1
「まだ寒いわね」
腋の露出した服を着ながらそう呟く紅白巫女の言葉に、シンは頷けない。説得力が無い。
「ちょっと、腋ばっかみないでよ、助平」
「え? あ、いや……」
霊夢の冷たい視線が刺さる。知らず内に腋ばかり見ていたらしい。
それも仕方の無いことだ。
この腋巫女。胸こそ女性として貧相としか言えないが、その他の部分は充分に魅力的だとシンは考える。
白い肌や、艶のある黒髪。男を引き付ける要素はばっちりだ。
「ま、まぁ、また寒くなってるしな。でもそれなら、服着替えれば良いんじゃないか?」
自分で言っておいてしくじったかと顔を歪めるシン。もし厚着でもされれば、腋チラという幸せポイントが無くなる可能性がある。
霊夢の腋や、アリスの長いスカートの端からチラリと見える足は、シンにとってオアシスだ。シンも年頃、そっち方面の嗜好は全力で楽しみたい。
若干アブノーマルが入っているかもしれないが、シン自身気にしない。なぜなら趣味嗜好が完全に同一の人間がいないことと同様、性的趣向が微に入り細に至るまで同一の人間はいないのだ!!
だから俺が腋に注視するのはおかしくは無い。たまにさらし忘れてんじゃん、ひゃっほいとか、アリス今日はしましまかとか、そんなやましいこと! 俺は思ってないから大丈夫だ! …………ってあれ?」
シンの目の前には霊夢。そしていつの間にやら来ていたアリスと魔理沙。
「おーおー、こりゃ凄いカミングアウトだ。里の人に気をつけるように言っとくべきだな」
「覚悟は良い? シン」
「シン……、お仕置きよ。『夢想転生』!」
「しまった! 心の声が!! ギャーー!!」
――ピチュン――
「しっ、しましまとか……、シンが見たいならいえば良いのに……、それなら何時だって……」
「ホントよね。それなら堂々見たいって言ってくれれば見せるのに。裏でこそこそ何て男らしくないわ」
「アリス、霊夢? お前ら少しズレてないかい? そこが怒るポイントだなんて思わなかったよ」
幻想郷は、今日も平和。
「因みに私は常にブラは付けてます!」
「いきなりどうした、早苗?」
「シンさんはあんま興味なさ気ですから、言っても平気なんですよ。兄弟と話してる感じで」
「うん、良くは分からないが早苗が喜んでいるというなら良いことだろう。それよりもZが待ち遠しいな! 早く俺もガンダムになりたいものだ」
「金色ウ〇コ大使はどうなるでしょうね? 楽しくネタ化してほしいです」
「奴はガンダムではないからな。だがガンダムのみならずマジンガーやゲッターも力を貸してくれるならば俺達はきっとガンダムだ!」
「今更だけど、あれで何で早苗って刹那と会話できるんだい?」
「さぁ…………」
2
「鬱陶しいわね……」
博霊の巫女は不安定な空を見上げて、箒を動かす手を止めた。ここ最近幻想郷ではどうも今ひとつ天気が宜しくない。酷いときには朝方晴れているかと思えば、昼には雨、そして夕刻に晴れ、そして夜方再び雨。
「異変……でもないものね」
不安定過ぎる天候は、普通に考えれば珍しいという言葉一つで済ませれるモノではない。これが少年漫画ならばすわ一大事と飛んでいく所だが、特別使命感に燃えているわけでも無い霊夢には、そこまで今回の異常事態をどうにかしようという気はない。何せ解決策を知っている訳ではない。妖怪をぶっ飛ばせばそれで終わる話しでも無い。ただの異常気象なのだから。だから我慢する。とは言っても、一つだけ我慢効かない鬱陶しい事がある。それは……
「はっらたつわねぇ~。洗濯乾かないわよ」
そう、衣類の問題だ。
外からやってきた赤目の男の言うところでは、その外ならば雨でも洗濯物が乾く機械、その名もずばり乾燥機付き洗濯機というものが存在するというが、生憎幻想郷にそんなものはない。
そも機械自体がかなり特殊な場所でないと存在しないのだから。
「うむ~」
忌ま忌ましげに空を見上げても、天気は回復するそぶりも見せず、むしろ嘲笑うかのように霊夢の頬に冷たい雫を落としていく。
「あぁっ! もう!? 洗濯物仕舞わなきゃ!」
一応、雨に濡れないような位置をキープしているとは言え、生乾きでは臭いが気になる。恋する乙女としてはその辺りには気を配りたい。
「……異変だったら楽なのよねぇ。着物を濡らす妖怪を片付ければ決着尽くし」
実際今の気象が異変によるものではないということは、隙間乙女(自称)から聞いている。外も、かなり荒れ模様の天候のようで、半ば箱庭として独立するような形の幻想郷でもその余波が出ているという事らしいのだ。
霊夢は雨自体が嫌いというわけでも無い。雨には雨の風情というものが有ることを、彼女は知っているのだから。
だが、この雨は違う。
原因は幻想郷ではなく、外の所為だ。いくら大妖怪が作り上げた世界だろうと、世界全てを無視して存在するほど、無茶な仕様ではない。八雲紫にも、限界は有る。
外が大きく乱れてしまえば、間違いなく幻想郷にも少なくない被害はあるはずだ。
しかし理由が分かっても、だからといってどうすることも出来ない。尤もする気も無いが……
「全く、自分達の住むとこぐらい綺麗にしなさいっての。……貴方もそう思うでしょ? シン」
「げっ、ばれてたのかよ……」
「気付かない訳無いでしょ」
霊夢はくるりと向き直り、赤目の青年、シン・アスカに洗濯物を渡す。
「おいおい、いきなりかぁ?」
「重いもの女の子に持たせる訳? お茶ぐらい組んであげるから手伝いなさい」
「へいへい、りょーかい。……ってこれ! ちょ! 下着も……!」
「せっ、洗濯物だし当然でしょ!? わざわざ言い直さないでくれる? は、恥ずかしいじゃない!」
雨は止まないがまぁいいだろう。好きな男と部屋で二人きりになれる口実でもある。下着ぐらい見せても、いずれ全部見せる予定だ。その予行と思えば、多少の恥で済むというもの。そういえば上等の羊羹が余っていたっけ?
取り留めの無い事を考えながら、霊夢はその顔に少女らしい笑顔を創る。
幻想郷は今日も平和
「…………………………」
「あ、あのぉ、霊夢さん? 何か怒ってません? アリスとはたまたまさっき会っただけで、ここに来るって言ったら、用事があるって一緒にきただけですけど……」
「そうよ。シンが腋にたぶらかされないようにする見張りね」
「よし、ぶっ殺す」
「おっ、落ち着けって! きただけなのに何でそんな殺る気満々何だよ!?」
「そうよ、霊夢。私がいるの、そんなにおかしい? あ、それと都会派の私に相応しい美味しいお茶を頼むわよ」
「分かったわ、アリス。アンタには雑巾の絞り汁でお茶入れたげる」
「やだぁ、聞いた? シン。やっぱこんなバイオレンス腋放っといて私の家に来ない?」
「シン? アンタは別に居てもいいわ。でもこの根暗金髪は追い出すわよ? 答えは聞いてない」
「ちょっ! 出会って二秒で喧嘩すんなし! あっ、ちょ! 段幕は! アァッーーーーーー!」
ピチュンと軽快な音を一つ鳴らし、今日も博霊の社は揺れる。
幻想郷は今日も平和
2
幻想郷。そこはこの世であり、そして無い世界。失われた《何か》が流れ落ちる、最後の場所。そこには既に失われた日本の自然も在る。
その美しい景観の中、一人の青年が歩く。
いや、少年だろうか? 黒髪と、赤目が特徴的な、年頃の男。
しかし景色一つ一つを楽しみながら歩くその姿からは、年相応のものが一つも無い。そして、もし以前の彼を知っている者、例えば元上司のAさんなどがが青年を見たならば、さぞかし驚く事だろう。もしかすると『何か悪い病気にでもかかったのか、シン!』とでも言うかもしれない。それほど青年=シン・アスカは穏やかな眼で道を歩いていた。
繰り返し無駄に深呼吸。シンが此処、幻想郷に愛機と共に流れ落ち、はや一年。それでも飽きないほどこの景色は綺麗なものだと思う。シンは日本人と言う訳ではないが、落ち着くものがある。
とある隙間妖怪から、心の源風景みたいな形になっているんだろうと聞かされたが、正しくその通りだ。自分の住んでいた世界ではもはや失われた物と言っても過言ではない、正しく幻想の里。
そこは本当に色んな物をシンに与える。元の世界とはまた違う新しい絆も、そのうちの一つだ。無論、CEで作り上げていた絆も、それはそれでとても大切なものだ。捨て去ることは出来ない。
しかし今構築されているモノは、以前の自分ではとても作れなかった絆。いや、今ならCEに戻ってもある程度人間関係を築きあげれそうだ。尤も(シンの推測ではあるが)脱走兵か反逆者かでお尋ね者になっているであろう自分の身分を考えると、生身の危機は増えたが、目立ったいがみ合いも無く、当然戦争も無いこの地を離れる気はなかった。
余裕の無さ(及びその状況を作り出す特異な環境)が原因で、人当たりというものが極端によく無かった、人見知りとも言えるかもしれない狂犬のようだった彼が……
「どうもおはよう」
「あぁ、おはようございます」
道すがらに出会った赤の他人に清々しい返事を笑顔で返すのだから。
勿論青年は挨拶をしてきた壮年の男に見覚えはない。だが、今の彼には警戒心など無く、またよほどの状況でない限り警戒の必要が無い事が分かっているのだ。
「気持ちいいなぁ……」
朝一番。
特にすることも無く、予定も無かったシン・アスカは己の衝動が欲するままに散歩を決意したのだ。
そしてそれは間違いなく正解だったと確信している。
青い空も、頬を撫でる心地好い風も、揺れる木々のざわめきも、全て全てが元の世界では気にも止めない雑事でしか無かったが、ここで改めて見ると何と美しいのかと知ってしまう。青空の下で開放的になる人が多いのは、決して偶然なのでは無いのだと、シンは思う。
あちらにこんな美しい場所があったろうか?
(いや、違うな。俺が見てなかっただけ。あった筈なんだ……)
それはきっととても惜しい事をしていたのだ。そしてそれだけ、シン・アスカという人間が戦争に取り付かれていたという事なのだろう。
それは悪いことなのか?
否、そうではない。敢えて何処かに悪を求めるならば、時代が、世界がそうであるのだろうけれども、その言い訳は悲しすぎる。
良いも悪いも無いのだ。どういった所でシン・アスカという人間は引き金を引き、多くの人を殺してきた。
今も一人、シンは人里から少しばかり離れた場所に居を構えているのは、何処か自分が遠慮をしているのだと自覚している。自分が人殺しだとばれて責められるのが怖い訳ではない。血を流し多くを壊す、そんな自分が、血ではなく汗を流し命を生み出す彼等と、共の場所にいてはいけないような、そんな卑屈な考えが無い訳ではないことも分かっている。
ならばシンアスカはどうする? いじけて、後ろ向いて終か?
いや、そうではない。
シンもまた、変わった。
自ら相応しくないというなら、変われば良い。自然と共生する生活を羨むならば、自分もまたそうなれば良い。自分で野菜を作り、その中でも見栄え、出来栄えの良いものと米を交換してもらい……。何ともクラッシックな生活スタイル。
今でこそある程度形になっているが、思い立ったばかりの時は酷かった。シンに野菜作りのノウハウなど分かるはずも無く失敗の連続で、結局ここでの初めての知り合い霊夢……はお金関係は何故か相談しにくい印象があったので、守矢の面々に助けてもらった。彼等にはいつかお礼をしなくてはと常々思いながら、はや一年である。充実していれば時も立つ。少なくとも、戦争に塗れているよりは。
「物思いに耽るのも良いと思うけど、もう少し前は見た方が良いんじゃないかしら?」
「ん、おはよ。アリス。……って、うぉおおぉぉおお!?」
土手に足を滑らせたシンの体は、そのまま綺麗に、青々としたたんぼへ突っ込んでいった。田植したばかりのたんぼは当然のようにぬかるみ、シンの一張羅といっていい着物を汚す。
「洗濯したばっかで……」
つい口から不満が漏れる。
水を張ったたんぼというものは、存外良い感触をしていると思うが、それも今はたいした慰めにもならない。どうすりゃいいんだか。
「マヌケねぇ、意外と」
「放っといてくれよ。それでお前は――」
何の用かと尋ねようとしたシンであったが、その腋に抱えている手作り感の溢れる木枠を見て、里の子供に人形劇でも披露していたのだろうと当たりを付けた。
最近ではかなりの頻度で里を訪れていると、シンは里の人から聞いたことがある。意外と子供が好きなのだろうか?
初めて会った時はやたら刺のある雰囲気のあった彼女だったが、今では随分と親しく喋れるようになったモノだとシンは感慨深い顔で頷く。
「? どうしたの?」
「いやぁ、初めてアリスと会った時さ。そんなこと思い出してたら、何か意外と俺も長く馴染んだもんだって、そう思った」
「! や、止めてよ。あ、あれは、シンの事嫌ってとか、そんなんじゃなくて……」
顔を赤くして説明しようとするアリスは、年頃の女の子という言葉が良く似合う。
「チャーミングだな……」
などとどこぞのニュータイプっぽい言葉を口走ってしまうのだ。
「ふぇ!? え? え? え?(何、何、何!? とうとう私の時代? えぇ! あのハイパーぶきっちょさんが直接!? 嘘だっ! いや、違う。落ち着け、落ち着くのよアリス。こんな時は素数を数えると良いって言ってたわ……。そうチャンスを逃してはいけない。ここは正しく正念場。締切一日前の富樫の心意気!」
「なんだろう。激しく頼りないな」
「じゃあ九回裏二死満塁の長嶋茂雄よ!」
「あぁ、それなら頼れそうだ」
「そして私はピッチャー星野仙い……」
「それは頼れない」
先程から思考が駄々漏れのアリスを見ても、シンは止めようともしない。可愛らしいといってもそれはあくまで、普段の話であり、その行動は往々にして奇怪であるという悲しい情報がシンの脳内データベースに登録されてしまっているためだ。知らぬはアリスばかりなり。追記しておくとシンは別に嫌っている訳ではない。変人だと思っているだけだ。
「んっんっ~、まぁいいわ。そんな小さいこと良いのよ。たいしたことじゃ無いわ。取り敢えずご飯でも一緒にどうかしら?」
「うん、話の流れがよくわからん。……まぁ、朝メシぐらいは構わないぞ。今日は良い筍があってな」
だけども変人だというならばそれは周りのほかの知り合いにも当て嵌まる。それに自分も。だがだからこそ良いのだ。そのおかしさが心地好い。
ふと思った。この地でこそ、あの今ひとつ心の掴めなかった上司や、あのフリーダムのパイロットに会ってみたいと。見た目ばかりの胡散臭げなすき間妖怪と話せるのだ。もしかすると結構仲良くやれるかもしれない。そんな妄想が出来上がってしまう。
それが例えシンの一時の気の迷いであっても、そんなことが頭に浮かぶ現状も悪くないと思う。
「シン? どうしたのかしら? 随分と楽しそうだけど」
「うん、まぁ実際楽しいな。俺はきっと楽しんでるんだよ」
そう言ってシンは空を仰いだ。今日もいい天気だ。明日もきっといい天気だろう。
シンは笑顔を創り、幻想の郷に生きる。
幻想郷は、今日も平和
「あら偶然ね、シン。今日はいい天気だから、タマタマ神社ヲ離レテイタノヨネ~」
「脇巫女! 貴様どうしてここに!」
「アラアリスイタノー」
「どう考えても待ち伏せだろうがぁ! いいわ、ここで決着つけてもいいわよ? 今の私は弾幕だろうと何だろうと無敵! だってシンにチャーミングって呼ばれたし!」
「え? この間私も言われたわ。私の方が先にね!」
空気が凍りつく。
シンは此処にいてはいけないと、本能で悟った。間違いなく矛先がこちらに向くと、経験で分かった。
霊夢は完全に助ける気が無い。
それ所が……
「しかし、私以外にもそんな事言ってるのは問題ね。お仕置きが必要ね、シン!」
「シィィィン! 女の心を弄ぶとはぁぁ!」
「うわぁぁ! やっぱCEの方が安全だったぁぁぁぁ…………」
幻想の郷、遠くに聞こえる男の悲鳴。
今日も、平和。
最終更新:2011年08月04日 15:04