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<ある日の風景~俺がアンタでアンタが俺で~>

<ある日の風景~俺がアンタでアンタが俺で~>

 ――それはいつも通りの朝だった。

「ふんふんふ~んふんふふ~んふんふふ~ん♪」

 春香は機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら――すれ違った社長が某ベーダーを思い出してビクッと身体を震わ
せたが――、手に持ったバスケットをギュッと抱きしめていた。

「今日のマフィンは100点満点~♪ プロデューサーさんに差っし入れ~♪ 隠し味にはたっぷりの愛情と、
アングラで入手したちょっぴり危険なおクスr……ゲフゲフン、不思議な粉~♪」

 部屋の中を踊るようにくるくると回っていたが、突然ピタリとその動きを止める。

「ん~、一応シン君にも味確かめてもらったほうがいいかな? ひょっとしたら120点くらいまで跳ね上がる
可能性がなきにしもあらずだし……あれ?」

 む~、と腕を組んで考え込む春香だったが、ドアを弾き飛ばすように部屋に入ってきた小鳥を見て思考を中断
した。

「小鳥さん、おはようございます!」
「春香っ!」
「へ?」
「小鳥さん見なかったか!?」

 目をぱちくり。

「あ、いや……し、シン君を見なかった、かしら?」
「え? えぇっと……いえ、見てません、けど?」
「そ、そう。悪かったわね、それじゃっ!」

 そう言うや否や小鳥はビュッ! と疾風のように部屋を飛び出していった。

「<(のヮの;)?」

 いつもと様子が違う小鳥に例えようのない違和感を覚えつつ春香が前を向き直ると、いつの間にか目の前に
シンが立っていた。
 

「わっほい!? び、びっくりしたぁ……もう! 気配もなくいきなり傍に立ってるなんて心臓に悪すぎですよシン君!」

 つい数日前にまったく同じことをプロデューサーに言われたことを棚に上げつつ非難の声を上げた春香だっ
たが、そっと髪を撫でられる感触に動きを止めた。

「え? ちょ、ちょっとシン君!?」
「春香……」

 優しく頬を撫で微笑を浮かべながら、シンはゆっくりと春香の顔に唇を近づけていく。
 呆然としたままの春香は、されるがままにその行為を受け入れ……

「だ、ダメーーーーーー!!」
「ぐはっ!?」

 寸前で我に返った春香は思いっきりシンを突き飛ばした。完全に無防備だったシンは積み上げられた段ボール
箱に頭から突っ込み、散らばった書類の波に飲み込まれた。

「あ……し、シン君大丈夫!?」

 慌てて駆け寄る春香だったが、呻きながら顔を上げるシンにホッと息をついた。

「あたた……う~ん、やっぱり春香ちゃんはダメみたいね」
「えっ? それってどういう……」
「い、いや! なんでもない、んだ! それじゃ!」

 そう言うと、シンはヒュッ! と旋風のように部屋を飛び出していった。

「ど、どゆこと(のヮの;)?」

 状況が掴めないまま振り回された春香は、違和感のあった二人が出て行った扉を見つめることしかできなかった。
 ちなみに、手作りマフィンはシンを突き飛ばした拍子に手放してしまい、書類に埋もれてしまっていた。
 

 ……時は1時間ほど前まで遡る。

「おはようございます……」
「おはようシン君。今日は少し元気がないみたいだけど、大丈夫?」
「ちょっと身体がだるくて……あ、仕事はちゃんとできますから」

 ふらふらとおぼつかない足取りでなんとかシンは自分のデスクに座る。が、困ったことに視界がボヤけて書類
に書かれた文字が読めない。考えていた以上に体調は悪いようだった。

「シン君……? 今日はお休みしたほうがいいんじゃない?」
「いえ……すいません、ちょっと横になってます」

 来て早々この体たらくという自分に情けなさを感じないでもなかったが、これではただ足を引っ張ることにな
るだけだと言い聞かせながらシンは危なっかしく左右に揺れながらソファーへと向かう。

 ――クソ、これはかなりヤバいかも……

 そう考えた直後、ガクンと膝から力が抜けた。そのまま為す術もなく吸い込まれるように床に倒れこむのを、
シンはスローモーションの映像を見ているかのような感覚で感じていた。

「シン君!?」

 すぐ傍にいた小鳥が慌ててシンを支えようと身を乗り出す。しかし位置が悪かったのだろう、彼女はあまりに
も不安定な体勢でシンを受けとめようとしていた。

 ――あ……

 ゆっくりと流れる景色の中で、シンは彼女の顔が接近するのをただ見ているしかなかった。
 そして、

 ガツンッ!

 頭の中で火花が弾け、シンの意識も一緒に吹き飛ばした。

 

「う……ここは?」

 頭の奥に残った鈍痛で目を覚ます。顔をしかめながら身体を起こし、自分がいつの間にかソファーの上で寝て
いたことに気がついた。

「小鳥さんか……悪いことさせちゃったな」

 今日の自分は徹底的に役立たずだな、と自嘲気味に笑いながら部屋を見渡す。不思議なことに誰もいなかった。
自分をここまで運んだであろう小鳥の姿も。

「? なんかあったのか……?」

 壁にかかった時計を見たが、まだ正午にはなっていない。ということは昼休みでもないはずなのだが……

「まぁ、すぐに戻ってくるか。その間に俺も仕事しないと」

 少しではあるが休んだおかげか、意識を失う前の不調が嘘のように回復していた。これなら仕事をこなすのも
大丈夫だろうとソファーから立ち上がり……

「っ、とと……!」

 つんのめって膝をついた。まだ体調が万全ではないのかとも思ったのだが、それにしては妙だった。
 どちらかといえば履きなれない物を履いているせいで転倒してしまったような、そんな感覚。

「!?」

 そう考えながら下を向くと、足元が見えなかった。
 自身の胸の、膨らみによって。

「か、鏡っ!」

 ざっと見渡して……あった。小鳥のデスクの上にあるミラー。顔さえもすべては映せないほどの小さな鏡。
 しかし、そんな大きさであってもシンは自らの身に起こった現実をしっかりと把握できた。
 ……手入れの行き届いた鮮やかな黒のショートボブ、その上にカチューシャのようにインカムを付けた、口元にホクロのある女性がそこにいた。

「な…………!?」

 動揺して視線を逸らした先に、切り離されたメモが一枚あった。
 そこに走り書きされた文章を見てシンの目はさらに点になる。

 ――我、天恵を得たり。この絶好の機会を無駄にせぬよう、常日頃我が子のように温めてきた妄想を即座に
実行する所存。

 メモの末尾には、小鳥のイラストが描かれていた。

「――お、」

 すべての状況を理解し、何よりも先にシン――の精神が入り込んだ小鳥――は声を上げた。

「音無小鳥ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 「『さん』を付けるピヨ!」、そんな声が聞こえた気がした。
 

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最終更新:2011年10月24日 04:23
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