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<勇気を出して>

 自警団の詰所のとある一室、真剣な顔で書類にペンを走らせる少女がいた。
 一通りまとめあげた報告書をざっと見直して、特に修正の必要がないことを確認してセイバーはペンを置く。
 窓の外を見ると空が鮮やかなオレンジに染まっていた。

「お? なんだ、お前だけか?」

 声に振り向くと、アルベルトが訝しげな顔で部屋を見渡す。
 そう、今ここにはセイバーだけしかいない。彼女の上官である∞ジャスティスがいないのだ。

「は、はい。今日は山で修行って言ってました」
「ったく、また勝手なことを……お前も報告書押し付けられてるんじゃねぇよ」
「私も先輩が書いた方がいいって言ったんですけど……」

 そのときの様子を思い出す。∞ジャスティスは自分でまとめた報告書とセイバーが書いた報告書を穴が開く
ほど見比べた後、心底悔しそうな顔でセイバーの肩を掴み、

 ――……今後はお前に任せる。

 と歯ぎしりまじりに頭を下げたのだった。

「……どこまでも負けず嫌いというか、めんどくさい奴だなおい」

 まぁいいか、と頭をかきながらアルベルトは背を向けて手を振る。

「書き終わったんならお前も今日は上がっていいぞ。おつかれさん」
「はい、おつかれさまです」

 アルベルトの背中を見送って、セイバーは机へと向き直る。
 ふと、片隅に置いた包みに目を向ける。
 エンフィールドではない習慣だが、コズミック・イラからやってきた彼女たちと彼女たちを生んだシン・アス
カは今日が特別な日であると認識していた。
 ――バレンタイン。
 もっとも、

 ――む? なんだそれは?
 ――先輩……あ、えっと、その、これは。
 ――……そうか、今日は2月14日だったな。
 ――あ、あの……
 ――まぁいい、今日の修行は私だけで行く。貴様は好きにするがいい。
 ――え? あ、はい……
 ――シンによろしくな。
 ――はい……ってえ!? あ、あうぅ……

 とこのように分かってはいてもまったく関係なく振舞う者が大半なのだが。
 その数少ない例外の中にセイバーは含まれていた。
 日頃世話になっている自警団の団員――先ほどのアルベルトを含めて――にも朝のうちに渡していた。
 そしてこのひとつは……

「あうぅ」

 自分の顔が赤くなるのを感じて両手でぺしぺしと叩く。
 『彼』とは何度か仕事の関係で一緒になった程度の仲でしかない。
 単に感謝とお詫びを込めたプレゼントというだけなのにどうしてここまで意識してしまうのか。
 ともかく、今彼はジョートショップにいるはずだ。
 仕事も終わった。∞ジャスティスも今は修行に行っている。
 あとは、このチョコレートを渡すだけだった。



「チョコはひとつでいい! 本命はひとつで十分だ!」

 そう高らかに叫ぶストライクフリーダムを、3人は揃って眉根を寄せて見つめた。

「……今度はなんだいったい」
「いやね、ちょっと考えてみたんだが「チョコを何個もらったー」とかどうかと思うんだ私」
「? えっと、どういう意味ですか?」
「何十個も義理を貰うよりは本命ひとつ貰う方が良いという人間は少なくはないだろう。何せ義理でもお返しを
求められてしまうのだからな。だがしかし、本命をいくつも貰うと果たして嬉しいのだろうか? 貰う側にとっ
てはその後の付き合い方次第で修羅場もんよ? それを単純に喜んでもいいものかなのかねぇ」
「ふむ、言われてみればそういう見方もあるのかもしれんな」
「私はおいしいチョコを貰うだけでも嬉しいですけど」
「うだうだと長ったらしく説明してるけど、結局何が言いたいんだよお前は?」

 イラつきを隠しもしない目で睨んでくるソードにフッと笑い、ストライクフリーダムは拳を握り締める。

「つまり! 真の勝ち組とは愛のこもった本命ひとつのみを受け取った者ということだ! というわけで少年、
私のド本命チョコ(税込105円)を受け取りその他は廃棄するが良……」
「結局それが言いたいだけかよ!?」
「もちろんお返しは3乗返しだ!」
「性質が悪いどころの話じゃないな……」
「あー、なんだ、気持ち以外は受け取っとく」

 突き出されたチョコをとりあえずは受け取りつつ、シンは溜息を漏らす。

「む? どした少年、浮かない顔じゃん」
「いや、一応来月にお返しするとはいえこうも貰ってばかりだと気が引ける感じがしてさ」

 店のカウンターの上に並べられたチョコを見る。インパルスからはある程度予想していたのだが、まさかスト
ライクフリーダムやデスティニー――知らないところでアリサの手伝いで貯めたお金で買ったらしい――、密か
に届けられたレジェンドや嵐のようにやってきたダークダガーLからも貰うなど思ってもみなかったことだった。

「ま、今は素直に喜んどきなよ少年」
「S・F……」
「その代わりお返しは3乗返しだからな!」
「そこは譲らないんだ!?」
「用が済んだならとっとと出てけ! さもなきゃブッた斬る!」
「ほほう、良い度胸だ。ならばお返しにその耳たぶをはむはむしてやろう」
「うわやめろ馬鹿考えただけで悪寒がすっげぇ!」

 恐怖に震えるソードを眺めてクックッと笑いながら、ストライクフリーダムは再びシンへと向き直る。 

「ま、期待せずに待ってるさ。それじゃ」
「あぁ、ありがとな」
「気にしない気にしなーい」

 軽く手を上げてストライクフリーダムは店を出ていった。



「で、どれから食うんだマスター?」
「最初はお前らのにしとくかな……で、ひとつ聞きたいんだけど」
「当たりは3分の1だ」
「え? え? 何の話?」
「あー、フォースお姉ちゃんは知らない方がいいです」
「まぁ、そんないきなり当たるわけが……やぁこれはまるで甘味のハルマゲドンですね口の中いっぱいにむせ
返りそうなほどの甘さが広がりますおやそこにいるのは聖バレンチヌス様じゃないですかちょっとお話を」
「「「「マスター? マスタァァァァァァァァァ!?」」」」

 賑やかさの絶えない店内の様子に自然と笑みを漏らしながらストライクフリーダムは門へと続く道を進む。
 と、その道中、

「……おや?」

 街灯の影に隠れながらジョートショップの方をじっと見つめている少女がいた。
 初めて見る顔だったが、その容姿がいつか聞いたものと合致していたためにすぐに何者であるか思い当った。

(相棒の後輩か……ふむ)

 にんまりと唇を吊り上げながら気付かれぬよう背後に回り込む。
 じりじりと距離を詰め、真後ろまで接近したところで、
 一瞬のうちに両手を装甲の下へと潜り込ませた。

「おっπゲットぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ひゃあああああああああああああ!?」

 絹を裂くような叫び声が往来に響き渡る。
 セイバーにとって唯一の救いだったのは、その声がジョートショップまで届いていなかったことだった。
 もっとも、当然ながら周囲の視線は集まってしまっているので本当にそれだけしか救いがないのだが。

「む? この感触は……C、いやDカップ? 馬鹿な、まだ上昇していくだと!?」
「ひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 大真面目な顔で乳を揉み続けるストライクフリーダムとパニック状態に陥ったためかされるがままにただ
叫ぶだけでなすがままにされるセイバー。
 やがて満足したのかストライクフリーダムがセイバーから離れるが、手に残る感触を確かめるようにわきわき
と指を動かしていた。

「ぬう、装甲の下とはいえ私の心眼で見立てたサイズとここまで誤差が出るとは……何という僥倖、乳の神に
感謝せねば」
「あううぅ……」

 一方のセイバーはといえば地べたに座り込んで自身の身体を抱き締めるように両手で胸を隠していた。

「自己紹介が遅れたな、私はπの求道者、またの名をストライクフリーダム。んで、こんなとこで何してたん?」

 まるで何事もなかったかのように話しかけてくるストライクフリーダムだったが、未だに立ち上がろうとも
しないセイバーの様子にはたと動きを止める。
 出会い頭に胸を触られた、それだけでは説明できない恐怖が色濃くその顔に現れていた。

(むう、参ったねこりゃ。聞いてた以上に臆病な子だ)

 友好にしろ敵対にしろ、まず口八丁で相手を自分のペースに巻き込む手法を好むストライクフリーダムにとっ
てこの手の反応は最もやりにくいものだった。
 さてどうしたものか、と考えている最中セイバーが持つ包みに気付いた。
 そして先ほどまでセイバーが眺めていた場所を見る。

「……ははーん、なるほどなるほど」

 納得したように頷くと、ストライクフリーダムはセイバーに手を差し伸べた。

「とりあえず、立てるかい?」
「あ、えっと……はい」

 おずおずと手を取るセイバーを立ち上がらせて、ストライクフリーダムは考え込むように腕を組む。

「で、どうやってシンにチョコを渡す?」
「どうって……ってなんで知ってるんですか!?」
「あえて言うなら、紳士の勘」

 グッと親指を立てたストライクフリーダムは、いいことを思いついたとでもいうようにポンと手を叩いた。

「そうだ! せっかくだから私が協力してあげよう」
「え? い、いえそんな……」
「結構と? だけどこんなところで突っ立ったままじゃ日が暮れるよ?」
「う……」

 その指摘にセイバーは何も言い返せずに呻く。ここまで来たものの、最後の踏ん切りがつかず小一時間ほど
立ち尽くしていたのだから無理もない。

「ふむ、ではまず服から決めようか」
「ふ、服?」
「チョコを渡すときのインパクトは大切だ。いっそ身体にチョコを塗りたくって「私を食べて(はぁと)」を
するのもいい」
「ぜ、絶対無理です!」
「あー、でもそれは付き合ってから3年以上経たないと駄目か」
「そんな決まりが!?」

 顎に手を添えながら一考し、ストライクフリーダムはキラリと目を輝かせた。

「よし、少しここで待ってなさい。私が良い服を持ってきてあげよう」
「え? えぇ!?」
「心配するな! 大人の事情ということで服は光の速さで取りに行ったことにして着替えもコンバットなスー
ツのごとく1ミリ秒で済ませたにするから時間の問題は皆無だ! 路上だろうと無問題!」
「ちょ、ちょっと……!」
「というわけでちょっと行ってくる! 駆けろおっπ紳士! 閃光の如く!」

 その言葉の通りに一瞬にしてその場から飛び去ったストライクフリーダムに、何かを言いたげに伸ばされた
セイバーの手が届くことはなかった。



「んー、適当に見繕ったけどまぁこんなもんかな。サイズは合ってる?」
「だ、大丈夫ですけど……あの、これって」
「見ての通り、御奉仕専門戦闘スーツだ。夜の勝負服とも言う」
「よ、夜!?」

 強制的にメイド服に着替えさせられたセイバーは――いつ着替えさせられたのかセイバー自身にも分からな
かったが――、周りから集まる視線に顔を真っ赤にしながら短いスカートが翻らないよう必死に抑えつけていた。

「あともう少しアクセントを……ネコミミいっとこうか」

 さっと慣れた手つきでネコミミのついたカチューシャをセイバーの頭に乗せる。あまりの手際の良さとスカー
トに集中していたセイバーはされるがままになるしかなかった。

「お、いいねこれ。シッポもいく?」
「ま、待っ……ってそれどうやって付けるんですか!?」
「え? それはもちろん……ねぇ?」

 シッポをゆらゆらと揺らしながらストライクフリーダムはうっすらと笑みを浮かべる。
 その顔に嫌な気配を感じたセイバーは手と顔をブンブンと振って拒否の姿勢を示した。

「あ、ああああああああのその! し、シッポはいいです!」
「むう残念、せっかく動くようにしてるのに」

 残念そうにシッポを何処かへとしまい、仕方ないとでも言うように首を振る。

「んじゃ別の方面で攻めよう。語尾を変えてみるんだ」
「ご、ごび?」
「ネコミミつけてるし「にゃー」とか」
「にゃ、にゃー?」

 戸惑うセイバーを「はいとにかくやってみる!」とストライクフリーダムはせかす。
 たっぷり数十秒ほど時間を置いて、セイバーは口を開いた。

「わ、わかりました……にゃぁ」

 ………
……………
…………………

「あ、あの……?」
「ちょっと今夜おぢさんの部屋に来なさい」
「え? え?」

 無表情のままストライクフリーダムはセイバーの手を取り歩き出す。ジョートショップどころか街の外へと
向かおうとしているのを知り、セイバーは慌てて手を振りほどこうとしたが外れない。

「あ、あの! どこに行こうとして……って、顔! 血! だ、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だ、問題ない」

 鼻から血――のような何か――を垂れ流しながらも表情を変えないその異様な姿にセイバーは得体の知れな
い恐怖を感じて青ざめる。どうにかして逃げようと試みるも掴まれた手はがっちりと固められていた。

「た、助け……!」

 そう叫ぼうとした瞬間、疾風のように人影が視界に飛び込んできた。

「――人の後輩に何をしようとしてる貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「げぼはぁっ!?」

 飛び後ろ回し蹴りをこめかみに食らったストライクフリーダムがきりもみ回転をしながら石畳の上に叩き
つけられ、それでも勢いを殺しきれなかったのかしばらく地面を転がった。

「せ、先輩!?」
「しばらく大人しくしていると思ったらまったく油断も隙も……何だその格好は?」
「え、えっと……メイドです」

 複雑そうな表情を浮かべながら上から下までしげしげと眺める∞ジャスティスに引きつった笑みを返す。
 ちなみにストライクフリーダムは倒れたままピクリとも動かない。少し心配になったセイバーだったが、かと
いってまた先ほどのような目に遭うのも嫌だったので放っておくことにした。

「それで、ちゃんと渡してきたのか?」
「あ、あの……まだ、です」

 ぽつりと返ってきた答えに∞ジャスティスは大きく溜息をついた。

「あの馬鹿に振り回されたのは不幸だったろうが、そもそもさっさと渡せばいいものを躊躇していた貴様も悪い」
「あ、う……」
「分かったのなら早く渡しに行け。もうすぐ日が暮れて……」

 そこで∞ジャスティスの声が途切れる。何事かとその顔を見ると、自分の背後へ視線を向けていることに気付
いてセイバーは振り向く。

「あ……」
「――騒がしいと思って来てみれば、何やってんだお前ら」

 辺りを見渡しながら呆れた声音でシン・アスカが話しかけてきた。
 唐突のことでセイバーは何も言葉を返すことができない。頭の中も真っ白になっていた。

(わ、渡さないと……!)

 ようやくその思考に至っても緊張で身体が動かない。
 ただひたすらに焦りばかりが先走り、顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。

「? どうした?」

 顔を覗きこまれてさらに動揺してしまう。
 恐れと羞恥と焦燥がないまぜになり、今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に突き動かされそうになる。
 そのとき、そっと肩に手が置かれた。

「あ……」

 肩越しに振り返ると、∞ジャスティスがいた。
 一言も言葉を発することなく、ただそっと手を置くだけ。
 ただそれだけのことで、荒波のようだった感情がだんだんと落ち着きを取り戻してきた。

「……あの、これ」
「ん? これって……チョコ?」
「は、はい。その、バレンタインだから」

 あぁ、と納得したように頷き、シンは小さく笑った。

「ありがとう。でも、何で俺に?」
「それは……」
「ん?」

 口ごもるセイバーだったが、ぐっと胸の前で拳を握り声を張り上げる。

「あの! 一緒にお仕事してくれるときにいろいろと手助けしてくれてありがとうございます!」
「え? あ、あぁ」
「あと! たまに街で会ったときにも親切に話してくれてありがとうございます!」
「あぁ」
「あとあと! 先輩が時々喧嘩腰になっちゃってホントにすいません……ってあうっ!?」

 無言で後頭部をはたかれる。
 だがそれにもめげず、セイバーは言いたいことを出し尽くすように喋り続ける。

「世話をかけっぱなしで本当に申し訳ないんですけど、あの……これからも良い関係、じゃなくてえっと、
お付き合い、でもなくて、あう……そこそこに仲良くしてくれますか!?」

 そこまで言い切り、セイバーは荒い呼吸を繰り返す。
 自分が伝えたいことを伝えきれたかどうかはわからない。ただただ必死だった。
 だが、

「――あぁ、こちらこそよろしくな」

 その答えに、セイバーの胸の中にあった最後の不安が拭い去られた。

「あ、ありがとうございます!」

 涙が溢れそうだった。あれだけ恐れていたのがまるで夢であったかのように晴れやかな気持ちで満たされている。
 こんな気持ちは初めてだった。

「――マスター、何かあったんですか?」

 その声にシンとセイバーは振り向く。シンの帰りが遅いのを心配したのであろう、デスティニーとインパルス
が揃って近付いてくる。

「あれ? セイバーちゃん?」
「久しぶり、と言いたいところだが……その格好はどうした?」

 え? と自分の身体を見下ろして思い出す。
 ――今の服装が、ミニスカートのメイド服+ネコミミであったことに。
 さらに、ここが往来のど真ん中であったことに。

「はわ、はわわ……」

 先ほど自分が叫んだ言葉を思い出して赤面する。
 その肩に、ポンと手が置かれた。

「――やっぱり、シッポつけとく?」
「い……」
「い?」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 瞬時に変形したセイバーが白煙を引きずりながら飛び去っていく。
 それを揃って眺めながら、ソードが呟く。

「……なんだったんだいったい」
「一応、チョコ渡しに来てくれたみたいだけど……あの格好についてはさっぱりだ」
「あっはっは! いやーかわいいなーあの娘」
「――ストライクフリーダム、その手に持った怪しげな器具で部下1号に何をしようとした?」
「私だけのネコミミメイドになってくれとお願」
「成敗ッ!!」

 ――すでに何日かに一度の恒例となったストライクフリーダムと∞ジャスティスの一騎打ちが繰り広げられ
る最中、詰所に文字通り飛んで帰ってきたセイバーはしばらくの間自室に引きこもることとなったのだが、
それはまた別の話である。

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最終更新:2011年02月25日 23:18
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