アットウィキロゴ

酔っ払いのなのは小ネタ-09

 助手席でうつらうつらと舟を漕ぐ彼の横顔を見て、私は急に幸せな気分になった。
暗い高速道路は渋滞でのろのろと動く車達で溢れ、慣れない外回りは余程疲れたのだろうか、今にも
寝てしまいそうになりながら、それでも時折頭を振って必死に眠気を払う彼は可愛い。
 寝てもいいよと声を掛けると、生真面目な顔をして大丈夫ですよと返してくる。
予想通りの答えに少し苦笑する私。隣がそんな様子だと、逆に気が散るから寝なさい。
たしなめる様に言うと少し考えた後で、分かりました、本当にすいませんと返してきた。
そう、お姉さんの言うことは聞くものだよ。

「本当にすいません、今度は俺が運転しますよ。あぁちゃんと免許取ってからですけどね」
「その時はお願いね、シン。その時は助手席で寝てもいいかな?」

 あの日、あの小さな子が書いた未来の様に。
運転する彼の横顔を見て、隣に私が居て……
そんな小さな願い。手を伸ばせば届くような願い。でもそれが叶った時、私は嬉しくて泣いてしまうかも知れない。

「そうですね、俺の運転でよければ寝て下さい」

 たぶんこの小さな願いは、そう遠くない未来に叶うだろう。
……でも、それは仕事として

「あぁそうだ、免許取ったらフェイト隊長の車を借りていいですか?
 後の席は狭すぎるんで二人だけになっちゃいますけど」

 小さく絞ったカーステレオの音声に混じって、声が最後の方は小さくなった誘いを受けた。
ラジオのBGMはどこかで聞いたようなラブソング。のろのろ運転の渋滞で、追突しない様に
注意しながら返事を返した。

「いいね、二人でドライブでもしよっか」

 そう返事をすると、やっぱり照れたように少しだけ赤くなったシンは、静かに寝息を立て始めた。
白状するのなら本当は、高速が渋滞しているのは知っていた。少しでも長く一緒に居たかった。
こんな小細工をする自分に軽い嫌悪感すらあったけど、今はそれなんて綺麗さっぱり無くなって、
相変わらず流れるラブソングを私は上機嫌で聞いていた。
 休日の昼下がりに、後ろに相方を乗せて、借り物のバイクで走り出す。
なんでもない休日。街へと繰り出して買い物と新作アイスを段重ねにして遊んだ帰りに、私はふと思う。
たぶんあいつとなら、相方の様に後ろに乗せてじゃなくて一緒に走って行くと思う。
 なんで私が後ろに乗らないのかって? だって私は……私が一緒に走りたいから。

 緩い左の中速コーナー、私は減速してイン側に寄る。ファーストインファーストアウト。二輪のコーナーの基本技術。
いくら上手いと言われてはいても、私はスピード狂じゃないしペーパードライバーじゃないってだけ。
 乾いた音が背後から迫ってきた。時代遅れどころか化石の様なメカニズムを持つバイクだけが叫ぶ咆哮。
この広いミッドでも、この音を出すそれに乗っているのは余程の好事家か変人くらいな物だろう。

「うひゃ~! あれ曲がれないよ絶対!!」

 相方が風切り音に負けない大声で叫んで、空いたアウト側をそれが走り去る。コーナーのギリギリでフルブレーキング。
グンッ! っとあいつの車体が前に沈み込み、暴れる車体を押さえ込むのが解かった。そのままフルバンクしてあいつはコーナーを
切り取って走り去った。薄暮の道路で踊るテールランプを綺麗だなって感じて、それに付いて行くことを夢想した。

「ねぇ! あれ、シンだよね!?!?」

 耳元でがなりたてるスバルに、私も大声で答えを返した。

「そうだよ! ってか耳元で大声出さないでよ!」
「ひえ~! ティアが怒ったぁー」

 いつかきっと、あのテールランプと一緒に走れたらいいな、小さなあの子が描いた様に。
でも今は……一緒に走れない。
私はあいつに出会って生き急ぐのを辞めたけど、肝心のあいつは生き急いでいる。
 いつか時間が、なんて言わない。私があいつの古傷を癒して、ちょっとだけスピードを落したら、
その時は一緒に走ろう。二人一緒で、どこまでも。
 教導のプランを作って部屋から出ると、もう外は薄暗い。
人がまばらになった隊舎。少し歩いた先のベンチで、美味しそうに紙コップを傾ける彼が居た。
どうせまたコーヒーだろうな、それ以外を飲んでいる所を見たことが無いし。

「隣、いいかな?」
「なのは隊長! 居たんですか……どうぞ」

 断るはずが無いと分かっていて聞いた。それでも礼儀は無くしたくない。
おもむろに手提げ袋から包みとポットを出して、シンに差し出す。

「はい、夕食前のつまみ食いにどう? お父さんとお母さんから送ってきたんだ」
「つまみ食いですか……いいですね。なんです?」
「翠屋特製のパウンドケーキとコーヒーだよ」

 包みからケーキを出して、小さく切り分けられたそれを二人で一緒に食べて、
同じポットのカップでコーヒーを飲む。なんて小さな幸せなんだろう。
でもこんな幸せを積み重ねて、ありきたりな毎日を暖かく過ごして生きたい。
そんな毎日を、あの子と三人で。

「ご馳走様でした、ケーキもコーヒーも凄い美味かったです。ありがとう御座いましたって
 伝えて置いて下さい」

 立ち上がって丁寧にお礼をする彼が行こうとすると、それが当たり前なのにちょっと悲しくなった。
またこんな風に一緒に居れたらいいな、なんて考えて、少し遠い後姿に声を投げかけた。

「本当はね、シン! 私が作ったんだ!」

 彼がどんな顔をしているか興味はあるけれど、なんとなく気恥ずかしくて、
照れくさくて……
 だから反対に私は歩き出した。
歩きながら思う。次は一緒に作ろうね。

――いつだったやろか、約束をしたあの夜は

デートに行くはずだったのに、気がつけば仕事に追われていた。
捌いても捌いても案件は無くならず、投げ出したい気持ちになっても、六課の長としての責任と義務。
なにより私個人の理想と想いの為に走り続けた。
けれども押し寄せる仕事は私に休ませることを許さず、望んで背負った責任と義務は確実に私を疲れさせた。

自らが望んだ環境と役職。尽きることの無い仕事はやりがいに満ち満ちてはいるけれど、私は私が思った以上に
弱かった。少しでも現実を理想に近づけたくて、多くの人に幸せになって欲しくて、流す涙は喜びであって欲しくて……
でもこの両肩は見た目通りに弱弱しく、背中は薄っぺらだった。
だけどそれを知られてはいけない、リーダーである私は常に強くなくちゃいかんのや。
……だからお願いや、せめて君の前だけでも弱く居させてや


「まったく……えぇわ、今日はウチでごろごろしよか」

ポツポツと降り始めた雨は、やがてじっとりと濡れる霧雨に変わり、久しぶりの休日をどう過ごそうかと
思案していた私は外に出ることを諦めた。昨夜のうちは街にでも繰り出して、ウィンドーショッピングを
楽しみながらブラブラしようと考えていただけに、概ね晴れるでしょうなんて言っていたお天気キャスターに
呪いの一つでもかけてやりたい。シグナムを初めとした私の家族は、みな仕事で出払って家には一人。
まぁ10年前は歩くことも出来なかったのだから、今の状況はまだマシかもしれない。

「二度寝でもしてよ」

一人でそうごちた後、もったいないと思いながらも寝ることにした。
ある意味では二度寝なんて贅沢をさせてくれたこの雨にちょっとだけ感謝しよう。
キャスターのおじさんも万能では無い。ついさっきまでキャスターに向けられていた呪いは感謝に変わり、
あくびをしながら私は寝室へとUターンしてベットに潜り込んだ。


「ったく! 全然言ってること違うじゃないかよ」

霧雨を中、無駄だと分かってはいてもシンは走っていた。
すでに制服は肌に張り付いていて、濡れた前髪は重くなって目に掛かる。六課の茶色い制服は水分を含んで黒く見え、
空いている手で髪の毛と水滴を払っても、容赦なく恵みの雨は落ちてきた。

「雨が降るって知ってて俺に行かせたんだ。でなきゃこれを渡したら上がっていいなんていうはずが無い」

メガネを掛けたエリート同僚は、さっきまではいい奴と先輩だなんて思っていたけど、今ではありったけの呪詛の対象に格下げになり、
制服の内ポケットには、濡れないようにビニールで包んだ封筒が入っている。
なんでも八神隊長に急ぎで届けなければいけない書類だそうだ。転送魔法でぱっと送ればいいだろうと言ったら、あの生真面目なメガネと
なぜだかその場に居た陽気なヘリパイロットの先輩に言われた。

「大事な書類なんだ、信頼出来る人間に直接手渡して欲しいんだよ。それに届け終わったら今日は上がりでいいよ、
 毎日遅いんだからたまには早く帰るといい」

「そそ、いつも日が落ちてからも居るだろ? たまにゃ早く帰れ帰れ」


もっともな理由と親しい先輩の言葉、仕事が半ドンになる餌にあっさりと食いついた自分が恨めしい。
傘をどこかで買えばいい話なのだが、バイクのローンに先日コカして折ったレバー代と、傷ついたサイドカバーの購入で
財布からお札は家出を敢行して戻ってくる予定は無い。
財布には金額の寂しい小銭しか入っておらず、それすらも午前中に缶コーヒーに化けた。
残された手段はただ走るだけ。

目的の玄関に立ち、インターホンを押して待つこと10数秒。何も反応が無いのを不思議に思って、見上げた先の窓辺に
肘を突きながらボーっとしている彼女を見つけると、なぜだか胸がざわついた。

「なぁシン? 明日デートしよ?」

唐突に思い出して、熱くなる顔を冷やしてくれるこの雨に俺は少し感謝した。


「……ヒマやなぁ」

二度寝といってもずっと寝ていられる訳じゃない。ボーっとする頭で時間を確認すると、時計の針は12時を少しだけ
回った位置を差していた。ベットからごそごそと抜け出して、コーヒーでも入れよかなんて考えた。
暖房の効いた部屋から一歩出ると、冬の冷気が肌をなぞり、思わず身震いしながらリビングへと急ぐ。
いつから私はコーヒーを好きになったんやろ?
恋した瞬間は鮮明に思い出せても、同じ物を好きになったのは何時だっただろうか。
ふにゃふにゃとまどろむ頭を起こすのに、紅茶からコーヒーに変わったのは何時だっただろうか。

昼なのに雨雲のせいで少し暗くて、人の居ないリビングは静謐な雰囲気。しとどに降る霧雨がそれを増長させた。
時折通りを走る車の飛沫が聞こえるだけで、後はお湯を沸かす火の音と、自らの吐息。
沸騰する前にやかんを火から外して、香りが好きでよく購入するコロンビアに、そろそろと
お湯を撫でるように優しく、細く置くようにしながら落とした。
ぐらぐらに沸騰した湯では、さっぱりとして苦味が強くなるけど、折角の甘味と香りが飛んでしまう。

「そや、冷蔵庫にケーキがあったはずやな。それに貰いモンのクッキーもあったはずや」

抽出したコーヒーが入ったカップを零さない様にそろそろトレイに載せ、ブラックでは流石に飲めないので
砂糖ポットも載せる。小さなモンブランと、ヴィヴィオが手伝って焼いたというクッキーも忘れてはいけない。

窓から眺める景色は雨にけぶり、口元に運んだカップから立ち昇る湯気が窓を曇らせる。
砂糖を溶かした濃い琥珀色の液体は、眠気を払ってはくれたがパジャマから着替える行動力はくれなかった。
クッキーは様々な動物を模した形になって焼かれ、サクサクと心地好く歯切れてはやてを楽しませ、疲れから来るのだろうか、
胸に僅かな寂寥感を残しながらコーヒーと一緒に咽を滑り落ちていった。
チャイムの音がドア越しにかすかに耳に聞こえた様な気がしたけれど、いまの気分では招かれざる客だ。
居留守でも使おうかとカーテンに手を伸ばして、せめてこの不運なお客の顔を一瞥しようと視線を落すと、
雨に濡れたシンと目が合って…………

なぜ来たのかなんて不思議に思いながら、嬉しくて鼓動が早くなる。
たぶん仕事絡みだろうってすぐに解かったけれど、想い人の来訪は寂寥感すらも砂糖の様にカップに溶かしてくれた。

続く

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年11月09日 12:49
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。