<ある日の風景~決戦の日~>

<ある日の風景~決戦の日~>

 ――バレバレバレ バレンタイン
 ――バレバレバレ バレンタイン
 ――チョコレートよりも 甘い恋の味

「みんなー! 今日は私たちのライブに来てくれてありがとー!」

 春香の呼びかけに対して客席から歓声が沸き上がる。
 それに応えるようにいつまでもステージ中央で手を振る春香にファンから見えないように脇腹を小突いて
その場から追い出し、今度は伊織が営業兼ステージスマイルでマイクを両手で持つ。

「今日はバレンタインデーだから、私たちがチョコレートよりももーっと甘い曲を届けちゃうわよー!」

 ワァ――――ッ!!

 先ほどの春香よりもさらに大きな反応に伊織は満足そうに頷き、その場を離れる。

「今日は特別な日。大切な人に、想いを込めてプレゼントを贈る日」
「兄(c)も姉(c)も、みんなみーんなハッピーになれるように、亜美たちも張り切って歌うかんね→!」

 千早、そして亜美が揃って放った言葉に会場のボルテージが再現なく上昇していく。
 今日の特別ライブ――『765プロダクション・バレンタインスペシャルライブ』はクライマックスを迎えていた。

「いつもはちょっと恥ずかしくて言えないことも、今日この日だけは勇気を振り絞って」
「そんな子たちを応援する意味でも、ラストソングはこの歌を贈ります。それでは、ラストナンバーは!」

『――バレンタイン!』

 曲が始まると同時に、ステージと客席は一体となったように熱気に包まれる。
 それはいつもと同じ、しかし毎度違う彼女たちのステージ。
 舞台の裏でそれを満足そうに聞きながら、シンは踵を返す。
 最後まで聞いていたいという心残りはあったのだが、それでは今日の本題ができなくなってしまう。

 ――バレバレバレ バレンタイン
 ――バレバレバレ バレンタイン
 ――チョコレートよりも 甘い恋の味
 ――バレバレバレ バレンタイン
 ――バレバレバレ バレンタイン
 ――勇気出して バレンタイン
 ――本気だから 受け取ってほしい
 ――わたしのバレンタイン

 楽しそうな歌声を聴きながら、シンはプロデューサーに連絡をして事務所へと戻っていった。



 

「――おつかれさまでーす! いやぁ、今日は盛り上がったなぁ」
「この私が歌ってるんだから当然じゃない。まぁ、それプラス今日はバレンタインだからでしょうね」

 タオルで汗を拭う真と伊織を見て苦笑しながら、春香はゴソゴソと自分の荷物の中から丁寧にラッピングが
施されたハート型の箱を取り出して隅々を確かめる。

「……よし、どこもおかしくない」
「ふふっ、春香にとっても今日は大事な日だったわね」
「そ、そんなことは……あるけど。千早ちゃんは誰かに渡す予定とかないの?」
「私は……プロデューサー以外には特にそんな予定は」
「あれ~? それにしては荷物の中にプレゼント用のラッピングが二つ、チラッと見えたんだけどな~?」
「なっ!? は、春香! 人の物を勝手に覗くのは!」
「だって見えちゃったんだもん。えへへ~」

 からかう春香と顔を真っ赤にした千早を眺めて苦笑しつつ、真は持参してきたお茶を飲んでいた雪歩の方を
向く。

「雪歩は誰かにチョコを渡すの?」
「わ、私は……プロデューサーと、シンさんに」
「そっか、じゃあボクと同じだね。へへっ!」
「みんなアイツに渡すつもりなのね……まぁ私はどうでもいいけど」
「そんなことを言ういおりんだったのだが!」
「ぢつはこっそりとこ→んなに気合いの入ったチョコを用意してたのであった! まる」
「ちょ、ちょっと! アンタたちなに人の荷物を勝手に漁ってるのよ!」

 「怒らりた→」と逃げる双子を追いかけ回す伊織だったがmふとあることに気が付いて控室を見渡す。

「そういえばアイツ遅いわね。何やってるのかしら」
「あ、シン君なら先に上がったってさっきスタッフの人から聞いたけど」
「先に上がった? まったく、あの下僕はご主人さまをほっといて何やってるのよ」
「仕方ないよ。シンもボクたちの面倒を見るだけが仕事じゃないんだし」
「それはそうだけど……もう」

 そんな伊織の態度を見て、亜美の瞳が怪しく輝いた。
 

「ね→ね→、そういえばみんなは知ってる→?」
「知ってるって……何を?」
「バレンタインはね→、いちばん最初にチョコをあげた人の願いが叶うって話!」

 ――ピクッ。

「あ、亜美ちゃん! それ本当?」
「うん!」
「…………」
「あっ、伊織! なんで黙って出て行こうとしてるのさ!?」
「う、うるさいわね! もう着替えも済んだし別にいいでしょ!? 先に行くわね!」
「そんなのズル……あぁっ! もういないし! ボクたちも急ごう雪歩!」
「ま、待ってよ真ちゃん!」

 わずか数秒の間に姿を消した三人を呆然と見送った千早だったが、春香に肩を叩かれてようやく我に返る。

「千早ちゃんはいいの?」
「わ、私は別に……」
「いいのかな~、あの三人の誰かが先にチョコを渡しても」
「……くっ! わ、私も行けばいいんでしょ!?」
「うん、がんばってね千早ちゃん」
「別にがんばるようなことは……と、とにかく私も先に上がるわね!」

 「いってら~」と出て行く千早に手を振って、春香は小さく笑った。

「まったく、伊織も千早ちゃんも素直じゃないんだから」
「あれ→? はるるんは急がなくていいの?」
「え? だって私はシン君には義理チョコしかあげないし……」
「そうじゃなくて、今日はミキミキたちの方が先にライブ終わってるんだよ→?」
「…………」
「だから兄(c)に渡すつもりならはやく行かないと……って、あれ? はるるんは?」
「なんか真っ赤に光りながら出てったよ?」
「これが……春香ライザー」

 何やらなんたら粒子っぽいものの残滓が漂う部屋に残された亜美と真美。
 そんな状況で、真美はふと気になったことを亜美に聞くことにした。

「ねぇ亜美→、さっきのチョコの話ってホント?」
「5秒で考えまちた!」
「はははこやつめ→」
「ははは→」
「そんじゃ真美たちはのんびり帰ろっか」
「そだね→」

 かくして、双子(の片割れ)の言葉に踊らされた少女たちは皆一斉に事務所へと向かうこととなった。
 ――本命は事務所にあり。
 

「――もしもし新堂!? 今すぐ車を回して……え? 渋滞? なんでこんなときに限って、って私たちのライ
ブのせいでもあるのよね……わかったわ、こっちの迎えはいいから。あとで事務所までお願いね。え? べ、別
に何もないわよ! それじゃあね!」

 ――ピッ!

「こうなったら走るしかないわね……もう! なんでこの私がこんなことしなくちゃいけないのよ! 事務所
に戻ったら覚悟しなさいよね、シン!」



「はぁっ、はぁっ……も、もうダメ」
「しっかりして雪歩! ほら、手を貸して」
「わ、私はもういいから……真ちゃんだけで行って」
「そんなのダメだよ! ボクだけで渡したら雪歩はどうなるのさ!?」
「真ちゃん……」
「二人で渡そう。ちょっとズルかもしれないけど、それなら二人分の願いが叶うかもしれないし」
「――うん、わかった。もう少しがんばってみる」
「よし! それじゃ飛ばしていくよ! うおおおおおおおおおおおーーー!!」
「ま、真ちゃん……急ぐのはいいけど、せめて私が耐えられるスピードでぇぇぇぇぇぇ!!」



「――この公園を抜ければ、少しは短縮できるはず……」

 ――タッタッタッ……

「どうして、こんなことになったのかしら? 今日はライブが終わって、いつも通りに事務所に戻って、そして……」

 ――タッ……

「……。とにかく、今は急いで戻らないと!」



 それぞれの思いを胸に、少女たちは走る。
 果たして、最初にチョコレートを渡せるのは誰なのか……?
 

「はぁっ、はぁっ、やっと事務所が……ってアンタたちまで!?」
「伊織に、千早!? みんな同じタイミングで着いたの!?」
「あうう~……」
「こんなことが起こるなんて……」

 目的地までもう目と鼻の先というところでまさかの鉢合わせを果たす四人。
 もっとも雪歩は真に引っ張り回されて目を回していたが。

「もうここまで来たらヤケよ! 無理矢理でも押し切らせてもらうわ!」
「こっちだって! 雪歩、これで最後だからもうちょっとだけがんばって!」
「はらほろひれはれ~……」
「くっ……!」

 伊織が駆けだした瞬間、出遅れた三人も負けじと追いすがる。
 玄関口を瞬く間に駆け抜け、階段も段飛ばしで一気に昇りつめ、そして事務所の入り口の前へと辿り着く。
 そのわずかな距離で束の間のデッドヒートが繰り広げられたものの、四人の差はほとんどない。
 誰もが手を伸ばし、複雑に重なり合った手のひとつがドアノブを捻った。
 そして扉が開け放たれようとしたその刹那、四人の背後に赤い光を纏った何者かが迫ってきた。

「プロデューサーさ……うわひゃあ!?」
「なっ!?」
「ちょっ!?」
「ふえぇっ!?」
「は、春香!?」

 予想だにしなかった第五の人物に誰もが驚き、ただでさえギリギリで保たれていたバランスが崩れる。
 そして、それを支えられる唯一の存在は押せばすぐに開ける状態になっており……

 ――どんがらがっしゃーーーーーん!!

 お約束の音を立てながら、五人は雪崩れ込むように事務所へと帰還した。

「――あいたたたた……なんでこんなときに」
「それはこっちのセリフよ! 早く私の上からどきなさいこのダメ春香!」
「だ、ダメ春香!? それはちょっとひどくない!?」
「いいから、二人とも早くどいてよ! 雪歩がノビちゃってるから!」
「あ、あなはほっても~、ほられるなぁ~……こころのドリルで~、ほりすすめ~」
「なんで、私が一番下に……くっ」

 積み重なった五人はそのままさらに言い争いを始めたり軽くトリップしかけてたり最下段で潰れかけてたり
――しかし胸は最初から平らなので(ry――していたのだが、いつの間にか目の前に立っていた少年に気付き
ピタリと動きを止める。

「――何やってるんだ? みんなして……」

 下から順に顔を見ていきながら、シンは呆れたように呟いた。
 春香たちは揃ってそう言い繕おうかと考えていたが、シンが抱えているものを見て皆そろって目が点になった。
 

「え、あれ!? し、シン! その手に持ってるのって……」
「ん? あぁ、なんかみんなが入ってきた時に飛んできたから思わず受けとめたんだけど」

 そう、シンの腕の中には、彼女らが渡そうとしたものがすべて収まっていたのだ。

「ど、どれ!? どれからキャッチしたの!? 早く言いなさい!」
「いや突然だったんでどれかは覚えてないけど……これひょっとしてチョコか? 悪い、形が崩れたかもしれな
いけど……」

 と言いながらチョコを返そうとするシンに、四人は首を横にブンブンと振る。

「い、いいって! 元々シンに渡すつもりだったから!」
「え? そうなのか?」
「そうです! だからその、遠慮なく食べちゃってください!」
「奇妙な形になったけど、一応目的は果たせたから……受け取って、シン」
「あ、あぁ。ありがとう……」
「シン君! パスして! 私のはプロデューサーさんにパス! 投げてもいいから!」
「無茶言うな! っていうか、今プロデューサー出てるぞ? あと俺がキャッチしたの四つしかないんだけど」
「ウソ!? ひ、ひょっとして……ああああああああ!? 私の力作が地面に激突して~~~!?」

 青い炎を吹き出しながら真っ白に崩れ去る春香を尻目に、伊織たちはようやく立ち上がる。「いいのか?」と
問いかけるシンだったが、何やら目から力が抜けた伊織の「いいのよ、どうでも」というセリフを聞いてとりあ
えず落ちたチョコを供養するかのようにポンと上に置いてその場を立ち去ることにした。

「まぁ、いろいろあったけどありがとう。俺からもみんなに渡したいものがあるんだけど」

 「え?」と声を上げる四人に、シンはテーブルの上に置かれた箱を指差した。

「これって……キャンディボックスってやつじゃないの?」
「あぁ、伊織は知ってたんだ。バレンタインってこういうのを贈る日だろ? だからちょっと前から準備してたんだ」
「それじゃこれを用意するためにシンは今日ボクたちよりも早く帰ったってこと?」

 目を丸くする真に苦笑を返しながら、シンは箱の蓋を開ける。
 その中には、色とりどりの包み紙に包まれた小さなチョコレートが詰まっていた。

「うわぁ……きれいです」
「本当……でも、これを作るのは大変だったでしょう?」
「まぁそりゃ大変だったけど、今日はそういう日なんだろ?」
「欧米では、ね。日本でここまで手間暇かけてるのはここいらじゃアンタくらいよ」

 「え? 欧米?」と頭を捻るシンだったが、ともあれみんな食べてくれとシンはそれぞれにチョコレートを
手渡した。

「ハッピーバレンタイン、でいいのかな?」
「ふ、ふん! とりあえず例は言っておくわ。その……ありが、とう」
「ありがとう! へへっ、こんな風にプレゼント貰えるなんて夢みたいだなぁ」
「あ、ありがとうございます。うわぁ、抹茶もあるんですね」
「ありがとう。こんなバレンタインもいいものね」

 互いに渡したチョコレートを食べながら、最初の騒動が嘘のように穏やかな時をみんなで楽しんだ。
 ――ちなみに、欧米のバレンタインではこのようなキャンディボックスは「恋人への贈り物」として贈られる
物であると知った女性陣は一斉にシンを問い詰めることになったのだが、それはまた別の話である。
 

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最終更新:2011年10月24日 04:11
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