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<ある日の風景~俺がアンタでアンタが俺で4>

「たっだいまー! ふぅ、最近ちょっと忙しくなってきたよなぁ」

 グルグルと肩を回しながら真は事務所に戻って息をつく。季節が移り変わる時期が近づけば自ずと増え始める
仕事の影響は新規のファンの獲得と同時にアイドルの披露の色も濃くなってくる。それは真も例外ではなかった。
 ちなみに今日の真の仕事は『メンズファッション・春の新作』という企画のグラビア撮影だった。

「でもみんなそろそろ戻ってきてる頃かな……」

 辺りを見渡すが目に見える範囲には誰もいない。いつもは小鳥かシンがいるはずの場所にすら誰もいないことに首を傾げるが、その拍子に不自然に膨らんだフードがもぞりと蠢いた。

「あ、ゴメン。起こしちゃった?」

 その声に応じるようにフードの中からゆきぽが顔を覗かせる。たまにではあるが、ゆきぽは仕事を終えた真を
迎えに行くことがある。そして帰りはこのように真の羽織るパーカーのフードに収まって事務所へ帰ってくるの
だった。
 起きたはいいが目をしょぼしょぼさせるゆきぽをそっと床に下ろし、改めて真は本当に誰もいないのかを確認
する。

「――も、――って俺初めてだし――」
「ふふっ――誰だって――」

 かすかに声が聞こえてきた。どうやら会議室に誰かいるらしい。

(この声……シンと雪歩かな?)

 二人で会議室で何をしてるんだろう? と首をひねりながらも扉に手をかける。
 そのとき、

「えっと、こう……?」
「やっ、ダメです! そんな、乱暴に……」

 ピタリ、と動きを止めた真を見てゆきぽは頭上に「?」を浮かべた。

「ご、ゴメン! それじゃあ……こう?」
「あっ……そうです。ゆっくり、優しく……」

 何やら艶やかな響きを含んだ雪歩の声に人形のように固まった真の身体がプルプルと震え始めた。

「ふふっ、上手なんですね」
「そうでもないけど……雪歩は経験あるのか?」
「一度だけです。でも、ちゃんとシンさんのリードはできますよ」
「そっか。それじゃあ、次はどうすればいい?」
「じゃ、じゃあ……私のを、飲んでください」
 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 何してるのさ二人とも!」

 ――バタンッ!

『え?』

 突然扉を開けた真を、正座している二人が呆けた顔で見つめていた。

「あ、あれ……?」
「どうしたの? 真ちゃん」
「何かあったのか?」

 何事かと尋ねてくる雪歩とシン、その手の中には渋い色調の茶碗が収まっていた。

「……茶道?」
「うん。お母さんが最近始めたから私も勉強してるんだけど、あまり慣れてなくて」
「それで教えながらもう一度復習したいから付き合ってくれって頼まれたんだ」
「あ……そ、そう、なんだ」

 顔を真っ赤にして俯く真を見て、シンと雪歩はきょとんと顔を見合わせた。



「――あ~、やっぱり雪歩の淹れるお茶はおいしいなぁ」

 改めて三人分の煎茶を淹れて――抹茶は切れてしまったのでまた今度の機会ということになった――、三人は
応接室で卓を囲んで談笑することとなった。

「今日はみんな忙しかったみたいだな。伊織たちもかなり疲れてたし」
「伊織ちゃんたちもなんだ。確かに最近仕事多いよね」
「う~ん、別に増えるのはいいんだけど……ボクは結局王子様キャラなんだよなぁ」
「ははっ、それだけ真のファンも増えてるってことじゃないか」
「ボクは女の子だけにちやほやされたいわけじゃないのに……」

 湯のみを両手で持ちながら頬を膨らませる真を見てシンと雪歩は小さく笑い合った。

「あ~っ! 二人まで笑うなんて酷いじゃないかぁ!」
「ご、ゴメン……でも、ずっとそのことで拗ねてる真ちゃんがなんかおかしくて」
「ふふっ、本当に真ちゃんは可愛い……はっ!?」

 唐突に変な叫び声を上げて固まったシンに自然と二人の視線が集まる。

「どうしたのシン?」
「ななななんでもないでござりますよ真ちゃ……真!」
「で、でもなんかすごい汗かいてるし……」
「ろろろローションだよ! 新作の男性用ローションだよ!」

 ダラダラと顔に浮かぶ光沢はどう見ても汗なのだが、何かヤバいことを必死に隠そうとするシンの態度に真も
雪歩もそれ以上の追及ができなかった。
 

 そして、今のシンの中身である音無小鳥は半ばパニックに陥っていたのだ。

(し、しまった!? あまりにもゆるすぎる展開に目的を忘れてすっかりシン君になりきっていたわ!)

 雪歩が作り出す独特なおっとり空間と真のサバサバした態度によって生み出された雰囲気に、音無小鳥の妄想
より滲み出た爛れたモノはいつの間にか浄化されてしまっていた。

(れ、冷静になりなさい音無小鳥(2×)! こんな二度とない絶好の機会を棒に振るというの!? 貴方が
綺麗になったら誰がこのネタの出オチ担当になるの!?)

 そう自分自身に叱咤激励し、音無小鳥は思い出す。
 自分という存在を、自分の本願を、そして何よりも自分を構成する絶対不可欠のモノ――妄想の素晴らしさを!

(わたしは しょうきに もどった!)

 カっと目を見開く。その瞳には、雪歩と遭遇する前まで宿っていた澱んだ光が宿っていた。

「あの……だ、大丈夫ですか?」
「――あぁ、雪歩。もう大丈夫ピヨ、じゃなかった大丈夫だよ」
「ぴ、ピヨ?」

 やや中身が漏れていたものの、なんとか小鳥は己を取り戻し、かつ気取られずにやり過ごすことができた。
 真もその様子に怪訝な顔を見せていたが、さすがに中身が入れ替わっていることに気付くはずもなく追及に
及ぶことはなかった。

(そう……シン君のちょっとした奇行なんてわりといつものこと! 強気で行くのよ音無小鳥(2×)!)

 いつもの調子を取り戻したことに安堵して、小鳥は湯呑を傾ける。
 ――だが、彼女は失念していた。
 安心した瞬間、それこそがもっとも油断を招く状況であることを。
 

「――――ッ!?」
「し、シンさん!?」
「シン!」

 湯呑を落として小鳥は口を抑える。舌にヒリつくような痛みを感じて、ようやく自身が雪歩のお茶を取り違え
て飲んでしまったことに気付いた。
 雪歩の好みは熱い煎茶、やや温めのお茶を飲んでいた小鳥にとっては耐え難い衝撃だった。

「口を開けて! 早く!」

 真に言われるがままに口を開ける。口腔に触れるだけで激痛の走る舌を自然と伸ばした状態で、顎を持ち上げ
られて口の中を覗かれた。

「うわぁ、ちょっと舌が火傷気味だ。他のとこは……うーん、よく見えないな。もっと上からなら」
「――――」

 ようやくパニックから抜け出せた頭で、小鳥は改めて今の状況を把握する。
 ――口を半開きにして目尻に涙を浮かべるシン(の中にいる自分)、
 ――その顎を優しく持ち上げて、覗き込むために至近距離まで顔を近づける真、
 端から見れば美少年同士――あくまで第三者視点で――が、互いの息が触れるほどの距離まで顔を近付けてい
る態勢。

「よく見えないけど、そっとしておいたほうがいいかな? 落ち着いたら氷でも舐めて……シン?」
「――――ぴ、」
「ぴ?」
「ピヨーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
「うわぁっ!?」

 奇声を上げて真を突き飛ばした小鳥はそのまま応接室を飛び出した。

「いててて……ゆ、雪歩、シンは?」
「す、すごい勢いで飛び出していったけど……」

 突然のことにどうしていいのか分からないらしく、雪歩は口元に手を当てておろおろしていた。もっともそれ
は真も同様で、呆然としたまま開け放たれたドアを見ていることしかできなかった。

「シン、どうしちゃったんだろ? なんか様子が変だったけど」
「さっきまでは普通に見えたのに……」

 訳も分からず顔を見合せて、真と雪歩はシンの豹変に首を傾げていた。



 

「――はぁっ……あ、危なかったわ。いろんな意味で」

 勢い余って外まで飛び出した小鳥は、シンと千早に見つかる危険も考えてすぐに事務所に戻り洗面所で顔を
洗っていた。ちなみに事務所内でも今のシン=小鳥を怪しむ人間も増えてきたので男子トイレである。

「急な出来事だったとはいえ、まさか真ちゃんがあそこまで近づいてくるなんて」

 仮にも男子であるシンに対してあそこまで無警戒に自分から接近してくるなど、妄王を自称する小鳥ですら
まったくの想定外だった。

「それはそれでおいしい……と言いたいことだけど、今は妄想している場合じゃないのよねぇ」

 溜息を漏らしつつ小鳥は今の状況を再度確認する。
 シン本人、そして千早にはシン・アスカの身体に音無小鳥の精神が入っていることが知られている。それ以外
のメンバーでは春香、伊織、やよい、真、雪歩の四人には正体こそバレてはいないのだが、怪しく思われている
ことは間違いないだろう。
 つまり、残るチャンスは四人――あずさ、律子、亜美、真美しか残っていないのである。

「ここは慎重に行かないといけないわね……」

 気を引き締めてトイレを後にする。
 そして、すぐ目の前の二つの柔らかいモノに顔をうずめた。

「あ、あれ……?」
「あらあら~」

 おっとりとした声を耳にした小鳥が一歩引いてみると、わずかに頬を紅く染めた三浦あずさが目の前にいた。

「あずさ、さん。帰ってたんですか」
「ついさっき戻ってきたんだけど……どうかしたの? ボーっとしてたみたいだけど」
「いえ、別に何も……」

 そう答えようとして、音無小鳥に電流走る。

(――待ちなさい小鳥、これはひょっとして千載一遇のチャンスというものじゃないの!?)

 0.1秒で状況を把握し、0.9秒で脳内シミュレートを完了させた小鳥はここぞとばかりに声を張り上げた。

「あずささん! これから食事にでも行きませんか!?」
「えぇっ!? それは構わないけど……ずいぶんといきなりな話ねぇ」
「ちょっと相談したいこともあるんですけど。ダメ、ですか?」

 甘えるような仕草のシン――の外見をした小鳥――の言葉に少し考え込むあずさだったが、すぐにいつもの
穏やかな笑みを浮かべた。

「そうねぇ、たまにはそういうのもいいかしら」
「それじゃあ……!」
「うふふ……荷物を置いてくるから、ちょっと待っててね」

 そう言って事務所の奥へと向かったあずさを見て、小鳥はガッツポーズを取ってニヤリと笑った。

(YES! YES! YES! これで事務所を安全に離脱できる大義名分と新たなフラグ立ては成功!
恐ろしい……自分のフラグ職人っぷりが恐ろしいわ! ピヨ! ピヨピヨピヨ! ピーヨピヨピヨピヨ!)

 ……しかし、彼女の計画が成功することはなかった。
 数分後に届いた、「あの~、ここはどこなんでしょう? 大きな大仏様がいるけど……」というあずさからの
メールによって。



 

 一方その頃、

「……だぁっ! どこに行ったんだよあの人は!?」

 頭を掻き毟りながらシンは外で自身の姿を探していた。身体が小鳥のものなのでその奇行がさらに目立ってい
たが、それを気にする余裕があるはずもない。何しろ自分の身体で何をしでかすのかまったく想像できない、む
しろしたくもないような人物なのだ。見つけられず焦るのも無理もない。
 事務所を探している千早からの連絡もなく、外を探すしかないシンは半ば追い詰められたように手当たり次第
に探すしかなかった。

「もう一度事務所の周辺からあたって……」

 そう考えたところで、まるで冷水をかぶったようにシンの頭から熱が引いていく。

 ――まて、本当に小鳥さんは外にいるのか?

 千早からの連絡がないのだからそれは当たり前……のはず。
 そもそもあの狭い事務所にいつまでも留まるのはリスクが高いからいるわけがない……はず。
 はず、はず、はず……
 だが、そんな考えは自分自身の常識に囚われているだけでしかない。
 音無小鳥は、あの妄想の化身はいつだってそんなものの遥か高みを往っていた。

 ――それが、今回ではないなんて言えるはずがない!

 そもそも、千早が事務所、自分が外を探しているという状況で安心しきっていたことがそもそものミスなのだ。
 仮に何らかの方法で千早の目を逃れているとしたなら、自分は一切の情報を断たれた状態でいつまでも外を
探すという無駄な時間を過ごすことになってしまう。そう、今この瞬間のように……
 慌てて携帯電話を取り出して、ポケットに入っていたのは自身のものではなく小鳥が持っていたものであるこ
とに今更気付いた。
 もっともこの仕事用の電話と、シンに支給された電話はまったく同じ型のものであるので気付けというのも酷
な話ではあるのだが、それを理解した瞬間シンの背筋に冷たい汗が流れた。
 アドレス帳から千早の番号を開いて通話ボタンを押す。

 ――もし、この予感が当たっていたら……

 無機質なコール音をじれったく思いながらも待ち続ける。実際はほんの数コールでしかないのだが、その音が
途切れるまでの時間すらも煩わしかった。

『――もしもし?』
「千早っ、そっちはどうなった!?」
『その声は、シン? でもこの番号は音無さんの……』

 その言葉でシンは確信する。自分たちが、音無小鳥の掌の上で踊らされていたことに。

「やられた……! 急いで戻るんだ! 小鳥さんは今、事務所にいる!」

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最終更新:2011年10月24日 04:35
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