その日、シンは随分と遅い帰りであった。
数少ない男性の知人、へんてこな道具屋の主人に頼まれ、森に住む霧雨魔理沙へと荷物を届ける。そこまでは良かったのだが……
「まさか迷うとはなぁ……、無事出れたから良かったものを、あんなとこで屍にはなりたくないなぁ」
道に迷っていた。偶然出会った氷の妖精を上手くだまくらかし、なんとか外へ抜け出れたから良かったものを。
元々自然暮らしを体験したことの無いシンには、森の中だけでも十分に迷う要因であると言うのに、おまけに妖怪までいるとなると……
「ちょっと心苦しいけど、まぁしょうがないよな」
背に腹はかえられないというやつだ。流石に『自分は綺麗な玉を持っている。森の中では暗くて見えないから、外に連れていってくれたらそれを上げる』等という言葉が通用するとは思わなかった。氷の妖精、チルノは思った以上にだまされやすかった。
一応、玉をプレゼントはしているので詐欺ではないが、たまたま手に入れたおはじきなので、それ程珍しいものではない。それをさも上等で珍しいモノのように差し出すと、嬉しそうに笑っていたのが忘れられない。何とも純粋な子だった。
シンとしても、自身の妹よりも更に幼いような子供を騙すのは、罪悪感がでかい。
「今度、方位磁針かなんか無いか、尋ねてみるかなぁ? いや、そもそも効くのか?」
一瞬ナイスアイデアと思ったが、それが自分の常識にすぎないことを思い出すと、また頭を抱える。
「何悩んでるのかな、シン・アスカ?」
シンはその声にゆっくりと振り返る。
「あぁ、妹紅か。珍しいな、こんなとこで」
美しい長髪に、女性が着るものとしては珍しいモンペ。芯の強そうな瞳に、整った顔立ち。
竹林の住人、藤原妹紅である。
シンの言う通り、彼女と、里からも竹林からも離れた場所で出会うのは珍しい。と言うより周りに何も無い、本当に人里へ向かうだけの道なのだ。用事もくそも無いだろう。
「もしかして俺を待ってたとか? なんてな! ハハッ!」
今までの自分では信じられないようなジョークだ。シンははっきりとそれを理解する。CEの頃は、子供っぽい皮肉ならばよく言ったが、ここまで余裕を持った冗談は言えなかった。やはり大きく心境が変化しているという事なのだろうか? いや、きっとそうだ。そしてそれは自分――シン・アスカにとって、良いことなのだ。
「ばばばばばばばばっ馬鹿いいいいいっってんじゃ!!」
しかしシンの“軽い”冗談とは裏腹に、妹紅は凄まじいうろたえ方をする。
「そっ、そんなこと! するはずが……………………あぅ」
当然、そんな妹紅の態度は、シンにとって予想外であり、
「まさか……、妹紅、お前本気で……」
「あ、あぁ、えっと」
シンは妹紅の肩に手を置く。そして一言。
「ありがと」
彼女が意外とどころがかなり面倒見の良い人間であることは、シンは分かっている。つまりは、帰りの遅い人間を心配してくれていたということなのだろう。
「でも大丈夫さ。俺だって随分と長いんだ、逃げるぐらいなら、出来るよ」
勝手にそう推測したシンは、それが間違いないと確信してしまい、その前提に立って会話を進める。
相変わらず、肝心な部分はさっぱり理解していないのであった。
「…………ふぅ。まぁ、いいよ。シンがそんな奴だって、私知ってるしね」
ポケットに手を突っ込み、一つ嘆息する妹紅。その態度の理由はシンには分からない。
それが永遠に続くのか、それとも容易に気付けてしまうのか、それは誰にも分からないのだが。
「折角だ、飯でも行かないか、妹紅。今ちょっと余裕があるんだよ」
「へ、へぇ~、そ、そこまで言うなら構わないけど……」
「いや、別にそこまでは言ってないけど…………。嫌なら他の――」
「行く! 絶対行く! 二人っきりだぞ!」
「ま、まぁこの時間帯で呼べるのなんて精々……」
「呼ばなくてもいい! さぁ行こう、すぐ行こう」
「わ、ちょっと妹紅! 引っ張んなって! オイッ! ズボンが破れる! 擦れて破れんだよぉ!!」
暗い夜道に少年の声が響いた。
幻想郷は、今日も平和。
「でねっ? 皆酷いんだよ。分かる? 刹那と諏訪子とで結託して私を集中狙いするんだよ。私は成す術なく落とされてさ、早苗の舌打ちが入るんだ。あの豚を見るような目をしたドS早苗もいいなぁ」
「は、はぁ……そうですか(何でこの人神様なのに酒に溺れてんだ……、おまけに妹紅が異様に――)」
「………………………………」
「(不機嫌だしなぁぁぁ! これ後で必ず酷い目に合うフラグ立ってるよ!)」
「聴けよぉ、シィン! 今から早苗メモリーを語ってやるから! ブラックメモリーより遥かに価値有るから!」
「何でどこぞのブラックマン絡みの話題を持ってくるんだ! 共演はしたけど、この話の俺とは面識が無いんだぞ!」
「わらしは神様だぞぉ!! できにゃいことはなぃ!」
「くっそぉ!! アンタは一体、なんなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
隣に座る不機嫌不死人のご機嫌を取ることも出来ず、さりとて妙案も無いまま、幻想郷の一日はすぎる。
幻想郷はやっぱり平和。
最終更新:2011年03月11日 00:44