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<東方邂逅録~楽園の巫女の選択~ 前編>

<東方邂逅録~楽園の巫女の選択~ 前編>

 人間の里の東、視界の効かない獣道をひたすらに進むと石の敷かれた長い階段が現れる。古びている割には
綺麗な石段――手入れが行き届いているというよりはこの階段を使う者が極端に少ないからなのだが――を
登った先に立派な造りの神社がある。
 ――博麗神社。
 幻想郷の東端に位置する唯一の……否、今は数少ない神社のひとつである。
 この地において重要な役割を担っているにも関わらず人気の少ないこの神社は、反面その原因である人外の
者たちがよく現れることで有名だった。この神社の巫女もそれらに対して対処するでもなく、それどころか仲良
く宴会を始めるという体たらくなのだからむしろそれでも参拝する人間がいることが意外と言うべきか。
 故にこの神社では、いつも巫女が一人で掃除をしたり軒先でお茶を飲んでいることが常なのだ。
 しかし、今日は珍しく人間の……それも男の客が来ていた。

「……しかし、なんだな」
「? 何よ?」
「いや、暇そうだなぁと」
「巫女が忙しいときなんて年末年始と異変が起こったときくらいよ」
「いやそれ多分お前だけだから、巫女全部に当てはめるのおかしいから」
「外の世界ならともかく、こっちじゃそんなもんよ」

 何故か身を乗り出してツッコミを入れてくる少年に冷めた視線を送りながら、博麗の巫女――博麗霊夢は湯呑
の茶を啜る。
 実際問題、今は忙しさと無縁なのだから仕方がない。年明けの神事こそ真面目に行うが、それ以外は大抵気ま
ぐれでやる程度のものである。

「まぁいいけどさ……あ、そういえば本当によかったのか? あいつにここの資料なんて見せて」
「盗んだりしない限り気にしないわよ。お賽銭さえしてくれればね」
「……いつから賽銭ってのはそういう取引に使われるようになったんだ?」
「だってあんた神とか仏とか信じてないでしょ?」
「そりゃ信じてるとは言えないかもしれないけど……それでいいのか巫女」
「私の神社だからいいのよ」

 そう言い切ると、諦めたような溜息が返された。他人事だというのに当の本人より気にしているのはそれが
常識からなのか彼自身の性格からなのかは分からないが、何にせよ割とどうでもいいことだった。

「というかね、後々のことを考えればお賽銭くらい安いもんでしょ」
「後々のこと?」
「あの九十九神、少しずつでも力をつけるわけだし」

 少年が驚きに目を見張った。その反応にやや呆れる。何も知らずにわざわざ人里からここまで賽銭を放りに
来るとは余程の暇人かお人好しのどちらかだろう。

「えっと、どういうことだ?」
「神様っていうのはね、信仰がないと存在することができないのよ。逆に信仰があればあるほど強い神徳を発揮
できるわけ」
「……おい、じゃあここに祀られてる神様って今危ないんじゃ」
「それでね」
「聞けよ」

 横槍を入れてくる少年を無視して人差し指を立てる。
 一応大事な話をしているのだから茶々を入れないでほしかった。

「けど彼女の場合、祀られている場所もないわけだからあんたからしか力を得られないのよ。大目に見ても
里の人間からの信仰を少し含めるくらいでしょうね」
「え? ってそれじゃあいつ……!」
「落ち着きなさい。最低でもあんたがいれば消えることはないはずよ」

 もっともあのような九十九神を見るのも初めてなのではっきりとしたことは言えないのだが、少なくともこの
数週間で弱った様子もないのでそういうことなのだろうと適当に推察していた。

「だから、彼女は自分で自分を高めて徳を得るしかないわけ。妥当といえば妥当ね、本人も信仰を集めようとは
思ってないみたいだし」
「そういう、ものなのか……」
「知識を蓄えるのは最も単純に徳を得られる手段だから、ウチや紅魔館の図書館みたいに貴重な書物読めば足し
にはなるでしょ。信仰集めるよりは効果は薄いだろうけど。というか、そんなことも知らずに付き合ってたわけ?」
「趣味の延長みたいなものってしか言ってなかったし」

 どうやらお人好しの方だったらしい。烏天狗の記事を信じるなら紅魔館にも定期的に訪れているとのことだが、
それもあの九十九神関係ならばいっそ彼女よりもこの少年を崇めた方がいいかもしれない。聖人君子も呆れる
程だ。

「……うちに拝所建てたらこっちのお賽銭も増えるかしらね」
「なんか邪な目になってるぞ巫女」

 半目で見つめてくる少年から目を放し、ぼんやりと空を見上げる。
 ……暇な日常。この外来人の少年が現れたことで多少なり変わるかと思っていたが、拍子抜けするほどに変化
は乏しかった。せいぜい今倉庫で書物を読みふけっているであろう九十九神が現れた程度で異変らしい異変も
起こってはいない。

「ねぇ、身体の調子はどう?」
「は? なんだよいきなり」
「単なる世間話よ」
「……まぁ、最近は怪我するのも当たり前みたくなってきたし大したことはないかな」
「目覚めた?」
「何にだ!?」

 鋭くツッコミを繰り出す少年に「冗談よ」と返しつつ、ふと思い出す。

 ――彼、いったいどうなるのかしらね?

 愉快そうな顔で告げられたあの妖怪の言葉を。
 自分が下した決断は、果たして正しかったのか?
 眼下に広がる幻想郷の景色を眺めながら、霊夢はいつの間にかあの日のことを振り返っていた。

「……本当にこんなところに神社なんてあるのか?」
「もう少し先のところだ。不安になるのも分かるがな、私も最初はそうだった」

 もはや道とも呼べないほど鬱蒼とした斜面を歩きながら、シンは慧音の案内で博麗神社へと向かっていた。
 この幻想郷に迷い込んだ人間――外来人と呼ぶらしい――が外の世界へと戻るにはその神社の巫女の力が
必要とのことだが……こんな場所に神社があるのかと心配になってきた。

「見えたぞ、階段だ」

 そんな考えを否定するかのように、目の前に石造りの階段が現れた。突然のことに呆気にとられたが、先を
行く慧音から離れないように駆け足気味に追いかける。

「本当にあったんだ……」
「場所が場所なだけにあまり人が来ないようだがな。私も文献でしか知らないが、ここは幻想郷の端と言われている」
「端? でも向こう側の景色も見えたような」
「物理的な意味じゃない。ここは、外の世界と幻想郷を繋ぐ場所なんだ」

 話がいまひとつ理解できなかったのを察してか、石段をひとつひとつ踏みしめながら慧音は語る。

「この神社は外の世界にも存在しているらしい。正確に言えば外の世界と幻想郷の狭間にあるとのことだ。だか
ら君が見たという景色は、ここからわずかに窺える外の世界の景色なんだ」
「じゃあ、歩いて行けば外に出られるのか?」
「……君は私の授業を聞いていたはずだが?」

 肩越しに睨んでくる慧音から目を逸らす。忘れたわけではない、そんな話もしていたかと思い出せる程度には
記憶している。
 溜息をひとつついて、慧音はゆっくりと説明を始めた。

「……今から百数十年前、外の世界と幻想郷を隔てるために博麗大結界という強力な結界が張られた。この結界
は外の「常識」をこちらの「非常識」側に、逆に「非常識」を「常識」側に置き換える効果を持つんだ。だから
こちらの「常識」を持つ者は外に出ることはできないし、外の「常識」を持つ者は幻想郷を認識できない。物理
的ではなく論理的な結界だから妖怪たちも力づくでは突破できないというわけだが……ここまで理解できたか?」
「すいません、もう許してください」

 両手を上げて降参の意を示す。とりあえず単純に外へ出るのは不可能らしいことは分かった。

「じゃあさ、ここの巫女ってのはどんな奴なんだ?」
「……説明が難しいな。人によって呼び名は様々だ。『楽園の巫女』、『永遠の巫女』、『紅白』や『性悪巫女』と
呼ぶ者もいる。だがもっとも分かりやすいものがある」

 一息ついて、慧音は呟くように言った。

「――幻想郷で最強の人間だ」

 階段を登りきると、懐かしさすら覚えるほどの青い空が広がった。今の今まで視界の悪い獣道を通っていた
のだから仕方がないといえば仕方がない。
 全体的に歴史を感じるほど古臭さを感じない。階段のときに感じたものとは違う印象があった。

「しばらく前に地震で本堂が全損して建て直したそうだ」

 慧音の補足になるほどと思う反面、何でそんなことになったのかと別の疑問が浮かんでくるが今はあえて無視する。
 あたりを注意深く見渡す。妖怪を始めとした異形の者が住まうこの地で、嘘か真か『最強』と呼ばれるような
人間ともなれば自然と警戒してしまう。頭の中ではすでに筋骨隆々の男と見紛うほどの豪傑巫女という嫌な想像
図が浮かんでいた。
 しかし、そんなシンの目に飛び込んできたのはほうきを適当に左右に掃く巫女の姿だった。

「……慧音、あれってひょっとして」
「あぁ、彼女が博麗の巫女だ」

 ――年は自身と同じ頃、巫女服から伸びる手足は華奢と言っていいほどに細い。少なくとも腕力があるように
は見えない。
 ……よくよく考えれば、慧音にしろ妹紅にしろその外見からは並の妖怪では太刀打ちできないほどの力を持っ
ていることは分からない。『最強』という言葉で妙な印象を持ってしまったが、この巫女も同じなのだろう。

(にしても、なぁ……)

 それを踏まえた上でも、目の前の少女が大層な呼び名を持っていることは半ば信じられなかった。
 箒を掃く姿ひとつ取ってもどこか浮ついているというか、全体的な雰囲気が浮いている感じだった。捉えどこ
ろがない、と言うべきか。

「本当に、幻想郷で最強?」
「見た目だけで判断しない方がいい。私は二度、妹紅も一度彼女に敗れている」

 そんな疑問をまとめて吹き飛ばすようなことを、慧音はやや眉根を寄せながら言った。それも「うち一度は
満月の夜だった」という。詳しい経緯を語りこそしなかったが、それが逆にあの巫女の強さを表しているように
思えた。
 慧音が巫女に近づいて行く。誰かが来ていることはすでに察していたのか、巫女はさして驚いた様子もなく
めんどくさそうに慧音に語りかけた。

「あら、誰かと思えば人里の……珍しいわね。何の用?」
「突然の訪問で申し訳ない。こちらで外来人を保護したので彼を外の世界へ帰してやってほしい」
「外来人?」

 眉をひそめながら巫女はこちらへ目を向けてきた。
 何故だか分からないが、その目の色に若干の棘を感じた。

「……変な奴ね」
「まぁ、それは否定しないが」

 慧音の本音にちょっとへこみそうになったが、当人である自分が黙ったままなのもどうかと思い切って話に
割って入った。

「その、外の世界ってのはすぐに戻れるのか?」
「儀式自体はそこまで時間はかからないわよ、あんたはあそこの鳥居をくぐるだけだしね……というかまず
名前くらい名乗りなさいよ」
「あ……悪い。俺はシン。シン・アスカ」

 初対面にも関わらず自然と素のままで話をしている自分がいることに驚いた。この巫女が自分と同じくらい
――のように見える――せいか、それとも無遠慮な話し方のせいか、あるいはその両方かは分からなかったが。

「そう。私は博麗霊夢。で、話の続きだけどすぐには帰れないわよ」
「え? なんで?」
「こっちにも準備ってのがあるのよ。結界緩めるためにいろいろしなきゃいけないし、よくないものが紛れ込ん
でこないように時間も選ばないといけないし」

 はぁ、と嫌々なのがよく分かる溜息をつきつつ霊夢は語る。慧音の方へ視線を向けると、彼女も呆れたように
深く息を吐いていた。事情はよくは知らないが、それなりに手順を踏まなければならないことはなんとなく察し
はついた。

「どれくらい待てばいいんだ?」
「あと数日は必要ね。それにしてもまた外来人なんて……あいつ自分で何してるのか分かってるのかしらまった
く。面倒なことは全部こっちに押しつけて……」

 何やら唐突に愚痴り始めた。どうやら自分のように迷い込んだ人間が少なからずいるらしい。それなりに面倒
な準備が必要なのであろう儀式を何度も繰り返しているのならこの反応も仕方ないといったところか。
 そういえば、とここへ来る前に慧音とした会話を思い出す。

 ――博麗の巫女は気分屋なところがあってな、君を連れて行ってどう反応するか私にもわからない。だが、
もし機嫌を損ねてしまったときのための対処法ならある。

 もしものときはこれを使え、と渡されたものを仕舞ったポケットに手を突っ込む。再び慧音の方を見ると、
こちらの考えていることが分かったのか小さく頷いた。

「それじゃあ、今日のところはお参りだけにしておく」

 え? と顔を上げる霊夢の横を通り過ぎて賽銭箱へと向かう。
 作法は分からなかったが、こういうときは大体手を合わせて拝んでいればいいかと適当に割り切ってから
ポケットからあるものを取り出す。
 ――そこから現れたのは、一円札。
 どれほど価値があるものなのか分からないが、それを箱に放り込んで手を合わせる。

(……って、俺神様とか信じてないんだけどこれでいいのか?)

 形だけの参拝に意味があるのかはともかく、言われた通りのことはやったので帰ろうかと踵を返したところで、

「待ちなさい」

 いきなり肩を掴まれた。驚いて後ろを振り向くと眩い笑顔の巫女がいた。

「人里からわざわざ来てくれたんだし、せっかくだからお茶くらい出すわよ?」

 ……慧音が二度目の溜息をする気配がした。

「――なんだか妙なことになったな」
「まぁ、一応好意的に見てくれるようになったのだからいいんじゃないか?」
「金の力でってのがどうにも引っかかるけどな……でも助かったよ、ありがとう」
「私もこれほど効果があるとは思わなかったがな」

 神社の居間で正座して待ちながら、シンと慧音は気持ち声を抑えて話していた。
 霊夢は今お茶を淹れているので近くにはいないのだが、この会話を聞けばせっかくいい具合に進んでいた話
が反故にされかねない。余計な諍いを招くのは避けたかった。

「とにかく、これで元の世界に帰る保証は得られたな」
「あぁ、そうだな」

 ほっとした反面、わずかながら胸の内にわだかまりが生まれていた。
 今あの世界に戻るということ、それは自分が守れなかったものと向き合わねばならないということ。
 そして自分が負けたことと向き合わなければならないということ。
 もしあのまま幻想郷に来ることもなかったなら、それはそれでよかっただろう。しかし、こちらに来てから
会った人たち、そして少なからずその影響を受けた自分を振り返るとこのまま素直に帰っていいのかという疑問
を抱いてしまう。
 帰りたくないわけではない。慧音は帰れるのなら早く帰るべきだと言うだろう。おそらくは妹紅も。
 しかし……こんな中途半端なままで戻って本当に良いのだろうか?

「シン? どうかしたのか?」
「いや、なんでも……」

 すべては巫女次第だ、と思案を打ち切るように一度目を伏せ、顔を上げる。

「――――え?」

 そして飛び込んできた光景に絶句した。
 …………目。
 目、目、目、目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目……
 辺り一面に、何かの目が浮かんでいる。
 いつの間にか和室ではなく、異様な空間が周囲に広がっていた。

(――なん、だ……?)

 おぞましさすら感じる展開に声も出ない。自分がおかしくなったのかと目を閉じ頭を数度振る。
 そして、ゆっくりと目を開ける。
 ……あの目はどこにもなかった。和室の中央で、座布団の上に正座している自分がいた。
 だが違う。ここは違う。
 自分がいた居間はこんなにも広くなく、
 目の前に、耳と尻尾を生やした二人の女性など座っていなかったはずなのだから。
「さてと、こんなもんかしらね」

 三人分のお茶と団子を御盆の上に乗せて上機嫌に霊夢は居間へ向かう。
 久々の賽銭――しかも一円という大口――に気分を良くしたこともあり、とっておきの葉と団子まで振舞う
など普段の彼女を知る者が見れば明日にでも異変が起こることを覚悟するだろう。
 宙に浮きかねないような軽い足取りで居間へと向かい、襖を開ける。

「お待た、せ……」

 笑顔のまま霊夢は動きを止める。
 居間で待っていたはずの二人の姿がない。
 その代わりとでも言うように、一人の女性が座っていた。

「あら霊夢、私のためにお茶にお団子まで用意してくれたなんて嬉しいわ」

 卓の上に頬杖をつきながら、その妖怪――八雲紫はにっこりと微笑んだ。


補足:一円札は今でいう約1万円、けーね太っ腹

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最終更新:2011年01月22日 08:38
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