1
――あの人が嫌い
いつも怖い顔をしているから、嫌い。
私に会うと、寂しげに話しかけて来るから、嫌い。
赤い眼が、血の色のようだから、嫌い。
私も同じ目だけど、やっぱり嫌い。
だけど、一番の理由は……
私 か ら マ マ を 盗 っ て 行 っ ち ゃ う 人 だ か ら 嫌 い
突然現れて、いつも怖い顔でいるから嫌い。
だから私に話しかける時は、決まって私は無視をした。
そんな時の、寂しそうな顔が余計に腹が立った。
そんな私を、ママが注意するのが嫌い。
私がまるで悪い子みたいな気分になるから。
強くて、かっこよくて、大好きなママを盗られる気がした。
私に掛けてくれるママの言葉が、あの人盗られちゃう気がして許せない。
だから私は、あの嫌いな……うぅん、大大大っ嫌いなあいつと対決することにした。
あいつの部屋をコンコンってノックして(決して私の背が低くてインタ-ホンに届かなかった訳では無い)
空けられたドアから、部屋に滑り込んだ。
汚い部屋なら、いきなり文句でも言ってやろうと思ったのに綺麗だった。
余分な物なんか一つも無い、面白みの無い部屋。
ますます嫌いになった。
まるで私がお片づけが出来ない子って言われた気がしたんだから。
どうしたら良いか分からないってオロオロしてるのを見て、私は
ちょっと勝った気分になって、ドカっとベットに座った。
そして言ってやったの
「あんたなんか大っ嫌い!!」って
言った後で、文句でも言われるのかって、待ち受けていても、何も文句は飛んで来なかった。
ちらっとあいつの方を見ると、なんだか酷く悲しい顔で俯いていたわ。
なんだか私が悪者みたいじゃない。
黙っているのに耐え切れなくなって、私が部屋に帰ろうとすると、あいつが呟いた。
決して私が、沈黙に耐え切れなくて逃げようとした訳じゃないわ。
「そっか……嫌いか……」
そうよ、私はあんたなんか大っ嫌い。
2
――まだ、彼は泣いているんやろか?
煌々とした灯りを落として、すっかりと暗くなった隊舎に帰って来た頃にはもう9時に近かった。
鬱積した疲労は体を蝕ばんで、動かすのも億劫な程に手足は休息を求めていた。
今すぐにでも熱いシャワーを浴びて、太陽の残り香がするパジャマとベットに包まれたい欲求に
堪えながら、私は自分のデスクへと足を運んだ。
部屋についてスイッチを入れると、蛍光灯が瞬いて灯る。デスクの椅子を引いて、どっかりと
腰を落とすと、思わずそのまま突っ伏して寝てしまいたい衝動に駆られた。
けれどそれはあかん。
まだ自分には仕事が残っとる。六課のトップとして、部隊の責任者として、そして私の理想の為。
私が六課を立ち上げる際には、様々な圧力が掛かり、多すぎるほどの反対と戦ってきた。
幸いにもバックに聖王協会やリンディさん達が付いてくれた。反対する心情も私は理解出来る、
実績の乏しい小娘が部隊を編成し、運用する。しかもメンバーは私の騎士団を含めて、現管理局の魔導師
の中でも極上の面子を要求しているのだから。
メンバーを選定する際には、私達のエゴが混ざっていると知りながら、理想と言い聞かせる事でそれを塗り潰した。
毎日反対意見を唱える人の説得に奔走し、時にはバックの力をちらつかせて黙らせる。
明確な却下が出るまで、口八丁手八丁で時間を稼ぎ、圧力をのらりくらりと交わしながら根回しを続ける。
なのはちゃんやフェイトちゃんには相談をほとんどしなかった。
いや、相談をしていても、そう云った交渉の裏で行われる汚い仕事については話さんかった。彼女達は純粋で
無垢や。そしてそれは、長所であると同時に短所でもある。
そうして無理矢理に立ち上げたのが、私の六課。立ち上げの経緯がそれだけに、敵は多い。
同じ組織と言えど、内部は常に蹴落とし合っている。組織の中での予算の奪い合い、発言権の増大を狙っての
工作、現場指揮権の優劣を決める駆け引き。誕生したばかりの部隊の立場ははっきり言って低い。
有力な魔導師が揃っているとは言え、実績の無い部隊に権力は無い。
そして失敗は許されない、なにか落ち度があればそこから付け込まれて、最悪の場合六課は解体される危険もある。
表向きは仲良く話す幹部達は、常に相手の腹を探り合いながら談笑し、管理局の舞台裏で交渉テーブルにつく。
そんな席に居て腹芸と、時には恫喝じみた事をする私は汚れているやろうなと思う。
……こんな仕事をするのは私だけでえぇ
- 一通り感傷に浸って、今日の仕事の詰めに入るべく私はデスクに大量の資料と、部下達から
上がってきた報告書と申請書に眼を通す作業を開始した。
11時を回った辺りで、ほぼ総ての資料に眼を通し終わり、決済の判子を押して席を立った。
手元の明かりを消し、重たい足を引き摺るようにして出口へと向かう。バックの中のリィンは
とうの昔に寝息を立てて、そんな彼女を起こさないようにゆっくりと持ち上げた。
不意に彼に会いたい衝動に駆られたけれど、時間を考えて自重する。出口のノブに手を掛けた所で
戸締りのチェックをもう一度しようと、部屋を一周する。すると私のデスクからは死角になっている
場所で、硬い椅子を並べて眠っている彼を、シンを見つけた。
大方残業でもして、部屋に帰るのが面倒になったのだろう。どうせ明日は休みだ。
私は一度持ち上げたバックをゆっくりと降ろして、シンへと近づく。彼が起きやしないないかと
酷くどきどきしながら、ゆっくりと彼の頭を持ち上げて、椅子と頭の間に滑り込み太腿に頭を乗せ直した。
男の子とは思えない艶やかな黒髪に、指を通して頭を撫でた。むがむがと言いながら、頭の位置をずらした彼を
愛しく思う。
あの日、虚ろな表情と、夕焼けに似た哀しい赤眼。激情に染まり、憎悪と自己嫌悪にたぎった赤い瞳は、今は閉じられて
安らかに眠っている。私は飽きる事無く、手櫛で漉きながら横顔を見つめているたんや。
寝言で呟く言葉が私であるように、彼の夢の中でも私がいますように、そう願いながら……
言葉になっていない彼の寝言は、猫の様に気まぐれで、雲のように捉え所が無い。
さっきまでの蝕む疲れは、心地良い疲れに変わって私の意識を溶かす。疲れと、普段なら有り得ない状況が私の脳髄を
甘く犯して、こんな一日の終わりなら、悪くない。本音など望むべくも無く、探り合いに疲れた一日の終わりがこんなにも
穏やかなら、私はもっと頑張れる。
願わくは彼に平穏を、傷ついて、裏切られて、何度無くしても、それでも尚誰かの為に怒れる彼に、今は安らぎを。
そんな祈りを捧げながら私の膝で眠るシンの横顔を見つめながら、私は彼の頬を伝う涙と、呟いた言葉にを聞いて
私は涙した。
――ごめん…………守れなくて
あぁ、彼の心はまだ泣いているんや。
手のひらから落ちてしまった命を見つめて、僅かに残った後悔を啜って、シンはまだ泣いている。
生来の物であろう活発さを次第に取り戻してはいても、傷跡はいまだ彼の中で血を流している。
風雨の様な哀惜の慟哭から、まるで凪の湖面の様にさめざめと、形を変えて彼の叫びは私の心に
流れて来た。
それでも手を止める事無く、私はシンを撫で続けた。
なぁシン? いつになったら泣くのを辞めるんやろ?
なぁシン? 私の傷を知ったら、同じ様に泣いてくれるんやろ?
なぁシン? 私はいつになったら、君の傷を癒せるんやろ?
なぁシン? 君は私が逝っても、こんな風に泣いてくれるん?
そんな留めどない思いと問い掛けを抱いて、私も一緒に泣いていた。
救われるより救いたい、偽らざる私の想い。けれど私の傷を見てどう想うだろう?
救う為に手を差し伸べながら、その実救われたいと願う私は醜い偽善者だ。
しとどに落ちる雨のように、頬伝う涙は流れて、今だけは……
- 3
- 私が流した涙は、顎の先からぽたりと落ちて、彼の頬を濡らした。
ゆっくりと目開けて、眠そうに手をごしごしと動かすと、私に気づいて
目を真ん丸にした。
「や!八神隊長!!」
慌てて起き上がろうとする彼の額を抑えて、そのまま私の膝で横になるように促した。
赤い顔をしながら目線をうろうろと彷徨わせている様は、どこか可笑しくて私は微笑んだ。
なんとも言えない、エレベータで相乗りしている時のような、沈黙が場を支配する。先にそれを
破ったのは私。
「なぁ、シン? まだ……泣いてるん?」
私の問い掛けで始めて、泣いて居たのを自覚したのだろう。またも目を真ん丸にした後、恥ずかしそうに
私の腿に顔を埋めた。そして、なにか言いたそうな雰囲気を感じ取って、頭を優しく撫でる。
しばらくそうしていると、ぽつぽつとシンが喋り始めたので、私はそれに耳を傾けた。
「その、すいませんでした……泣いたりなんかして。んで……ありがとうございます……心配してくれて」
返事の変わりに、赤くなっている耳たぶを少しつまんでみた。びくりを体を動かした後、また沈黙。
だから私はまた聞いた。今度より深く。まだ泣いてるのかと、想い出はまだ……君を責め立てるのかと。
「俺は……沢山殺しました。無くさない様に、奪われないように、護る為に……でも結局ダメでした。
護れなかった、何一つとして……この痛みは決して消える事無く、この先ずっと俺を責め立てるでしょうね。
でも今は……この痛みが無くなる方が嫌なんです。これは俺の生きる理由の一つだと思うから」
「こっちに来てから、分かった事があったんです。俺が護る為にと戦っても、殺した事実は変わらない、
そうすることで俺は沢山の俺を作っていたんです……今はそれが辛い。どんな理由を付けても、やった
事実と責任は俺ですから」
悲哀に満ちた告白を聞いて、私はさらに涙した。そして私の心は、悲しみと共に奇妙な安堵と連帯感を覚えた。
あの日、リィンが逝った事はいまでも私を苛める。私にもっと力が有ればなんとかなったのでは無いだろうか?
誰に聞いても、あれは仕方なかったと答えるだろう。現に皆はそう答える。けれど、たとえそうだとしても
私は思わずにいられない。もっと力が有れば、もっと知識があれば救えたかもしれないと……
私の騎士達は過去に沢山の人を傷つけた。多くの人達と生き物を襲い、時には命を奪っただろう。たとえ過去に
騎士達がした事でも、その責任は現在は私にある。私は夜天の主なのだから。
どれほどの慰めを聞いても、どれほどの言葉を掛けられても、私の過去の傷はじくじくと痛み、私が下す命令で傷つく
相手の憎悪がそれに塩を塗り込める。
- 過去の痛みをいまだ抱え込み、想いの為に誰か傷つけた。
奇妙な安堵と連帯感の正体はこれだろう。彼を想う気持ちとは別に、私は傷の舐め合いを
求めているのかもしれない。そうすることで私は救われると思っているのかも知れない。
まったくの偽善者だ。自分の事ながら醜くて、反吐が出る……
「なんで……隊長……いや……はやてまで泣いてんだよ……」
気遣ってくれる彼の言葉が今の私には、途方も無く嬉しくて、そして痛い。
いつの間にか身を起こして、膝枕で無く隣に寄り添うように座るシンが
愛しくて、哀しくて。
私の醜い心は歓喜と苦痛に悲鳴を上げる。言葉は嗚咽となって静か薄暗い沈黙の部屋に響き、
思いは溢れる涙になって頬を伝った。
彼の為に泣いていた筈が、今は自分の為に泣いている。情けないと頭の片隅では思いながらも
今はこの気持ちがこぼれて、どうしようもない。
ふと気づけば、優しく抱かれていた。シンの胸は温かく、私がしていたように頭を撫でてくれる手からは、
温もりが伝わって来た。それを認識した私の弱い心は溢れ出して、堰を切った濁流になる。嗚咽では無く、
声を出して大泣きしながら、私を抱くシンに私は抱きついた。
泣き疲れて、それでもぐずぐずと彼の胸に抱かれていた。伝わって来る体温が心地好くて、髪を漉いてくれる手が
気持ち好くて。もうしばらくこうしていたいと思いながら、私は私の傷を彼に曝け出した。
まだこうしていたいと思いながらも体を離して、最後はこう結ぶ。
こうする事は傷の舐め合いかもしれへんなって。
余計な事を言わなければ良いのにと、そう考えながらも私は言った。言わなければならないのだ、自分でそれに
気づいてしまっているのだから。それと知りながら無視などすれば、私は永遠に彼に届かないと思うから。
拒絶に怯えてきつく目を閉じた顔は、まるで凶悪犯が裁判の判決をびくびくと待つように。
受け入れて欲しいと浅ましく震える肩は、死刑囚がその実行の朝に怯える様に似ていた。
――願わくば……もう一度抱いて欲しい
酷く長い一瞬だった。
再び私は抱きすくめられて、年下の彼の胸の中で息をしていた。
見上げてみるとそこには、優しい紅い瞳があった。彼のしなやかな指が
私の涙を拭い、まるで恋人達の様に頬を撫でる。
交差する視線と頬に当てられた掌が熱い。そして一度目を逸らした後で、もう一度
戻ってきた紅い瞳。
言葉を捜しながら話し始めたシンを、一字一句聞き逃すまいと私は見上げた。
「傷の舐め合いかもしれない、でも……それでもいい。はやてが泣いているのは見たくない。
だから……それでもいいんだ」
優しい言葉と思いはさっきまでとは違って、私の傷を優しく癒してくれた。
湧き上がる歓喜と愛しさに戸惑いながら、ありがとうと言い続ける。それしか言えないから。
頬に当てられたシンの左手に私の右手を重ねて、左手で彼の涙の後を撫でる。
シンの右手がいまだにぽろぽろと流れる私の涙を拭い、絡み合った視線はお互いに
どうしようもなく熱く濡れていて……
ただひたすらに静謐な部屋で、不思議と穏やかな互いの鼓動を感じ、
窓から差す月明かりは、まるで祝福のように私達を照らす。
私達は同時に目を閉じて、吐息が触れ合うまで顔を近づけて……
- バックが落ちた音に驚いて、急に恥ずかしくなって二人とも離れた。
音がした方に振り返ってみると、汗をだらだらと流すリィンと目が合った。
多分、その時私は鬼の様な顔をしていたのかもしれない。
二人してリィンの方を見ていた為に、シンには見られなくてよかったと
冷静考えていた。
冷や汗をまるで滝のように流すリィンは、聞いてもいないのに饒舌に話し始めた。
「あ、あのですね! 眠っていたらですね! はやてちゃんの泣き声に驚いてですね!!
慌てて起きたんです! そうしたら……その……そんな場面で……声掛けづらくて……
決して夢中になって覗きなんてしてませんよ! つい……その~」
うん、あらかたの事情は解かったわ。多分リィンは悪ぅないかもな。
けれど納得いかへん、理性が許しても感情がリィンを許すわけにはいかん言うてる。
まぁここで話してもあれや、ちょっとお散歩行こうな。
がたがたと震えるリィンをバックに入れて、気まずそうなシンを見る。
「なぁ……シン。明日……デートしよ?」
シンが返事の変わりに微笑むの確認すると、私は明日の服とリィンのお仕置きを考えながら
部屋に戻った。
後日、リィンのメンテ日
シャーリー「リィン曹長、詳しく教えてください!」
リィン「ここだけの話ですよ~はやてちゃんとシン君がですね~」
シャーリー「それでそれで!!」
リィン「本当にここだけの話ですからね、それでゴニャゴニャ~(ry」
シャーリー「キャーキャー!! それホント!?ホントにホント!?」
なのは「ふぅ~ん……詳しく聞かせてね?」
フェイト「メンテに出してたデバイスを取りに来たら、だいぶ面白そうな話してるね?」
ヴィータ「あの色魔め! はやてにそんなことを!!」
リィンⅡ「ひぃぃぃ亜qswでfrgthyじゅぉ;p:@」
シャーリー「私は知りませんよ! リィン曹長から聞いただけですから!!」
リィンⅡ「ヒドイ! 裏切りですぅ!!」
シン「で? なんで俺はいまヴィータ副隊長と模擬戦を?」
ヴィータ「問答無用!! 逝って来い大霊界!! ギガントシュラァァァァクッ!!」
シン「そろそろ俺は本気で死ぬかもしれないな……だがこんな所で俺はぁぁぁぁぁ!!」
なのは「ヴィータちゃんとあそこまでやりあえるなんて……シン、恐ろしい子!!」
フェイト「じゃぁそろそろ私達も行こうか? なのは?」
なのは「そうだね、フェイトちゃん。全力全開で……ね?」
エリオ「あの~止めたほうが……」
シグナム「なぜだ? 少なくとも私は留めるはさらさら無い」
エリオ「…………」
キャロ「でも……シンさん、死んじゃうかもしれないですし……」
ティアナ「シンなら大丈夫よ、シャマル先生も待機してるし。さて、私もアップ始めようかな」
キャロ「…………」
スバル「ティア……今日は私達の訓練は無かった筈じゃ」
ティアナ「自主練よ、文句ある?」
スバル「…………」
最終更新:2010年11月09日 13:31