火星の衛星フォボス─軍事要塞アーマーン
「これで最後だ!!」
オービタルフレーム、ジェフティのブレードがランナーの裂帛の気合と共に振り下ろされた。
次の瞬間、私が戦闘支援ユニットであったオービタルフレーム、アヌビスは二つに両断され、アーマーンの内部を漂うデブリの一つとなった…。
そう、私は、アヌビスは敗れたのだ…、妹とも言えるコンピューター、ADAが管制するOFジェフティ、そしてそのランナーに…。
悔しかったか?と問われれば、特に悔しくは無かった…なぜなら私は感情の無いコンピューターだったから。…いや、この言い方には少し間違いがある。
なぜなら私やADAのような量子コンピューターはコミュニケーションを取ることで「感情」を体得することが可能だからだ。半年前、火星で起きた反乱を鎮圧したOFは人間と変わらぬ思考をしていたと聞く。
量子コンピューターとはそれ程の物なのだ。…しかし私には感情が無かった。私の、アヌビスのランナーであったノウマン大佐は「自らをOFの一部とすることを目的としていた」ため、私を機械としか見ず、むしろ邪魔な存在と見なしていたから…。
だから悔しくは無かった。…だけど、これはなんだろうか?デブリとなって漂う中、アーマーンの中空に佇むジェフティが何故だかとても輝いているように見えるのだ…。すぐにエラーチェックを行うが、異常は無い。可能性だが、これが人間のいうところの「感情」なのかもしれない。
だとすればこの感情は、なんなのだろうか?即、検索をかけてみる。…羨ましい?、羨望?、検索の結果出てきたのは、この二つだった。なんとも無様な物だ。初めて認識した「感情」がこんな物だとは…。
そう、私は妹が…ADAが羨ましかったのだ。彼女と共に戦った二人のランナー…彼らは両名ともADAを心底、信頼していた、「機械」ではなく「相棒」として…。これほど幸運なコンピューターはそうはあるまい。今、見えている光…それは彼らの信頼の光であるのかもしれない。
…アーマーンが爆発する。私のセンサーはその兆候を捉えた。
ジェフティの自爆シーケンスが開始される。確かにジェフティを自爆させれば、アーマーンの爆発を止められるだろう…ランナーは最後まで諦めないつもりのようだが。
収縮が始まる…途中、飛び込んできたジェフティの前ランナーの駆るLEVが半壊し、吹き飛ばされていく。彼は最後までADAを案じていた…、出来るなら私も彼のようなランナーに乗って欲しかった…。姉妹として作られながら、何故私は「相棒」に恵まれなかったのだろうか?
その時、私の身体…二つに分かたれたアヌビスの上半身がアーマーンの深部に向けて、ゆっくりと吸い寄せられていった。このまま収縮の中心まで吸い寄せられ、消滅するのが分かったが…いまさら、そんなことはどうでもよかった。
ただ…今度、生まれるのなら…コンピューターにも生まれ変わりがあるのなら…「あの二人」のような人間に使ってもらいたい…そう思った。
他のデブリと一緒に漂う中、自分が何かに掴まれたことに気づく。ジェフティだ…ジェフティが私を掴んでこちらを見ている。何をするつもりなのかはすぐに分かった…アヌビスとジェフティは姉妹だから…。
ジェフティのランナーが半壊したジェフティのカメラを通してこちらを見ている…、先ほど考えていたことが影響したのだろうか?私は無性に彼に何かを言いたくなった。
だが当然何を言えばいいのかなど分からない…迷った末に自分の存在理由を…止めるために生み出されたジェフティとは真逆の存在理由を…彼に伝えた。
━━━私は…全てを破壊するために…作られた…━━━
直後、遺言を述べ終わるのを待っていたかのように、ジェフティは私を収縮の中心点へと投げこんだ…
ミッドチルダ─クラナガン郊外の山間部
システム─リブート
一体何が起こったのであろうか。私は…アヌビスはジェフティの代わりに自爆し、消滅したはずなのだ。自爆する直前のデータも残っている…。
だが今、この機体が存在している場所はアーマーンでも…火星でも…宇宙ですらない。周囲はうっそうと茂る山林だ…ここは地球であろうか?。
いや、ウーレンベックカタパルトを用いた亜光速移動でも地球まで、これだけの短時間で移動することは不可能だ。それに周辺の地理データが一切無い…、となればここはどこなのだろうか?余程、辺境の資源惑星だったとしても、地理データは揃っているはずなのだ。
そして何よりも不可解なのが…機体の状態が「ノーマル」であるということだ、異常は一つも無い。アヌビスは確かに自爆したのだ、完全な状態で存在しているなどありえない。
…なんにせよ、今、不用意に動けば、この惑星を掌握している組織から攻撃を受けてしまうだろう…敗れる可能性は極めて低いが、一切の情報が無いまま動くのは得策ではない…、私は動力機関の出力を最小限まで落とし、付近にあるコンピュータやネット回線に潜ってみることにした。
………
「ロストロギアの調査…今からですか?」
シンははやてから出された命令に驚いた顔で聞き返した。彼が驚いたのには理由がある、ロストロギアの調査といえばまず数日から数週間の出張命令がきて他世界まで出向くのが普通なのである、そんなお使いのような感覚で行って帰れるモノではない。
「せや。場所はここ…もちろん周辺を回るだけでええで、本格的な調査団は後日派遣されるさかい…」
だが彼のお気楽な上司はそんな彼の疑問を聞き流し、詳細の説明を始めてしまう。シンはそんなはやての態度に内心で溜息を吐きながら、出された地図を見て…仰天した。
「いや…ちょっと待ってください…近すぎませんか?…クラナガンじゃないですか、ここ」
そう、はやてが示した場所…、それはクラナガン、ようは彼らが今いる場所からほど近い場所だったのである。
彼らの住む世界、ミッドチルダでロストロギアが発見されることは最早無いに等しい。なぜならとうに発掘しつくされてしまったからだ、特に郊外の山間部とはいえクラナガンのような首都でそんな物が出てきたら、それだけで大ニュースだ。
「ふん、じつはな、コレ、発掘されたわけじゃないんよ」
「どういうことです?突然現れたとでも?」
シンの疑問にはやてはニヤリとして答えた
「そういうことや、鋭いな、シン。昨日の晩に山が光っとるのを近隣の住人が確認してな、朝になって見にいったら…「コレ」があったそうや」
「!?なっ…、機動兵器!!」
シンははやてが出してきた写真を見て驚愕した。そこに写っていたのは、六枚の羽を背中から生やし、ジャッカルのような頭部を持つエジプト神話の神のような外見をしたロボットだった。
「その辺はまだ分からん…。外見だけだと何か武器を装備しているようにはみえんしな。まあ、動く気配もない、有毒物を発生させとるわけでもない、それやったら取り合えず調査…ってことになったんよ」
「なるほど、事情は分かりました。それで、向かうメンバーは俺だけですか?」
「そうや、人手が足らんでな。せやから対象の周辺の調査だけでええ、危険性のチェックだけや」
「了解しました。すぐに準備します」
「頼むで、くれぐれも対象には触れんようにな。何が起きてもおかしくない状況ではあるからな」
「はい、失礼します」
シンは敬礼の後、隊長室を後にした。
情報を集めれば集めるほど私が置かれている状況の異常性に気づかされる。なんとこの場所は火星でも地球でもなく、太陽系ですらないのである。ミッドチルダ─管理世界─魔法文明etc…。
平行世界、次元世界…そういった物が存在するであろうとする説は20世紀の時点ですでに存在していたが、まさか自分がそこへ行くとは思ってもみなかった。
─接近警報─
私は瞬時にそちらへと注意を向けた。カメラの倍率を上げそちらを見ると、いかにも山育ちといった感じの地元の者らしき少年と黒髪で赤い瞳の少年がこちらへと向かってきていた。
赤い瞳の少年の格好は随分と地味な茶色のスーツ…だが襟に付けられている徽章を見て彼が軍人であることが分かった。私が再起動した後、幾人かの人間が私を見に来ていたから、この場所が「時空管理局」とやらに知られるのも時間の問題と思っていたが…人手不足の割には中々の対応の早さで、少し感心する。
……
「この先だよ、兄ちゃん」
シンは目の前の少年に必死になってついていく…仮にも軍人、体力には自信があったが前を歩く少年はそんな自信をあざ笑うかのように険しい山道を飄々とした雰囲気で登っていく…、まるで天狗のようだ。
「サンペイ君、少しペース落としてくれよ。さすがにきついぜ…」
シンはとうとう案内役の少年に声をかけた、今のままのペースで歩かれては置いて行かれてしまう。
「だらしないなぁ…兄ちゃん、軍人だろ?」
「そうなんだけどな…やっぱり平地を歩いたり、走ったりするのとは違うよ」
彼の言葉にグサリとくるものを感じつつ、言い訳をする。
そんなもんかなぁ?オイラこの先の沢まで、よく岩魚を釣りに行くからキツイとか感じないけどなぁ
(足の速さはその賜物ってわけか…やれやれ)
シンは麦藁帽子の少年に心中でぼやきつつ、前に歩を進めた。
……
「ここだ…着いたよ、兄ちゃん」
少年は、地元の人間がはったのであろう「立ち入り禁止」の札が下げられているロープが張られた場所まで来るとその奥を親指で示した。
「そっか…ありがとう。ここまででいいよ」
「そうかい?オイラはこの先に何があるのか知らないけど、気をつけてな」
「ああ、君も気をつけて帰るんだよ」
少年はシンの言葉に片手を上げて返事をすると来たとき以上のスピードで山を下っていった。
「ったく、元気だなぁ…。さてと」
シンは彼を見送ると、ロープを潜った。
いくらも歩かぬうちに対象は見つかった。逆間接を折り曲げ、動きを止めた姿は精巧な彫像を思わせた。
「…コイツか…凄いな…」
陸上選手のようなスマートな外見は、力強さを感じさせながらも美しく、思わず見とれてしまう。
が、残念ながら見物が目的で来たわけではない。持ってきたバッグの中から計測機器を取り出そうとしたところ…
「あなたは、「レオ・ステンバック」ですか?」
「!!?」
突然の呼びかけに周囲を警戒する。だが、自分以外には「人間」はいない。いるのは自分と「目の前のロボット」だけだ。
「いや…違うぜ。…今の声は、ひょっとしてオマエか?」
シンはいつでも戦闘に入れるように身構えながら、「ロボット」に声をかけた。
「はい、そうです。私のデータに残っていたランナーの声紋とあなたの声紋が非常に似ていたので確認を取りました」
「…そりゃ、残念だったな。俺は時空管理局、機動六課所属、シン・高町…三尉だ。オマエは?」
「失礼いたしました。私は独立型戦闘支援ユニットDELPHI(デルフィ)…このOF(オービタルフレーム)アヌビスの管制コンピューターです」
「運命」とは果たして存在するのだろうか?最強と謳われたオービタルフレーム「アヌビス」と、敵対関係にあった、彼女の妹「ジェフティ」のランナーだった少年…。
平行世界においては「敵であった二人」はこの遠い世界で再び邂逅した…この出来事を「運命(デスティニー)」と呼ばずしてなんと呼ぶのだろうか?
──彼らの運命の物語は始まった──
最終更新:2011年02月15日 16:35