核熱造神ヒソウテンソク

 守矢神社の一人娘、東風谷早苗はどこにでもいる普通の女子高生。
 しかし彼女には、人には言えない秘密があった。
 早苗は幻想郷の平和を守るスーパーロボット「非想天則」のパイロットだったのだ!

 遂に激突した二体の非想天則。
 復讐に生きる男・シンの孤独な心に、早苗の叫びはもう届かない。
 人は、やはり分かり合えない生き物なのだろうか……?



 核熱造神ヒソウテンソク
     第弐拾漆話「せめてこの涙が枯れるまで」



 紅の巨人が大剣を構えながら非想天則へ突進。振り下ろされる巨大な刃を、非想天則は辛うじて躱した。強烈なGが容赦なく全身を痛めつけ、早苗の顔が苦悶に歪む。

 KP型核融合炉実験機「零式非想天則」――その名の通り、早苗の非想天則のプロトタイプとして造られ、しかし開発者であるニトリ博士自ら「ガラクタ」と称する欠陥機。
 その心臓である試作型核融合炉が発する膨大な熱によって全身が真っ赤に発光し、圧倒的なパワーは最早人の身で制御できる代物ではない。

 だというのに、シンはその化け物マシンをまるで己の手足のように操っている。異常だった。一体何が彼をそこまで突き動かすのか? 否、早苗はその答えをもう知っている。
 復讐。シンの心を支配する圧倒的な怒りと憎しみ、そして絶望が、不可能を可能にし、あの暴れ馬を屈服させるだけの力を彼に与えているのだ。その命を代償にして。

「やめてください、シンさん! こんな戦いに一体何の意味があるんですか!?」

 非想天則のコクピットから早苗は必死にシンに呼びかける。たとえどれだけ拒絶されても、早苗は説得をやめない。
 知っているのだ。彼は本当は復讐に取り憑かれた狂戦士などではない。
 平和を愛し、花を売り、人里の子供達と遊び、幽香と一緒に笑う。それが早苗が知る本当のシン・アスカなのだ。
 だからきっと分かり合える、手を取り合って一緒に戦っていける。ひたすらそう信じ、早苗は叫び続けた。

「思い出してください。貴方が本当に欲しかったものを! 貴方が本当に幻想郷を愛しているなら、平和を望んでいるんだったら――!」
『関係ないな、そんなもの』

 早苗の言葉を遮るように、零式非想天則から声が響いた。シンの声だ。まるで別人のように冷たい声音だが、間違いない。

『幻想郷の平和なんてもうどうでもいい、人も妖怪も関係ない。敵は殺す、復讐を果たす。“あいつ”の仇を討つ……それが俺の全てだ!』

 シンの怒号とともに零式非想天則が再度大剣を振り上げ、非想天則に斬りかかる。
 その時、上空から無数の針が突如降り注ぎ、零式非想天則の装甲に突き刺さり爆発した。ニードルミサイルだ。

『何やってんのよ、早苗!? しっかりしなさい!!』

 凛とした声が早苗の耳に突き刺さる。同時に新たな巨大ロボットが二体の間に割り込んだ。博麗霊夢の「烈翔天則」だ。

「あいつの心は怒りと憎しみに囚われてる。もう何を言っても届きはしないわ」
『でも……!』
「割り切りなさい。心に迷いを持ったまま戦って勝てるほど奴は甘い敵じゃないわ。それができないのなら、邪魔だからどっか行ってなさい」

 早苗の反論の声を黙殺し、霊夢――烈翔天則は袖からビームお祓い棒を引き抜いた。柄の先端にビームの紙垂を形成したお祓い棒を両手に握り、手斧のように振り下ろす。
 迷いなく繰り出された烈翔天則の斬撃を零式非想天則は大剣の腹で受け止めた。鋼鉄の刃とビームの紙垂の間でバチバチと火花が散る。
 霊夢はにやりと口元を歪めた。直後、烈翔天則の肩ポッドからニードルミサイルが射出され、至近距離から零式非想天則を撃ち抜いた。

「まだまだぁ!」

 霊夢の怒号とともに、烈翔天則の背面から陰陽玉ファンネルが分離。自律飛行する八基の球体型の砲台が零式非想天則を取り囲み、文字通り八方からレーザーを撃ち放つ。

『しゃらくさい……! 俺を舐めるなぁ!!』

 シンの咆哮が天空に轟き、零式非想天則の大剣が烈翔天則をビームお祓い棒ごと弾き飛ばす。
 手首を返し、零式非想天則は間髪入れずに大剣を横薙ぎに振るった。振り抜かれた刃が烈翔天則を上下に両断。霊夢の悲鳴とともに烈翔天則は湖へ墜落した。

『シンさぁああああああんっ!!』

 早苗が絶叫し、非想天則が零式非想天則めがけて突進。そのままノ―ブレーキで体当たりを食らわせた。五百トン以上もの鋼鉄の巨体同士の激突が大気を震わせる。

『何でなんですか! どうして分かってくれないんですか!? こんな非道いことして……これじゃあ私、貴方のことを許せなくなっちゃうじゃないですか!!』
『元々許しを乞うつもりなんてない! 邪魔をするならお前も敵だ、消えろっ!!』

 泣きながら叫ぶ早苗にシンも怒鳴り返し、零式非想天則が八卦砲を起動。背中にマウントされた二門の砲身が左右から腰を挟み込むように展開し、非想天則に銃口を向けた。


 ――ダブルマスターキャノン!!


 二発同時に放たれた大出力エネルギー砲が非想天則に迫る。非想天則は辛うじて一発は躱した。だがもう一発は避けきれず、片脚を直撃。腿から下が跡形もなく蒸発した。
 一方の零式非想天則も、自ら撃ったエネルギー砲のあまりの熱量に砲身が耐えられずに融解。使い物にならなくなった砲身を、シンは躊躇なく切り離す。
 零式非想天則の装甲の表面が泡立ち、全身から蒸気が立ち昇る。拙い、と早苗は息を呑んだ。長時間の稼働でただでさえ欠陥のある炉心が限界を超えようとしているのだ。

「シンさん、もうやめて下さい! このままでは炉心が爆発します!!」

 コクピットから身を乗り出し、早苗は最後の説得を試みた。このままでは“彼女”が浮かばれない。

「よく考えて下さい! 怒りと憎しみのままに暴れて、幻想郷の全てを吹き飛ばして、シンさんまで死んで、それであの人が――幽香さんが喜ぶと思っているんですか!?」

 早苗の叫びに零式非想天則の動きが止まる。よかった、と早苗は安堵した。まだシンは“彼女”のことを忘れてはいないらしい。

 風見幽香。幻想郷で暗躍する悪の秘密結社「ミッシングパープル団」(MP団)の元大幹部で、「フラワーマスター」の名で恐れられた大妖怪。
 しかしシンにとっては命の恩人であり、師であり、姉であり母親でもあった大切な女性だったので。

 彼女は殺された。犯人は未だ判明していない。裏切り者を始末するためにMP団が刺客を放ったのかもしれないし、彼女の存在を疎んだ人里の人間の仕業かもしれない。
 ただ一つ分かっていることは、その事件が花と平和を愛した一人の青年を、全てを破壊する復讐者に変えてしまったということだ。

「聞いて下さい、シンさん。貴方が復讐を果たしても幽香さんは帰ってきません。寧ろ貴方の暴走は彼女が大好きだった花を吹き飛ばし、幻想郷の大地を荒野に変えています!」
『――黙れ』

 底冷えするようなシンの声が零式非想天則から響く。しかしそんな脅しに屈する早苗ではなかった。

「いいえ黙りません。何度でも言います。こんな戦いに意味はありません。今のシンさんは間違っています!」
『黙れええええええええええっ!!』

 早苗の言葉を拒絶するかのようにシンが絶叫した。

『俺が間違ってるっていうのなら、お前が俺に勝ってみせろ! 俺を倒して、お前が正しいって証明してみせろ!!』

 シンの絶叫とともに、零式非想天則の背中からフレアが噴出。真紅に輝く光の翼を形成した。オーバードライブモード「エクストリームブラスト」だ。
 顔面の装甲が融解し、目元から頬にかけて筋をつくる。早苗にはそれが、まるで零式非想天則が涙を流しているように見えた。

「――分かりました。私、シンさんを倒します」

 早苗は決意を秘めた瞳で宣言した。

「貴方に勝って、私が貴方を止めてみせます。幽香さんのためにも、貴方自身のためにも!」

 凛とした早苗の声とともに、非想天則のオーバードライブモード「ネイティブフェイス」が起動。
 搭載された核融合炉が唸りを上げ、まるで口を開けるようにフェイスカバーが開放。他にも全身各部の装甲が展開して強制廃熱が行われる。

 零式非想天則が大剣を振り上げて非想天則へ突進。迎え撃つように非想天則も弾丸のように空を翔ける。シンと早苗の怒号が重なった。最後の激突である。
 突き出された零式非想天則の大剣が非想天則を貫く。だが切っ先が僅かに逸れ、右腕を肩口から切り落とすだけに終わった。
 残った左手を振り被り、非想天則が零式非想天則の胴体めがけて渾身の掌打を叩き込んだ。刃金の指先が装甲を突き破り、零式非想天則をがっちりとホールドする。


 ――必殺・パイルオンバシラ!!


 肘から突出した柱状のパーツが高速回転し、腕の中へ吸い込まれる。次の瞬間、腕の中で加速された鉄杭が掌から射出され、零式非想天則を撃ち抜いた。
 零式非想天則の双眸から光が消え、力尽きたように四肢がだらりと垂れ下がる。非想天則が左手の鉄杭を引き抜くと、そのまま重力に引かれて湖へ落下した。

 次の瞬間、墜落した零式非想天則と湖の水面が接触。激しい水蒸気爆発を引き起こした。発生した衝撃波が湖周辺の森を吹き飛ばし、蒸気の霧が一面を真っ白に覆った。

 非想天則の表面にぽたりと水滴が落ちる。雨だ。
 まるで戦いの終わりを見計らったように降り出した雨は瞬く間に勢いを増し、無数に降り注ぐ雨粒が非想天則の装甲を打つ。責めるように、或いは慰めるように。


 ◆ ◆ ◆


「――上々の成果といったところかしら?」

 戦いの一部始終を見終え、彼女はそうひとりごちた。本当はあのまま共倒れしてくれれば最上だったのだが、流石にそこまで高望みするつもりはない。
 邪魔な「正義のスーパーロボット」どもを片方だけでも始末できただけでよしとしよう。

 シン・アスカ――あの「駒」は本当によく働いてくれた。こちらの手駒も多少削られたのは痛かったが、この結果を得られたのならば高い出費ではない。
 彼の中の「正気と狂気の境界」を弄り、八坂研究所から盗み出したあの欠陥機を与えただけで、彼は本当にこちらの思惑通りに動いてくれた。

 本当にいい駒だった。ここで切り捨てるのが惜しいぐらいに。

「――紫様。八坂研究所を攻める準備が整いました」

 彼女の背後に、音もなく人影がもう一つ姿を現わす。こちらも女だった。それも妖怪だ。二又に分かれた帽子を被り、狐のような尻尾を九本も生やしている。

「御苦労様、藍。烈翔天則は湖中に没し、非想天則も満足に動けない。今や八坂研究所は丸裸よ」

 傍らに控える九尾の女性を振り返り、彼女は妖艶に微笑する。
 彼女の名前は八雲紫。幻想郷にはびこる悪の秘密結社「ミッシングパープル団」の首領である。



 ――続……かないっ!







早苗「――なんてのはどうですかシンさん!?」
シン「いや、どうですかって言われても……。そんな台本持って目ぇキラキラされても、その……困る」
霊夢「それより私がかませってどういうこと? ねぇ、ホントどういうこと?」
紫「うわーん! また皆ってば私に悪役押しつけてーっ!!」

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最終更新:2011年04月12日 13:15
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