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第三話『魔剣デルフリンガー』

第三話『魔剣デルフリンガー』

 シンが貴族三人を打ち負かした翌日の昼下がり、研究小屋の傍らではシンとコルベールが
インパルスの手入れを行っていた。
 召喚されてしばらくしてから、コルベールの伝手で呼ばれてきた土のメイジ、
学院長秘書のミス・ロングビルがインパルスに魔法処理をしてくれることになったので、
シンは本体に掛けた固定化だけでなく背部のフォースシルエットにも、強度を増す魔法、
硬化を念入りに掛けてくれるようにお願いした。
 VPS装甲ではないシルエットは、兵器として十分な強度は持っているとはいえ
流石に不安は否めない。
 ゴーレムを始め製造に携わる土メイジらしいのか、ミス・ロングビルはMSという
既存のゴーレムと明らかに異なる存在に興味を示していたようだが、作業の最中
コルベールが妙に嬉しそうだったのは、眼鏡の似合う理知的な彼女が、スタイルも抜群な
美人であったことと決して無関係ではないだろう。
 ミス・ロングビルの掛けてくれた物質の化学変化を防ぐ魔法、固定化のおかげで、
もはや機体の劣化は気にしないで済むようになったが、雨水を防ぐために防水布をかぶせ、
磨いてやるくらいはしないと寝覚めが悪い。
 彼自身それほど機体にそこまで愛着を持つような性分ではなかったし、
補充の当てが無いだろう機体のバッテリーも、いつかは切れて役立たずの鉄屑に
成り果ててしまうだろうが、やはり異郷の地に取り残されるともなれば、
数少ない故郷とのつながりが恋しくなるものだ。
 たとえそれが、物を壊し人を殺すために造られた兵器だったとしても。

「……のうミス・ロングビルや、食事はまだかのう?」
「さっき済ませたばかりでしょう、呆けたフリをしてる暇があったら仕事してください」
 仕事をサボろうとするオスマンをあしらいつつ、黙々と書き物を続けていた
ミス・ロングビルが、スカートの中の暗がりを覗かんと床を駆け回るハツカネズミを蹴飛ばし、
隙あらば彼女の形のいい尻へ伸ばされるオスマンのしわくちゃな手を視線も向けずに捻り上げる。
「ちょ、ミス・ロングビル痛い痛い」
 そんな風に、本塔の最上階にある学院長室では、オールド・オスマンがなんとかして
ミス・ロングビルの隙を突き、齢三百歳とも噂される彼が若さの秘訣と嘯くセクハラに励んでいた。
「まったく、年寄りを苛めるものではないぞい……そんなだから婚期を逃すんじゃ」
 給料は良いのは助かるが、毎日のように下着を覗かれたり尻を撫でられては堪らない。
深々とため息をついた彼女は、人が気にしていることをグサリとやってくれた
このクソジジイを黙らせるべく、そのこめかみへすらりと伸びた脚から繰り出した
惚れ惚れするようなハイキックを叩き込み、彼を絨毯へ沈める。
「次にやったら王宮へ報告します」
 白目を剥いて痙攣するオスマンへそう吐き捨てて仕事に戻る彼女の後姿に、
彼の使い魔であるハツカネズミ、モートソグニルは恐れをなしたように頭を抱えちゅうちゅうと鳴いた。

 三人もの貴族と決闘し、それを真っ向から打ち負かしたシンはいまや学院で暮らす平民たちの英雄で、
コック長のマルトーからは「我らの剣」と称えられ、まるで王侯貴族のような扱いを受けている。
 日もすっかり傾いてきたころ、ステラと二人で賄いをご馳走になっていると、
こちらに視線を向けるサラマンダーと出くわす。他所の使い魔が一体何の用だろうと
首をかしげていると、それに気づいたステラが声を上げた。
「あ、フレイム」
「知ってるのかい?」
「うん、ツェルプストーって人の使い魔だってシエスタが言ってた」
 シンはそれを聞いてそ知らぬ顔で食事を済ませ、何が目的なのか問い質してやろうと、
逃げるように去って行く彼の後をつけることにした。
 彼はフレイムが生徒たちの暮らす学生寮へ入ってゆくのを見届けたところで、
その日の授業を終えたルイズと鉢合わせし、訝しげな視線を向けられる。
「こんなところでこそこそとなにやってるのよ?」
「ああ、ルイズさんか。なんだかツェルプストーって人の使い魔が覗いてたんで、
 何の用だろうと追いかけてたんですよ」
「あー、やっぱりそうなったのね」
 その答えに状況を察した彼女は、領地どころか寮の部屋まで隣同士な赤毛の少女、
キュルケ・フォン・ツェルプストーの奔放な人となりを懇切丁寧に語って聞かせ、
シンの顔色を心底微妙なものにした。
 曰く、入学早々彼女の有無を問わずにめぼしい男子複数へ色目を使い、女子の顰蹙を買った。
 曰く、彼女の部屋は夜になると一夜を共にしようとする男子たちが列を成して押しかけてくる。
エトセトラ、エトセトラ。
「おおかた、あんたが活躍したもんだからコナ掛けてきたんじゃない?
 やたら惚れっぽいのさえ何とかすれば、悪い奴じゃないんだけどね……
 よけいなトラブル背負い込みたくないんなら放っときなさい。
 きっと事の最中にあの子の彼氏たちと鉢合わせして修羅場になるから」
「……アンタ、お嬢様なのに言うことは言うんだな」
「私の彼、庶民だから。その影響かしらね」
 長年にわたりヴァリエールと恋人を奪いあい、トリステイン・ゲルマニアの国境を挟んで
隣り合っているがゆえに戦争ともなれば絶えず杖を交え殺しあってきた両家だったが、
ルイズは不思議とキュルケ個人のことが嫌いではなかった。
 一生をハルケギニアで過ごしていれば違ったのかもしれないが、才人と出会い
地球の暮らしを知ってしまった彼女は、もはやそれほど貴族へのこだわりを持っていない。
 それゆえに先祖代々の仇敵などと言われてもいまいちピンとこないのだ。
 ────まあ万が一才人の存在が知られて、彼に手を出されたりしたら、そのおっぱいもぐけどね。
 だが越えてはならない一線というものは何にでも存在する。
 数多の男子を釘付けにするキュルケの見事なプロポーションに対し、
多少は膨らんできたとはいえルイズのちっぱいでは到底太刀打ちできないのだった。

 シンたちが召喚されてちょうど八日。ハルケギニアの時間で一週間が過ぎ、
学生たち待望の週末が、休日である虚無の曜日がやってきた。
「シン、ステラ、買い物に行くわよ!」
 ステラの身体が日常生活を問題なく送れる程度には回復してきた頃、
箪笥の引き出しから現れたルイズから唐突にそんなことを言われたシンたちは、
朝食が終わるが早いか厩舎へと連れて行かれ、馬で三時間ほどの距離にある
トリステインの王都、トリスタニアはブルドンネ街へやってきた。

 ここで視点を一旦魔法学院へ戻そう。ルイズたちの外出を知り、キュルケは慌てて
親友の元へ転がり込む。
「タバサー、居るかしら?」
 ノックの後に青いショートヘアと赤い眼鏡が特徴的な、小柄な少女が顔を出した。
タバサと呼ばれた彼女はその体に不釣合いなほど大きな曲がりくねった杖を携え、
人形のように整いながらも無表情な顔へ親しいものにしか判らないような不機嫌さを浮かべている。
「……虚無の曜日」
 休日は始終読書して過ごすと決めていた彼女の抗議もなんのその。
キュルケはマシンガンのような早口で自らが恋したシンの外出をまくしたて、
竜の中でも随一の速度を誇る風竜を使い魔とするタバサへ助けを求めた。
 かくしてキュルケたちを乗せた風竜シルフィードは、ルイズたちを追うために
トリスタニアへ向けて学院を出発したのである。

「ねえルイズ、これなあに? あれは?」
「迷子になるから離れないで!」
 シンの見慣れた地球の街と比べると大分狭く感じられるブルドンネ街の大通りを、
一行は物珍しい品を並べる露天やらに好奇心を刺激されて、しばしば横道にそれてゆく
ステラを軌道修正しつつ歩いてゆく。
 どうやらこの国の識字率は低いようで、酒場は瓶の形、衛士の詰め所は×印など、
店の看板は大抵が絵で表されている。
 ルイズに連れられた二人は、大通りよりも狭い路地裏へ入るとその惨状に顔をしかめた。
「こりゃひどいな」
「うぇい……汚い」
「仕方ないでしょう、もうすぐだから我慢してちょうだい」
 悪臭が鼻を突き、ゴミや汚物が転がる有様に辟易しつつも、彼らは目的地だった
剣を模った銅の看板を掲げる店、武器屋へたどり着いた。
 羽根扉を開けて入ってきた客を見て、武器屋の主人は目を丸くした。
なにせ従者らしき二人を引き連れた真ん中の少女は、マントに加えて貴族の証である
五芒星の紐タイを着けているのだ。
 平民に身をやつした土メイジならともかく、目の前に居るような身なりの貴族に
剣の目利きが出来るものなどほとんど居ない。これは鴨が葱背負ってやってきたぞと
相好を崩した店主は、この貴族も最近出没する盗賊の用心に武器を買いにきたに違いないと、
もみ手をしてご機嫌取りにいそしんだ。
「これはこれは貴族の若奥様、このたびはいったいどういったご用件で?」
「従者に持たせる剣を買いに来たの。シン、どういうのが欲しい?」
「そうですね……多少切れ味が悪くてもいいから、なるたけ頑丈なやつですかね?」
 ────ビンゴ! 読みの当たった店主はいそいそと棚から無骨な幅広の剣を下ろすと、
なんのかんのと能書きをたれながらシンへ勧める。
「普段いらっしゃる貴族様方にはこちらのレイピアが人気なんですが、
 頑丈な剣ということならこれをおいて他にありませんぜ」
『やいこら! 俺様は女子供のおもちゃじゃねえぞ!』
 長さのバランスもちょうど良く、これに決めてしまおうかといった矢先、
背後から聞きなれぬ低い男の声が響いた。
「なんだ?」
 声のしたほうへ目を向けるが、そこにはしゃがみこんで剣を弄り回しているステラが居るばかり。
だがルイズは、彼女の手に握られているぼろぼろの錆剣が、鍔元の金具をカチャカチャと
鳴らしているのに気づいた。
「あら、それってインテリジェンスソード?」
「あの剣が喋ってるのか?」
 インテリジェンスソードとは、その名の通り自らの意思を持つ剣のことである。
同じく自立稼働し、擬似的にとはいえ意思を持つ魔法人形やガーゴイル技術の応用だとも
言われているが、その歴史は古く、一体いつの時代のメイジに生み出されたのかすら知るものは居ない。
『……今更だが見くびってたメイドの嬢ちゃんよ、おめえさん意外といい体してんのな』
「エロ剣だ」
「エロ剣ね」
「エロ剣?」
『ちっげーよ! そういう意味じゃねーって!!』
 エクステンデッドとして鍛え上げられたステラの身体を評して言ったであろうその言葉を、
メリハリの効いたバディへの評価と解釈したシンとルイズは軽く引く。
 そんな錆剣にとって致命的な誤解をされるなか、手も足も顔も無いはずの彼が
必死になって弁明しようとする様子が、なんとも不思議な可笑しさを醸し出していた。
「こらデル公!また商売の邪魔しやがって!!」
『うるせー! 何が商売だ、嘘八百並べ立ててそんなヘボ剣売りつけようとしてやがった癖に!!』
「────嘘八百、ですって?」
 聞き捨てなら無いその言葉に、ルイズの鳶色の瞳が鋭さを増す。
「ヒィっ! お許しくだせえ若奥様。ただちょっとばかり大げさに吹聴しただけなんでさ……」
『嬢ちゃん、俺をその剣に重ねてみな』
 ひたすら平謝りに徹する親父をよそに、錆剣は自分をカウンターに載せられた剣へ
重ねることを指示する。
 ステラが言われたとおりにすると、錆剣は案の定といった声色で金具をカチャカチャ鳴らし、
シンが買おうと思った剣の正体をぶちまけた。
『そこでソイツを一発ガツンとやってみな』
「うぇい!」
 振り下ろされるが早いか、錆剣の一撃でたちまち砕ける鋼の刃。
親父が頑丈な剣といったらこれをおいて他に無いなどと言った舌の根も乾かぬうちにコレだ。
さらに眼前の惨状へ追い討ちを掛けるように、断面の異状に気づいたルイズが
目を剥いて非難の声を上げる。
「なによこれ!? 頑丈だなんて言っておいて、錆び付いた剣を
 錬金でごまかしただけじゃない!!」
 勉学の成績も優秀な上に姉二人が優秀な土メイジのせいか、ルイズも少しばかりは
土の魔法に造詣が深い。この剣ときたら表面だけは奇麗に繕ってあったようだが、
砕けた刃の断面は茶色い錆びに侵食され、内側は当の昔にボロボロとなっていたのだ。
 その指摘に親父はたちまち顔面蒼白。先ほど以上の必死さでカウンターへ頭をこすり付け、
ただひたすらに命乞いした。
 図らずも原因となってしまったステラは菫色の瞳をぱちくりさせて、手元の錆剣と
砕けた剣とを見比べると慌てて店主に頭を下げ、精一杯謝罪の言葉を述べる。
「お許しくだせえお許しくだせえ……その剣は何日か前に旅の傭兵から引き取ったもんでして、
 いくらなんでもそこまでひどい代物だとは思ってもみなかったんでさあ!
 若奥様どうか、どうか命ばかりはご勘弁を…………!!」
「あの、おじさん……壊してごめんなさい!」
「ステラのせいじゃないよ……なあルイズさん、本当に知らなかったみたいだし許してやろうぜ」
 余りにも哀れを誘うその姿に、流石にシンから助け舟が入る。
「そうね……ほら、もういいから顔を上げなさい」
「…………へ? 許していただけるんで?」
「あら、罰が欲しかったのかしら?」
「いいえ滅相もございません!」
「店長さんには悪いけど、お前のおかげで粗悪品に引っかからずに済んだな。
 デル公とか言ったっけ? ありがとうな」
『ちがわい! デルフリンガー様ってんだ! 覚えておきやがれ!!』
 威勢よく名乗りを上げた錆剣ことデルフリンガーは、ステラからシンの手に移るや
途端にその口を閉ざし、しばらくして驚嘆の意を示した。
『……おでれーた、お前“使い手”か。俺を買え』
「シン、それにするの? さっきの程じゃないけど錆だらけじゃない」
「う~ん……」
「でも、デルフはしゃべるし面白いよ?」
 財布を握るルイズが難色を示す様子に危機感を抱いたデルフリンガーが、
インテリジェンスソードならではの千の言葉を駆使して必死にその有用性をアピールし、
なんとしても使い手の元へ馳せ参じようと涙ぐましい努力を重ねる様子に流石の彼女も折れ、
しぶしぶ店主へ値段を問うた。
「へい、本来でしたら新金貨で百、と言いたいところですが、先程のこともありやすし
 ただで差し上げやす」
「あら、悪いわね」
「騒がしいときはホレ、この通り鞘に押し込めば黙りますんで……」
 こうしてデルフリンガーとめぐり合ったシンは、その背に150cmはある彼を背負い、
ステラたちと大通りへ繰り出してゆく。
「いやー、助かったわ」
「どうかしたんですか?」
 安堵の声を上げたルイズに首をかしげるシンは、その理由を聞いて目を丸くする。
「……実はね、ステラの薬代のせいで今の私のお小遣い、百エキューギリギリしか無かったの」
「……すいません」
「謝らなくて良いわよ! けどね、剣を買うのはギリギリでも、百エキューって
 食事には十分過ぎてお釣りが来るくらいの額よ。
 もうお昼だし、みんなで美味しいものでも食べに行きましょう」
「うぇい! ご飯―!!」
 美味しいものと聞き、そろそろ空腹を覚えはじめていたステラがたちまちはしゃぎだす。
 シンはいまだ飲み込めていないことだったが、ハルケギニアにおける平均的な
平民一人の生活費が一年でおよそ120エキューである。これを考えれば現在のルイズの懐具合の
程が知れるというものであろう。

 一方、学院からはるばる彼らを追いかけてきた凸凹コンビ、キュルケとタバサも
武器屋にたどり着き、物陰からルイズたちの様子を伺っていた。
「まあ、ルイズったらプレゼントなんて生意気な!」
 既に役目は終えたとばかりに、興味を無くして読書にいそしむタバサを他所に、
一人ヒートアップする彼女は勇んで羽根扉をくぐる。
 だがストロングでゴージャスな名剣をシンへプレゼントしてハートをゲットしようという
キュルケの目論見は、次の瞬間あっさりと瓦解してしまう。
「また貴族だ! 珍しいこともあるもんだなあ」
 そう呟いた店主は申し訳なさそうに、今日はもう店じまいするつもりなのだとキュルケに告げた。
「どうしてよ!?」
「いえね若奥様、先ほどいらした貴族のお客様に危うく粗悪品の剣を売りつけちまうところでして。
 幸い寛大なお方で助かったのですが、これは同じことがあったら命がいくつあっても
 足らないと思い、至急売り物を調べ直さにゃならんという次第で……」
「キィ~~~~~~!! よりによってルイズに出し抜かれるなんて!!」
 半ば追い出されるように店を出る二人。吹き抜ける一陣の風が、
西部劇のタンブルウィードのように紙屑を運び去ってゆく。
 裏通りにタバサが無言でページをめくる音だけが響く中、完全に出鼻をくじかれる形となった
キュルケは、地団駄踏んで悔しがった。

□□□□

「あー、おいしかった」
「ごちそうさま!」
 昼食を終えた三人は、訪れたオープンテラスの喫茶店でルイズの大好物のクックベリーパイを
つつきながら、食後の紅茶を楽しんでいた。
 今日は風も無く、外で食べるには絶好の日和だ。
「デザートだけ別の店で食べるなんてどうかと思いましたけど、この味なら納得ですね」
「でしょう? 私のお気に入りなのよこのお店。少なくともパイに関してならトリスタニアでも一番ね!」
 不意に日差しが遮られ、なんだろうとシンが顔を上げると、上空を一匹のドラゴンが
横切ってゆくのが見える。その背には人影があり、首元には金属板が光っていた。
「ああ、あれは竜便──竜を使った運送業者よ。学院にも食材の搬入でちょくちょく来るわ」
 疑問の表情を感じ取ったのか、ルイズが説明してくれる。なるほど、流石はファンタジー。
自動車の変わりにああいう生物を利用した職業が当たり前に日常へ溶け込んでいるのか。
「でも竜便って珍しいのよ? 竜は気位が高いから認めた主じゃないと言うこと聞かないし、
 結構餌代だって掛かるから平民じゃあまず出来ない仕事ね」
 しかし聞いてみると、基本的にはペリカンなどの鳥類を利用した小規模な宅配サービスが主流で、
竜を使うのは金に困った竜騎士が、小遣い稼ぎにやるアルバイトどまりなのだそうだ。
「でも不思議なのよね」
「なにがです?」
「学院に来る竜便って、どういうわけか御者が平民の女の子なのよ。
 落ちぶれた貴族って風でもないし、どうして竜に乗れるのかしら?」
 カップの中身をスプーンでぐるぐるかき混ぜながら、ルイズは首をかしげる。
「きっとシルフィードみたいにやさしい竜なんだよ」
 無口で小さな同級生が召喚した風竜の子供。人懐っこいことでメイドたちからの評判も良く、
ステラのいい遊び相手となっている青い竜を思い出した二人は、その微笑ましい発想に
なるほどと納得した。

「剣は買えないしダーリンは見つからないし……虚無の曜日だっていうのに
 まったくやんなっちゃうわ!」
 すっかり日も傾いたころ。学院への岐路に着くシルフィードの背で、収穫の無かった
キュルケはぷんすかむくれていた。
「────右」
 だがせっかくの休日を台無しにされ、挙句愚痴を聞かされるタバサはいい迷惑である。
 じきに学院が見えてこようかという辺りで、前方から急接近してくる騎影を確認したタバサは、
巧みにシルフィードへ指示を下しそれを回避する。
「きゃあっ! なんなのよ、どこ見て飛んでるのあの竜!!」
 彼女らとギリギリですれ違ったのは、全長六メートル程のシルフィードとは大きさに
倍近い差があるなかなかに年月を経た風竜だ。
下手を打てば衝突するやも知れない危険な飛行にキュルケは文句をたれるが、
返事をすることも無く通り過ぎた相手は、振り向いた頃にはとっくに空のシミほどにも
小さくなっていた。
「……御者のほかに学院長秘書のミス・ロングビルが乗っていた」
「なんですって? ……ミス・ロングビルも隅に置けないわね。
 竜騎士の殿方とデートでもなさるのかしら?」
「………………」
 タバサの持つ風メイジ特有の動体視力は、ミス・ロングビルと相乗りしていた人物が
自分たちとさほど年の違わない少女であることも見抜いていたが、
勝手な勘違いをしている友人に別段わざわざ指摘するまでも無かったので黙ることにした。

「ちょっと、もう少し気をつけて飛びな! 危なくぶつかるところだったじゃないか!!」
「ゴメンゴメン、けどマチルダお姉ちゃんのせいで遅くなっちゃったんだもん仕方ないじゃない」
 いつもの理知的な彼女からは想像もできないような蓮っ葉な口調で、御者の少女を
とがめるミス・ロングビルは、自分に仕事を押し付けて逃亡した雇い主を深く恨んだ。
 爺のアレさえなければ今頃はとっくに家族の下へたどり着けたというのに……!
「さあ、飛ばすよファフナー! いぃぃぃぃやっほぉぉぉぉ~~~~!!」
「ヒィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、加速に伴って前方から吹きつける暴力的なまでの
向かい風を楽しむように、光の加減しだいで黒髪にも見える濃い茶色の長髪をなびかせる少女は
自らの相棒へ声を掛け、しがみつく姉貴分に情けない悲鳴を上げさせる。
「マユゥゥゥゥゥゥゥゥゥ! 帰ったら承知しないよっ! 覚えといで!!」
 風竜のスピードに酔いしれる少女の高揚に呼応するかのように、その右手から放たれる光が
遠目には夕暮れの空に輝く一番星のように瞬いた。

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最終更新:2011年03月01日 16:06
ツールボックス

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