――時は少し遡る。
その日、迷い竹林に住む不老不死の蓬莱人・藤原妹紅は不機嫌だった。同じ蓬莱人である永遠の宿敵・蓬莱山輝夜との決闘に敗れたためである。
否、それだけならばまだいい。次に勝てばいい話である。だが赦せないのはあの女、こちらが死んでいる隙に悪戯のつもりなのか磔にして帰りやがったのだ。
生き返った時には竹の破片で手足を縫いつけられ、拘束から抜け出すまでに随分と時間がかかってしまった。それに物凄く痛かった。ま悪辣外道にも程がある。
そもそも、妹紅と輝夜の因縁は今から千数百年前、奈良の都の時代まで遡る。
当時、輝夜は「なよ竹の輝夜姫」と呼ばれ、絶世の美女として都でもてはやされていた。数多の男達が輝夜に求婚し、そして玉砕した。その中に、妹紅の父親もいた。
父親が大恥をかかされた恨みから、妹紅は輝夜への復讐を決意。嫌がらせとして彼女が帝に贈った不老不死の薬を強奪し、その薬を口にして不老不死となった。
その後の数百年間、妹紅は転々と一所に留まれない暮らしを続けてきた。そして流浪の果てに辿り着いた幻想郷で月に帰った筈の輝夜と偶然再会した。
以来、積年の恨みを晴らすべく輝夜を襲う妹紅と、暇潰しに妹紅を返り討ちにする輝夜という、現在の不毛極まりない関係が完成されたのである。
「あの性悪女め、次に会ったら百万回殺す!」
新たな恨みと決意を胸に、妹紅は肩を怒らせながら竹林を進む。その時、妹紅の視界の端を赤い影が掠めた。何だ? 妹紅は足を止め、不審な赤い影を探して竹林を見渡す。
そして見つけた。何ということはない。ただの兎だった。輝夜が囲う連中の一匹だろう。見慣れない赤い上着を肩に羽織っているが、顔は見覚えがあった。
興味を失い、妹紅は鈴仙から視線を外して再び歩き出そうとした。だが不意に違和感に気づき、再び鈴仙へ振り向く。
ふらふらと頼りない足取り、足元に点々と続く血溜まり。あいつ、怪我しているのか?
妹紅の目の前で、鈴仙が大きくつんのめった。妹紅は咄嗟に駆け寄り、倒れそうになる鈴仙を抱きとめる。酷い怪我だ。妹紅は思わず息を呑んだ。
「おいっ!? お前、しっかりしろ!!」
肩を揺さぶりながら声をかける妹紅に、一瞬だけ意識を取り戻したのか、鈴仙が僅かに眼を開ける。
「月から…追っ手が……! 師匠達に……知らせ…なきゃ……」
消え入りそうな声で紡がれた鈴仙の言葉に、妹紅は愕然と目を見開いた。
東方儚月抄異伝 第二部~月の獣と地上の月兎~
第五話「燃える竹林(後編)」
「――はじめまして。そして死ね」
突然の乱入者・妹紅は開口一番にそう口にした。
「……誰だ?」
「通りすがりのただの焼鳥屋さ。人よりちょっとばかり健康マニアのね」
胡散げな表情で尋ねるシンに、妹紅は悠然とそう答える。答えになっていない。シンは頭を抱えたくなった。次から次へと。俺はそんなに地上に恨まれているのか?
それとも――例の八意永琳とやらの差し金? やはり奴は何かやましいことでも企てているのか。憶測を巡らせるシンの頭上から、妹紅が問答無用でスペルを放った。
――不死「火の鳥―鳳翼天翔―」
燃え上がる炎の翼が大きく羽ばたき、羽根のように飛び散る火の粉が妖力を纏う。そして地上のシンめがけて一斉に撃ち放たれた。
雨のように降り注ぐ炎の弾幕を躱し、シンは飛翔。妹紅と同じ高度まで上昇し、銃剣を撃った。放たれたレーザー光線が妹紅の肩を抉る。
「……あれ?」
予想外の事態だったのか、シンの口から間抜けな声が漏れる。狙いが外れたのではない。寧ろ逆、まさか当たるとは思っていなかった。牽制のつもりで撃っただけなのに。
こいつ、弱いな。敵の予想脅威度を下方修正し、シンは銃剣を振り上げて妹紅へ突進。間合いを詰め、銃剣の峰で思いきり殴りつける。
垂直に振り下ろされたシンの銃剣を、妹紅は両腕を頭上で交差させて受け止めた。シンは体重を乗せて妹紅を叩き落とそうとする。が、妹紅は虚空を踏みしめて持ち堪えた。
シンは舌打ちし、とんぼを切って自分の身体ごと妹紅から銃剣を引いた。意外と力がある。一旦距離を取って銃剣を構え直し、シンは妹紅への認識を改める。
妹紅が虚空を蹴り、炎の翼を羽ばたかせながらシンへ突進。右手に妖力を集束し、拳を握ってシンに殴りかかった。
妖力を纏った妹紅の打撃を、シンは銃剣の腹で受け止める。瞬間、銃剣が蛇腹剣状に変形。更に節の結合が外れ、幾つもの刃に分離。手裏剣のように妹紅に襲いかかった。
身体中に刃が突き刺さり、妹紅が怯む。シンはすかさず距離を詰め、銃剣から右手を放して掌に霊力を集中。光り輝く右手を妹紅へ突き出し、霊力を炸裂させた。
――霊撃「パルマ・フィオキーナ」
シンの右掌で霊力が爆発し、発生した衝撃波が妹紅を直撃。吹き飛ばされる妹紅を追い、シンは空を翔けた。
体勢を立て直される前に追いつき、蹴りを叩き込んで妹紅を地上へ落とす。妹紅は炎の翼を大きく羽ばたかせ、地面に激突する寸前で浮上。辛うじて墜落を免れた。
「これで分かっただろ? あんたじゃ俺には勝てない」
言外に投降を呼びかけるシンに、妹紅は「ハッ」と鼻で笑う。
「この程度で勝ったつもりか? 舐めるなよ月人。お前に私は殺せない」
「……警告はしたぞ?」
シンは鼻を鳴らし、刀身のない銃剣を再び構えた。あくまでも向かってくるのをやめないならば、こちらも容赦するつもりはない。
ジェネレーターが唸り、刀身の代わりにレーザーの刃が形成される。虚空を蹴り、シンは妹紅へ向かって急降下した。
銃剣を突き出して迫るシンに、迎え撃つように妹紅も炎の翼を広げて突進。拳に妖力を集中し、渾身の力を込めて打撃を放つ。
遅い。槍のように繰り出した妹紅の右ストレートを躱し、シンは銃剣を鋭く突き出す。レーザーの刃が心臓を正確に貫き、一撃で妹紅を絶命させた。
妹紅の身体から急速に体温が消えていく。終わったか。シンは妹紅の胸から銃剣を引き抜き――そこで異変に気づいた。死んだ筈の妹紅の口が動き、にやりと笑みの形に歪む。
――「フェニックス再誕」
妹紅の死体が突如炎に包まれ、赤々と輝く火の鳥と化す。火の鳥は甲高い声で鳴き、火の粉の羽根を撒き散らしながら翼を広げてシンへ突進した。
シンは咄嗟に身を逸らし、火の鳥へと変じた妹紅の突進を避けた。だが火の粉の弾幕までは躱しきれず、掠めた火の粉がシンの顔や身体に火傷を刻む。
空中を舞う火の鳥が突如膨張し、まるで風船が割れるように破裂。炎が消え去り、妹紅が再び姿を現わす。服の胸元が大きく裂けているが、その下の肌には傷一つない。
「言っただろう? お前に私は殺せない、って」
絶句するシンに妹紅はそう言って鼻を鳴らし、「ふんっ」と手足に力を込めて身体中に食い込む刃を弾き出す。傷口がみるみる塞がり、瞬く間に見えなくなった。
「私が輝夜の奴と何百年殺し合ってると思ってるんだ。こちとら殺され慣れてるんだよ!」
――不滅「フェニックスの尾」
雄々しい啖呵とともに、妹紅がスペルを発動。突き出された掌から炎の鞭が飛び出し、蛇のようにうねりながらシンの右腕に絡みつく。
炎に熱せられ、義手の表面が沸騰したように泡立つ。馬鹿な! シンは絶句した。月の特殊合金を溶かすだと? この炎は一体どれだけの熱量があるというのだ。
炎の鞭を両手で握りしめ、妹紅は「うおお」と叫びながらハンマー投げのようにシンを振り回した。勢いをつけ、そのまま地上へ容赦なく叩きつける。
竹を薙ぎ倒し、シンはバウンドしながら地面を転がった。死んだか? 妹紅が注意深く見下ろす中、シンがもぞもぞと動き出し、銃剣を杖代わりに立ち上がる。妹紅は舌打ちした。
「……お前、一体何者だ?」
顔の血を手の甲で拭い、シンは警戒の表情で妹紅を見上げる。シンの問いに、妹紅は「ふふん」と鼻で笑った。
「言っただろう? ただの健康マニアの焼鳥屋だって。――不老不死のな」
不遜な笑顔で答える妹紅に、シンは――どや顔がムカついたから取り敢えず頭を吹き飛ばした。
「痛っ! いったぁっ!? いきなりヘッドショットって容赦ないなお前!? 死んだらどうする!!」
まるで時間を巻き戻すように頭が再生し、妹紅が猛然とシンに抗議した。マシンガンの如くぶつけられる妹紅の罵詈雑言を聞き流しつつ、シンは頭をフル回転させる。
不老不死。確かレイセンの話では、八意永琳は不老不死の薬を作ったと言っていた。彼女はその薬を飲んだのだろう。つまり――八意永琳の仲間か。
「……成る程、不老不死か。仮想敵にはちょうどいいな」
レイセンによると、八意永琳も不老不死の可能性が高いらしい。戦闘の可能性が濃厚である現在、敵の情報は少しでも欲しい。彼女には悪いが実験体になって貰おう。
暗い微笑を浮かべて呟くシンに、妹紅が剣呑な表情で睨む。妹紅にとって、不老不死と言えば当然、宿敵である輝夜を指す。やはりこの男は輝夜を連れ戻しにきたのか。
「――それで? 不老不死ってのはどれだけ殺せば死ぬんだ?」
「お前も分かんない男だな。不老不死ってのは、「死なない」って意味なんだよ」
妹紅が背中から炎の翼を再び発生させ、シンが銃剣を構え直す。二人の視線が交差し、殺気と闘気がぶつかり合う。一瞬の静寂。そして――二人は同時に動いた。
――神機「フルウェポン・コンビネーション」
シンが銃剣を構えてレーザーを連射。無数に放たれる光線を躱しながら、妹紅はお返しとばかりに火炎弾の雨を降らせる。
降り注ぐ火炎弾の雨を掻い潜り、シンは地面を蹴って空へ飛翔。銃剣をブーメラン状へ変形させ、妹紅めがけて投げつけた。
風切り音とともに飛来するブーメランを躱し、妹紅は虚空を蹴ってシンへ接近。右拳に妖力を集中して殴りかかった。
迎え撃つようにシンも右手に霊力を集束し、妹紅の拳を掌で受け止めた。二人の間で妖力と霊力が火花を散らして激しくせめぎ合い、そして遂に暴発。
爆発で義手の外装が砕け、内部のフレームが露出する。一方、生身で直撃を受けた妹紅の右手は、無惨にも手首から下が消し飛んでいた。が、すぐに再生した。
妹紅が間髪入れずに弾幕を生み出す。だが次の瞬間、戻ってきたブーメランが背後から妹紅の身体を両断した。
追い討ちをかけるように、シンはキャッチしたブーメランを大剣へ変形させ、血飛沫とともに宙を舞う妹紅の上半身を袈裟がけに叩き切った。
三つに解体された妹紅の身体はそれぞれ燃え上がって火の玉となり、再び一つに合体。炎の中から妹紅が復活する。
キリがない。シンは疲労の滲む顔で唸った。殺戮機械として完成されたシンの攻撃は、その全てが必殺の一撃。だが今は逆にそれが仇となっていた。
たとえ死に至る攻撃を喰らわせても、死と同時に戦闘のダメージが全てリセットされてしまう。殺しても死なない敵。殺戮機械であるシンにとって、妹紅はまさに天敵だった。
だが不幸中の幸いと言うべきか、どれだけ斬り刻んでも再生するのはどうやら一人だけらしい。これがプラナリアよろしく斬るたびに分裂されたら流石に手に負えなかった。
妹紅が再び弾幕を放った。超高密度で放たれた火球の嵐を掻い潜り、シンは銃剣のエネルギーをチャージしながら妹紅に接近。
突き出される妹紅の拳を手首ごと斬り飛ばし、鼻先に銃口を突きつけて躊躇なくトリガーを引く。瞬間、大出力レーザーの零距離砲撃が妹紅を消し飛ばした。
消し炭となった妹紅を油断なく睨むシンの肩に、ぽんと何かが乗る。斬り飛ばした妹紅の手首だった。
払い落とそうと伸ばしたシンの左手を、次の瞬間、妹紅の手首ががしりと掴む。直後、手首の切断面から炎が噴き出し、瞬く間に妹紅の全身が再生された。
驚愕に目を見開くシンの腹に、妹紅の貫手が突き刺さる。内臓を抉られ、シンは吐血。浮遊状態を保てずに落下する。
「残念だったな。蓬莱人ってのは生命力だけが取り柄でね、髪の毛一本でも残っていれば生き返っちまうのさ」
「……そうかい。そいつはいいこと聞いたな!!」
指先に付着した血を舐めながら凄絶に笑う妹紅に、シンは負けじと叫び返す。絶対不変の存在などシンは信じていない。無限の寿命を持つ月人でも殺せば死ぬのだ。
髪の毛一本でもあれば復活する? ならば髪の毛一本すら残さず完全消滅させてやる! 全身に力を入れて空中で踏ん張り、シンは叫んだ。
「地球へ出張だ! 来い――デスティニー!!」
轟く怒号とともに一条の光が天空からシンに突き刺さる。月から召喚した“デスティニー”の御霊と憑依合体し、シンは大きくその姿を変えた。
全身を神気の光が包み込み、背中に一対の翼が出現。両手を蒼い手甲が覆い、頬に血涙のような赤い筋が走る。
変身が完了し、シンは抜き撃ちでレーザー光線を放つ。ノ―チャージで放たれた大出力レーザーが妹紅を呑み込み、その身体を消し炭に変えた。
だが炭化した妹紅の表面に亀裂が入り、蛹が羽化するように中から妹紅が復活する。この程度では火力が足りないか。シンは舌打ちし、銃剣を背中のラックに装着した。
両掌に神気と霊力を集束し、背中の翼からフレアを噴出させながら飛翔。閃光のように妹紅へ接近する。
――憑神「デュアル・パルマ・フィオキーナ」
激烈な光を両手に宿し、シンが鋭い双掌打を繰り出す。だが妹紅は身体を屈め、突き出される両腕の下を潜ってシンに肉薄。霊撃が頭上を掠め、妹紅の長い髪を焼き切った。
妹紅は膝を伸ばして立ち上がり、前方へ伸びきったシンの両腕を内側から両手で左右へ弾く。両腕を無理矢理広げられたシンの顔面に、妹紅は渾身の頭突きを叩き込んだ。
怯むシンの懐から飛び退き、妹紅は右手に火の玉を生み出した。火の玉の中から、どういう手品か数枚の護符が出現。妹紅の手の中に握られる。
右腕を振るい、妹紅が護符を投擲。正確に放たれた護符がシンに貼りつき、爆発。まるで高圧電流でも浴びたような衝撃と激痛に襲われ、シンは絶叫した。
「妖怪退治用の攻撃符だ。その鎧みたいなの、妖怪なんでしょ? だったら効果は抜群だろうね」
悶絶するシンを眺めながら、妹紅はそう言って右手を掲げた。背中で燃える炎の翼が、吸い寄せられるように渦を巻きながら掌に集束。まるで太陽のように激烈に輝く。
「そしてこいつはおまけだ――喰らえ!!」
――蓬莱「凱風快晴―フジヤマヴォルケイノ―」
瞬間、掌の火球が爆裂。解放された炎の塊が顎門(あぎと)を開け、シンの片翼を喰い千切った。シンの顔を冷や汗が伝う。間一髪で躱したが、とんでもない威力だ。
一方、渾身のスペルを惜しくも躱され、妹紅の中には徐々に焦りが生まれていた。拙い。ただでさえ輝夜との決闘で消耗しているのだ。戦いが長引けばこちらの体力が保たない。
腹に大穴を開けられている身で、よくも持ち堪えるものだ。異常とも言えるシンのタフネスに、妹紅は忌々しげに歯噛みした。
妹紅の変化を、シンは敏感に感じ取っていた。息が上がっている。疲弊しているのか? どうやら再生能力がずば抜けているだけで体力まで無限という訳ではないようだ。
シンの発見は、この不死身の敵を打倒するひと筋の光明となった。要するに、向こうが二度と立ち上がれないほどに体力を削ってやればこちらの勝ちなのだ。
とはいえシンの方もかなりのダメージを負っている。特に腹の傷が酷い。ここから先は我慢比べだ。先に力尽きるか、最後まで立っているかが勝負の分かれ目だった。
この時、シンと妹紅の思考は、ある一点において奇しくも一致していた。即ち――持てる限りの最大限の攻撃を叩き込み、速攻で敵を潰す。
シンが背中から銃剣を引き抜き、妹紅が炎の翼を噴出させる。戦いは遂に最終ラウンドを迎えようとしていた。
――続劇
最終更新:2011年02月25日 22:45