<東方良宵談~猫と狐と人間と……~>
「すまないな、こんな時間まで付き合わせてしまって」
「いいですって。俺も時間空いてましたから」
「藍様、うなぎってなんですか?」
「あぁ、橙はまだ食べたことがなかったかな。良い機会だ、ここでどんなものか知るといい」
「はーい!」
……そろそろ陽も落ちるかという刻に珍しい客が来たものだ、と内心警戒を強めながらもいつもどおりの接客
をする。
それ以上に意外だったのはこの人間がいることだ。竹林の不死者や人里の半獣だけでなくあのスキマ妖怪の
式神とその式神とも親しげにしているとはいったい何者なのだろうか?
――んとねー、ヘンな人間だったー。
とはルーミアの評だったか。
……あまりにも端的過ぎて今でも分からない。
「しかしその、なんでそんなに油揚げを?」
「いいじゃないか、油揚げ。味噌汁に入れてもよし、いなりにするもよし、うどんに入れるもよしだ」
「にしたってこの量は……」
「藍様は油揚げが大好きなんです! 一日五食はいくときもあったりで!」
「あぁ、そうなんだ」と納得しつつも若干引き気味の少年に心の中で同意しつつ捌いた八目鰻を火にかける。
その間にグラスに酒を注いで差し出す。
「あの、俺酒はちょっと」
「少しだけいいから付き合ってくれないか? 橙も飲めないし、一人だけで飲むのも味気ない」
「……じゃあ少しだけ」
控えめな注文を受けもうひとつのグラスに半分まで酒を注ぐ。この間は無理矢理一杯を飲み干して倒れて
しまったのでこれでも多いかもしれないが、さすがに自重はするだろう。
「それじゃあ、乾杯だ」
「乾杯……でもいいんですか? 紫さん帰りを待ってるんじゃ?」
「あの方は夜が更けるまではお目覚めにならないからまだ大丈夫だ。遅くならない限りな」
そう言って妖弧はくっとグラスを煽る。
式神は水に弱いと聞くが、それにしては良い飲みっぷりだ。それに倣うように少年もちびちびと飲み始める。
(――そろそろかな)
焼きにむらがないことを確認して火から上げ、皿に乗せる。
「どうぞ」
「うん、いい匂いだ。橙、熱いから気をつけるんだぞ」
「はい、藍様!」
「……はい、あんたにも」
「あぁ、ありがとな。よし、それじゃ食うか」
――夕方色の空の下、傍から見れば親子のようにも見える三者の宴会が始まった。
「……藍さん、大丈夫ですか?」
「あぁ、酔ってはいるが意識ははっきりしている……しかし、暑いな」
ほんのりと朱を帯びた顔で九尾の狐は胸元を大きく開ける形で外気に肌を晒す。
その際現れた谷間を見て慌てて視線を手元に落とし仕込みをしているふりをして見なかったことにする。
いくら同性とはいえ、この式神の美しさすら感じてしまう肢体はなかなか直視できるものではない。
だがしかし、どうやらそれを見つめる身の程知らずがいたようだった。
「――シン? どうした、気になるのか?」
「え? あ、いや、その……」
驚いた。肝が座っているとは思っていたがここまで大胆なことをするとは。身の程どころか命すら危ないだえろうに。
「なんなら触ってみるか?」
「えっ?」
危うく少年と同じ声を上げそうになる。まだ顔は伏せたままだが、先ほど目にした見事なまでの二つの実が
頭をよぎり自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
「い、いいんですか……?」
いったい何を聞いているんだこの人間は。人前で堂々と破廉恥な行為に及ぼうとするなど……
「遠慮はいらん、減る物でもないしむしろ誇るべきものだ」
「藍様のはとってもおおきくて気持ちいいんですよー」
まさかの同意とその後押しに身を強張らせる。
(え? 何? 何をするつもり? 私の店で何をするつもり!?)
茹った頭ではまともな思考も働かせることができず、ただ混乱するばかりで静止の声も上げることができない。
そんな状態でも珍客の行動は止まらない。
「そ、それじゃあ少しだけ……うわ、やわらかくて肌触りもいい」
「んっ……そんなに乱暴にいじらないでくれ。繊細なところなんだ」
「す、すいません」
「いや、悪気がなかったのなら仕方ないさ」
「そ、それじゃ……これくらいなら大丈夫ですか?」
「そうだな、私もこれくらいがいい」
「すごい……こんなに大きいなんて」
「これでもそれなりに年の功を重ねているのでな、苦労もしたよ」
「あの、もっと触ってもいいですか?」
「あぁ。なんなら顔をうずめてもいいぞ? 橙にも時々そうさせている」
「そ、そこまでは……」
「いいのか? 私も思っていた以上に酔っている。こんな機会はもうないぞ?」
「――――お願いします」
「ふふ、いい子だ。優しくするんだぞ?」
「はい、それじゃあ……」
もう、限界だった。酔っ払い二人の暴走を止めるには自分で何とかするしかないのだとようやく覚悟を決める。
「ひ、ひひひ人の店で何をやってるんですか!? これ以上するなら私にも考えが……」
がばっと顔を上げて抗議する。
そして見た。
――少年が、鮮やかな黄金色の立派な尻尾を撫でていたことに。
「ん? どうかしたかミスティア?」
「…………いえ、なんでもないです」
「? ならいいけど」
「あの、これ追加の鰻です。お代はいらないんでどうぞ」
「おや、いいのかい夜雀?」
「はい……なんかもうすいませんでした」
「ふむ、まぁ喜んで受け取ろう。さぁ橙、火傷しないように気をつけて食べるんだぞ」
「はーい!」
――再び賑やかになった屋台で、ただ一人自分だけが羞恥に染まりきった顔を伏せていた。
最終更新:2011年03月11日 00:08