- <時空を越えて.2~協力~part A>
――現状をざっとまとめてみた。
1.自分は今度のライブの下準備を終えて事務所に帰る途中だった。
2.帰り道で突然妙なデジャヴを感じて立ち止まったら上から鉄骨が降ってきた(潰された?)。
3.気付けば元いた世界、正確に言えばC.E.72の頃のプラントにいた。
4.マユの携帯の代わりに何故か765プロから支給された携帯を持ってきていた。
――……さっぱり意味がわからない
特に最後、現実を知るという意味では役には立ったがそれ以外では何の役にも立たない。Nジャマーの影響を
受けるこの世界では通話やメールもできず、そもそも仮に繋がったとしてもアドレス帳の相手に通じるかどうか
も疑わしい。おまけに時計まで壊れてしまったのか時刻表示が一向に動かない。あちらでの生活必需品が一から
十まで使い物にならないものになってしまったのだ。
――まぁ、それはどうでもいい。
携帯を閉じてポケットにしまい、顔を上げる。
およそ一年ぶりの教室。周りには自分といくつも年の離れていない少年、少女らが椅子に座り熱心に弁を振る
う講師に――シンを含め何人かの例外もいるが――目を向けている。
……懐かしい、と思う反面戸惑いもあった。
確かにいつかはこの世界に戻らなければならないと考えていた。まさかそれがこんな唐突に、しかもこんな形
で帰ってくることになるとは思いもしなかったが。
――とにかく、これからどうするか考えないと……
しかし戻り方など分かるわけがない。これで二度目とはいえ、巻き込まれた本人ですら何が原因すら理解でき
ていないのだ。手がかりも何もあったものではない。
「……シン・アスカ」
「はい?」
「物思いにふけるほど余裕があるようだな。ならこの問題を解いてもらおうか」
やけに笑顔が爽やかな教官がスクリーンに映された文字の羅列を指して告げる。どうやらMS開発史に関する
設問のようだ。
「え、えーっと……」
落ち着け、たかが一年前に習ったものだ。冷静になれば解けるはず。
そう、落ち着いて考えればきっと――
「…………」
――誰しも一度は覚えがあるだろう。
昔やったはずのことが分からない。新たに上書きされていく日常に、かつての記憶は埋もれていくものだ。
とりわけ、結局何も使うことのなかった知識などは。
- 「……はぁ、しばらくそのまま立っていろ。ではレイ、お前が解いてみろ」
「はい」
奇妙な悔しさに唇を噛み締めながらも、次いで席を立った学友に目を向ける。
すらすらとテキストを見もせず解いていくその姿、典型的な優等生然としたその態度は記憶にあるレイ・ザ・
バレルと何ら変わらないものだった。
当たり前だ、本人なのだから。
だが、シンにとってはそれがひどく懐かしいもののように思えて何かが胸を突いていた。
嬉しさ、というものとはまた少し違う。どちらかと言えば後悔……もしくは懺悔か。
「……?」
ふと視線を感じて肩越しに後ろを見る。ルナマリアがこちらを見ながら悪戯っぽく笑っていた。
ムッとなりながらも再び前を向く。そういえばアカデミーの頃もこんな調子だった。妙に馴れ馴れしくて
その癖たまに気を利かせることもある、そんな感じでいつの間にか長い付き合いになっていた。
今思い返せば、それにどれだけ助けられただろうかと思う。
「よし、それくらいでいいだろう。続きはお前だ、ルナマリア・ホーク」
「ぅえっ!? あ、はい! えっと……」
わたわたと慌てる気配を背中で感じて、ふと笑みが零れる。
「こんなこともあったな」という懐かしい気持ちに、何故か胸に痛みが走った。
……結局、このカリキュラムが終わるまで『二人』はずっと立たされたままだった。
・
・
・
- ――協力者が必要だ。
しばらく考えてみたが、それ以外に答えが見つからなかった。
自分一人ではどうしようもない。もちろん誰かに手を貸してもらったところで何かしら解決法が浮かぶという
わけではない。こんな状況で頼りになる人間もいないだろう。
……一番の理由は、この奇妙な疎外感・孤独感に耐えられなかったからなのかもしれない。後になってそう
気付かされた。
「レイ、ちょっと話があるんだけどいいか?」
講義が終わり、早々に次のクラスへと移動しようとしているレイに早速声をかける。
だがその言葉に対して返ってきたのは、奇妙なものでも見たかのような怪訝な顔だった。
「な、なんだよその顔」
「……いや、珍しいこともあるものだと思ってな」
意味が分からず眉根を寄せていると、周りにざわめきが広がっていることに気付いた。
「おい、あれ」
「なんだ? シンの奴またレイとケンカか?」
「今度はいったい何が原因だよ……」
「今の内に教官呼んでくるか?」
そんな声があちらこちらから囁かれてた。
……そういえば、この頃はよくレイとケンカとかしていたなと思いだす。
何でもそつなくこなすレイに少なからず苛立ちと嫉妬を抱き、そのことから衝突したこともあった。
――ちょっとまて、それじゃあひょっとしたらレイが断るかもしれないってことか?
もちろん、絶対に協力してくれると思っていたわけではない。だが、拒否される可能性が色濃くなってきた
この状況に躊躇いが生まれてしまったのは痛い。
言葉の力というものは地味ながら凄まじい。たとえどんな突拍子もないことでも自信に溢れた言い方とおど
おどした言い方では受け取り側の印象はがらりと変わる。そんな瞬間を何度も見てきた。
それだけにこの自身の中に生まれた疑念は邪魔でしかない。それを抱えたまま話を切り出すのは得策ではない。
だが、
――悩むくらいなら……突っ走るしかないか。
他の方法を思案する余裕はない。今はただ、信じるしかなかった。
「とりあえず、こっちに来てくれ」
そう言って先に進む。波が引くように割れていく人の群れの間を歩きながら、考えをまとめることにした。
できるだけ人気のないところがいい。その場所をいくつか思い出していると、後ろから声が聞こえてきた。
- 「――ちょっとレイ、大丈夫なの?」
「話がある、というだけだ。何も問題はない」
「でも……」
「ルナマリア、もし遅れてしまうようなら教官に言伝を頼む。適当にな」
「えぇ? なんで私が」
「もしもの話だ。何事もなければその必要はなくなる」
「頼むわよ、本当に……」
諦めたように溜息をつくルナマリアと、遅れながらも後に続いてくるレイの気配。
……再び懐かしさと共に、奇妙な物悲しさを感じていた。
・
・
・
建物というものは意外なほどに死角が多いものである。
普段あまり意識しないような場所というものは探せばいくらでもあるものだ。
例えばちょっとした柱の陰、例えば人の出入りがあまりない物置、
そして、今自分たちがいるような階段の下などは確かにそこにあるのにあまり意識することはない場所である。
「それで、話というのはなんだ?」
「あぁ」
言おうとして、やはり口ごもる。話すべきことは分かりきっているのにどう切り出すべきかが分からない。
簡潔に、そして理解しやすく。ただそれだけのことが途方もないほどの難題だった。
「……タイムスリップって、知ってるか?」
散々悩んだ結果、そんなことがまず口から出てきた。
「? あぁ、それがどうした?」
「えっと、その……俺がな」
「ん?」
「俺が、今から一年後くらいの世界から来たって言ったら、信じる……か?」
――まるで、意味が分からない。かつ、疑問形。
勢いで言ったにしてももっとましな言い方があるだろうに、そう自分で自分の首を絞めたくなりながら思った。
レイの表情は変わらない。どう受け取ったのか気になるところだが、まったくそれが読み取れない。
ややあって、小さく息を漏らす音が聞こえた。
「……シン、今日はもう部屋に戻れ」
「え?」
「教官には俺から伝えておく。必要ならしばらく休んで気分転換でもしたほうがいい」
「お、おい」
そう言い放って、レイは背を向けて歩き出す。
……当然の結果。誰がそんな妄言を信じるというのか。
頭がおかしくなったとしか思えない、自分がレイの立場でもそう思っただろう。
だから後悔した。
自分のあまりの口下手さに? それもある。
だが、それよりも言うまいと思っていたことをレイに言わなければいけないという状況に陥ってしまったことに心が痛んだ。
- 「レイ!」
だが言わなければいけない。
なんとしてでも信じてもらわなければならないのだから。
「――俺は、お前がどこで生まれたのかを知っている!」
足が、止まった。
……正確に言えば、どこで生まれたのかは知らない。
つまるところただのハッタリ。だが重要なことはそれではない。
レイにとっての問題は、『何故自分がそんなことを知っているのか』なのだから。
クローンであるという、彼自身の秘密を。
「――――」
しばらくそのまま沈黙が続く。どこか遠くから聞こえてくるざわめきすら煩く感じるほどに。
「……場所を変えないか?」
ややあって、そう提案が出された。
「それはいいけど、講議はどうするんだよ?」
「すでにルナマリアに頼んである」
そういえばそんな話をしていた。ならとりあえず問題はないかと納得する。
「俺に部屋に来い。その荷物を置いてからな」
「え? いや、これくらいなら……」
大丈夫だ、と言おうとした頃にはもうレイは去っていった。今度は止めることもできずにその背中を見つめる。
――ひとまずは、話を聞いてくれるみたいだな。
今はそれでいい。あとはそれを信じさせるに足るものが必要だ。
といっても、物的証拠などないので自分の記憶から引き出すしかないのだが。
「…………」
荷物を自分の部屋へと置きに行く間、先ほどのレイはどんな顔をしていたのか、それがずっと気になった。
・
・
・
最終更新:2010年11月09日 17:27