「……むぅ、まさか紅茶であそこまで伊織ちゃんが怒るなんて。小鳥ちょっと失敗♪」
ピヨッ☆とカメラもないのにポーズとか決めてみる。しかも外見は男。真っ当な思考ならあまりの恥ずかしさ
に数日は引きこもりかねない行動だったが、今の彼女にとってはエブリシング気にすることもない問題である。
「いいところまで行ったと思ったんだけど、やっぱり二兎を追う者は……ってことなのかしら? いえ! そん
なことで私の妄想具現化(コトリン☆ファンタズム)が潰えるはずもなし! だけど千里の道も一歩から!」
などと叫びながらガッツポーズを取る。ちなみにここは事務所の女子更衣室、身体が入れ替わっているとはい
え、シンがまず踏み込んでこないであろう場所である。さらにロッカーの中となれば見つかる確率など限りなく
ゼロに近いだろう。もっとも今の姿で見つかったら確実に(シンが)アウツではあるが。
「そろそろシン君は外に出た頃かしらねー」
呟きながら音もなくロッカーから抜け出し、女子更衣室を出る。そっと窓の外を伺うと、事務所の前で左右を
見渡す自身の姿が見えた。
「――フッ、若いわね」
プロの目つきで眼下で慌てふためく少年に向かって哀れみの言葉を告げる。外見だけなら相当絵になったが、
その実中身は彼氏いない歴=年齢の2×歳事務員である。
――とはいえ、さっきも同じ手を使ったからすぐ戻ってくるでしょうね……やっぱり一番の問題は時間か。
満足に「これなんてエ○ゲ?」な展開もできないまま終わることは流石に避けたい。何せこんなチャンスは
そうそう起きるものではないのだ。
「……あら? シン、そんなところで何をしてるの?」
「ん? あぁ、千早」
振り向くと、そんなに意外だったのか千早が目を丸くして驚いていた。まぁ、普通に考えれば女子更衣室の前
で遭遇することは珍しいのだが……
――ラッキースケベって呼ばれるシン君だしねぇ、どんな風に思われてるのやら。
だが、と小鳥は考えの方向を変える。
――今ここにいるのは千早ちゃんだけ……そして私リサーチの私研究の結果、現在もっともシン君がフラグを
立ててるのは千早ちゃん!
ガチリと思考のパズルがはまっていく。勝手にニヤけ始める口元を必死に抑え、高鳴る鼓動に身体の芯が熱く
なるのを感じていた。
――これは千載一遇のチャンスでは!? 嗚呼! やはり天は我に味方してくれたのね!
「し、シン? どうかしたの? 涙が……」
「いや……ちょっと日頃の行いの良さを認めてくれた神様に感謝を」
頭上に「?」を浮かべる千早に「大丈夫大丈夫」と手を掲げながら小鳥は胸中でニヤリと笑った。
――これは、イケるわね。
何処に、と突っ込める者などいるはずもなかった。
「それはそうと、千早はなんでここに?」
「私は今日のノルマはこなしたから、事務所で少し休もうと思って」
そういえば、レッスン場の予約を入れてたっけ。と考えながら小鳥はゆっくりと千早に歩み寄る。
――今度という今度は……必ず成功してみせる! キスだけでも!
説明しよう、妄想だけ無駄に逞しい2×歳の知識では「まずはキスから」が絶対覆せないスタートなのだ!
「いつも頑張ってるんだな、プロデューサーもいないのに」
「自主トレーニングくらいならここに入る前からやってたから……シン?」
面と向かって褒められることになれていないのか、千早が照れ気味に視線を外した瞬間に一気に間合いを詰める。
「それならなおさら凄いじゃないか。尊敬するよ、本当に」
「あ、ありがとう……でも、なんでいきなりそんなことを?」
戸惑う千早にフッと微笑みを向けながら、さらに距離を縮ませる。すでに互いの吐息が届くほどだった。
「……ずっとさ、千早のことは兄妹みたいに思ってたんだ。けどなんかそれが違うものだったってことに気付いて」
「え? え!?」
妄想十割の告白ではあったが、効果は確かなようだった。その言葉の先を予想したのか、千早は顔を真っ赤に
して目を白黒させていた。
――よし、チェックメイト!
しっかりと感じた手応えに胸中でピヨピヨと笑う小鳥。「これも毎日の妄想の賜物ね!」と浮かれつつもそれ
を一切表へ出さずに最後の一手を打つ。
「し、シン……?」
「俺、千早のことが好」
――ドガンッ!!
突然、扉が吹っ飛んだ。その音に弾かれるように振り向いた千早の視線の先に、片膝をついて大きく肩で息を
する音無小鳥がいた。
「お、音無さん!? いったい何を……」
その声に反応したわけではないだろうが、小鳥――シンはゆらりと立ちあがって鋭い視線を小鳥へ向けた。
「やっと、やっと見つけたぞ……ダメ無小鳥ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「だっ、ダメ無とはなんですかダメ無とは!? せめてもっと愛を込めて「ダ・メ・無♪」って言いなさい!」
「うわホントにダメな大人だこの人!? ってそうじゃない! 俺の身体を返せぇぇぇぇぇぇぇ!!」
床を蹴って駆け出すシン。ほんの数メートルしかない距離、たとえ身体が入れ替わったとしてもそうそう逃す
距離ではない。
しかし、小鳥は余裕の笑みを浮かべ、千早の肩を掴んで強引に向かってくるシンの方へ身体ごと振り向かせた。
「72バリヤーーーーーー!」
「いっ!?」
思いもよらなかった行動にシンは無理矢理踏み止まる。ギリギリのところで間に合ったようで、胸の数センチ
手前で指先は止まった。
その隙に小鳥は後ろに向かって駆け出す。だが何故か突然その脚がガクッと傾き、そのまま床に転がった。そ
れをシンが逃がすはずもなく、仰向けになった小鳥に馬乗りして動きを封じた。
「捕まえた! もうこれ以上の抵抗は……って、どうかしたんですか?」
勝利を確信するシンだったが、本当に抵抗せずにじっと見つめてくる小鳥に違和感を覚えて眉を顰める。
そのままの体勢で見つめ合う二人だったが、小鳥の呟きが静寂を破った。
「私じゃない私が、私の上に跨ってる……」
そして、その瞳に怪しい光が宿った。
「――これはこれでイイっ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 俺じゃない俺が俺の声でなんか気色悪いこと言ってるぅぅぅぅぅぅ!?」
いまだかつて感じたことのないほどの嫌悪感に全身に鳥肌が立ったシンは離れようとしたが、小鳥は腰を掴ん
でその体勢を維持しようとする。
「そ、そっちから襲っておいてそれはないだろ!?」
「やめてっ! は、離してっ!」
「なんだよっ! お前だってちょっとは期待してたんだろ!?」
「いやっ、誰か! 誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……はっ!? な、何をしてるんですか二人とも!」
その千早の声に、妙な絡み合いを見せていた二人は我に返った。
「しまった! あまりにも魅惑的なシチュエーションに思わず本気に!」
「しまった! あまりの気持ち悪さにこの場を逃げ出したくなってつい!」
コンマ数秒の差が致命的な差だった。
小鳥は上に乗ったシンを跳ねのけて扉の向こうへ消え、それに追いすがろうとするシンは履きなれないサンダ
ルのせいで踏ん張りが効かず転倒してしまった。
「く、そっ……!」
すぐに起き上がって扉を開けるシンだったが、どこを見渡しても小鳥の姿はなかった。
……いや、消えた痕跡はあった。外へと通じる非常口がわずかに開いていたのだ。
しかし、
――これは罠か? 二度も外へ出たと見せかけて事務所にいたし……けど工作するような暇があったか?
俺に見つかったのは想定外だったはずだ。
考えれば考えるほど、決断を下すことができなくなる。
三度目の正直で外か? それとも二度あることは三度あるで中か?
まるで見当がつかない。なにしろ相手はあの音無小鳥である。妄想によって鍛え上げられた無限の思考能力と
判断力に加え、今の肉体は十代のコーディネイターなのだ。どちらの可能性も決して否定はできない。
「あの……音無、さん?」
そうこう悩んでいる内に、後ろから声をかけられてビクッと肩を震わせる。おそるおそる振り向くと、まだ
困惑から抜け出していない様子の千早がいた。
「あ……その、えっと」
どう対応していいか迷っていると、千早の目線がわずかに鋭くなる。
「ひょっとして……シン?」
「ぅえっ!?」
予想だにしなかった、しかしズバリの指摘に奇声を上げる小鳥を見て、「やっぱり……」と千早は呟く。
「まさかとは思ったけど、本当にそうだったなんて」
「そりゃまさかだよ……俺だってまだ夢なんじゃないかって思ってるんだし。でもそんなに驚いてないんだな」
「……まぁ、不思議なことは何度か経験したことがあるから」
こんな状況すらも受け入られる経験のあたりを詳しく聞きたくなったが、今はそんな状況ではない。
「それなら細かい説明は後だ。一緒に小鳥さん――いや外側は俺なんだけど――探してくれないか?」
「……仕方がないわね。私にあんなことをしようとしたくらいだから、放っておくわけにはいかないわ」
「? 何かされそうになったのか?」
「べ、別に大したことは……その、未遂だったし。とにかく! 私は何をすればいいの?」
頬を赤らめる千早に「?」を浮かべるシンだったが、それを追及する時間も惜しいので話を続けることにした……