ただ雨が激しく降り注いでいた。
雫に打たれる者たちの悲しみも絶望も構う事はなく、ただひたすらに。
「裏切るな! 基地に戻れ!」
豪雨の中、男の切迫した声が海上の暗雲立ち込める空に響く。
漆黒の空に漂うは金属でその身を為せし、3体の巨大な人型。
この世界―――C.E(コズミック・イラ)の人型機動兵器MS(モビルスーツ)である。
一つはトサカをつけたフルフェイスの兜を装着し、大き目の肩当をはじめとする屈強なアクアブルーの甲冑を纏った騎兵を思わせる人型。
それを残り二つの人型が追う。
そのうち一方はその背中に赤い翼らしきものを装着し、トリコロールカラーで全身を色づけた人型。
その手に銃を持ち、豪雨の中を力強く羽を広げて飛ぶその姿は勇壮な戦の天使を思わせる。
もう一方は多数の小槍らしきものが突き刺さった巨大な槍立てのような物を背負い、全身をグレーで塗装した人型。
巨大な武装を背負いながらも気品あるその姿は、重武装の騎士を連想させた。
「なんだってあんたがっ!」
『戦天使』の人型から切迫した声が響く。
機体の勇壮な外見とは裏腹に、コクピットに座す若者の顔は悲痛に満ちていた。
『戦天使』の機体を操縦席から操る、黒髪に赤い瞳をした青年シン・アスカ。
「シン、聞け! 確かに彼らの言葉は正しく心地よく聞こえるかもしれない。
だが、彼らの言葉はいずれ世界の全てを殺すっ!」
アクアブルーに彩られた『甲冑兵』の人型から通信が響き、
それがシンの心を揺らがせる。
「え?」
「聞くな、シン! アスランは既に錯乱している!」
シンの心の動揺を、『重装騎士』の人型から入った通信が遮った。
「ふざけるなっ!」
怒りを込めた声が通信を介して『甲冑兵』の人型から放たれる。
舞うが如く3体の人型が海上の空で争う。
その中で放たれるいくつもの言葉、意思が『戦天使』の操り手を惑わす。
いくつもの過去が黒髪赤眼の男の心をよぎり、葛藤の末に男は叫んだ。
叫びと同時に男の中で何かが弾けた。
同時に男の赤眼から光が消える。
「あんたがいけないんだ、あんたが裏切るからっ!」
男が操る『戦天使』は背中に光の翼を展開させ、背負っていた大剣を構えて
『甲冑兵』に向けて突き進む。
荒らぶる『戦天使』は瞬く間に距離を詰め、『甲冑兵』が繰り出す鞭を破壊し、その楯を両断し、片腕を切り飛ばす。
一瞬で武装と片腕を破壊された『甲冑兵』はバランスを崩し、暗い海に向かって落下していく。
「俺は……俺はもう絶対にっ!」
赤眼の男は叫び、咆哮と共に『戦天使』の大剣を突き出させ、落下していく敵を上空から貫こうとする。
己の操る機体の刃が倒すべき敵をまさに貫こうとした時、それは起きた。
不意に雷鳴が轟き、シンの視界に光が満ちる。
眩いばかりの純白の光が。
まるで祝福の光とも思える純白の輝きに視界だけでなく、意識まで満たされるような
感覚を覚えながら、シンの意識は落ちた。
荒涼とした平野を赤い軍団が駆け抜ける。
それはC.E.とは異なる世界。騎士が戦場の主役たる時代。
大地に馬蹄と足音を響かせ、色鮮やかな深紅の鎧を身に纏った無数の兵達が広大な戦野を駆け抜ける。
彼らは傭兵騎士団ヴァルファヴァラハリアン。
全欧最強と誉れ高き深紅の兵団である。
時はドルファン歴D.26年三月末。
場所は南欧圏トルキア地方南端の国家ドルファンと、その北方に位置する内陸国プロキアの国境地帯。
プロキアの盟主フィンセン公は内陸国から海に出る為、南の小国ドルファンを領有すべく侵略を開始した。
フィンセン公は戦に備え、中立国スィーズランドから一つの傭兵騎士団を雇う。
その名はヴァルファヴァラハリアン。世界唯一の永世中立国スィーズランドに所属する西洋最強と称される傭兵騎士団である。
プロキアの第一陣として押し寄せるヴァルファの攻勢により、ドルファン王国国境都市ダナンは即日陥落した。
堅城として知られるダナンが即日開城したという報はドルファン首都を驚愕させた。
今回の戦争に備えドルファン王国王室会議は戦力増強の為、傭兵を召集する事を決議。
全世界に向けてドルファンによる傭兵徴募の報が飛ばされる。
―――戦功目覚ましき者は騎士に叙する―――
この破格の条件と戦時における傭兵としての好待遇に魅かれ、世界各地からドルファンに向け傭兵達が参集。
D26年4月1日をもってドルファンに正式に入国。
当日、ドルファン首都城塞における港は入国したばかりの外国人傭兵達で賑っていた。
そしてまた一人の男がドルファンに降り立つ。傭兵として。
「こちらの書類に必要事項の記入をお願いします。」
年若い短髪赤毛の女性出入国管理官こと彼女、ミューの声に従い黒髪の男が書類に記入する。
「はい、ありがとうございます。あなたは傭兵志願の方ですね?
書類の写しを軍事務局に回しておきます。」
記入を終えた書類をこちらに渡した後、男が顔をあげた。
若い。年のころならまだドルファン学園の高等部くらいだろう。
勝気そうな顔つきに、やや険のある眼つき、そして印象的な赤い瞳をした男。
ミューの職業上、年若い傭兵というのが珍しいわけではないが、さすがにこの位の年で傭兵稼業に身を染めているとなると、
その生い立ちには多少悲観的な想像を働かせざるを得なかった。しかし仕事に私情を入れるわけにはいかない。
そうでなくても後から後から来る他の入国者と応対しなくてはならないのだ。
ミューはドルファン出入国管理官として、傭兵志願の入国者に対するお決まりの台詞と笑顔で彼に応じた。
「シン・アスカさんですね。ようこそドルファンへ。貴方にご武運があるようお祈り申し上げますわ。」
それに対し、黒髪赤眼の男は少し眉間に皺を寄せながらミューに問いかけた。
「なあ、あんた。ザフトとかプラントって知ってるか?」
「はい?」
不意な問いかけに戸惑いつつも、ミューは知識の中から彼の言った単語に該当するものを探す。が、どうにも見つからない。
「いえ、残念ながらよくわかりません。地名か何かですか?」
ミューの返答に黒髪赤眼の男は肩を落とし溜息をつく。
「やっぱりそうか……ああ、わかってるよ運命。」
不意に男が自分の右斜め上の方を見上げて語りかける。
無論そんな所には何もない。
驚くミューに構わず男はそのまま通り過ぎていく。
その後ろ姿を目で追うとなにやら歩きながら一人で空に向かってブツブツ呟いている。
ちょっと可哀想な子なのかもしれない。
そうミューは感じつつ、次の入国者に応対した。
今度は黒髪の少女。年の頃なら先程の黒髪赤眼の男と同じように、ドルファン学園の高等部くらいだろう。
綺麗な黒髪を三つ編みにし、人形のように端整な容姿に何かを見通したような静かな眼差しをした少女。
ミューは少女の齢に不似合いな落ち着いた物腰に多少戸惑いつつも、先ほどと同様の手続きを彼女にも行う。
「あなたは留学生の方ですね? ライズ・ハイマーさん。ようこそドルファンへ。
あなたにとってこの国での出来事が良きものでありますように。」
「ええ。ありがとう。」
ミューの言葉に少女は微笑んで去っていく。
年に似合わず酷く大人びた笑みだった。
まったく人は様々だ、そう思いつつミューは次の入国者の応対にかかった。
D26年4月1日。
一人の少年と一人の少女が同じ港に降り立った。
一人は傭兵、一人は留学生として。
後にドルファン=プロキア戦争と呼ばれる事になる戦いがはじまろうとする中、
小さな二人はいまだ自分達の運命も知らぬまま、同じ空の下同じ大地を歩いていた。
最終更新:2010年10月18日 17:33