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PHASE 4「オペレーション・マーナガルム(前編)」

 無数に放たれるミサイルやビーム光線が流星のように虚空を横切り、爆炎が暗闇を鮮やかに染め上げる。
 モビルスーツやモビルアーマーが虫のように大群で宇宙を飛び交い、かと思えば、放たれた陽電子砲が圧倒的な熱量で空間を薙ぎ払った。

 全方位から怒涛の勢いで襲いくる弾幕の嵐の中を、漆黒の機体が閃光のように駆け抜ける。
 幽霊モビルスーツ。「オペレーション・マーナガルム」における討伐対象。地球連合・プラントともに超弩級テロリストに指定する、まさに“世界の敵”と言うべき存在だ。

 たった一機のモビルスーツを討つために、連合・ザフトが今作戦に投入した艦隊は合計千数百。モビルスーツやモビルアーマー等の機動兵器に至っては万を超える。
 歴然とした戦力差。だがその圧倒的すぎるほどの物量を以てしても、連合もザフトも、未だ幽霊MSを墜とせずにいた。否、寧ろ押されてすらいる。

 目まぐるしく動くパイロットの視線に合わせ、センサーがターゲットをマルチロック。肩ポッドから射出されたミサイルが敵戦艦を直撃し、味方を巻き込んで大爆発を起こす。
 続いて右の武器腕から放たれたビーム弾がウィンダムを撃ち抜き、同時に左手のレーザー刃がザクを真っ二つに切り裂いた。

「……弱すぎる」

 戦場を蹂躙する幽霊MSのコクピットで、“彼”は苛立たしげに呟いた。これだけ数を揃えておきながら拮抗にすら持ち込めないとは、期待外れも甚だしい。
 圧倒的に力の差のある敵を相手にする時、その実力差を覆すには数に頼るのが一番だ。かつて地上で出会った兎が得意げにそう語っていたのを、“彼”は不意に思い出した。
 呼吸を合わせ、心体ともに気を練り、最も充実した瞬間に一斉に襲いかかる時、一と一の力は三にも四にもなる。彼女の言葉は、確かに一つの真理をついていた。

 だが彼女の理屈には、二つの大きな“穴”がある。
 一つは、たとえ呼吸を合わせ心体ともに最も充実した瞬間に一斉に襲いかかったとしても、勝てない奴には勝てないということ。
 そしてもう一つは、一と一を合わせても必ずしも二以上になる訳ではないということ。どれだけ数を集めたところで、息が合わなければただの烏合の衆でしかないのだ。

 今の状況は後者に当たる。形だけの共同歩調を取ったところで、地球連合とザフト、ひいてはコーディネイターとナチュラルとの潜在的な確執を消すことはできない。
 連携もできない連中が、味方同士で密集するから身動きが取れなくなる。いい的どころか、寧ろ“彼”が撃墜した数より味方誤射で勝手に自滅した方が多いのではないか?

「どこだ……?」

 押し寄せる有象無象を薙ぎ払いながら、幽霊MSはまるで何かを探すように戦場を飛び回る。否、「まるで」ではなく「事実」、として“彼”は“あるもの”を探していた。
 目印となるのは赤い翼、“運命”の名を冠するザフトの最新鋭モビルスーツ。そしてその機体を駆る、“彼”にとって唯一絶対の敵。

「どこにいる――シン・アスカァ!!」

 “彼”の咆哮がコクピットに木霊した。




 機動戦士ガンダムSEED Destiny~Beast in the Moon~
     PHASE 4「オペレーション・マーナガルム(前編)」




「どこだ、どこだ、どこだ、どこだ、どこだ……?」

 行く手を阻む邪魔な敵を撃ち墜としながら、“彼”は壊れたレコードのように同じ科白を繰り返す。視界の端を赤い影が掠めた。見つけた! “彼”の顔が獰猛に歪む。
 幽霊MSが軌道を変え、赤い敵影を追って宇宙を翔ける。そして捉えた。だが“デスティニー”ではない。一見よく似たシルエットだが、あれは“インパルス”だ。

「……くそっ、紛らわしい」

 “彼”は舌打ちし、幽霊MSがデスティニーインパルスに斬りかかる。しかし無造作に振り下ろされたレーザー刃を、デスティニーインパルスの対艦刀が受け止めた。
 ほぅ、と感嘆の声が“彼”の口から漏れる。少しはマシな奴もいたか。動きを止めた幽霊MSに、背後からもう一機のデスティニーインパルスが斬りかかった。
 幽霊MSはもう片方の武器腕にレーザー刃を展開し、デスティニーインパルスの斬撃を受け止める。両腕の塞がった幽霊MSに、大出力ビーム砲が頭上から降り注いだ。
 “彼”は鼻を鳴らしてフットペダルを踏み込んだ。幽霊MSが脚部スラスターを逆噴射してその場から離脱。逃げ遅れた二機のデスティニーインパルスを砲撃が掠めた。

『――マーレ! 貴様、一体どういうつもりだ!?』

 デスティニーインパルスの一機――コートニーが、味方ごと撃った三機目のデスティニーインパルス・マーレ機に怒号を飛ばす。

『ハン! ノロマな奴らが悪いのさ』

 コートニーの詰問に嘲笑しながらそう答え、マーレ機が対艦刀を構えて幽霊MSに突進。裂帛とともに刃を振り下ろす。
 マーレ機の斬撃を躱した幽霊MSに、残り二機のデスティニーインパルスがすかさずビームライフルを放つ。“彼”は舌打ちした。有象無象と侮っていたが、いい加減鬱陶しい。

「お前らなんかに用はないんだよ、三下ども!」

 “彼”の怒号とともに、幽霊MSがレーザーをマシンガンのように連射。デスティニーインパルス達は辛くも躱したが、周りのモビルスーツは避けられず次々と撃墜される。

 マーレ機が再び幽霊MSに突進。振り下ろされた対艦刀を、幽霊MSはレーザー刃で叩き折り、返す刃で両腕を切断。
 更にブースター型の脚部で器用に蹴りを放って両脚を破壊し、とどめとばかりに体当たりを食らわせる。

『何だとぉぉっ!?』

 四肢を失ったマーレ機が悲鳴とともに錐揉み回転しながら飛んでいくが、幽霊MSは無視してバーニアを噴かす。
 有象無象に用はない。“彼”が狙うのはあくまでシン・アスカ――デスティニーただ一機だった。

 その時、視界の端に赤い光が映った。光は瞬く間に大きくなり、赤い翼を広げ大剣を構えた鋼鉄の巨人が肉眼でも視認できるようになる。デスティニーだ。“彼”は哂った。

「ッハハ! やっと見つけたぞぉ、シン・アスカァ!!」

 狂ったように哄笑しながら、“彼”は幽霊MSを駆り、デスティニーへ突進した。振り下ろされるレーザー刃を、デスティニーは対艦刀を持たない左手で受け止める。
 内蔵されたジェネレーターがフル稼働し、掌に発生したビームフィールドがレーザー刃と拮抗。幽霊MSの動きを止め、デスティニーは右手の対艦刀を振り下ろした。
 幽霊MSはその場で宙返りを打ち、脚部ブースターの先端で対艦刀の柄を弾いてデスティニーの斬撃を逸らす。軸のずれた対艦刀が分厚い装甲を僅かに削った。
 バーニアを噴かせ、幽霊MSはデスティニーから一旦距離を取る。仕切り直しとばかりに体勢を立て直す幽霊MSの頭上から、ビーム光線の雨が突如降り注いだ。
 見上げると、高機動ユニットを装備した四機目のインパルスと、背面に大型のドラグーン・プラットフォームを背負った灰色のモビルスーツが確認できる。

「インパルスにレジェンド、ルナとレイか。……そうだよなぁ。シン・アスカがいるんだ、あいつらだっているに決まってるよな」

 懐かしい人達が乗る二機のモビルスーツを見上げ、“彼”は泣き顔にも似た笑みを浮かべる。だが――。

「――いいだろう、三人まとめて相手してやる」

 犬歯を剥き出して獰猛に笑い、“彼”は幽霊MSを駆りインパルスとレジェンドに襲いかかった。その背中をデスティニーが慌てて追う。
 レジェンドがドラグーンを射出し、幽霊MSにオールレンジ攻撃を仕掛けた。しかし全方位からランダムに放たれるビーム攻撃の嵐の中を、幽霊MSは楽々と飛び回る。
 ぬるい、と“彼”は落胆の息を吐いた。いつかの吸血鬼や焼き鳥女との戦いの方が余程楽しめた。所詮機械頼りの弾幕などこの程度か。
 ドラグーンの包囲を抜け、幽霊MSがレジェンドに接近。右腕を持ち上げ、先端にレーザー刃を形成する。かつての親友を見下ろし、“彼”は嗤った。

「まず、一人」

 “彼”の呟きとともに、幽霊MSがレジェンドめがけて躊躇なく武器腕を振り下ろす。だが、その時――。

『させるかあああああああっ!!』

 荒々しい雄叫びを轟かせ、デスティニーが砲弾のように幽霊MSへ突進。横合いから体当たりを食らわせ、ビリヤードのように幽霊MSを弾き飛ばした。

「……ま、そうくるよなぁ」

 まるでランドリーマシンの中のように激しくシェイクされるコクピットで、“彼”はそう言って低く笑った。そうこなくては面白くない。
 バランスを崩した幽霊MSをザクやウィンダムの大群が取り囲み、全方位からビーム弾の嵐が殺到する。小賢しい、と“彼”は嗤い、神経を極限まで集中。そして、呟いた。

「――飛べ、デスティニー」

 瞬間、幽霊MSの姿が蜃気楼のように忽然と掻き消えた。獲物を見失ったビーム弾が虚空を過ぎ去り、射線上にいた味方機を撃ち抜く。
 幸運にも味方誤射から免れた生き残りのモビルスーツ達を、しかし次の瞬間、頭上から突如降り注いだレーザーの雨が容赦なく蹂躙した。
 幽霊MSだ。いかなる手品を使ったのか、モビルスーツ群による包囲を抜け、まるで瞬間移動したかのように一瞬で死角へ移動したのである。

「――今、何をしたの?」

 サブシートから聞こえてくる困惑の声。豊姫である。彼女のその簡潔な一言が、戦場にいる全ての者の疑問を代弁していた。
 時折、“彼”はまるで瞬間移動のような動きをすることが過去にもあった。それは目にも留らぬ超々高速移動だと勝手に思い込んでいたが、“これ”は何かが違う。

「……別に。ただの手品ですよ。神様を呼んだりとか、百万の大軍を一瞬で月から地上へ送ったりとかのデタラメとは比べるべくもない」

 豊姫の問いに、“彼”は誤魔化すようにそう口にした。そう、別に大したことをした訳ではない。ただちょっとだけ――“時間を飛び越えた”だけなのだから。

 かつて「時間を操る程度の能力」を持つメイドがいた。また月の大罪人である蓬莱山輝夜は「須臾と永遠を操る程度の能力」の持ち主でもある。
 時間を操る能力というのは、実は然程珍しいものでもないのかもしれない。だが“彼”の「能力」は、彼女達のそれとは根本から違っていた。

 時間というものは連続性のある流れのような存在ではなく、例えばアニメーションやパラパラマンガのように、独立性のあるページを無限に積み重ねることで成立している。
 だが時間の最小単位である“須臾”、つまり一枚一枚のページが生き物には認識できないため、時間は連続しているように見えるのだ。

 輝夜達の能力は、言わばページを変えるスピードを操作する能力である。だが“彼”の能力は違う。
 正常な時間の流れを無視して、全く別のページの任意のポイントへジャンプする。それこそが“彼”の能力――「時空を飛び越える程度の能力」である。

 それが“彼”の瞬間移動マジックの正体。そしてこの呪われた能力が、同じ時間軸に“二人のシン・アスカ”が存在するという矛盾をも成立させていた。

 幽霊MSの姿を確認し、デスティニーが対艦を振り上げて猛スピードで突進する。だが次の瞬間、まるで瞬間移動したかのように幽霊MSがデスティニーの目の前に突如出現。
 思わずブレーキをかけるデスティニーめがけて、幽霊MSがレーザー刃を振り下ろす。デスティニーは咄嗟に斬撃を躱し、一旦後退して体勢を立て直そうとする。
 だが「そうはさせない」とばかりに、気がつけば幽霊MSがデスティニーの前に回り込んでいる。
 デスティニーのコクピットでシンは絶叫した。何だこいつ。まさか本当に幽霊だとでも言うのか!?

「……随分と楽しそうね、“シン・アスカ”?」

 “彼”の悪ふざけに、サブシートに座る豊姫が冷めた声をかける。帽子で隠れ、相変わらず豊姫の顔は見えない。しかし“彼”には彼女の表情が手に取るように分かった。

「そんなに“自分いじめ”が楽しいのかしら?」

 棘のある声で尋ねる豊姫に、彼は「いいや」と首を振った。

「楽しい楽しくないは問題じゃない。機械に感情なんて必要ないからな。俺はただ、月を守るために最善を尽くすだけだ」
「……でもその割には、貴方笑ってるわよ?」

 豊姫の問いに、“彼”は歪んだ笑みを浮かべる。

「狂ってるんだよ。俺はもう、とっくの昔に壊れていたんだ。千数百年って途方もない時間は、ただの人間が正気のまま生きるにはあまりにも長すぎたんだよ」
「それでやることが自分殺し? 随分とくだらない結論に至ったものね。過去の自分を殺したところで、過去そのものが消える訳でもないでしょうに」

 豊姫はそう言って呆れたように溜息を吐いた。

「それとも、貴方は今まで自分がやってきたことが全部間違っていたとでも言うつもり?」

 豊姫の問いに、“彼”は再び首を振った。

「何をやってきたかは問題じゃない。俺という存在そのものが月を蝕む毒なんだよ。だから消し去るんだ。“とばっちり”で殺されるあのシン・アスカには気の毒だけどな」

 “彼”――シン・アスカがやろうとしているのは歴史の改変だ。この日、この戦いでシン・アスカは幽霊MSに敗れ、千数百年前の月面に飛ばされる。その未来を変えるのだ。
 この戦いで“彼”がシン・アスカを完全に殺せば、彼が時間移動するという事実がなくなり、その結果である“彼”の存在も消滅する。

 また仮に“彼”が過去の自分であるシン・アスカに敗れたとしても、それならばそれで一向に構わない。
 そうなったとしても、「シン・アスカが過去に飛ばさせる」という未来が否定されることに変わりはないのだから。その場合、彼は一人のザフト兵として一生を終えるだろう。

「……豊姫様、あんたは今すぐこの機体から降りろ」

 “彼”は静かな口調でそう口にした。豊姫は無言。俯いた顔は帽子のつばに隠れ、やはりその表情を読み取ることはできない。しかし“彼”は構わず、淡々と言葉を続ける。

「あんたの能力なら月の都への帰還なんて一発でしょう? これはただの俺の我侭だ。あんたを巻き込むつもりはない」

 過去の自分を殺す、或いは逆に殺されれば、ここはタイムパラドックスの中心点になる。何が起こるか分からない。
 最悪の可能性として、時間の歪みに巻き込まれて豊姫まで消滅してしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。

 また万が一、“彼”の目論見が外れた場合、彼女達には残された地球連合やザフトの艦隊の後始末をやって貰わねばならなくなるかもしれない。
 一度月の都に戻って依姫と合流し、後は神の力を借りるなり月の兵器を使うなりすれば艦隊を全滅させること自体は造作もないだろう。
 今回の作戦には地球連合やザフトの威信が懸かっている。当然、投入される戦力も桁違いだ。
 それが全滅するという事態に陥れば、地球もプラントも戦争をする余裕などなくなるだろう。そうなれば暫くは月も安泰だ。

「……そうね。貴方の言いたいことはよく分かったわ」

 沈黙の後、彼女は静かな口調でそう言った。分かってくれたか。“彼”の口から安堵の息が漏れる。しかし“彼”の期待を裏切るように、彼女はそのまま言葉を続けた。

「――でも悪いけど、それ無理だから。だって私はお姉様ではないもの」

 そう言って、彼女はおもむろに帽子を脱いだ。キリッとして意思の強そうな瞳、きつく引き結ばれた口元。
 懐からリボンを取り出し、髪を結んだその顔は、豊姫ではない、その妹――依姫だった。



 ――To be continued...

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最終更新:2011年03月11日 00:48
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