「――ピヨピヨピヨピヨピヨ! 我が世の春がキターーーーーー!!」
奇妙な笑い声を上げながら、シン……もとい音無小鳥(2×歳)は観喜の声を上げていた。
「身体は男! 頭脳は腐女……女の子(自称)! なじむ! 実になじむわ! ピーヨピヨピヨピヨ!!」
血が噴き出そうなほど頭を掻き毟りそうなほどのアレな表情を浮かべて、小鳥は紅い瞳をギラリと輝かせた。
「シン君が目を覚ますまでの間……この身体は私のもの! つまり私の自由! 英語で言うとフリーダム!」
起こった事態も超展開ならその口から飛び出す言葉も超理論。背後に青い翼を広げたMSのオーラを出現させ、
溢れるリビドーに一切抗うことなく欲望のままに行動を開始する!
「妄想(ユメ)を妄想(ユメ)で終わらせない! 目指せハーレムルート! できる! フラグ回収はたったの
8本、この身体と私の妄想があれば容易いこと! ピヨ! ピヨピヨピヨ! ピーヨピヨピヨピヨピヨ……!!」
……以上、金令木寸ボイスで前回までのおさらい終わり。
「さーて、春香ちゃんが相手とはいえ幸先悪いスタートだったけど、次は誰を……あら?」
獲物を狙う肉食獣の目が、二人組の少女の姿を捉えた。
――水瀬伊織と、高槻やよい。
どうやら今日の仕事を終えて帰ってきたらしい。
「……ピヨ♪」
ターゲット、確認。
「ただいま~……はぁ、疲れたわね」
「うう~、今日はけっこうキツかったかも」
事務所に戻ってくるなりソファーに倒れこむ伊織と、いつもの元気に陰りが差しているやよい。
二人とも昨晩から続いた特番の収録で精根尽きはてたようにぐったりとしていた。
「あれ? そういえば今日は誰もいないみたいだね」
「ん~? そういえばシンも小鳥もいないわね。それにしては鍵もかかってなかったけど……はぁ、すぐにお茶
がほしい時に限っていないなんてホント使えないわね」
やよいの言葉にわずかだが違和感を感じた伊織だったが、疲労感から考えることを放り出す。
「伊織ちゃん、飲み物がほしいなら私が買ってくるけど?」
「い、いいのよ! やよいだって疲れてるでしょ? そんなのはあのバカにでも命令しておけば……」
そう言いかけたとき、実にタイミングよく『あのバカ』が戻ってきた。
「やよい、伊織、お疲れさん」
「あっ! おつかれさまですっ!」
「遅いわよ! さっさとお茶淹れてきなさ……え?」
しれっとした顔で戻ってきたシンを怒鳴りつけようとした伊織だったが、突然ポンッと頭を撫でられて言葉を
詰まらせた。
「昨日の夜からずっと出てたんだろ? 大変だったな、本当によくがんばったよ」
「そ、それほどでもあるけど……ってそうじゃなくて」
「いつもケンカしてばっかりだけどさ、本当は伊織のことすごいって思ってるんだ。俺よりも年下なのに他の
大人たちに負けないくらいちゃんとやってるんだもんな」
「ほ、ホントにそう思ってる?」
「何言ってるんだよ、当たり前だろ?」
「そう……ってなんでそんなに顔近付けっ……!?」
「伊織……」
吸い込まれそうな眼差しから逃げるように伊織の視線が右へ左へ動き、やがて観念したようにぎゅっと瞼が
閉じられる。
そんな伊織を見て小さく笑いながら、シンはそっと顔を近づけて……
「…………」
やよいと、目が合った。
――しまった! この私としたことがなんという失態を!?
目先の結果に気を取られたまま他のフラグ立てをおろそかにする……ハーレムルートを目指しているという
のになんという愚かなミス! 愚の骨の頂!
動揺を押し隠しながらまな板の上の鯉状態の伊織を脇にどけて――べしゃっ! という音が背後から聞こえ
てきたが気にするな彼女は気にしない――、シンはそっとやよいの両手をとった。
「やよいも疲れたろ? 明日は一日休みだからゆっくり休まないとな」
「えっ? あ……は、はい。そうですよね……」
何故かビクッと肩を震わせて目を逸らすやよいを見て、シンは「ん?」と顔を覗き込む。
「やよい? どうしたんだ?」
「う……あの、その、えっと」
演技こそしているものの、その妙な様子に小鳥は本当に心配して言葉をかけたのだが、やよいの口からは
戸惑った声しか出てこない。
――何かあったのかしら……?
本来の目的をひとまず置いておいて小鳥はやよいが落ち着くのを待っていたが、背後からゆらりと立ちあがっ
た気配に背筋を震わせて振り返る。
そこには、額を頬のそれとは異なる赤に染めて目を吊り上げた伊織が仁王立ちしていた。
「――ア~ン~タ~は~!」
「げぇっ、いおりん!?」
「「げぇっ、いおりん!?」じゃないわよ! とにかくさっさとお茶淹れてきなさい! 私にはいつもの!
やよいには砂糖とミルクをたっぷり入れたミルクティーを! 光の速さで今すぐに!」
「あ、アイ・マム!」
弾かれるように給湯室に飛び込んだシンを見てフンと鼻を鳴らし、伊織はやよいに目を向けた。
「やよい? ホントに具合が悪いの?」
「う~……う?」
そしてやよいは、伊織がシンに頭を撫でられているのを目にしたときから激しくなった鼓動を抑えるように
ギュッと自分の胸を抱きしめていた。
・
・
・
「う~ん、もうちょっとだったんだけどなぁ……まぁ急がず焦らずじっくりと行きましょうか」
「まだ慌てるような時間じゃない」と脳内で励ます天才オールラウンドプレーヤーに感謝を捧げつつ、伊織に
頼まれたとおりにお茶を用意する。
が、
「……葉っぱの紅茶って、どうやって淹れるのかしら?」
そして彼女は、その身体の持ち主がかつて起こした過ちをなぞるように繰り返した。
「まったく、小鳥さんはいったいどこに……っと」
外をあらかた探してもまったく見つからず、仕方なく事務所に戻った小鳥inシンが目にしたのは、ソファー
に座りながらイライラと足を鳴らす伊織と困惑した様子で立っているやよいの二人だった。
――何かあったのか?
軽く咳をして声の調子を整え、地が出てしまわないように精神を落ち着かせる。数度の深呼吸をしてから、
シンは小さく微笑みを浮かべて二人に近づいた。
「た、ただいま~……あ、あれ~? 二人ともそんなところで何を」
「あ゛あ゛ん!?」
――怖かった。デコを凶悪に光らせた悪魔がそこにいた。
「ど、どうしたの伊織……ちゃん? とっても機嫌が悪そうだけど」
「機嫌も悪くなるわよ! これ見なさいよこれ!」
バンバンと叩かれるテーブルの上で蓋のないティーポットが踊る。そっと中を覗き込むと、茶こしにぎっしり
詰まった紅茶の葉――50gで3000円だとかのやつだったはず――が見えた。
「こ、これは……」
「どういうつもりなのよあのバカ犬は! 半年かけて身に付けさせた作法を忘れるなんてもう粛清モノよ!
戻ってきたら半年分のものを一日に凝縮した躾と紅茶ありがたみを骨身にしみるほど思い知らせる厳罰のフル
コースを味わせてやるわ!」
「そんなこともあったなー」と軽く現実逃避しかけたシンだったが、それが自分の身体の有力情報であること
に気付いて強引に意識を引き戻す。
「そ、それでシン君はどこに行ったのかしら?」
「知らないわよそんなこと! 知ってたら私自ら出向いてふん縛ってからそこらへんに転がしてるわ!」
ですよねー、とこめかみに汗を垂らして頷き、今度はやよいに尋ねてみる。
「やよい、ちゃんはシン君がどこに行ったか知らない?」
「うえぇっ!? わ、わかんないれすわたしっ!」
「そ、そう……?」
何故か呂律の回っていないやよいの強い否定に少し気圧されながら、シンは思考を巡らす。
――また入れ違いだったってことか……? いや、まだポットは全然冷めてない。ということはそんなに遠く
へは行ってない!
そうと分かれば即時行動、シンは二人に休むように告げると再び事務所の外へと飛び出していった。
「? 小鳥もなんか変ね……まぁいいわ。やよい、私はちょっと寝てるわ。あなたも寝たいならここ空けておく
から」
「う、うん……」
そう言って早々に寝息を立て始める伊織の横に座るやよいだったが、どうにも眠れない。動悸は治まることを
知らず、頬がどんどん熱くなってきていた。
「あうぅ~、私どうしちゃったんだろ……?」