだ。ここじゃあ今回の犠牲者は12人らしいが、シンがあの赤い奴を止めてなきゃ、もっと犠牲者が出ていただろうよ」
シンの戦ったエリアにはデブリに偽装した武器と予備の起動ポッドなどがあった。多分そこで武装を補充し、死角から強襲するつもりだったらしい。
今回はあのジャンク屋の悪運に助けられたようなものだ。
「言い返せば奴はシンに背中を向けられなかった、とも言える。そいつに食い下がったシンも、道を外せばかなり危険だ」
今回は運が良かった。
指揮(『月下の狂犬』モーガン・シュバリエ)、攻撃(『宇宙一悪運の強いジャンク屋』ロウ・ギュール)、防御(『羅刹』シン・アスカ)、思いがけない幸運(『切り裂きエド』エドワード・ハレルソン)の最高に近いカードが偶然にもそろっていた。それでもギリギリだった。
「あいつなら大丈夫だ。俺が保障するぜ? あいつはもう逃げることもできないくらい大切なものを背負っている」
根拠は無いが、なぜか自信があった。
「だと、いいがな」
「さて、ビールでも飲もうぜ。人の恋路は邪魔しちゃいけねぇ」
「馬鹿者、俺は軍務中だ。報告書を提出せねばならん」
『切り裂きエド』と『月下の狂犬』は歩いて離れていった。なんだかんだ言って実は仲のいい2人だ。
「シン・・・・大事にしろよ。お前の胸に自分の意思で飛び込んでいるその娘は、お前にとって最高の女かもしれないんだからよ」
エドワードの去り際のつぶやきは誰にも聞こえはしなかった。
南米の『英雄』は知っている。
何か大切なものを背負った者は強い、ということを。
シン・アスカは今よりも、さらに強くなっていくことを。
知っている。


そして、青年は彼女に抱かれてほんの少しだけ一休みした。
その一休みはガイアに乗る前から、デスティニーに乗る前から、インパルスに乗る前から、家族を失ったあの日からようやくできた一休みだった。
だから青年は再度誓った。
彼女のために。彼女が笑っていてくれるなら。

戦うことを生き様とし
闘うことを生き方とする、
鬼より強く、
人より残酷な存在になることを。

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最終更新:2010年08月10日 01:45
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