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夜向性 ◆pLz4u.wgPs-第三話 前編

気がつけば、真っ暗で明かりのない道をひたすらに歩いていた。

俺は、いつからこうしていたんだ。
体の節々が痛む。出口はどこだ? 敵は? 

そんな簡単な疑問に答えてくれる人さえ、俺の周りにはもう誰一人残っていない。

どこまでいけばいいんだ。
本当にこちらの道でよかったのか。

他にも道はたくさんあった。
少しだけこっちの道を選んだことを後悔したけど、ここまで来てしまったのなら、今更戻ることはできない。
もう通り過ぎてしまったのだからと諦めるしかない。

あとどれだけ歩けば、暖かい世界にたどり着けるんだろう。

そんな場所があるんだろうか。こうやって、歩き続ければ俺もいずれその場所に辿り着けるんだろうか。
手に持った拳銃が重い。これさえなければ楽になる気がするのに、どうしても掌から離れてくれない。

いつもこうだ。
本当に欲しかったものじゃないはずなのに、いつも間にか捨てられなくなっている。
余計な物ばかりが増えて、肝心な物が見えなくなって。

どれだけ歩いてきたのだろうと、どれだけ人を救えたのだろうと、
後ろを振り返って確かめる。
多くを望んでいたわけじゃない。
花の一つでも咲いていればそれだけで満足だった。

けど、そこにあったのは、俺の望んでいたものじゃなかった。

人間かどうかすら判別できない死体、折れ曲がって男か女かもわからなくなった肢体、
重なり合って庇いあって押しのけあった姿態。
そして、湖ほどに広がった地面を埋め尽くす赤くてどす黒い血のしずく。

誰も彼も眉間の穴から血を流して死んでいる。
拳銃・・・? そうだ、彼らは俺が殺したんだ。
手に握ったこの人殺しの道具で。

平和のために、戦争を終わらせるために、ああ、簡単だった。
引き金を引くだけでみんな死んでいった。
大したこともできないで、あっけなく光の中に消えて行った。
残ったものは、俺への呵責と次の戦争への火種だけ。

彼らは、こんなものを残すために生まれて来たのか。
俺は、こんなことをするために力を求めてたのか。

そこまで考えて違和感に気付く。
暗くてよく見えないが、この手触りは拳銃じゃありえない。
よく目を凝らしてみる。
手の中のそれは、確かにどこかで見たことがあった。

ああ、思い出した。夢で見たんだ。毎日のあの悪夢でずっと見てきたんだ。
そうだ、これは――――

―――――マユの―――――ちぎれた―――――腕―――――

題名未定  第三話「 Like a dream come true 」 前篇

シン「うわああああぁぁっ」

見知らぬ部屋であることも、消毒液の匂いがすることも、頭の中には入ってこなかった。
あまりにもリアルだった断末魔の光景が、心の中をあっという間に掻き乱す。
思い出すだけで、耐えがたい狂気が、失うことへの恐怖が、どうしようもなく抑えがたい後悔が、
救えなかった者たちへの懺悔が、どっと夢から流れ込んでくる。

何より一番怖かったのは、あの感情は間違いなく『俺自身が生みだしたモノ』だと納得できてしまったことだ。

何だったんだ今のは。マユの腕がモノみたいに、いやマユだけじゃない。
母さんも父さんも、大勢の人が血だるまになって、腕や足がおかしな方向に曲がりくねって、
血があんなにあふれだして。あれは全部、俺がやったのか。
俺がマユ達を殺して・・・殺した? 違う、それは俺じゃない!
誰が殺した。誰を殺した。誰に殺された。わからない、肝心なところが思い出せない。

なんだったんだ、あれは。俺は、俺はどうして・・・。
―――どうして、あんな光景を見たことがあるなんて思うんだ・・・。

訳のわからない物が突然頭に入り込んできたような、受け入れがたいおぞましい感覚に
俺は完全に正気を失っていた。

?「大丈夫、ここにはあなたが憎むモノなんてないわ」

そんな混乱している俺の頭を、ふいに誰かが後ろからそっと抱きしめてくれた。
聞き覚えのある女性の声が、大丈夫と耳元でささやいてくれる。
誰なのかは分からなかったが、その声はとても優しくて、暖かさがゆっくりと心に伝わってくるようだった。
少しずつ、かき乱されていた感情が静まって行く。

?「わかるでしょう。あなたは悪い夢を見ただけ。あなたの家族は元気でいるし、誰も死んだりしていない。だから、自分を見失わないで」

・・・そうだ。何を慌ててたんだよ俺は。ちょっと考えてみればすぐにわかることじゃないか。
この世界にあんな不気味な場所があるわけないし、マユや父さんたちだって死んだりしてない。
何より、俺は人殺しなんてしたことが無い。
あれはただの夢なんだ。どんなにリアルだとしても『俺の身に起こったこと』じゃない。
あの感情も、『俺自身が抱いたもの』じゃない。

?「・・・落ち着いたかしら?」
シン「あ、はい、いきなり取り乱したりして、すいませ・・・」

お礼を言おうとして振り向いた先で、微笑んでいたのは――――
俺を抱きしめてくれているのは――――

シン「・・・っ!?」
紫「いえいえ、このくらいお安いご用ですわ」

――――俺と彼女たちを殺そうとした、妖怪の『八雲 紫』だった。

考えるより先に体が動く。
相手は人間じゃない、何を仕掛けてくるかもわからない得体のしれない化け物だ。
このままだとまずいと考えた俺は、抱きついている腕を解いて背後にいるはずの八雲紫に向かって身構えようとする。
だが、後ろにいたはずの彼女は影も形もなかった。
かき消すように消えてしまったことに驚く間もなく、またも俺は前触れなく『後ろから』抱きつかれた。

シン(いつの間に回り込んだんだ、さっきまでそこにいたはずなのに?!)
紫「あらあら、また飛び込んでくるなんて、そんなに私の胸の中が恋しかったのかしら」

いや、抱きつかれたというよりも俺が背中から彼女の所に飛び込んで行ったというほうが正しい。
どうやったのかは知らないが、俺の動きを読んで何らかの能力で背後から背後へ瞬間移動したんだ。
急いで逃れようとするが、彼女の細腕は俺がどんなに力を込めてもびくともしない。
握られた手だけじゃなく、体全体がコンクリートで固められたように動かせない。
信じられないことに、俺は華奢な女性である彼女に腕力で完全に抑え込まれていた。

シン「ふざけるなっ! あんたが抱きついてきてるんだろうが!」
紫「そんなに怒らなくったっていいじゃない。ほんのじゃれ合いでしょうに」
シン「じゃれ合いはいいから離してくれ!」
紫「怒鳴らないの。いいじゃない、減るもんじゃないし」
シン「あんたはよくてもこっちが嫌なんだよ。あと、耳元でしゃべるな!」
紫「もう、怒鳴らないでってば。あんまり私を困らせるようならこのまま押し倒しちゃうわよ」
シン「なっ!!」
紫「ふふ、冗談よ。こういう経験はあまりないみたいね」
シン「~~~~~!」

まるで落ちてくる葉っぱに素振りをしているみたいだ。
どれだけ懸命に追いかけても、彼女はすいすいと身をかわしてしまう。
そのくせ、こちらが何もしなければ自分から寄ってくるのだから厄介なことこの上ない。

紫「さあ、そろそろお遊びはやめにしましょうか。まず分かって欲しいのが、私はあなたの敵じゃないってこと。
  確かにやり方が悪かったことは認めるけれど、それだけはどうか信じて欲しい」
シン「・・・どうだか、あんたが敵じゃないって言ってたあのフィレモンって奴だってかなり胡散臭いしな」
紫「それについては私も同感よ。けれど、ペルソナを貰ったのだからその態度は失礼でしょう?」
シン「それは、そうだけど・・・」

真剣な口調から、急に母親が子供を叱るような口調に思わず毒気を抜かれそうになる。
シャドウとかいう化け物に貫かれた時に出会った男、フィレモンも『八雲 紫』は敵ではないと言っていた。
力を目覚めさせるには他に方法が無かった。
そして、その力がこの先必ず役に立つ時が来る、と。
これだけの腕力を持っていながら、俺を殺さなかったことからしても敵じゃないっていうのはたぶん本当のことなんだろう。

と言っても、まだ警戒を解くつもりはない。
何がしたいのかも、俺に付きまとう理由も、正体だって何一つわからない相手なんだ。
女性特有のいいにおいがして安らいだって、抱きしめられてるのが実は心地よかったって、
背中に二つの巨大なマウンテンサイクルが押し当てられて色々やばくったって、耳元で囁かれるのがこそばゆかったって、
惑わされたりはしない! ・・・たぶん。

シン「・・・わかった。敵じゃないって言うなら俺の知りたいことに答えてくれ」
紫 「何かしら。スリーサイズなら条件付きよ」
シン「あんたは・・・一体何者なんだ。本当に妖怪なのか」

思いついた中で、それが一番分かりやすくて一番本質をついたらしい質問だった。
妖怪と名乗っていたけど、そもそもこの科学が発展した世の中で妖怪なんているはずがない。
今は月面旅行が計画されて、地下に作られた卯酉新幹線「ヒロシゲ」が53分で京都と東京を結んでくれる時代だ。
正体を隠すにしても、不信感をあおる時点で、偽名、偽証の意味を成していない。
ロートルでマイナーな名称過ぎて相手に怪しまれるだけだろう。
だが、彼女は臆面もなくいけしゃあしゃあと、もちろんそうよと答えた。

シン「そうよって・・・妖怪なんているはずないだろ」
紫「見たことが無いから? それとも誰しもがそう答えるから?」
シン「そりゃあ・・・」

どちらかと問われればどちらもだ。聞けば誰もが妖怪などいないと答えるし、この目で見たこともない。
しかし、俺はそれが『いない』という証明にならないことに気づいてしまった。
宇宙人や幽霊と同じ原理だ。
今この世にいないだけで、人間がその存在を自分たちの歴史に置き忘れてしまっただけかもしれないのだから。

紫「それに、シャドウを目にしておいて妖怪の存在だけを疑うというのは不公平じゃないかしら」
シン「シャドウ・・・そうだ! あの化け物はどうなったんだ! 」

俺の記憶は、フィレモンとかいう男にペルソナとかいう力を貰ったあたりでばっさり途切れている。
俺が生きているということは化け物は逃げたか倒したかしたんだろうが、誰が大型シャドウを倒したことも覚えていないのだから、
あれから戦いはどうなったかなんて知るわけがない。

紫「そんな青い顔をしなくても、あの化け物は倒されたわ。きれいさっぱり跡形もなくね」
シン「そう、なのか。あんたがやってくれたのか」
紫「・・・シン、やったのはあなたなのよ」
シン「・・・はぁ? ・・・俺があいつを倒したって・・・どうやって?」
紫「なるほど、通りで要領を得ないはずね。(フィレモンのヤツ、暴走状態になるような危険なペルソナを渡すなんて…)」
シン「・・・(記憶がすっぽり抜け落ちてる。本当に俺が倒したのか)」
紫「いいわ、何から何まで順を追って説明しましょう。まずは、シャドウのことからね」
シン「・・・その前に、いい加減離して欲しいんですけど」
紫「だぁ~め、話が終わってからよ」

俺の戸惑いをよそに、彼女は静かに語り始めた。
シャドウの成り立ち、そして、科学という栄光がもたらした災厄を。

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最終更新:2011年01月22日 09:30
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