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夜向性 ◆pLz4u.wgPs-第三話 中編

シャドウという存在についての見解は諸説ある。

人間の精神を喰らうことで害悪を成す「人類の敵」。
怪物の姿をとり、必ず体のどこかに所属アルカナの番号が刻まれた仮面を持つ
人間の抑圧された願望・欲望から生み出される存在。
自分の暗部を見つめる力がゼロになった時、制御を離れて外へ迷い出る自分自身。
自意識が嫌悪する人格。自意識の影。

そのどれもが正解で、どれもが的を外れていると八雲紫は語る。

科学の栄光は人類に光をもたらしたが、一方で、それまで人間の陰として寄り添ってきた
妖怪、妖精、神、怪物、ありとあらゆる神秘達は記憶の隅へと追いやられていった。

必要のなくなったモノに、人は容赦しなかった。
魔術は迫害され、信仰心は失われ、錬金術は忘れ去られた。
彼らの時間だった夜は人間の作った灯りに浸食され、彼らの居場所だった自然にはコンクリートの箱が乱雑に建ち並んだ。

やがて、彼らは人類を見限り別の世界へと旅立っていった。
エルドラド、桃源郷、魔界、天界、地獄、幻想郷、様々な理想郷へと――――。

紫「全ての異端が表から去ったわけじゃない。独自に進化したものや他の国に逃れた者、人間に溶け込んだ者もいる。
  重要なのは、地球という船の玉座に『人間』という種だけが居すわったことよ」

人は科学という光を使い、自らの身を脅かす闇を克服することに成功した。
しかし陽と陰が、どちらかが欠けることも、どちらかが離れることも許されないように、
陽である人間がいる以上、陰の座を埋める者が現れるのは世の必然である。
結果、たかだか数百年程度の文明では世界の根本的なルールを変えるには至らず、
追放した闇のかわりに新たな闇を呼び込むことになってしまった。

シン「まさか、それが・・・」

去って行った者たちの穴を埋めるために世界が人間の心から生みだしたもの
妖怪の代用品、人間が抱えていた感情の欠片、人類の歪みの象徴。

紫「すなわち、人間の陰『シャドウ』」

ゆえに、彼らは人を襲う。憎しみ、恨み、嫉妬、執着、あらゆる負の感情を持つがために。
ゆえに、彼らは心を食べる。自らに足りないものを補うように。
ゆえに、彼らは途絶えることが無い。歪みが正されるか、人類全てが己の陰を御せるようになるまで。

題名未定  第三話「 Like a dream come true 」 中篇

八雲紫のシャドウについての説明はかなり難解で、SFにそれほど詳しくないシンにはさっぱりなレベルの内容だった。
それでも要点をある程度把握できたのは、マユによくそういう系列の本を読んでやっていたおかげだ。
(もちろん、マユのリクエストで)

紫「こんなところかしら。急に無口になったけれど、ちゃんと話しについてこれていて?」
シン「いや、正直規模がでかすぎて全然ピンとこない。
・・・なあ、人間が変わらない限りシャドウも消えないなら、勝ち目なんてないんじゃないか?」
紫「あら、意外ね。後先考えずにシャドウに向かって言ったあなたが、今更勝ち目を気にするなんて」
シン「あんたがそれを言うなよ!」
紫「もう、ほんの冗談じゃない。それにそれほど絶望的な話じゃないわ。シャドウは基本的に臆病だから積極的に人を襲ったりしないし、
“影時間”でしか自己を確立できない。それもおいおい説明していくわね」

と言っても、これから話すこともほとんどが推論と考察から成り立っているのだと彼女は言う。
シャドウは、人の魂の欠片だけあって膨大な数があり、成り立ちから力量までばらばらなんだそうだ。
はたしてどれが真実なのかは、もっと時間をかけて検証する必要があるらしい。

紫「まず、シャドウに心を食われた人間は『無気力症』となります。この症状の事は?」
シン「聞いたことがあるくらいだな。昨日まで元気だった奴が、急に何事にも無気力な“影人間”になるって」
紫「正解♪ それが心を食われし者のなれの果て。魂の中に潜む『シャドウを抜かれて』息をするだけの死人になり下がるの。
だから、心を食べられるという言い回しも厳密には正しくないわ」

無気力症患者――通称 “影人間”――は治療法が無いことで有名だった。
十年前から徐々に増え始め、医療と名のつくあらゆる方法を試してみたが効果はなく、どの医者も原因がわからない。
当たり前だ。本当にシャドウに心を食われたのだとしたら、医者がどうこうできる問題じゃない。
その割に、ある日ふと病気が治ることがあったりしたらしいが・・・。

紫「それは、心を食べたシャドウが倒されたことで、“影人間”となった人間が元に戻ったのね」
シン「それもペルソナ使いがやったのか」
紫「恐らくそうでしょうけど確証はないわ。影時間にはたどり着けなくとも、
  シャドウを倒すだけならペルソナ使いでなくとも可能ですもの。
  退魔を生業としている者達はこの国では意外と多いのよ」
シン(そりゃあ、妖怪も生き残ってるしな。俺の目の前にもいるし)

紫「ねぇ、シン。『1日は24時間じゃない』・・・なんて言ったら、あなたは信じるかしら?」
シン「24時間じゃない? もしかして、それって、さっき言ってた“影時間”と関係があるのか」
紫「察しがいいじゃない。そう言えばあなたはもう“影時間”を経験してたわね」
シン「巌戸台分寮であんたと会う前にな。通りで街の様子がおかしいはずだよ」

彼女によれば、“影時間” とは一日の終わりに現れる人間が干渉することのできない、陰の存在が支配する世界。
簡単にいえば、シャドウが活動することのできる時間だそうだ。
影時間の中では、陽の存在である人間を含めて人間の作ったものまですべて静止する。
この街で見た、そこら中に立っていた棺おけのようなオブジェは「象徴化」
(という生命が無機質な結晶になる現象)した人間だったらしい。
ただ、普通の人には知覚できなくても、“影時間”に適性のある人はその特殊な時間に迷い込んでしまい、
結果シャドウの犠牲になってしまうそうだ。

紫「(連日発生するようになったのは、十年前のある事件がきっかけなのだけれど、それはまだ話すべきじゃないか・・・)
   それに対抗できるのは、同じく“影時間”に入り込むことができる特殊な才能を持った・・・」
シン「ペルソナ使いだけってことだな」
紫「大正解♪ 彼らは、シャドウを己が力として用いることができる進化した人間。ううん、むしろ歴史的にみれば逆かしらね」
シン「逆? 」

シャドウとペルソナはそもそも同じ存在なのだと、八雲紫は言葉を続ける。
シャドウ、つまり抑圧された人格は、人の意思で制御することでペルソナとなる。
ペルソナは神や悪魔の姿をしたもう一人の自分とも呼ぶべき存在で、人間を超えた様々な能力を持っている。
そして、ペルソナを使う者達の事を総称して『ペルソナ使い』と呼ぶ。
しかし、人類は、シャドウに対抗するために『ペルソナ使い』として進化したわけではないらしい。

紫「ペルソナ使いの方が、シャドウよりもずっと早く存在していたの。だから、逆なのよ。
  彼らは、ずっと昔から戦っていたわ」
シン「戦ってたって、あんたみたいな妖怪とか?」
紫「妖怪、魑魅魍魎、要は人間以外の何か、そして人間や他のペルソナ使い」
シン「ペルソナ使い同士が!?」
紫 「人を超えた力を持っていても、所詮心は人のまま。思惑が違えば、争うこともあるわ。
   最近で言えば、セベク・スキャンダルが有名かしらね」

セベク・スキャンダルなら、シンも聞いたことがあった。
1996年、東京にある御影町がプラズマの壁のようなもので完全に隔離され,一切の交信が不可能となった怪事件だ。
セベクと言う企業が起こした事故だったらしいが、社長の事故死によって真相はうやむやになってしまっている。

シン「噂では悪魔が出たって話もあったみたいだけど、あんたが例にあげた所を見ると本当だったんだな」
紫 「ええ、本質は違っても悪魔は確かに実態を伴って現れたわ。そして、それを始めたのは・・・」
シン「ペルソナ使い・・・」
紫「終わらせたのもそう。彼らにはそれだけの力があった。そして、貴方にも。
  もっとも、貴方の場合はまずそのペルソナを交換しないといけないわね」
シン「交換!? でも、ペルソナはもう一人の自分とも呼ぶべき存在だって」
紫 「貴方の場合は、他のペルソナ使いと違って無意識集合体から自分を何人も汲んでこれるから、
   ある程度融通がきくの。それとも、またペルソナを暴走させて暴れ回りたいのかしら?」
シン「い、いや、そんなことは・・・」

強い口調で嫌味を言われて思わず首をすくめるシン。
気に入らないヤツが相手ならこれでもかと強気に出られるが、
どうもお姉さんタイプの女性に叱られると言い返せない性分のようだ。

紫「大人しく、弱いペルソナから始めなさい。急がば回れ、
  焦らなくても戦いで経験を積めば自然に強くなれるでしょう。
  それまで、あなたのペルソナは私が預かっておきます」
シン「けど、わざわざ強いペルソナを手放さなくても訓練して使いこなせるようにすれば」
紫「・・・シン、萃香と私がいなければ、あのビルは粉々に吹き飛んでいたかもしれないのよ。
  貴方に与えられた力は、それほどに大きなものなの。
  力を持っているのならば、まずそのことを自覚しなさい」

一瞬で背筋が寒くなった。
あのビルを吹き飛ばすってことは、そこにいる人間まで軒並み道連れにするってことじゃないか。
守ろうとした、あの二人さえ殺すところだったって言うのか。
夢に出て来たあの血染めの人たちのように・・・。

気持ちがいっきにマイナスに傾く。
むせかえるほどの血の匂いを思い出して、シンは思わず口を押さえた。
たかが夢だと割り切っても、心の中にねっとりと染み付いた光景は早々簡単に消えてはくれないらしい。

シン「・・・」
紫「これで、シャドウとペルソナのお話は終わり。戦いの場は、時期が来ればあちらからやってくるでしょう。
  今日のところは得た知識を記憶しておいてくれるだけでいいわ。
  何か分からないことはあるからしら?」
シン「・・・大まかにはわかった。続きは頭の整理が終わった頃に聞くからいい」
紫「・・・そう。それならよかったわ」

顔色が悪くなったのを知ってか知らずか、紫はシンの頭を断りもなく撫で始めた。
若干癖がついている髪の毛を紫のさらさらの手がゆっくりとすいていく。
勝手に体を触られているにもかかわらず、不思議とシンの心に怒りは湧いてこなかった。
むしろ伝わってくる暖かさと居心地の良さに、不安定になっていた心が落ちついていく。
それは、始めて来た街で過酷な戦いに巻き込まれたシンにとって、数時間ぶりに心が安らいだ瞬間だった。

シン「・・・ありがとう。もう、大丈夫だから」
紫 「あら、何の話かしら」
シン「わかって言ってるだろあんた。どうしてそう素直じゃないんだよ」
紫 「お互いさまでしょうに。あ、でも、恥ずかしそうにお礼を言う顔が可愛かったからもう一度言ってくれない?」
シン「二・度・と、言わないからな!」
紫「えぇ~、いいじゃないのそのくらい。ケチんぼねぇ」

急にまじめな顔をしたり、にこにこ笑ったり、ペースがころころ変わって何を考えてるのか全く読めない。
というか、どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかすらよくわからない。
どことなく胡散臭いことも含めて、本当なら信用できない部類の相手なのだろう。
しかし、シンはいつの間にか彼女を疑うことをやめていた。
彼女が自分を騙して利用するような悪い相手に思えなかったからだ。
人を見る目があるかどうかは別にしても、その純粋さがシンの命取りであり、
多くの人が彼に惹かれる最大の要因なのだろう。

そして、それは八雲紫も同じだった。
賢者と称えられるほどの絶大なカリスマで人妖問わず寄せ付けない彼女が、何故だかシンが相手だと本心から言葉を発している。
わざとずらした言動で相手を煙に巻くこともなく、物事の先を読みながら黙して語らずでもない。
そればかりか、博霊の巫女でもない相手を気にかけその身を気遣い、全霊を込めて奉仕しているのだ。
本当に親しい間柄の相手以外には――時には親友や自分の式にすら――決して本心を明かさない普段の彼女を
知る者からすれば、まさに想像を絶する事態だ。

シン「・・・ところで、いつまで抱きついてるつもりなんだよ。いい加減、人が来るぞ」
紫「結界を張っているから気付きもしないでしょう。私としてはずっとこうしていても問題はないのだけど」
シン「・・・はぁ」
紫「あら、これほどの美少女に抱きしめられておいてため息は贅沢よ」
シン「誰が美少女だよ。お願いだから離してくれ」
紫「えぇ~? もう少し頭を撫でさせてくれても」
シン「やめてくれよ! 頼むから」
紫「もう、つれないのねぇ。ふふ、でも十二分に堪能したし、今日はこれで勘弁してあげましょうか」

嬉しそうな、それでいて名残惜しそうな顔でシンを解放した紫。
というか、本人は満足しているが抱きつく必要はあったのだろうか?
癒すだけならずっと抱きついていなくとも・・・いや、野暮な話はよしておこう。

だが、どんなに緩んでいるように見えても、彼女はシンよりもはるかに多くの知識を蓄え
人間が及びもつかないような力を秘めている。
そのことを知っているだけに、余計にシンには納得できなかった。

シン「八雲さん」
紫 「紫で構わないわよ。どうしたの」
シン「なら、紫さん。どうして、妖怪のあんたが人間の味方をしてくれるんだ? 
   それに、なんで自分で戦おうとしないんだ。俺を平然と押さえつけるくらい強いし、
   あんなでっかいシャドウだって操ったのに・・・」
紫「・・・それに関してはまだノーコメントで許してくれないかしら。あなたが強くなった時にあらためて、ね」
シン「・・・わかった」

話したがらないことを無理に聞き出そうとする趣味はシンにはない。
それに、僅かにこぼした紫の辛そうな表情が、追求したい心に待ったをかけていた。
ひょうひょうとした彼女がそんな顔をするとは思っていなかっただけに、
聞かなければよかったという後悔の念が湧いてくる。
もっとも、すぐに胡散臭い笑顔に戻ったから気のせいかもしれないが。

紫「さて、なでなでも済んだことだし、そろそろ出発しましょうか」
シン「はぁ? 出発って何処へ?」
紫「青い扉の向こう側。あまり長く結界を張っていると怪しまれるし、次の詳しい話はそこでしますわ。
  あの時渡した鍵はちゃんと持っていて?」
シン「鍵って・・・ああ、最初に会ったときあんたから渡されたあれか。まだポケットに入ってると思うけど」
紫「結構。では、一名様スキマツアーへご招待~」
シン「ちょっと待て。まさか・・・ってまたこれかよぉぉおおおぉぉぉっ!!」

恒例となりつつある空間移動に突っ込みを入れながら、シンは病室から姿を消した。
しかし、人一人が忽然といなくなったにもかかわらず、それに気づいたものは病院の関係者も含めて誰一人いなかった。
それほどまで強力な結界を張ることができながら、彼女自身が手を出さない理由はなんなのか。
シンがその本当の理由を知るのは、まだ先の事である。

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最終更新:2011年01月22日 09:34
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