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夢の楔 ~After Day~

――――気が付けば、自分は夢の中にいた。
目の前に広がるのは、焼き焦がれ、無造作に抉られた大地と、へし折られ、ただ燃え朽ちていく木々。
空を駆ける巨大なロボットと戦闘機、それらから放たれている銃弾や光。
そして……抉られた斜面のすぐ傍で、空を仰ぎ泣き叫ぶ一人の少年。
その悲惨な光景を、ただ見続けている。

(ああ………また、この夢か)

音は、何も聞こえない。
現実であれば、けたたましい程の喧騒に、銃声や爆発、人々の悲鳴などに満たされている筈のその空間。
しかし、まるでその場面のみを切り取ったかのように静かで、本当に無音としか言いようがない。
―――――そして、少年の慟哭すらも、同様に聞こえることはなかった。

(もう何度、この光景を見たんだろう)

この夢を見るのは初めてではない。もうその内容は、全て覚えてしまっている。
そしてこの夢の、今自分の目の前で泣いている少年のことも、自分は知っている。
“彼”と出会ってから―――――いや、きっと“彼”が自分の前に現れるその直前から。
もう幾度となく、この夢を見てきた。

景色が変わる。
次に広がるのは、廃墟という言葉が生易しく感じられる程までに破壊し尽くされた町並みと、灰色に染まった空から、冷たく降り注ぐ雪。
そして目の前には、破壊され、力無く倒れ伏した黒いロボットと、その近くに降り立った、黒い機体よりも小さい、トリコロールの機体。
そして、一人の少年が、その両腕に少女を抱き抱えていた。自分もよく知っている、先程まで広がっていた空間で泣き叫んでいた少年が。
その姿は先ほどよりも成長し、16、7歳ほどに見える。それは自分がよく知っている少年の姿と、変わらぬものだった。
そしてその両腕に金髪の少女を抱き締め、ただ泣き叫んでいる。先程自分が見た景色、場面と同じように。
先程と変わらず、音は何も聞こえてこない。燃え盛る炎の音も、吹きすさぶ風の音も、降り続ける雪が積もる音さえも。
――――泣き叫んでいる「彼」の声も、なに一つとして聞こえなかった。

再び、景色が変わる。
3度目に広がるのは、全てを飲み込んでしまいそうな暗闇。その中で煌めく、爆発にもにた閃光。
踏みしめているのは、抉られた大地でも荒れ果てたアスファルトの上でもない。まるでTVで見たような、無骨な月の大地のようだった。

そして見えるのは、遠くで爆発を伴い沈んでゆく、巨大な要塞らしきもの。同様に炎に包まれ、少しずつ崩壊していく基地らしき建造物。
そして、四肢を失い、力無く倒れ伏した灰色の機体。その目もとの彫り込まれたような造形は、まるで泣いているようだと思えた。
そして傍らで、呆然とその光景を眺め続ける“彼”。今までと違い、泣いてはいなかった。でもその表情は酷く虚ろで、今にも死んでしまいそうに見えた。

一歩、前に踏み出そうとする。けれど足は少しも言うことを聞かず、ピクリとも動かない。
“彼”に声を掛けようとする。けれどまるでそれ自体を失ったかのように、口は何の言葉も紡ぐことが出来ない。

(…………同じだ。いつもと、変わらない)

そう、いつも自分は、この夢の中で何もすることが出来ない。動くことも、言葉を発することも、何も出来ないのだ。
ただ“彼”泣いている姿を、傷付いている姿を、見つめ続けることしか出来ない。
抉られた大地の前で、冷たく降り注ぐ雪の下で。そしてこの闇の中で、ただ“彼”を見続けることしか、出来ない。

けれど、それも仕方のないことなのかもしれないと、心の冷静な部分で思う。
これは、どんな形であれ、“彼”の過去なのだ。変えることの出来ない、“彼”の歩んできた過去。
何故自分が、それをこうして夢に見ているのかは分からない。しかし“彼”の記憶ともいうべきこれに、干渉出来る方がおかしいとも言えた。
けれど、だけれど。目の前で、確かに彼は泣いていて、傷付いていて。

――――こんなにも、今にも壊れてしまいそうで。けれど、自分は何も出来なくて。

それが、どうしようもなく悔しいと、いつも思っていた。

「たっだいまー!――――――ってあれ、シン君?」

とある日の昼下がり。
いつものように帰宅したのだが、シンが顔を見せないことに首を傾げる。
いつもであれば、自分が帰ってくるとすぐさま玄関まで迎え出て、「おかえり」と言ってくれる筈なのだが。
蛇足だが、その際はエプロンを着用していることが多い。
ちなみにデフォルメされた犬のアップリケ付きである。チョイスしたのは勿論自分だ。

「シンくーん?今帰ったよー。アイス買ってきたから一緒に食べよー?」

靴を脱いで呼びかけてみるが、返事の一つすら返ってこない。居間を覗いてみるも、探している人物の姿は見当たらなかった。

「出かけちゃった………訳ではないよね」

浮かんだ一つの考えを、即座に否定する。
普段の彼ならば、鍵を掛けずに出かけるというのは考え難い。そんな不用心なことをするとは思えない。
そして仮に出かけているにしても、いつもならちゃんと書き置きか何かを残しておく筈なのだ。
………まあ、急にスーパーの安売りとかがあるのを知ったのなら、有り得るような気がしたが。

(なんていうか、すっかり主夫業が板に付いてきたよね……シン君)

小さい頃から家事の手伝いをしていたというが、それにしても嵌り過ぎではないかと思う。
料理だってそこらの主婦顔負け、むしろレストランのシェフ辺りとも張り合えるようになるのだってそう遠くではないのではと贔屓目に考えてしまう。
というよりこれでは自分の立つ瀬がないのではないだろうか。むしろどちらかというと立場が逆であるべきなような気も………

「………っとと、それは今はいいとして。まあ、今回はそれも違うみたい、かな?」

置かれている新聞とチラシを見るに、慌てていた様子は微塵にもない。台所も覗いてみるが、しっかり夕飯の下準備らしきものがされていた。
ということは、やはりシンは家の中にいるということになる。

アイスを冷凍庫の中に入れて、使っていたビニール袋を畳んで棚に入れる。予だがこうしてビニール袋を整理しているのもシンである。
結構便利なのはわかるが、もう少し若者らしいものに熱中したりして欲しいと思わないでもなかったりする。
とりあえずもう少し家の中を探してみようと思い、縁側に出てみた。

「シンくーん―――――って、なんだ。寝てたんだ…」

―――――思いの外、あっさりと見つけることが出来た。
縁側の柱に寄りかかり呑気に眠りこけているシンを見て、くすりと笑みを浮かべる。
そっと、起こさないようにシンの傍にしゃがみ込み、彼の髪を撫でるようにして掬った。

「全くもう……こんな所で寝てたら、風邪ひいちゃうよ?」

そういえばあの時も、同じことを彼に言ったな。とふと思い出す。
シンと初めて会った、自分にとっても因縁のある、あの桜の木の下で。同じように―――その時は彼を起こした直後だったが―――シンに、その言葉を向けたのだ。

「でも………穏やかな寝顔だね。あの時と違って、さ」

普段の、何処か意地っ張りでツンツンした雰囲気が感じられる表情は鳴りをひそめたような、幼い寝顔。
あの時の、会ってから何度か見たそれは、どこか悲しげで、切なげで。苦しいのを必死で堪えているように見えた。
けれど今見せているその寝顔は、本当にただ幼く、穏やかなものだった。

「ぅん………………さくら………」

恐らく、いや確実に、ただの寝言だろう。ただ、自分の名前を呼ばれただけだ。
けれどその声は穏やかで、普段では絶対に出さないような甘い声で。それを聞いて、何故だか心臓が跳ね上がるのを感じた。

「―――――あのね、シン君。ボクは、知ってたんだ」

寝ているシンへと、静かに語りかけ始める。
聞いてもらいたいとか、別にそんなつもりではない。実際、寝ている彼に話したところで何の意味もありはしないだろう。
それでも、何か衝動に駆られたかのように、語りかけ始めた。

「最初から、知ってたんだ。シン君のこと。シン君の………過去を」

最初に見たのは、そう、シンが“ここ”に現れる直前だっただろうか。
ある日、あの桜の木の所へ行って、そこでうっかり寝てしまった時。そこで初めてその夢を―――――彼の記憶の断片を、垣間見た、のだと思う。
実を言うと、その時にどんな夢を見たのか、その内容ははっきりと覚えてはいない。
思い出せるのは、枯れていた筈の桜の木から一斉に散りゆく桜の花弁と、その中で倒れている彼の姿。

あの時、枯れていた筈のあの桜の木は、ほんの一瞬だけ復活した。
ほんの一瞬だ。自分が目覚めた時、既にそれは花弁を散らせて再び枯れていた。
何故、一瞬だけ復活したのか、それは今でも分からない。手がかりもない。
けれど、一瞬だけ復活したそれが、彼が“ここ”に来たことに関わっているのは確かだ。

そして自分は、彼を助けることにした。自分にはその義務があるだろうし、目の前で倒れている彼を放っておくなど出来るわけもなかった。
しかしそれ以上に、自分が彼を助けなければならないという、義務感とは違う思いがあった。

その後だ。夢として、何度も彼の断片を見るようになったのは。
そして思った。きっとあの時に見た夢も、同じ内容だったんだろうと。
何故、そうして彼の記憶の断片に自分が触れることが出来たのか、それは今でも分からない。もしかしたらそれも、枯れている筈の桜の木の魔法によるものなのかもしれない。
けれど、少なくとも。あの時に彼が自分の前に現れて。自分と一緒に暮らすようになって。そしてそれから、何度となくその夢を見るようになった。

「あの時シン君は、ここにいたいって、ボク達と一緒にいたいって言ってくれた。
だけど……だからって、もう絶対に元いた場所に帰らないってわけじゃ、ないんだよね?」

それからしばらく時が過ぎた、あの日。
彼と会ったあの場所で、初めて彼の口から、話してくれた。今まで見ていた夢を――――彼の過去、彼の記憶を。
そして、彼の胸の内、誰にも明かさず抱えていたものを、話してくれた。
そしてその時から、その夢を見る頻度は少しだけ減って、シンも以前より明るい笑顔を浮かべるようになった。
けれど、それでも――――その夢を見ることがなくなるなんてことはなくて。

「やっぱり、そうだよね。そんな簡単に、過去を乗り越えられるなんてこと、ないんだ」

それは自分が、あの時の出来事を今でも引きずっているのと同じように。そんな簡単に、辛い出来事を乗り越えられるなんてこと、ある筈がない。
そして、シンがその中で失った人たちが、彼にとってどんなに大切な人たちだったのか。
…………“ここ”で最も彼の傍にいて、彼の過去を見続けたのだ。そんなことは、自分が誰よりもよく知っている。

だからこそ、彼がこのまま元いた場所を忘れることは、あり得ないんじゃないかと思う。
過去を、かつての居場所を完全に捨て切ることなんて出来ない。だからこそ、いつかは彼がそこへ帰る日が来てしまうかもしれない。
それはきっと、彼が己の過去を清算するために。彼が、どんな形であろうとも、前へと進むために。

………もちろん、“そこ”へ帰らなければ前に進めない、なんてことはないだろう。
けれど、彼にとって“そこ”が大切な場所であることは、故郷であることは変わりなくて。
だから、もし帰る方法が見つかれば、彼はきっとそれを選んでしまうような気がして。

――――そして自分は、そうなってしまうのを、たまらなく嫌がっている。

『資格とかそんなのは関係ない。シン君が自分で選んで、決めなきゃいけないことだから。
――――だから、シン君がそう望む限り、ここがシン君の居場所なんだ』

脳裏に過るのは、あの時シンに言った、自分の言葉。
その時の自分の行いは、彼の心に容赦なく踏み込むものだった。
それまでは、彼が自分から話すのを待っていた。話したくなったら、話してくれればいいと。
だというのに、その時の自分は、今までのそれとは完全に真逆の行いをしたのだ。

(………でも、それはきっと間違いじゃなかった。じゃないと、シン君は自分を責め続けるだけだったから)

それまでは、踏み込んでいくことで彼を傷付けてしまうだろうと思っていた。
けれどその時は逆に、踏み込まなければ、きっと彼が辛い思いをするだけだと感じたのだ。
そして、あの時彼に言ったその言葉は、決して嘘なんかじゃない。
居場所は自ら決めるべきものであって、そこに資格なんてものはいらないと、自分は思う。
けれど、それ以上に。それ以上に、自分が、彼に帰って欲しくなんてなかった。

(ボクは、シン君にここにいて欲しいって思った。帰らないでいて欲しいって、思ったんだ)

できることなら、このまま。このままずっと、自分の傍にいて欲しいと思った。どこにもいかずに、“ここ”で一緒に。
そんな自分の、あまりに身勝手な我儘。それを正当化していないと、言い切ることは出来なかった。
…………ならば何故、そんな願いを抱いてしまったのだろうか。何故今もなお、彼に“隠し事”をし続けているのだろうか。

(ボクは、お兄ちゃんが好きだった。………ううん、今でも大好きだ。なら、シン君は?)

自分の傍にいて欲しいと願った、彼。その彼のことを、自分はどう想っているのだろうか。
好きか嫌いかで問われれば、当然迷うまでもなく、好きだと答えられる。
しかしその『好き』というのは、一体どういう意味でのものなのだろうか?
単なる同居人、友人に対するような、友情とでも言うべきものなのだろうか。
それとも、弟などに対するような、家族愛に類するものなのだろうか。
それとも―――――――――?

「………ぅぅん………?」
「―――――ってシン君?」
「ぅうん、寒い……………」
「うにゃあ!?ちょ、ちょっとシン君!?」

シンに突然抱き寄せられ、彼に抱かれる形になり、思わず体が強張る。驚いて彼の顔を見るが、先程と変わらず、安らかな寝息を立てている。
………どうやら、ただ寝ぼけていただけのようだ。何処か間抜けにも見えてくるその表情に、体を強張らせた自分が少し馬鹿らしく思えた。
抜け出そうと試みるが、両腕でしっかりと抱き抱えられており、無理そうだと直ぐに諦める。
というか、何故寝ているのにこんなに力が入っているのだろうかと、やり投げ気味に疑問に感じた。

「全くもう、しょうがないなぁ………」

なんとか体を動かし、自分も寝られるように楽な体勢を取る。そうしてシンの服をそっと掴み、胸元に頭を寄せる。
静かな、だけどしっかりとした鼓動が聞こえてくる。それを聞きながら、ゆっくり瞳を閉じた。

(―――――今すぐに答えを出さなくたって、いいよね?)

そう、別に今すぐ答えを出す必要は、きっとない筈だ。
少なくとも今この時は、彼は自分の傍にいて。自分も、彼と一緒にいたいと思っている。その想いは、何であろうと変わらない。
そしてあの時、ここにいたいと、自分たちと一緒にいたいと言ってくれたのは、彼の偽りのない想いであることは間違いないから。

「………ねえ、シン君。これからどうなるかなんて、そんなのはわからないけど、けどさ」

「ボクは、シン君が辛い時は、きっと力になるから。支えになってみせるから」

「――――だから、ボクの傍に、一緒に―――――」

それは、自分の我儘な想い。けれどそれは偽りない、確かなもの。強くて、でも弱くて。そしてとても優しい彼への、切実な願い。
それを呟き、シンから伝わってくる温かさを感じながら、勢いを増す睡魔に身を任せた。








「―――――なあ、うたまる。これは、何でこんな状況になったんだ?」
「うなー?」
「いや、そうだよな。お前に聞いてもしょうがないよな。けどなぁ………」

不思議そうなうたまるの鳴き声を聞きながら、自分の腕の中で静かな寝息を立てるさくらを見て、シンは激しく動揺していた。

とりあえず、状況を整理してみよう。
まず、自分は一人で、この縁側で寛いでいた。そこで眠気に襲われ、抗えずに寝てしまった。そこまでは確りと覚えている。
………なら、何故さくらが自分の腕の中にいるのだろうか。隣で寝てるならともかく、何故自分の腕のなかで。

いや、今はそれは置いておこう。それよりもだ。

(起きようにも服掴まれてるし………無理矢理起こすのもなぁ)

そう、服を掴まれているために動くことが出来ないのだ。起こせば済む話なのであるが、こうも幸せそうな寝顔を見るとそれも忍びない。
そんなこんなで、シンが目を覚ましてから既に10分程度が経過していた。このままでは再び眠りこけてしまいそうである。

「………だいたい、さくらは無防備すぎるんだよ。こっちの気も知らずに」

ポツリと、シンは彼女への不満を漏らす。
こうまで無防備に自分に抱き付き、呑気に寝ているのだ。正直な話、自分は男として見られていないのではないかと思ってしまう。
まあ自、さくらの前では情けないところばかり見せてしまっていた訳なのだ。だからこういった扱いは、しょうがないことなのかもしれない。
それでも、自分だってれっきとした男なのだ。多少の警戒はしておいて貰いたい。
…………でないと、いずれこちらの理性が危なくなってしまうかもしれない。

はぁ、とシンは大きく溜め息をつく。それはさくらに対してと、少し邪な方向に思考が向きかけた自分に対して。

「全く、困ったもんだよさくらには………なあ、うたまる?」
「………うなー…………」

心なしか、返事をするうたまるの声が呆れているような感じがした。気のせいだと思いながら、その声を聞き流すことにした。

「………うにゃ、シン君?」
「――――あ、さくら。起こしちゃったか?」
「うにゅ~…………」

話し声で起こしてしまったのだろうか。もぞもぞと身じろぎをして、さくらは寝惚け眼でシンを見遣る。
そのふにゃりとした表情がまた無防備で、正直もの凄く可愛いと思って。
先ほどの思考したこともあり色々と思う所がありはしたが、シンはそれを押し込めた。

「悪いさくら、とりあえず退いてくれないか?オレが起きれない」
「うにゃあ………?」

まだ寝惚けているのか、さくらは覇気のない、間延びした声を発する。
こちらを見つめてはいるものの、その瞳も明らかに焦点が合わさっておらず、退いてくれる様子は一切ない。
無理矢理退かしてしまおうかとも考えるが、さすがに気が引ける。そんな風にシンが悩んでいると、さくらは退く所か、首に両手を回して抱きついてきた。
直に伝わるさくらの温もりと、柔らかな髪の感触。それを感じてシンは顔を真赤に染まらせて狼狽する。

「んな!?ちょ、ちょっとさくら!?」
「うにゅ、もう少し寝させて………」
「そ、それは構わないけど、オレは起きるから………離してくれないか?」
「………ヤダ」

ギュッと、さくらはさらに腕に力を込める。頭はしっかりとシンの胸元に寄せられ………というか、密着させられている。
なんというか、寝惚けてる筈なのになんでそんな力が入っているのだろうかと、シンは思った。

「シン君も………一緒に………」

そのまま、さくらは再び穏やかな寝息を立て始める。軽く頬に触れてみるが、既に熟睡状態のようで起きる気配はない。
そして、それ状態でしっかり抱き付かれているため、彼女をそっとして起きることは出来そうになかった。
しょうがないと言わんばかりに、シンは溜息を付いて身じろぎをする。そして何となく、何をするでもなく、空を見上げた。

透き通るような青い空を大小の白い雲が彩っている、穏やかな空模様。
そんな長閑な空気を感じながら、すやすやと眠っているさくらを見て―――――不意に、少しだけ不安になった。

(あとどれだけ、こうしていられるんだろう)

本来ならば“ここ”にはいない筈の、イレギュラーな存在である自分。
そして、元いた場所においても。恐らくあの戦いにおいて、レイや議長たちのように死を迎えていた筈の………自分。
さくらは、“ここ”で出会った皆は自分を受け入れてくれているけれど、それは変わりようのない事実だから。

…………だからこそ、不安になる。
いつまで、この平穏な時間が続くのか。そしていつまで、自分は彼女の傍にいられるのか。
いつか、もしかしたら、そう遠くない内に。この暖かさの全てが、終わりを告げてしまうかもしれなくて。

――――そうなってしまうのが、どうしようもない程に、怖い。

(………いや、そうなるかどうかも、きっとオレ次第だ)

浮かんでしまった不安を振り払うかのように、シンは頭を振る。
自分の心は、想いは、もう決まっている。それはきっと、もう揺るがない。迷わない。
あとはいざというその時に、それを曲げずにいられるかどうか。障害にも挫けず、それを貫き通せるかどうか。

(オレは、ここにいたい。例え何があっても、もうここは……オレの居場所なんだ)

それは、何があろうと揺るがない自分の本心。
傷付いた自分の傍にいてくれた、支えてくれたさくら達と、ずっと一緒にいたい。この暖かな世界で、共に生きていきたい。これからも、ずっと。
例え何があろうとも、自分がどんな理由で“ここ”に来たのだとしても。その想いは、絶対に変わらない。

「………ぅにゃ………シンくぅん………」

不意に聞こえる、さくらの声。
それは単なる寝言ではあったけれど、それでもその声はとても優しくて。不思議と気持ちが落ち着き、不安が和らいでいくのをシンは感じた。

「………もう少しだけ、いいよな」

ギュッと、けれど起こさないように、相変わらず寝息を立てている彼女を抱き締める。
彼女が自分に対してこうも無防備なのは考えものだが、こうして一緒にいる時間は好きだから。
とても暖かで、安らかで。本当に、心まで落ち着いていられるから。

いつか、もしかしたら。自分は元いた場所に帰ることを迫られることになるのかもしれない。
けれど、今確かに自分は、彼女の傍にいて。そうしていることを、自分は望んでいるから。

そして、いつか。いつか、もっと彼女に、さくらに近づきたい。
今の自分は、本当にただ彼女に甘えているだけだから。だからいつか、自分が彼女を支えられるようになりたい。そうして、彼女の隣にいたい。
多分すぐには無理だけど、こうして甘えていることも自分は好きだから。

―――――だから、もう少し、このままで。

「うなー!」
「ん………悪いうたまる。メシは後で出すから、我慢してくれ」
「うなー…………」

うたまるの落胆を示すような切なげな鳴き声を聞き流しながら、シンは再び瞳を閉じる。
それからさくらと一緒に静かな寝息を立てるようになるまで、さして時間は掛からなかった。









「―――――シンくーん、まーだー?」
「ああもう、そんな急かすなって!ほら、これで最後だ」

並べられた料理を前にして待ちくたびれた様子のさくらの前に、シンは最後の一品を置く。
それを見て、さくらは子供のように―――見た目は子供そのものであるが―――瞳を輝かせた。

「うにゃ、切干大根かあ。そういえば今朝から何か煮てたよね」
「ああ。まあ初めて作ったから、遠慮なしに感想言ってくれると嬉しいな」
「にゃはは、OKOK。それじゃいっただっきまーす!」

あの後二人が起きたのは、既に日が半ば以上暮れた頃、いつもなら既に夕飯の支度が9割程終わっている時間帯だった。
そして慌ててシンが支度を始めたり、ふと目に入った安売りのチラシが実は今日であったことに気付いてひと悶着あったりして今に至る
しかし、それでもいつもより一時間程度しか遅れていないというのはある意味さすがと言うべきなのかもしれない。

「……どうだ?旨いか?」
「うん、美味しいよ♪ただ、ボクとしてはもう少し歯ごたえがあってもいいかなぁ」
「そうか?………うーん、やっぱり少し煮過ぎたかなぁ……あ、それにもう少し大きめに切っても良かったかもなあ。そうすれば……」
「…………ふふっ」
「ん?どうしたさくら?」

シンも切干大根を味わいながら、唸り声を上げて悩む。それを見て笑みを浮かべたさくらに、シンはキョトンとした顔を向けた。

「にゃはは、なんでもないよ。ただシン君が可愛いなぁって」
「かわ………!?さ、さくら、だからそういうからかいは止めてくれって言ってるだろ!」
「だからそういう反応が可愛いんだってば。今日だって寝惚けてボクのこと抱き締めたりしたしねぇ」
「んな!?いやそれは……ていうかそれを言うならさくらだって!」
「でもボクをぎゅうっと抱き締めたのは事実だよ。ホントシン君は可愛いねぇ♪」
「いやだから――――」

他愛のない、のんびりとした時間。互いに思うことはあっても、それはとても暖かで、そして幸せなもの。
ずっとこのままでいられる訳ではないと分かっているけど、互いに口にすることもないけれど、今こうしていることがとても心地よかった。

さくらは、シンの想いと決意を、まだ知らない。
シンは、さくらの抱えている過去と不安を、まだ知らない。
二人がそのそれぞれの思いの丈を、互いに知ることになるのは――――きっともう少し、先の話。
 

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最終更新:2011年01月04日 14:03
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