数分、もしかしたら数秒もたっていないかもしれない。
急に下に落ちる感覚から解放されたかと思うと、足の裏に地面の感触が戻ってきた。
どうやら目的の場所に着いたらしい。
恐る恐る目を開けると、そこはトラックでも運ぶんじゃないかってくらい広いフロアだった。
床の付近は明るいけど、上の方は天井が見えないくらい高くて暗闇しか見えない。
壁には西洋の城にありそうな扉が一定間隔で箪笥みたいにたくさん置かれている。
不思議だったのは、格子で覆われた出入り口らしき場所から漏れる光が一定の間隔で下にずれていってることだ。
しばらく眺めていて、光が動いてるわけじゃなく自分が立っているこの場所自体が上昇しているのだということに気がついた。
だとしたら、奇妙な形をしたこの巨大なエレベーターは、今この瞬間もどこかに向かって絶えず上昇を続けていることになる。
シン「・・・ここは」
紫「ようこそ、Belbet room(ベルベットルーム)へ。歓迎いたしますわ」
シン「普通に出てこられないのか、あんたは」
もう紫さんが急に目の前に現れても驚かなくなってきた。
実家を出てから一日かそこらしかっていないのに、ひどい変わりようだ。
どうも慣れというのは時間ではなく、場数で定まるものらしい。
?「私の台詞を取らないでもらいたいものですな、紫様」
シン「・・・! (うわっ な、何だあれ!)」
八雲紫の背後から何者かが姿を現す。
誰だろうと何気なく目を向けて、あまりに人離れした異形の姿に思わず声を上げそうになった。
あり得ない長さの鷲鼻に、血が知った眼、後退した白髪頭が
後ろに伸びているせいで尖った耳や太い眉毛がより際立って見える。
それに、タキシードに隠れてよく見えないが、腕も足も竹馬を使っているかのように細くて長い。
まるで、西洋の話しに出てくる意地悪な妖精だ。
顔を見て驚くのはさすがに失礼なので必死に声を押し殺したが、この人も八雲紫の関係者なんだろうか。
イゴール「名乗るのが遅れてしまい申し訳ない。私の名はイゴール。
マインドマンサーの力でペルソナ使いを導く役を仰せつかっております。以後お見知りおきを」
シン「あ、こ、こちらこそ(人間・・・じゃないよな? 妖怪なのか)」
容姿に驚きつつも、恐る恐る挨拶を返した。
丁寧な口調といい、老紳士を思わせる立ち振る舞いといい悪い人じゃないみたいだ。
少なくとも、ぎこちなく微笑む俺をにやにやしながら眺めている紫さんよりは遥かにいい人に思えた。
ていうか絶対このこと知ってただろ、紫さん。
題名未定 第三話「 Like a dream come true 」 後篇
イゴール「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所・・・。
そして、何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋・・・。
御客人が訪れるなど何年ぶりでしょうな」
紫「彼はあなたにペルソナを授けたフィレモンの従者よ。安心して手を貸してもらいなさい。イゴール。頼むわね」
イゴール「承知いたしました。さ、アスカ様。どうぞこちらへ」
何もなかったはずの所に、いつの間にか高級そうな蒼い家具が置かれていた。
蒼いソファーに座ったイゴールにうながされるまま、シンも蒼い椅子に座ると
ちょうど蒼いテーブルクロスが敷かれた丸机を挟んでイゴールと向かい合う形になった。
よく見れば、床も壁も蒼一色だ。こういう趣味なんだろうか。
イゴール「まずは気を落ち着けてください。なに、すぐに済みますとも」
シン「これから何をするんですか」
紫 「見えないペルソナの正体を見破るのよ」
この時初めて聞いたのだが、どうやらシンが貰ったペルソナはかなり厄介な物で、八雲紫でも全く正体が掴めないらしい。
暴走したり、よくわからなかったり、何でまともなペルソナを寄越さないんだと文句の一つも言いたいところだが、
そのまともじゃないペルソナに命を救われているだけに、シンとしては複雑な心境だった。
イゴール「ふむ、まさか・・・いや、しかしこれは・・・。ううむ、実に興味深い」
調べると言っても、特別な機器がいるわけではない。
見かけは、イゴールがシンの胸元に手をかざすだけというごく単純な作業だ。
しかし、すぐに済むと言っていたにもかかわらず、イゴールが集中し始めてからもうかなりの時間がたっている。
痺れを切らしたのか、とうとう紫さんが口をはさんだ。
紫「・・・どうなのイゴール」
イゴール「さっぱりですな。ペルソナは名称どころか姿すら見えません。
こんなことは客人として招いたペルソナ使いの中でも初めてのケースです。
属性的には塔が近いとは思われますが、漠然とし過ぎていてなんとも・・・」
紫「そう、あなたでも無理なら諦めるしかないわね。この際だから、シン自身のアルカナも調べてちょうだい」
シン「アルカナ?」
イゴール「その人物の本質を捉える“鏡”とでも申しましょうか。タロットカードになぞらえて、
その者の属する性質を分類できるのですよ。・・・なるほど、見えてきましたぞ。ほほう、これは面白い」
シンからしてみれば、何が面白いのかさっぱり分からない。
というか、人形のように表情の変わらないイゴールと間近で顔を突き合わせ続けたせいで、
だんだん気分が暗くなってきた。
紫さんも紫さんでずっと難しい顔をしているし、居心地が悪いことこの上ない。
イゴール「私の見立てでは、間違いなくTHE FOOL(ザ・フール)、いわゆる愚者だと思われます。
無邪気さと純粋さを表すアルカナでKEYWORDは『旅立ち』。
正位置は“希望・信頼・流浪(るろう)・独創・可能性・解放”
逆位置(リバース)で、“無計画・愚考・不安定・自分勝手・無鉄砲・別れ”となっております」
紫「へぇ、なかなか面白いわね」
シン「愚者って、愚か者って意味だろ? あんまりいい気はしないけど」
イゴール「可能性に満ちている証拠ですよ。おや?」
イゴールの手が止まり、考え込むような様子を見せる。
イゴール「これは珍しい、すでに幾つかのコミュニティを築かれているようですな」
シン「コミュニティ?」
イゴール「人と人を繋ぎ引き寄せ会う力、絆とでも申しましょうか。ペルソナとはすなわち心の力。
“心”とは“絆”によって満ちるもの。他者とかかわり、絆を育めば貴方自身、
そしてペルソナの成長に繋がる事でしょう。よくよく覚えておかれますよう。
それにしても・・・」
シン「どうかしたんですか」
イゴール「コミュニティとは真実の魂の繋がり。築こうと思ってもそう簡単に築けるものではありません。
大抵はうわべだけで終わるものですが、ここまでそろえられるとは…。
どうやら人脈には恵まれているようですな。いや、たいへん素晴らしい」
そういえば深く考えたことはなかったけど、レイやカミ-ユ、ティアナやはやて先輩、
世間で言われているような親友と呼べる相手は結構いる。
これって珍しいことだったのか。
シン(そうかもしれないな、少なくとも夢で見た“俺”はたった一人だったから)
家族が死んで、故郷に裏切られて、尊敬していた人が殺されて、守りたかった人を守れなくて、
上司が敵になって、親友を失って・・・。
それでも孤独のまま、最後まで地獄のような戦場に立ち続けた。
それに比べたら、今の俺の境遇なんて幸せな方だ。
イゴール「しかし、ペルソナの姿すら捉えられないとなると、ペルソナチェンジは難しいかもしれませんな」
シン「わからないなら、フィレモンに聞けばいいじゃないか。あの人が俺にペルソナをくれた張本人なんだし」
イゴール「あいにくあの方は寝込んでおられます。復活して直後に貴方の覚醒をうながしたものですから」
シン「復活?」
紫「戦いは今に始まったことじゃないということよ。そうだ、シン。ペルソナを出して見てくれないかしら。
直に見れば何か分かるかもしれない」
シン「出してみてって、どうすればいいんだよ」
紫「どうすればって、もう一人の自分を呼び出そうと念じればいいのでしょう?」
シン「・・・ああ、うん(何だかよくわからないけど、とにかくやってみるか)」
目をつぶり、心の中でペルソナを呼び出すことだけを強く考えてみる。
確かにペルソナを貰った時のように力は湧いてくるのだが、目を開けてみると頭上には何もなく
特に何かが変わった様子もなかった。
公子のペルソナ召喚を見ているだけに、どう見ても失敗しているとしか思えない。
シン「・・・何もおこらないけど」
イゴール「いえ、僅かながら暗い影がまとわり付いているのが見えますな。どうやら、降魔自体は成功しているようです」
紫「次は、魔法を使ってみなさい。ああ、言うまでもないと思うけどあまり強力すぎるのは駄目よ」
シン「まほう? ・・・魔法か。え~と・・・」
紫「さっきからどうしたのよ。ペルソナが降魔されてるのなら、自然と魔法や能力が頭の中に入ってきてるはずでしょう」
そう言われても、シンの頭の中に浮かんだのはこの場所はどこに向かってるんだろうという疑問とイゴールの顔が怖いと思ったことくらいだ。
そもそも、さっきのペルソナの召喚ですらどうやったのがよくわからないのに、魔法の使い方などわかるわけがない。
イゴール「・・・紫様、考えたくないことですが」
紫「・・・言ってみなさい」
イゴール「・・・まさか、ペルソナと繋がっている感覚がないのでは・・・」
紫「・・・そんなわけないじゃないの、イゴール。ペルソナは己の中のシャドウを制したからこそ手に入った自分なのよ。
もしそうなら前提が引っくり返るでしょう」
イゴール「しかし、それならばペルソナが姿を現わせない理由も、暴走したことも説明がつくのですが」
何らかのミスでうまくペルソナと接続できなかった場合、暴走、または召喚失敗などがごく稀に起こる。
自分のシャドウが受け入れられない、または自分のペルソナに意識を飲み込まれるなどが原因なのだが、
大抵は時間がたてば正常な状態に戻る。
前者ならシャドウを受け入れられるほどに成長することで、後者なら力を使い果たして。
どちらにせよ、最悪ペルソナそのものを封じればそれですむ問題だ。
だが、シンの場合はそのどれとも違う。
いや、正確にいえばペルソナの正体が不明なせいで違うかどうかすらもよくわからないのだ。
シン「・・・・・・」
紫 「ねぇ本当はできるんでしょう。ほら、怒らないから言ってみなさい」
シン「・・・ごめん、色々やってみたけど無理みたいだ。どうすればいい?」
これには、紫もイゴールも押し黙るしかなかった。
ペルソナをチェンジできないだけなら何とかすることはできる。
自然覚醒型のペルソナ使いは元々自分の中の一番強い自我、つまり一体のペルソナしか扱えないし、
弱いペルソナでも戦闘を繰り返してレベルアップすることで十分戦力になるからだ。
だが、魔法が使えないのではまず戦闘で勝つこと自体が難しい。
なにより、運よく経験を積めたとしても魔法やスキルが使えなければ戦闘ではほとんど役に立たない。
紫「・・・なんてこと。これから先、魔法なしで戦い抜けっていうの」
言うまでもなく、戦いにおいて重要なのは相手の弱点を突くことである。
基本中の基本であるし、確実な勝利を求めるならば当然見過ごすことはできない要素だ。
対シャドウ戦においてもそれは同じで、ペルソナ使い達は相手の弱点にあった魔法をぶつけることで、戦いを優位に進めていく。
隙を作っての追撃、仲間の回復、次の戦いのための撤退。
不必要になったことなど一度もない。大げさでなく、魔法は対シャドウ戦においての切り札なのである。
イゴール「・・・紫様、そう悲観したものでもないかもしれませんぞ」
紫 「慰めはいらないわ、イゴール」
北斗七星が北極星を飲み込むまでの時間をも瞬時に求める事が出来る頭脳でさえ予測できなかったトラブルに
妖怪の賢者は心底頭を抱えたくなった。
力、素早さ、生命力、魔法、魔法耐性、その他様々な恩恵を与えるはずの万能を誇るペルソナが
その実、殴るだけしか能のない単純脳筋馬鹿だったのだ。
いっそ、フィレモンが起きるまで放っておこうかとも考えたが、それでは到底間に合わない。
戦いはすでに始まりつつある。
イゴール「いえいえ、もしかしたらあのペルソナ、相当なレベルではないかと思いまして」
紫「・・・そういえばレベルもまだ確かめられてなかったわね」
イゴールの言うとおりかもしれない。
使用者の手を離れて暴走し、メギドラオンまで放ったペルソナだ。
単に降魔しているだけでも、身体能力にかなりの補正がかかるだろう。
イゴール「それに、魔法が使えないということは、ペルソナを呼び出す必要がない分
暴走の危険が無いということでもあります。ものは考えものですな」
紫「今は、それに賭けるしかないか・・・」
紫は有り金全部をはたいてシンに賭けたのだ。出た目が何であろうとこれで勝負するしかない。
シン「それで、俺は結局どうすればいいんだよ」
紫 「それを今悩んでるんじゃないの。とにかく、次に会う時までに何か対策を考えておくから、
今日の所は帰りなさい」
シン「・・・帰るって、どうやって」
紫 「それと、今日話したことは非常に重要だから誰にも話さず、絶対に忘れないこと。
それじゃあ、おやすみなさいシン」
シン「だから、戻るにはどうすれば――――って、あれ?」
誰もいない、真っ暗な病室が目の前に広がっている。
窓から入り込んでいる僅かな月の光で確認する限り、ここはどこかの病院のベットで、
布団をかぶって寝ていた俺は、あれからずっと意識を失っていて・・・。
・・・なら、あれは夢、だったのか?
どこまでが現実で、どこまでが夢だったのか、その“境界”を見極める術はシンにはない。
あの出会いは、現実と言い張るには常識外れで、夢と言いきるにはリアル過ぎた。
だが・・・。
シン「・・・もうすぐ、零時になる」
時計の針が重なって、零時から影時間が開幕する。
人は棺桶になり、灯りは消え、町の光景が一変する。
怪しく輝く月の下でシャドウが徘徊し、ペルソナ使いが戦いを始める。
それだけは、シンにとって間違いなく“現実”で起こっている出来事であり、
暖かかったの日常とのどうしようもないほど決定的な“境界”だった。
最終更新:2011年01月22日 09:36