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第四話「ゲキトウ(中編)」

――時は少し遡る。


 レミリア一行の月面到着と時を同じくして、幻想郷のスキマ妖怪・八雲紫もまた、月の裏側への侵入を果たしていた。
 当初の予定通り、紫は満月の夜を待ち、湖の水面に映った幻の満月を利用して月への入口をつくり出したのだ。

 晴れの海を超え、雨の海を越え、嵐の大洋を越えた先。そこに紫の目指す場所がある。
 賢者の海――その名の通り、月の賢者の住処だ。月の賢者の家に忍び込み、めぼしいお宝を奪う。それが紫の計画だった。

 妖怪の賢者を自称する紫が、何故そんな空き巣紛いの真似をするのか? その理由は至極単純である。
 地上の者は月の民には勝てない。ロケットで月へ向かった者達も、きっと今頃は一網打尽にされていることだろう。
 力では到底勝てない月人に一矢報いるため、紫が数百年かけて考え出した策。それがこの嫌がらせなのである。レミリア達はただの囮だ。

「さぁーて! 最後の仕上げよ、藍」

 紫は扇子を垂直に振り下ろした。扇子の動きに合わせて、空間にぱっくりと裂け目ができる。
 ありとあらゆる境界を自在に操る紫は、その能力によって異なる空間同士を繋げるスキマをつくることができる。それが、紫がスキマ妖怪と呼ばれる所以だ。

「命令します。スキマの中に入って、私を満足させる素敵な物を盗んできなさい!」

 スキマの向こう側を扇子で指し、紫は随行する式神・藍に命じる。式神にとって主の命令は絶対だ。藍は神妙な顔で深々と頭を下げ――、

「――お断りします」

 あっさり拒否した。紫の笑顔がぴしりと凍りつく。

「紫様。申し訳ありませんが、ここから先、私は単独行動を取らせて頂きます」

 二の句が継げない紫に「では失礼」と再び一礼し、藍はくるりと身を翻す。

「ちょ、ちょっと藍! あんた一体どこ行くつもり!?」

 藍の背中に、紫が慌てて声をかけた。狼狽する紫をギラギラと光る眼で振り返り、藍は答える。

「――無論、数百年前に仕留め損ねた獣を狩りに」

 そう言って薄暗い空の彼方へと消える藍を、紫は呆然と見送った。こんなことは初めてだった。まさかあの藍が、主の命令よりも自分の都合を優先するとは。
 今までどんな面倒事を押しつけても、恨み言一つ言わずに引き受けてくれたのに。

「……反抗期かしら?」

 紫の口から溜息が漏れる。まるで嫁を寝取られたような気分だった。
 まぁいい、と紫は頭を切り替える。藍の暴走は予定外だが、計画は既に「詰め」を残すのみ。ここから先は自分一人でも充分だろう。

 紫は宙空に開けっ放しのスキマを潜り、そして――。



 東方儚月抄異伝~ツキノケモノ~
     第四話「ゲキトウ(中編)」



「――ごきげんよう、月の獣。私の愛しい怨敵君」

 乱入者は妖しく微笑した。九本の尾がある狐の妖怪。見覚えがある。数百年前、月に攻め込んできた地上の妖怪達の中の一匹だ。

「お前……あの時の狐かっ!!」
「八雲藍。そう言えば名乗るのは初めてだったな」

 驚愕に目を見開くシンを見下ろし、九尾の妖狐――藍は満足そうに口元を歪める。

「ずっとだ……。数百年もの永い間、私はずっとこの時を待っていた。月の裏側へ至り、再び貴様と相見えるこの瞬間を!」

 興奮したように顔を上気させながら早口にまくし立て、藍は突然服をはだけた。胸の傷痕が、豊かに実った乳房とともに露わになる。

「貴様につけられたこの傷痕が疼くんだ。貴様を求めて仕方ないんだよ。この数百年間、ずっとな。ああ……逢いたかったぞ、月の獣ぉ!!」

 どこか恍惚とした表情で胸の傷痕を指先で撫で、藍はそのまま右手を勢いよく振るった。瞬間、爪の先端から衝撃波が発生。風切り音とともにシンへ襲いかかる。
 唸りを上げて襲いくるカマイタチを、シンは銃剣で斬り払った。だが銃剣を振り抜いた直後の僅かな隙を衝き、藍がシンの懐に肉薄。喉元めがけて右手を突き出した。
 しかしシンは銃剣を素早く逆手に持ち替え、藍の貫手を受け止める。同時に刀身の下から左手をのばし、霊力を集中。光り輝く掌を藍の腹に押し当てた。


 ――神槍「パルマ・フィオキーナ」


 左手に集束した霊力をシンが解放しようとしたまさにその刹那、藍が異変を察知。脱兎の勢いでその場から大きく飛び退いた。
 直後、シンの左手から霊力の光弾が撃ち放たれる。が、撃ち抜くべき敵を見失い、光弾は虚空の彼方へ虚しく消えた。外したか、とシンは舌打ち。

「霊撃……。数百年前は“そいつ”に撃ち抜かれたのだったな」

 あれは痛かったぞ、と胸の傷を撫でながら懐かしそうに語る藍に、シンは苦々しそうに顔を歪める。
 霊撃は長年の修行によって会得した、シンの唯一にして最強の必殺技だ。今の一撃で倒せなかったのは拙い。最早不意打ちも通用しないだろう。

 虚空を蹴り、藍が再びシンへ接近する。迎え撃つようにシンも銃剣を両手で振り被り、藍へ突進。二人の影が空中で重な――らなかった。

「――あんた達、私を無視して勝手に盛り上がってんじゃないわよ」

 不機嫌そうな声とともに、横合いから小さな影が二人の間に突如割り込む。レミリアだ。
 シンの銃剣を左手で握りしめ、レミリアは右手に握る日傘をレイピアのように藍の首に突きつける。

「それに式神、こいつは私の獲物よ? 横奪りなんて許さないわ」

 日傘の先端を藍の喉にぐりぐりと押しつけ、レミリアは憮然とした顔で言い放つ。しかしレミリアの抗議を藍は鼻で笑った。

「横奪りだと? 心外だなぁ、吸血鬼。寧ろ貴様の方こそ、私の獲物を横から掠め去ろうとする泥棒猫じゃないか」
「あんた、何か今日はちょっとキャラ違わない?」

 いつにも増して高圧的な藍の態度に、レミリアが怪訝そうに眉を寄せる。

「私は紫様の式だからな。相応の振る舞いを普段は心がけているのさ。だが今の私はプライベート! 自重するつもりなど毛頭ない」
「……ホントいい性格してるわよ、あんた」

 要するに猫被ってたのかよ、狐の癖に。レミリアは半眼で藍を睨む。

「それにしても……随分と涼しそうな格好だな、吸血鬼」

 藍の言葉に、レミリアは自身の身体を見下ろした。そして絶句。幾度となく銃剣で切り刻まれた服は今やボロ布同然となり、起伏に乏しい肢体が露わになっていた。

「いやはや、流石は紅魔館の当主様だ。そんな裸同然の姿で平然としているとは」
「胸丸出しの痴女に言われたくないわよ!!」

 にやにやと笑いながら追い討ちをかける藍に、レミリアは紅潮した顔で怒鳴り返す。


 ――紅符「不夜城レッド」


 スペル発動の宣言とともに、レミリアを中心に魔力の爆発が発生。紅い閃光が周囲の空間を吹き飛ばした。
 爆発の瞬間、藍は寸でのところで離脱に成功。しかしレミリアに銃剣を掴まれていたシンは、逃げることもできずに至近距離で直撃を喰らった。
 黒煙の中から血まみれのシンが飛び出し、地上へ墜落する。藍の顔に鬼相が走った。

「あのわがまま吸血鬼め。いきなりやってくれる!」


 ――式神「十二神将の宴」


 悪態を吐きながら藍がスペルを発動。藍を取り囲むように十二の光の梵字が虚空に出現。それぞれが独立した砲台となって光弾をばら撒きながら空中を浮遊する。

「調子に乗ってんじゃないわよ! この駄狐!!」


 ――神罰「幼きデーモンロード」


 襲いくる藍の弾幕を前に、レミリアも新たなスペルを発動。無数に撃ち放たれる光線と光弾が藍の弾幕を相殺した。






「いい加減にしろよ、お前ら……!!」

 好き放題に弾幕を撃ち合う藍とレミリアを地上から見上げ、シンが憤怒に顔を歪めた。
 空中を飛び交う色とりどりの光弾は一見華やかだが、一方で地上に落ちた流れ弾が桃の木を吹き飛ばし、月面を蹂躙しているのだ。
 遠い昔、同じように空を見上げたことがある。シンの中で、上空を踊る二匹の妖怪と、かつて見上げた蒼い翼の巨人が――重なった。

 やめろ! シンは声にならない悲鳴を上げた。これ以上月を荒らすな、ここは平和な世界なんだ。たとえその平和が、欺瞞に満ちた偽りのものだとしても……。
 シンは銃剣を杖代わりに立ち上がった。右腕が動かない。肋骨も二、三本逝っている。だが、その程度だ。いつかに比べればかすり傷に等しい。

「――来い」

 地面に突き立てた銃剣で体重を支え、シンは目を瞑り精神を集中する。まだ戦える、戦わなければならない。

 嘘で塗り固めた偽りの平和。だがたとえ嘘でも、信じる者にとってはそれが真実なのだ。
 だから戦う。嘘が嘘だと気づかれないために。嘘の平和を守り続けるために。そして――嘘をいつか本物に変えるために!

「来い――デスティニー!!」

 紅蓮の双眸をカッと見開き、シンは高らかに“相棒”の名を呼んだ。



 ――続劇

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最終更新:2011年02月15日 17:25
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