――いつだったやろか、約束をしたあの夜は
デートに行くはずだったのに、気がつけば仕事に追われていた。
捌いても捌いても案件は無くならず、投げ出したい気持ちになっても、六課の長としての責任と義務。
なにより私個人の理想と想いの為に走り続けた。
けれども押し寄せる仕事は私に休ませることを許さず、望んで背負った責任と義務は確実に私を疲れさせた。
自らが望んだ環境と役職。尽きることの無い仕事はやりがいに満ち満ちてはいるけれど、私は私が思った以上に
弱かった。少しでも現実を理想に近づけたくて、多くの人に幸せになって欲しくて、流す涙は喜びであって欲しくて……
でもこの両肩は見た目通りに弱弱しく、背中は薄っぺらだった。
だけどそれを知られてはいけない、リーダーである私は常に強くなくちゃいかんのや。
……だからお願いや、せめて君の前だけでも弱く居させてや
「まったく……えぇわ、今日はウチでごろごろしよか」
ポツポツと降り始めた雨は、やがてじっとりと濡れる霧雨に変わり、久しぶりの休日をどう過ごそうかと
思案していた私は外に出ることを諦めた。昨夜のうちは街にでも繰り出して、ウィンドーショッピングを
楽しみながらブラブラしようと考えていただけに、概ね晴れるでしょうなんて言っていたお天気キャスターに
呪いの一つでもかけてやりたい。シグナムを初めとした私の家族は、みな仕事で出払って家には一人。
まぁ10年前は歩くことも出来なかったのだから、今の状況はまだマシかもしれない。
「二度寝でもしてよ」
一人でそうごちた後、もったいないと思いながらも寝ることにした。
ある意味では二度寝なんて贅沢をさせてくれたこの雨にちょっとだけ感謝しよう。
キャスターのおじさんも万能では無い。ついさっきまでキャスターに向けられていた呪いは感謝に変わり、
あくびをしながら私は寝室へとUターンしてベットに潜り込んだ。
「ったく! 全然言ってること違うじゃないかよ」
霧雨を中、無駄だと分かってはいてもシンは走っていた。
すでに制服は肌に張り付いていて、濡れた前髪は重くなって目に掛かる。六課の茶色い制服は水分を含んで黒く見え、
空いている手で髪の毛と水滴を払っても、容赦なく恵みの雨は落ちてきた。
「雨が降るって知ってて俺に行かせたんだ。でなきゃこれを渡したら上がっていいなんていうはずが無い」
メガネを掛けたエリート同僚は、さっきまではいい奴と先輩だなんて思っていたけど、今ではありったけの呪詛の対象に格下げになり、
制服の内ポケットには、濡れないようにビニールで包んだ封筒が入っている。
なんでも八神隊長に急ぎで届けなければいけない書類だそうだ。転送魔法でぱっと送ればいいだろうと言ったら、あの生真面目なメガネと
なぜだかその場に居た陽気なヘリパイロットの先輩に言われた。
「大事な書類なんだ、信頼出来る人間に直接手渡して欲しいんだよ。それに届け終わったら今日は上がりでいいよ、
毎日遅いんだからたまには早く帰るといい」
「そそ、いつも日が落ちてからも居るだろ? たまにゃ早く帰れ帰れ」