第二話『ガンダールヴ大地に立つ』
翌朝、起床したシン・アスカは寝袋から這い出すと、真っ先にステラの様子を確かめた。
呼吸穏やかにして血色良好。完治には程遠いが以前とは比べるべくもない健康体である。
命の危機に晒されるまでに衰弱していた彼女がここまで持ち直したことに、
彼はいまさらながらに夢ではないかと自らの頬をつねる。
この世界には魔法の使える貴族と使えない平民の歴然たる格差がある、というのは
地球でも目にしていたコーディネーターがナチュラルを見下していた構図に似通っていて
少なからず引っかかったし、改めてここが地球ではないことを思い知ってへこみもしたが、
彼らからすれば見ず知らずの平民である自分へと救いの手を差し伸べてくれたルイズや
コルベールは信頼できる人物だと確信していたし、人として助けてもらった恩は返さねばならない。
使い魔としての仕事──といっても使用人とたいした違いは無いのだが──を勤め上げるべく、
彼はむにゃむにゃと愛らしい寝言をつぶやくステラに後ろ髪を引かれつつも、
自らの寝床を片付け始めた。
(こっちには蛇口の水道なんて無いらしいし、後で水場なんかも聞いておかないとなあ……)
ふと、気配を感じて出入り口へ目をやると、程なくして扉が開きメイド姿の少女の姿が目に入る。
つややかな黒髪を肩の辺りで切り揃え、よく日焼けした褐色の肌が健康的な純朴そうな少女だ。
「おはようございます。ミス・ヴァリエールの御言いつけでお着替えをお持ちしました」
「わざわざありがとう、そこ置いといてくれ」
確かに赤服は目立つし、これしか着るものが無いのも後々困るだろう。
ルイズの気遣いに感謝しつつ、上着を脱いで着替えに袖を通す。
「き、着替えが終わりましたらお呼びください。外に出ていますので」
彼女の前だというのを忘れていたことに遅まきながら気付き、軽く赤面する。
「ではシンさんは遠い異国の兵隊さんだったのですか?」
「まあ……そうなるかな」
「お連れさん、早く良くなると良いですね」
使用人の服に着替え終わったシンは、メイドの少女シエスタと並んで簡単な身の上を話しながら、
彼女の職場であり生徒たちが食事を取るアルヴィーズの食堂へ歩を進めていた。
はじめは使用人の仕事として聞いていたとおり洗濯などの雑用でも頼まれるのかと思っていたが、
よくよく考えれば女物を男に任せるわけにはいかないだろうし、第一手洗いなど
したことも無いので任されても困る。
それにそういうことは基本的にシエスタをはじめとするメイドたちの仕事だそうなので、
寮へ寄って他に用事がないか訊いてみた。
「本当は使い魔のお披露目も兼ねた授業があるけど、見世物扱いにされるのもイヤでしょ?
無理して授業に参加しなくていいわ。あと食事は私が頼んであるから厨房で食べさせてもらいなさい」
だがルイズからそのように言われてしまったので、後でコルベールの相手と
ステラの看病をする以外特にやることも無いシンは、とりあえず食事の調達のために
厨房へ向かうことにした。
「どうぞ」
「いただきます────美味い」
「まあよかった! おかわりもありますからゆっくりしていってくださいね」
出されたパンを齧り、シチューを口に入れたシンは、その味に目を丸くする。
プラントやミネルヴァに居たころは訓練や勉強、任務にいっぱいいっぱいで、
食事を楽しむことも忘れかけてしまっていたが、この料理はそんな灰色の記憶を一気に
塗り替えてしまえるほど美味しい。
久しぶりに口にするそんな食事に、スプーンを握る手を止めることなく食べきった彼は
満足げに息をつくと、食事のせめてものお礼に手伝いを買って出た。
文明の利器を当てには出来なかったが元々家事は割りと得意なほうだったので、
なんとか危なげなく皿洗いを終えたシンは、シエスタや厨房のみんなに別れを告げると
コルベールの研究室へ足を運ぶ。
彼の研究室は本塔と火の塔の間にある粗末な掘っ立て小屋で、インパルスはそのすぐそばに
体育座りの状態で駐機されている。シンが来るや、コルベールはとてもうきうきした様子で
歓迎してくれた。
「よく来てくれたね、シン君。むさ苦しいところで済まないが、また話を聞かせてくれたまえ」
むさ苦しいどころではない。狭い部屋にはなんに使うのかも知れないガラクタが
そこかしこに転がり、さらには様々な実験器具や古びた書物が詰め込まれた棚、
見たことも無い動物の標本やオリに入れられた爬虫類など、様々なものが混じりあった
埃ともカビともつかない異臭が部屋中に漂っている。
いまだに慣れないシンは思わず顔をしかめた。
「やはりまだ慣れないか、まあ辛抱してくれたまえ」
コルベールはガラクタの中からパイプやクランクの取り付けられた金属製の円筒や、
一抱えはありそうな釜状の機械を引っ張り出してくる。
「これを見てくれ。円筒のほうは油を燃焼させて動力に変える装置で、
大きいほうは蒸気の圧力を利用した動力機関なのだ」
コルベールは円筒に取り付けられたふいごを足で踏みながら杖を差し込んで呪文を唱え、
機械を作動させる。果たして、機械は断続的な発火音、続いて爆発音と共に動き出し、
蛇の人形をぴょこぴょこ飛び出させた。シンはその光景に目を丸くする。
「エンジン……?」
「やはり知っていたか!」
「ええ、俺のいた世界でも似たようなものが発明されてて、それで車や船を動かしてました。
もっとも船以外は電気で動くモーターという装置に取って代わられましたが」
「そうか! いやはや、まだこのように玩具レベルのものしか造り出せてはいないのだがね、
私はいつの日かこれらの機関が君のいた世界のように、人々の暮らしに広く役立つことを
夢見ているのだよ」
□□□□
男二人が会話に花を咲かせているころ、医務室では盛大に腹の虫が鳴き、
それにつられるようにステラが目を覚ました。
「ステラおなかすいた」
体力こそ戻りきっていないものの、丸一日何も口にしていない彼女の三大欲求にとって
その程度の倦怠ごときは物の数ではなかった。
もしこの場に医師かシエスタが居れば、すぐにでも彼女に食事を手配してくれただろうが、
不幸にも医師は席を外しており、シエスタも食堂の仕事があるために
四六時中張り付いていることは出来ない。
ステラは空腹を満たすため、かすかに漂ってくる美味しそうな匂いを辿って壁伝いに
よたよたと歩き始めた。
「なんだお前、貴族にぶつかっといて詫びの一つもなしか?」
厨房を目指す途中、ステラは通り道となっていたアウストリの広場にたむろしていた
生徒の一人とぶつかってしまう。
「……ごめんなさい、ステラおなかがすいて死にそうだったの」
「……っ! ふざけ────」
平民の無礼な物言いに、激昂しかけた少年の言葉が不意に途切れる。目の前の平民は
いささかやつれているがなかなかに美人だ。おまけに豊かなふくらみが二つ、
はだけかけた手術着を谷間も露に押し上げている。おせじにも美男とはいえない
ニキビ顔のせいで、これまで浮いた話ひとつ無かった少年はその光景に刺激されたか、
彼の思春期の脳裏に邪まな考えが浮かんだ。
「そうか、なら俺がいいものをご馳走してやるよ……おい、お前らも来いよ」
つるんでいたノッポとチビの二人を手招きした少年は、普段日当たりも悪く人気の無い
ヴェストリの広場へとステラを連れて行こうとした。
「────嫌! 離して!」
「いい加減大人しくしてろ! おい、サイレントで黙らせろ」
「────! ────!」
広場へ行く途中、少年たちの不穏な空気を感じ取ったか、踵を返してもとの道へ戻ろうとする
ステラだったが、あえなく取り押さえられてしまう。以前の彼女であれば三人がかりでも
一蹴できたであろう相手だったが、抵抗しようにも体力の戻りきらない身体では太刀打ちできず、
あっさり植え込みの陰に連れ込まれ、消音魔法サイレントで悲鳴すらも奪われてしまった。
「次はこんなのはどうだ?」
ノッポが杖を振った途端、陶製のゴーレムが生み出され、四肢を拘束する。ゴーレムの力は強く、
力の限りもがいてもびくともしない。元々薄着なうえ、暴れたせいで余計に服が乱れ、
胸どころか下着までが露になった。
普段隠されている乙女の花園という滅多にお目にかかれない光景が、
なおさらに少年たちの獣欲を煽る。
「ひゅ~! ツェルプストーよりは小さいが、結構あるじゃないか」
声なき声を上げ、ステラは必死に助けを求めた。過去無き自分に大切な思い出をくれた少年に、
自分を守ると誓ってくれた少年に────そして、その祈りは届いたのだ。
「ぶぎゃ!」
突然ニキビ面が吹き飛んだ。他の二人は何が起こったかも気付いていない。
ニキビ面が二、三度芝を跳ね完全に沈黙してようやく事態を把握したのか、
遅まきながらチビが杖を向けた。
しかし呪文を唱えるより早く顔面に拳が突き刺さり、彼も芝の上を転がった。
残るノッポは化け物でも見るような目で、貴族二人を瞬く間に伸してのけた
鴉のような黒髪に血のような赤眼、幽鬼を思わせる白い肌の少年を見た。
格好こそ使用人だが、その表情は悪鬼のように怒りと憎しみに満ちている。
チビがやられた隙を突いて恐慌状態のノッポがゴーレムをけしかけ、見事その拳を少年の頭に直撃させた。
並の人間が受ければ昏倒は避けられない威力の陶器の塊がぶちあたり、
頭皮が裂けて出血する────だが、それだけだ。
少年はその白皙が血に染まるのも構わずノッポをぶちのめし、十秒と経たずに貴族三人を大地へ沈めた。
「シン! シン!」
術者の失神によりサイレントの解けたステラが、子犬のように飛びつく。
そんな彼女を、シンは先程とは打って変わった柔らかな表情で抱き寄せる。
「何もされなかった? 先生のところから帰る途中で、連れて行かれるステラが見えたから
まさかと思ったんだ……よかった、本当に」
土を払い、小さな妹にしてやるように外れたボタンを留めなおすと、
シンはステラを抱えあげ厨房へと向かった。
「貴族をぶちのめしたあ!? しかも三人もだと?」
事の顛末を話すと、マルトー親父だけでなく厨房に居たみんなが目を丸くした。
シンは必死に肉やシチューにかぶりつくステラを微笑ましく思いながら、
なんでもないことのように続ける。
「魔法使われる前にぶん殴ったんで、ちょろいもんでしたよ。それにあいつら、
よりによって弱ってるステラに手を出したんだ……命があっただけマシってもんでしょう」
「聞いたかお前ら! 貴族に一歩も退かないこの度胸、腕っ節、大したもんだ!
やいシン、俺はお前が気に入ったぞ。この気持ちどうしてくれる」
マルトーが感激のあまりそんなことを言い出したが、どうしてくれると言われても、
こちらにはどうしようもない。
「シエスタ! この未来ある恋人たちにアルビオンの古いの……いや、取って置きの
ゴーニュの古酒を注いでやれ!」
「こっ恋人!? いやステラはそんなんじゃなくて、大事な子だっていうのには変わりありませんけど、
妹みたいで放っとけないというか、なんというか……」
「ステラはシンの事好き! ステラを守るって言ってくれたし、さっきもステラを助けてくれた」
マルトーの言葉に赤面し、あたふたしながらもそんなはっきりしない態度をとるシンを、
ステラの無邪気な想いがあっさり塗りつぶす。
憎からず思っている相手から臆面も無くそう言われ、シンの紅潮した頬がさらに赤みを増した。
「シンはステラのこと……嫌い?」
不安に曇る菫色の瞳を前に、罪悪感のメーターが急上昇。そんな初心な反応を見せたシンと、
彼女のよく懐いた子犬のような、感情を隠そうともしない様子に一同が詰め寄る。
いつの世も、他人の色恋沙汰ほど格好な娯楽は無い。
「もー、女の子にココまで言わせておいて逃げるのは卑怯ですよ! 覚悟決めちゃってください」
「そうだ! 男は諦めが肝心だぞ!」
みんなから口々に冷やかされ、シンはタジタジだ。やけくそのようになみなみと
注がれたヴィンテージワインを一気に煽り、好きにきまってんだろバーロー!
と囃し立てる使用人たちに開き直る。
好きか嫌いかで言えば間違いなくステラは好きだ。しかしそれが本当に恋愛感情なのかは
シン自身にもはっきりとは判らなかった。
□□□□
シンたちが召喚されてから三日目。コルベールはシンの左手に刻まれたルーンが気になり、
図書館の本をしらみつぶしに探していた。インパルスを操るときに、使い方が勝手に
頭に入ってくるような妙な感覚があると、彼から相談されたせいもある。
一般区画の書物に見切りをつけ、教師にのみ閲覧を許された『フェニアのライブラリー』
にまで手を伸ばし紐解いた古書の一節に、ようやくコルベールは答えを見つけ出す。
始祖ブリミルの使役した使い魔、『神の左手ガンダールヴ』
あらゆる武器を使いこなし、一人で千もの軍勢を蹴散らしたといわれる伝説の使い魔。
シンに刻まれたルーンは、記録に残されたそれと全く同一であった。
「シン、あなたに重大な話があるわ」
いつものように医務室で寝泊りしていた彼に、ルイズが神妙な面持ちで話を切り出す。
「使用人の宿舎に空きが無いみたいで、向こうのベッドは使えないそうよ」
「本当かよ」
「そこであんたたち二人はこれから私の部屋で過ごしなさい」
もうステラも大分良くなったというのに、これから寝泊りする場所が無いのは困る。
不安がるシンだったが、得意げにルイズの出した解決策にはツッコミしか出てこない。
「まってくれ、なんでそうなるんだアンタ!」
「安心していいわ、私は他の部屋に移るから」
「なら俺たちにその空き部屋を回せばいいじゃないか!?」
「無理なのよ、学生寮の部屋を平民だけに使わせるわけには行かないし、
その部屋……私のか、彼の部屋だから」
もじもじと恥ずかしそうに告げられた答えに、シンは納得した。
「その部屋はこの箪笥の中に置いてある魔法の鏡に繋がってるの。
私は毎朝ここから出入りすることになるからよろしくね」
招かれた女子寮でルイズから簡潔に説明を受け、シンたちは図らずも新居を手に入れた。
そして────
「不束者ですが、よろしくお願いします」
才人の部屋へ居候することとなったルイズは、三つ指ついて同居の挨拶をする。
まるで嫁入りである。
最近コルベールは忙しいらしく、今日もシンは厨房の手伝いをしている。
かまどの扱いにも慣れ、下ごしらえ程度なら調理の手伝いもそれなりにできるようになった。
一方ステラも治療の甲斐あって、以前ほどではないものの体力を取り戻し、
メイドたちに混じって使い魔たちの世話を任されるようになった。
熊だの竜だのマンティコアだのといった、他のメイドたちが怯んでしまうような
大型の使い魔にも臆せず戯れる彼女は、いまや世話係にとって無くてはならない存在となっている。
ちなみにジャイアントモールを召喚したとある貴族が、うららかな昼下がりに
自らの使い魔にしがみついたまま眠ってしまったステラの姿にいたく感じ入り、
一枚のレリーフを拵えることになるのだが、それは別な場所で語られるべきエピソードである。
生徒たちの昼食を作り終え、やっと一息ついた昼休み、厨房に闖入者がやってきた。
味に文句をつけに来たにしても、三人も貴族がやってくるのは珍しい。
「ここに黒髪赤眼の使用人はいるか? 居るなら出て来い!」
「俺になんか用ですか?」
現れたシンの姿に、ついてきたチビ、ノッポの二人は怖気づいてニキビ面の後ろに隠れる。
だがニキビ面は怒りに顔を歪ませて、とんでもない言葉を叩きつけた。
「このブランシェ・ド・ピカルディー他一同、貴様に決闘を申し込む!」
「────で、先日召喚されたミス・ヴァリエールの使い魔が、伝説のガンダールヴだったと?」
「ええ、武器の使い方が解かるなど、証拠も充分かと」
本塔の最上階に位置する学院長室。コルベールは、この発見を急いで学院長
オールド・オスマンに報告した。
「しかしのう、召喚したミス・ヴァリエールはコモン・マジック意外にまともな魔法が
使えんのじゃろう?」
「ええ、コモン以外の呪文を唱えると爆発してしまうから、といってほとんどの授業で
魔法の行使を避けているとか……私もその様子を見せてもらったことがありましたが、
どんな呪文も何故か爆発を引き起こしていました」
「ふ~む……」
髭を撫でながら思案に暮れるオスマンだったが、突然学院長室のドアが叩かれ、
扉の向こうから秘書のミス・ロングビルの声が聞こえた。
「オールド・オスマン、ヴェストリの広場で決闘をしている生徒が居るようです。
止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて止められないようです」
「まったく、暇をもてあました貴族ほど性質の悪い生き物はおらんわい。
で、誰が暴れておるんだね」
「三年のブランシェ・ド・ピカルディー、バザン、ボニファスの三名……」
「何じゃ、三つ巴か? それとも二対一か?」
続くロングビルの台詞に、コルベールは驚愕する。
「それと、ミス・ヴァリエールの召喚した使い魔の少年です」
「なんですと!?」
コルベールに促されたオスマンは杖を振り、壁に掛けられた“遠見の鏡”へと
広場の景色を映し出した。
「おいブランシェ、平民相手に三人がかりで恥ずかしくないのかよ!」
噂を聞きつけて広場にはたくさんの生徒が集まっていたが、平民一人に貴族が三人、
しかもうち二人は腰が退けているという有様に、周囲の観客から野次が飛んだ。
「うるさい! こいつは平民の分際で俺たちに盾突いたんだ、なぶりものにして何の文句がある!」
シンに殴られた傷は三人とももうすっかり癒えていた。
ブランシェは自分が悪いのも棚に上げて身勝手な怒りを隠そうともしない。
そんな彼を冷めた目で見ながらシンはポケットをまさぐり、コンバットナイフと拳銃を確認する。
ステラが襲われてからというもの、彼は普段から武器を携帯することを心がけていた。
警戒すべきは魔法の射程だが、いくら魔法でも銃弾より速いわけではないだろうし、
先日の瀬戸物人形さえなんとかしてしまえば勝機は充分にある。
いざ決闘が始まろうとしたその時、人ごみを掻き分けて顔を出したルイズが恭しく礼をした。
「────あら先輩方ご機嫌麗しゅう。私の使い魔一人にこれほどの歓迎をしていただけて
主人としても光栄ですわ。シン、ところでこの決闘の原因はいったいなにかしら?」
「この方々が俺の連れの女性を強姦しようとしましたので、止めるために
叩きのめしたことを逆恨みしたのが原因と思われますお嬢様」
芝居がかったルイズの問いに、その意図を把握したシンは悪戯っぽい笑みを浮かべると、
すかさず事実をありのままに、ノリノリでぶちまける。たちまち観客席は失笑の嵐。
「バッカでー、おまえら平民に負けたのかよ!」
「三年生の面汚しだな!」
「しかもレイプに走るとはモテナイ男ここに極まれり! ぎゃはは!」
投げかけられる野次にブランシェたちの顔色は真っ赤を通り越して赤銅色となり、
怒りのオーラが立ちのぼる。
「では決闘の立会人は私が務めましょう。シン、武器は有るの?」
見せられたナイフと拳銃に眉をひそめたルイズは、観衆へ向けて声を上げ土メイジの助力を請うた。
「────ならばこのギーシュ・ド・グラモンが助太刀しようじゃないか」
そう言って群衆の中から現れたのは、フリルがしこたまあしらわれた趣味の悪いシャツを着た、
金髪巻き毛の少年ギーシュだった。ルイズの同級生の彼は代々軍人を務める家の出で、
ドットメイジながらも二年生の中ではそこそこの実力者なのだ。
彼はバラの造花を模した杖を振り、錬金の魔法でたちどころに一本の長剣を作り出す。
「僕はか弱き女性のために貴族に立ち向かったという、君の勇気に敬意を表す!
さあ、その剣を使いたまえ!!」
「能書きなんかどうだっていい! とっとと始めろ!!」
武器は間に合っているのだが、せっかく力を貸してくれるというのに
わざわざ顔を潰すこともないだろう。そう思ったシンは与えられた青銅の剣を掴み取った。
剣を握った瞬間、シンの左手にあるルーンが輝き、彼自身に驚異的な身体能力を与える。
感覚が研ぎ澄まされ周囲のすべてが緩慢になったような、オーブ沖で連合のMAを
撃破したときのような感覚が広がる中、痺れを切らして放たれたエア・カッターを
スライディングでかわし、青銅の剣がバターのように陶製のゴーレムの脚部を切り裂いた。
立ち上がりざまにすかさず他のゴーレムの胴を薙ぎ、一息に術者たちの元へ飛び込むと、
杖を切り落とした上で拳を振るい蹴りを入れ、容赦なく意識を刈り取ってゆく。
ニキビ面のブランシェは、またしても一度も魔法を使うことなく敗北した。
貴族を三人まとめて秒殺するという快挙を成し遂げたシンの姿に沸き立つ観客。
そんななか、自らの作った剣の活躍に気を良くするギーシュの元に二人の死神が近づいてゆく。
「もう、ギーシュったらこんなところに居た。ホラ、あなた食堂で香水落としたでしょう?」
一人目はこれぞお嬢様といった見事な金髪縦ロール。彼の幼馴染で
『香水』の二つ名を持つモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。
「ああごめんよ僕のモンモランシー。二度とこういうことの無いように気をつけるから……」
「ギーシュさま……やはりミス・モンモランシーと!」
「げぇっ、ケティ!!」
二人目は栗色の長い髪を切りそろえた一年生。『熾火(おきび)』の二つ名を持つ
ケティ・ド・ラ・ロッタ。
「誤解だよモンモランシー、彼女とはただラ・ロシェールの森まで遠乗りしただけで……」
「「うそつき!!」」
二股がばれた彼は、怒れる二人の手により水責め火あぶりの刑に処された。
「……勝ってしまいおった」
「伝説には一人で千もの軍勢を蹴散らしたとありましたから、当然といえば当然なのでしょうが
実際にこの目で見るとなんともはや……」
一方その頃、遠見の鏡で様子を見ていたオスマンとコルベールはガンダールヴの強さに
改めて事の重大さを思い知り、呆然としていた。
「この件は私が預かる。くれぐれも他言無用じゃミスタ・コルベール」
暇をもてあました王宮の人間に知られでもしたら、戦争に利用されることは明白。
出来ることなら生徒をそんな目に遭わせたくはない。
窓辺へ歩み寄ったオスマンは、眼下にひしめく生徒たちを見下ろしつつ、
遠い歴史の彼方へ想いを馳せた。
最終更新:2011年02月28日 20:56