C.E.74年、月面・ダイダロス基地。レアメタル採掘を目的として、クレーター丸々一つを利用して建設された地球連合の資源基地に、“そいつ”は突然現れた。
如何なる魔法を使ったのか、厳重な警備網をいとも簡単に潜り抜け、まるで瞬間移動でもしたかのように基地の直上数百メートル地点に突如出現したのだ。
機動兵器だった。全長は二十数メートルから三十メートル、モビルスーツにしてはやや大型である。その姿は、どこか要塞を思わせる異形のフォルムだった。
ゴツゴツした重厚な装甲が全身を覆い、両腕は人の形すらしていない武器一体型。肩や背中に大型のミサイルポッドをマウントし、下半身は丸ごと推進器となっている。
レーダーが察知するよりゼロコンマ数秒早く、“そいつ”は攻撃を開始。レーザーとミサイルの雨が基地の頭上から降り注ぐ。その火力たるや、まるで爆撃である。
基地施設のあちこちで発生する爆発。鳴り響くレッドアラート。轟く断末魔の悲鳴と怒号。そこは瞬く間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
炎上する基地施設から、漸く守備隊が出撃。百はいるだろうモビルスーツ部隊。ザムザザー、ゲルズゲー、ユークリッド等のモビルアーマー群。その他諸々が続々と発進する。
ただの資源基地とは思えないほど充実した軍備。それも当然だ。ダイダロス基地の本当の姿は、軌道間全方位戦略砲が配備された軍事基地なのだから。
雨あられと撃ち放たれる実弾とビーム兵器の嵐の中を、“そいつ”はまるで踊るかのように縦横無尽に飛び回る。そのサイズからは考えられないほどの機動性だ。
左右の武器腕から巨大なレーザー刃が発生。すれ違いざまに敵をバターのように易々と切り刻む。モビルスーツ、モビルアーマー、戦艦お構いなしである。
破壊された機体が次々と爆発を起こし、虚空を翔ける“そいつ”の背中に、まるで道を作るかのようにひと筋の軌跡を残す。死の道だ。
瞬く間に守備隊を壊滅させ、“そいつ”は再び基地施設に接近。施設の破壊を再開しようとする。
その時、地面が割れ、地響きとともに地下から巨大な機影がせり上がってきた。地球連合軍の超大型モビルスーツ“デストロイ”である。その数、三体。
機体各所の砲門に光が灯り、デストロイ達が一斉に搭載兵器を掃射。ビーム砲の嵐が月面を焦がす。
だが“そいつ”は怒涛の勢いで放たれるビーム砲撃の雨を掻い潜り、デストロイに接近。懐に飛び込み、まるで獣が獲物を狩るように一体ずつ確実に仕留めていく。
一機目、レーザー刃を振り下ろして一刀両断。二機目、砲口にレーザーを叩き込んで内部から爆破。三機目、生意気にも変形しやがった。面倒だから弾幕で押し潰す。
施設防衛の切り札であった三体のデストロイまで瞬殺され、丸裸となったダイダロス基地へ、“そいつ”は改めて息の根を止めにかかる。
武器腕の先端をクレーターの底に向け、エネルギーをチャージ。ターゲットをロックし、トリガーを引く。
一発、二発。次々と放たれるレーザーが偽装ハッチを吹き飛ばし、隔壁を溶かし――見えた。軌道間全方位戦略砲の発射口だ。
躊躇なく放たれた最後の一発が発射口を正確に撃ち抜き、瞬間、軌道間全方位戦略砲が爆発。基地施設はおろか周囲一帯、半径数キロもの範囲を一瞬で消し飛ばす。
その時には、“そいつ”はいつの間にか、まるで幽霊のように忽然とその姿を消していた。
機動戦士ガンダムSEED Destiny~Beast in the Moon~
PHASE 1「幽霊モビルスーツ」
A.D.時代末。石油資源は枯渇し、環境汚染も深刻化。全世界的に不況の嵐が吹き荒れた。諸国家は排他的経済ブロックを作り、地球は幾つかの勢力に分割される。
不安定な情勢の中、民族・宗教紛争は激化し、国家統合・再編を目的とした大戦に突入。いわゆる「再構築戦争」の開戦である。
再構築戦争末期、中央アジア戦線にて、核兵器が使用された。俗に言う「最後の核」事件である。
これを機に世界中で戦争終結の機運が高まり、再構築戦争終結後、最後の核が使われた年を元年に、国連主導で新暦が制定された。
新時代「コズミック・イラ」の始まりである。
C.E.15年、ジョージ・グレンが木星探査に出立。同時に遺伝子操作された新人類・コーディネイターの製法を公開し、後にファーストコーディネイターと呼ばれるようになる。
しかしコーディネイターと非遺伝子操作人類「ナチュラル」との対立は次第に激化し、C.E.70年、「血のバレンタイン」事件が発生。遂に全面戦争に突入した。
C.E.72年。「血のバレンタイン」の悲劇の舞台であるコロニー・ユニウスセブン跡上空において、地球連合とプラント臨時評議会間において停戦条約が締結。
最終決戦場の名前から後に「ヤキン・ドゥーエ戦役」と呼ばれることになる人類初の宇宙戦争は、多くの犠牲の果てに遂に終戦を迎えたのである。
なお、同条約には核エンジンおよびニュートロンジャマー・キャンセラーの使用禁止、コロイド技術の軍事利用の禁止、MS保有数の制限なども盛り込まれた。
C.E.73年、「ブレイク・ザ・ワールド」発生。元ザフト脱走兵のテロリストによるユニウスセブン地球落下テロを引鉄に、世界は再び戦火に見舞われる。
地球連合とザフト、そして戦艦アークエンジェルを擁する謎の勢力による三つ巴の戦いは、やがて戦争の支配者「ロゴス」と、それに対抗する者達の抗争へと発展していく。
そして、C.E.74年――。
「――幽霊モビルスーツ?」
シンはスプーンを加えたままヨウランを振り返った。戦艦ミネルバの休憩室。非警戒態勢の今、そこには暇を持て余した多くのクルーが集まっている。彼らもその内の一人だ。
「そうそう! また出たんだってよぉ。今度は月の連合基地に」
シンが食いついたことに気をよくしたのか、ヨウランは身振り手振りを交えながら面白おかしく語り始める。
曰く、今回襲われたのは月のダイダロス基地。表向きはレアメタル採掘のための資源基地だったが、実は大量破壊兵器を配備した軍事基地だったことが事件後に発覚した。
その大量破壊兵器である軌道間全方位戦略砲は、結局一回も撃たれることなく破壊されてしまった訳だが、もしも使われていたらプラントも危なかったかもしれない。
幽霊モビルスーツ。その名の通り、まるで幽霊のように神出鬼没で、主に軍の戦略兵器や大量破壊兵器を狙って現れるという正体不明のモビルスーツである。
ヤキン・ドゥーエ戦役当時にもそれらしい機影が目撃されており、噂ではザフトのモビルスーツ開発以前に既に存在していたという。
長らく都市伝説の類だと思われていたが、最近になって、どうやら本当に軍基地を襲う何者かがいるらしいと一部で噂になっているのだ。それも連合・ザフト関係なしに。
もっとも、そいつが果たして「本物」なのか、それとも伝説を騙るただのテロリストなのか、その真偽を判断確かめることなどできる筈もないのだが。
「いいよなぁ、幽霊モビルスーツ。何か格好よくね? 正義の味方っぽくってさ」
「……別に。ただのテロリストだろ」
子供のように目を輝かせながら熱弁するヨウランに、シンは不愉快そうな顔でそう吐き捨てた。
どんな綺麗事を口にしても、どれだけ派手なパフォーマンスをしても、そいつがテロリストであることに変わりはない。そう――あのアークエンジェルやフリーダムのように。
戦艦アークエンジェルとフリーダム。件の幽霊モビルスーツと同じく神出鬼没で、戦場に現れては好き勝手に引っ掻き回すテロリストである。
ある経緯から、シンはアークエンジェルを蛇蠍の如く嫌っている。否、寧ろ憎んでいると言ってもいい。
あいつらのせいでハイネは、ステラは……! 噛みしめた歯が咥えたままのスプーンで欠け、シンの口から血が零れた。
「シン、ここにいたのか。探したぞ」
ギスギスとささくれ立った空気を払拭するように、新たな声がシン達の耳を打つ。振り向くと、長い金髪が印象的な端正な顔の少年がシンを見ていた。シンの親友・レイだ。
「議長がお呼びだ。至急、司令部まで出頭するぞ」
「デュランダル議長が?」
レイの科白にシンが驚いたように訊き返す。プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダル、ザフトの実質的な支配者。末端の兵士にとってはまさに雲の上の人間である。
プラントの頂点に立つデュランダルが、一軍人でしかないシンやレイと何の接点があるのか? その答えは二人の襟元にあった。
鳥の羽を模った白いバッジ、プラント国防委員会直属の特務隊フェイスの証である。
「信頼」「信念」の名の下に戦術を超えた自由行動が許され、国防委員会及び評議会議長に戦績・人格ともに優れていると認められた者が任命されるザフトのトップエリート。
シンとレイはそれに選ばれ、そしてその名に相応しい働きをこれまで行ってきた。
デュランダルも彼ら二人に、特にシンに注目しており、極秘裏に重要任務を与えることも珍しくない。今回もそういった類の用件だろう。
そんなシンの予感は正しく的を射ており、司令部に出頭したシンとレイに、デュランダルは議長権限で新たな命令を下した。それは――、
「ぅえ!? 幽霊モビルスーツの討伐、でありますか……?」
デュランダルに告げられたその任務内容に、シンは思わず素っ頓狂な声を上げた。
つい先刻まで、その幽霊モビルスーツについて話していただけに、そのタイミングのよさに思わず呆れる。
デュランダルは頷き、デスクの上で腕を組んでおもむろに口を開いた。
「奴には我々も手を焼いていてね。つい先日も、新たに建設が進められていた機動要塞を破壊されてしまった。その被害は、最早無視できる規模ではない」
そう語るデュランダルの顔は、よほど事態が切迫しているのか、普段絶えることなく浮かんでいる彼の微笑が、今は微塵も見えなかった。
デュランダルの話は続く。曰く、今回の作戦にはミネルバだけでなく、ジュール隊を始めとしたザフトの最精鋭が惜しみなく投入されるという。
しかもそれだけではない。デュランダルが続けて語ったその作戦内容に、シンは度肝を抜かれた。
「この作戦は君達ザフトだけではない、現在地球連合やオーブ諸国にも協力を打診中だ。君達には彼らと協同で作戦を行って貰おうと考えている」
「何ですって!?」
シンは思わず声を荒げた。
「でも議長! 俺達連合と戦争してるんですよ!? あいつら思いっきり敵じゃないですか!!」
「違う。我々の敵はあくまでロゴスであり、ブルーコスモスだ。そこは間違えないでくれたまえ、シン」
シンの抗議に、デュランダルはぴしゃりと言い放つ。
「これはある意味でチャンスなのだよ。我々の真の敵、ロゴスはあまりにも強大だ。彼らを打倒するには、世界が一つになって立ち向かわなければならない」
そのためには何かきっかけが必要なのだ、とデュランダルは語る。今、誰もが信じるべき未来を見失い、世界は混迷に包まれている。
だが倒すべき「悪」が存在すれば、人はその矛先を見失うことなく「正義」の名の下に結束する。この作戦は、そのいい機会になるとデュランダルは考えているのだ。
「作戦名は、そうだな「オペレーション・マーナガルム」だ」
デュランダルはそう言って不敵に微笑した。
――To be continued...
最終更新:2011年03月11日 00:46