#navi(なのはクロスの作品集)
プラントに留学したばかりの頃、俺はいつも思ってた。
どうしてこんなことになったんだろう、って。
家族を失って、故郷を失って、人殺しを学んで・・・。
罪のない人を傷つける奴らが憎かった!
力もないくせに誇りだけ高い故郷が許せなかった!
自分勝手な理由で戦火を拡大させる連中を止めたかった!
俺を支えてくれたかけがえのない人々を守りたかった!
なにより無力な自分が一番許せなかった!
なのに・・・・世界はいつも俺を裏切った。
当然だ、あの世界は議長じゃなくあいつらを選んだんだ。
そんな世界に俺はいらない。
いらないから、俺は最後に世界から捨てられた。
未練はない。
未練なんて残らないほど、奴等に全てを奪われたから。
俺は許せなかった。
俺の家族を、マユを、ハイネを、ステラを、レイを、議長を、艦長を奪ったあいつらを。
自分達の侵した罪から逃げて、未来だけ作ればいいと思ってるあいつらを。
だから、いっそすべてを道連れにしてやろうと思った。
守りたかったものを奪われる苦しみを、あいつらにも思い知らせてやりたかった。
人を殺すことの重さを、背負っていかなきゃならない重さを思い出させてやりたかった。
スイッチを押したことは、今でも後悔してない。
復讐のために、平和のために、手向けのために、俺はできることをやっただけだ。
そうして俺は、最後に残った命すら自分から捨ててやった。
捨てた――――はずだった。
なのに、そんな俺を彼女達は受け入れてくれた。
力のない俺を、死に急いでいた俺を、罪悪感に苦しんでいた俺を
何も言わずにただ認めてくれた。
忘れかけていた気持ちを思い出させてくれた。
失った心の隙間を自分達の心で埋めてくれた。
だから、今度こそ彼女たちを守りたいと思った。
例え力がなくたって、俺のできることをやろうと誓った。
軍人としては失格だ。あいつには思いだけで何ができると
はねつけられるかもしれない。
でも、きっと思いだけでもできることはある。
だって、俺の大切な人達は…。
いつも『思いを力に変えて』戦っているのだから
シン編第七話 前編 『 勝 利 を 掴 む 掌 の 槍 』
何故、あの男は立ち上がる事が出来た?
多くの魔法を用い、並みの魔導師なら絶命するほどの砲火を浴びせた。
無尽蔵の魔力にさらし、自力では動くことも不可能なほどに痛めつけた。
なのに、あの男はまだ立っている。
止めを刺すために放った最強の殲滅魔法『アルカンシェル』までも消滅させて。
まるで最初から存在しなかったかのように、忽然と消滅させて。
消滅させた―――――瀕死の魔導師もどきが?
―――――ありえぬ。
『闇の書の闇』は、再び魔法を発射する体制にはいる。
四本の腕にそれぞれ展開させた魔法陣は、収束砲撃魔法でも屈指の破壊力を持つスターライトブレイカーを
撃つためのものだ。
威力では『アルカンシェル』に劣るが、スターライトブレイカーは闇の書が収集した
攻撃魔法の中でも屈指の破壊力を持っている。
それを四つ束ねることが出来るのならば、どれほど防御を重ねようと無意味だろう。
まして、対象物はバリアジャケットすらまともに機能していないのだ。
偶然は二度続かない。
『アルカンシェル』は、一度放てば一定空間を消滅させるまでどのような干渉も受け付けない。
だからこそ、闇の書への唯一の対抗手段なのだ。
それを素人同然の魔導師が消し去ったなど、一ミリの思考も費やす価値の無い妄想にすぎない。
着弾前に消滅したのは、魔術構成に何らかの不備があったからだと『闇の書の闇』はそう計算した。
だが、『闇の書の闇』は最後まで気付かなかったようだ。
“奇跡”は計算では計り切れないことに。
シン「・・・・来るか」
『闇の書の闇』の殺気が膨れ上がった瞬間、シンはアロンダイト・キルスレスを握る右手に力を込めた。
―――――オオオオオオオオオオッ
聞きなれてきた咆哮と共に、スターライトブレイカーが四発同時に撃ちだされる。
凄まじい発射音を周囲に響かせながら、重なり合い、混ざり合うピンク色の殲滅光。
周りに浮遊している肉塊をことごとく消滅させながら向かってくるそれは、
さながら死神が鎌を振り下ろすかのごとく、シン目掛け一直線に向かってきた。
対するシンは、アロンダイト・キルスレスを構えたまま動かない。
剣で魔法を迎撃しようというのか。
あまりにも無謀すぎる。片腕では見よう見まねの紫電一閃すら放てないと言うのに。
それとも、傷のせいで立ち上がるのが精一杯だったのか。
避けるだけの体力が残っていなかったというのか。
否、シンは動けなかったのではない。動かなかったのだ。
フリーダムでオーブ海戦を戦った時、俗に言うSEED覚醒状態のキラ・ヤマトは、
ビームライフルの光弾を手に持ったビームサーベルで弾き返していた。
キラ・ヤマトにできることが、強くなったシン・アスカに出来ないはずがない。
デス子「駄目、間に合わないっ!」
デス子の悲鳴さえ意に返さず、シンはただひたすら集中する。
シン(意識をあれだけに向けろ。チャンスは一瞬・・・・着弾する瞬間!)
預かりものの左目を凝らし、意識を研ぎ澄ませることで迫りくる閃光に『黒い線』が映し出されていく。
万物創生の時より定められた運命である『死』が、シンの左目を通じて顕在したのだ。
シン(『線』は何とか見えてきた。後はこれを辿って行けば・・・・)
ぎりぎりのタイミングであったアルカンシェルの時とは違い、
スターライトブレイカーは弾速が遅いため、着弾まで幾秒かのタイムラグが存在する。
なのはがバインドを用いてその欠点を補ったように、『闇の書の闇』は四つ束ねて撃つことで有効範囲を広げ、
相手の回避を封じようとしていた。
しかし、魔法が巨大になってしまったことが、このときばかりは裏目に出てしまったようだ。
的が大きくなったことで『死の点』を逆に狙いやすくしてしまったのである。
シン「そこだぁぁぁぁっ!!」
スターライトブレイカーが間近まで迫ったその刹那、シンは『線』の終着駅である『点』に思いっきり剣を突き立てた。
ずぶりという泥を刺したような感触がシンの手に伝わり、あれほどに鳴り盛っていた轟音がぴたりと止む。
それは、永い年月様々な魔法を収集してきた『闇の書の闇』ですら経験の無い異様な現象だった。
――――――――――!?
デス子「・・・・SLBが・・・きえ・・・てく!?」
デス子の目の前で、『闇の書の闇』の目の前で、スターライトブレイカーが霧が晴れるように薄れていく。
空気に溶けていくように霞んでいく様は、まるで消しゴムか何かで世界から削り取られているようだ。
やがて、スターライトブレイカーは残留魔力も残さず、跡形も無く消えてしまった。
巻き込まれた風と溶け残った残骸だけが、SLBが確かに存在したことを訴えていた。
もしも、その『眼』を知るものならこう表現することだろう。
―――――スターライトブレイカーを“殺した”と。
シンが、手品や御伽噺にでてくる魔法使いのように巨大な魔法を消して見せたことに
デス子は一抹の不安を抱いた。はたしてこれは現実なのだろうかと。
デス子(・・・夢・・・じゃないですよね)
分からないのなら確かめてみるしかない。
デス子は夢か現実か見分けるために一番単純で手っ取り早い方法を取ることにした。
すなわち、『頬を思いっきりつねってみる』という、古典的かつ確実な手段である。
シン「ん? おい、デス・・・・ふぉ!? 」
デス子「・・・・!(マスターが痛がっている。なら、夢じゃない!)」
ただし、自分のではなくシンの頬だったが。
シン 「って、何だよいきなり。痛いだろうが!」
デス子「マスター! ホントにマスターなんですね! 無事なんですね!
幽霊じゃないんですね! 生きてるんですね!」
シン 「幽霊って・・・・俺があれくらいでやられるわけないだろ。俺の頑丈さはお前が一番知って・・・・」
デス子「ますたああああああ! ますたあああああああ!
うわ~~~ん ま゛っ゛す゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
シン「うわぁ大声で泣くな! 貧血気味なんだから騒いだら頭に響くんだよ!」
シンが意識を取り戻したことに喜びを爆発させるデス子。
憎まれ口を叩くものの、シンの頬もつられて緩みっぱなしだ。
デス子「だって・・・・本当にもう駄目だって、マスターが死んじゃうって・・・・でも、私には何もできなくて・・・・悔しくて悲しくて・・・・
なのにマスターが生きてるから・・・・私、わたしは・・・・!!」
デス子の言葉が、シンの心に突き刺さる。
大切な人がいなくなる恐怖は、シンもよく知っているからだ。
シン「そう・・・だったのか・・・。待たせてごめんな。けど、もう大丈夫だから」
デス子「・・・・ぐすっ、それにしてもマスター。いつの間にイメチェンしたんですか?
バリアジャケット(ふく)も変だし、目も片方青くなってますよ?」
シン「・・・・お前!?」
さっきから可笑しいとは思っていたが、どうやらデス子自身に力を発揮している自覚はないらしい。
デス子「ま、まさか死に掛けたせいで戦闘力がアップして、穏やかな心(?)を持ちながら純粋な怒りで目覚めるというあの伝説の・・・・」
シン「シリアスな場面でぼけないでくれ、頼むから」
人間が自覚無く力を発揮することは、シンの『時空跳躍能力』の例も含め
ありえないことではない。
だが、機械であるデス子が潜在的な能力を無自覚で発揮することなどあるのだろうか?
コンピューターが勝手にダウンロードしたプログラムを、コンピューター自身も気付かないうちに作動させてしまうようなものだ。
気にはなったが、こればかりはスカリエッティかマリーさんに聞いてみるしかない。
シン「帰って時間が出来たらきっと話す。だから今は・・・こいつを!」
デス子「は、はい」
シンは戦いのみに集中するために、走りながら口を使ってアロンダイト・キルスレスと右腕を御神流で使う鋼鉄製の糸“鋼糸”で巻き始めた。
使えない片腕分の握力をなんとかカバーするためである。
魂が重なっている影響か魔力は多少回復していたが、全身の骨の軋みは止まず
怪我のほうも血が止まっているだけで傷は塞がっていなかった。
左腕など、レリックの爆発を近距離で受けたため肉が削れて骨と神経が覗いている。
なんとか短期決戦で仕留めなければ、自己再生能力と魔力量の差でジリ貧だ。
シン(生半可な攻撃じゃすぐに再生されちまう。奴を倒すには『コア』を狙うしかない)
―――――奴の殻を破り、肉の盾を剥がし、骨を砕き、弱らせに弱らせて中枢を叩く。
シン「デス子、頼む」
デス子「カートリッジロード!」
腕とアロンダイトから合計三つの薬莢が排出され、シンの魔力が一時的に増幅した。
それはそのまま身体能力の強化に当てられ、大地を駆ける力となる。
だが、それは以前の比ではない。
ユニゾンに慣れてきた最近でもこれほどの速度を出せたことはない。
デス子(ぅく、何で怪我してるのにこんな速度が出せるの!?)
アロンダイトに宿ったキルスレスの使用者を強化する能力と、ザックスの持つジェノバ細胞の力が混ざり合い、すさまじい脚力と跳躍力が生まれたのだ。
そのスピードは、デバイスで飛行する際の速度ですら完全に上回っていた。
だが、シンの身体能力の増強に驚いているのはデス子だけではなかった。
シン(すごい。これがフェイトさんや皆が戦いで見ている光景なんだ。これなら、俺だって!)
黒一色で分かりにくいが、回りにあるもの全てが自分よりも遅く動いているように感じる。
自分の体がまるで風そのものになったような気分だ。
シンは、魔法を使えなくとも努力しだいでここまで強くなった人間がいたことに
驚きとある種の感動を覚えていた。
かなりの距離があったはずなのに、『闇の書の闇』がもうこんなに近くに見える。
その時、突然沈黙を続けていた触手たちがシンに襲い掛かってきた。
あるものは体当たりを、あるものは身を捩じらせシンを絡めとろうとし、
あるものは魔法の詠唱に入っている。
動きを見せない本体を守ろうとして防衛機構が働いたのか、『闇の書の闇』の無意識の本能がなしたのか。
いずれにせよ、やっかいなことにかわりはない。
シン「そこをどけええええええええ! 連牙 飛燕脚!」
シンは最初に突っ込んできた竜頭の如き触手にセネルの技の一つを叩き込んだ。
慣性を利用して放たれた無数の強烈な蹴りを受け、触手が根元から千切れ跳んでいく。
シン(空中なのにこんな威力が出せるのか!?)
相変わらず蹴った本人が一番戸惑っていたが、敵は驚く暇も与えてくれない。
技を放った隙を狙って、残りの触手も貪るように襲い掛かってきたからだ。
空中では動きが取れないと踏んだのだろう。
デス子「来ます。右から三! 左から四! 後ろから一! 前から三!」
しかし、その位で怯むシンではない。
シン「甘いんだよ! そんなことで―――」
千切れた触手の断面を足場にして再度空中に飛び上がり
シン「―――やられるか! メテオショットォォォ!」
右手の剣から、隕石の形に固められた闘気を触手全体に打ち下ろした。
この一撃を、シン目掛けて殺到していた触手は正面から受けてしまう。
骨が砕けるような音が断続的に響き渡り、瞬時に数十の触手が黒い大地にひれ伏していく。
シンが、顔の半分を潰されながらも向かってきた触手をクッション代わりに切り裂きながら着地した時には、
ほとんどの触手が息の根を止めていた。
シン「よし、これで周辺は片付いたな。あとは本体を・・・・「マスター後ろです!」何!?」
自分に強大な力が宿ったことによる僅かな油断か。
はたまた、敵を排除したことによる気の緩みか。
そんな気の迷いが、背後から迫る触手への反応を一瞬遅らせることになった。
避けきれないと判断したシンは、左手の代わりに頭を支えにして、アロンダイトで触手の突撃を裁ききろうとする。
シン「ぐうウウウウウウウウウウウああああアアアアア!!」
全長15mはあろうかという触手の突撃は、シンの全力をもってしても容易に止まるものではない。
傷口が開き血が噴出すのも省ない中で押し合いが続き、触手の慣性は少しずつ殺されていく。
そこへまた別の触手が、今度は側面から突っ込んできた。
シンは、拮抗していた力を飛び込んできた触手の方へ流し、触手を触手の盾にする。
同士討ちのような形で二対の動きが止まったところに、シンの連続切りが炸裂し
どちらがどちらかわからないほど細切れにされた触手は、そのまま地面に転がった。
だが、触手の追撃はそれで終わりではなかった。
シン「はぁはぁ、どうなってるんだ。・・・・くそ、またか!」
次は真下から、その次は真正面から、倒したはずの触手が山のように生えてきたのだ。
『闇の書の闇』が存在する限り、触手もまた無限に再生する。
二十倒せば四十増え、四十切れば八十生える。
倒した触手の下からまた新しい触手が生え、その数はいっこうに減る様子を見せなかった。
デス子「まさか再生力まで強化されてるなんて・・・」
シン 「ちくしょう、こんなことで!」
予想をはるかに超える再生能力に、シンとデス子も次第に焦り始める。
触手の攻撃を縫う様にかわすと、それを狙ったかのようなタイミングで魔法弾が飛んできた。
アロンダイトで直撃しそうなものは弾くが何発かは体をかすめていく。
デス子「(たかだか触手だと思って甘く見てた! こんなに厄介だったなんて)
このままじゃ囲まれます。
マスター、一度退避しましょう!」
幾ら強力な力が使えても、こうまで触手に阻まれては『闇の書の闇』まで近付くのは無理だ。
逆にこちらが消耗し物量に潰される。
一旦距離をとらなければ不利だと訴えるデス子だが、シンは頑なにそれを拒んだ。
シン「ここで引いてどうなるって言うんだ。空が飛べないなら這ってでも行く。
俺達にはもうそれしか残ってないんだよ!」
左から迫ってきた触手の胴を裂き、背後からの魔法を避けながらシンは反論する。
デス子「だからって、地上からじゃどうしようもないじゃないですか!」
話している間に、また左に二本触手が生えてくる。
このまま、翼を折られた雛鳥のように、蟻に啄ばまれる哀れな最後を遂げるなどごめんだ。
しかし、現実にシンの言っている以外の方法が無いことも事実だ。
思えば、シンが今まで戦えたのは触手の攻撃範囲外である上空にいたことが大きい。
ヴォワチュール・リュミエールの破損が無ければ、こうまで押さえ込まれはしなかったはずだ。
デス子(・・・そう、空にいたときはこれほど厄介じゃなかった。
やっぱり、触手から逃れる最善の手段は空を飛ぶこと。
でも、翼の折れたこの状況でどうやって・・・!?)
三次元的な機動、多方面からの攻撃、飛行できるゆえの戦術、空を飛べばそれらの要素が全てついてくる。
デス子(なんとか・・・なんとか飛ぶことさえできれば・・・・)
思い悩むデス子の眼に、ふと空中に浮かぶ『闇の書の闇』が残した残骸が写った。
デス子は、シンが訓練をしている合い間によく戦術研究と称して漫画を読んでいた。
その中でも、一際思い出深いワンシーンがデス子に語りかけてくる。
翼も無いのに空を駆けていた主人公。彼がどうやって空中で敵と渡り合っていたのか。
重力に縛られながら、どうやって敵を倒したのか。
―――――答えは足場だ。
デス子「マスター、もしかしたらですけど、まだ私達は空を飛べるかもしれません」
シン 「翼は両方やられてるんだぞ。空に上がる手段なんて・・・」
デス子「あるじゃないですか! 皆から貰った力と今のマスターの力を合わせれば
・・・空にだって飛べます!」
そういうと、デス子は魔力をある一点に集め始めた。
シン「デス子、何を・・・!?」
シンの胸元が光り始めたと思うと、彼らの足元に赤色の魔方陣が形成された。
しかも、古代ベルカ式であるシンが本来使えるはずのないミッドチルダ式の魔法陣だ。
デス子「帰ったら、ユーノさんに感謝しないとですね」
それはユーノが出発前に渡してくれたお守り型のアクセサリーだった。
補助魔法を全く使えなくとも魔力さえ込めれば予め設定されていた簡単な魔法が
使用できる発掘品で、本当なら気軽に貸せるような代物ではない。
デス子が発動させたのは、その中にあったフローターフィールドという補助魔法だ。
本来は落下時の衝撃を和らげるための魔法だが、硬度を上げれば空中の足場として
形成することもできる。
デス子「この空間の中心部は無重力です。あそこまで飛び上がれば、フローターフィールドを足場にして奴と真正面からぶつかれます!」
重力の束縛が無いのなら、足場を利用することで慣性を利用して飛び跳ねられる。
そうすれば、飛行できなくても三次元戦闘を展開することが可能なはずだ。
デス子「『闇の書の闇』が動きを見せていない今ならやれるはずです! 空で決めますよマスター!」
シン 「あ、ああ、今度こそ、この悪夢を終わらせてやる!」
言うが速いが、シンは階段状に展開したフローターフィールドを一目散に駆け上がっていった。
このとき、シンは気付くべきだった。
確かに傷口からの出血は止まっている。
だが、治りきっていない傷が全く痛まないのは異常ではないのか。
痛みがないのなら、左腕の神経が寸断されていなければならないはずだ。
なのに、わずかながら左腕の感覚は残っている。
痛みが無いのに感覚はある、それが意味する答えは一つしかない。
つまり、『エクストリームブラストフォーム』を使用したシンの体からは
痛みを感じるプロセスが切除されていたのである。
人は、痛みを感じるから身体の異常個所を判別できる。
自分の死を実感し、恐怖し、危うくなれば引き返すことが出来る。
言い換えれば、痛みがあるからこそ人は戦いに恐怖する。
自分の体をいたわり、無意識のうちに無理をしないようになる。
もちろん、死を恐れないといっても不死身ではない。
常人と変わらず怪我もすれば血も流れる。
だが、意図的に痛みの感覚を削除すれば、内臓が潰れようとも四肢を貫かれようとも怯むことも臆することもない。
最後の最後まで、その先に訪れるものに気付かないまま戦い抜く究極の戦士。
皮肉にも、それはシンがたったいま切り捨てたばかりの理想の姿だった。
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