第一話『使い魔とリア充爆発』
時はブリミル暦六二四二年の春。処は北のゲルマニアと南のガリアという二大大国に
挟まれた小国ながら、ハルケギニア大陸でも有数の歴史を誇るトリステイン王国は
トリステイン魔法学院の広場に、うららかな昼下がりには似つかわしくない爆音が轟いた。
学院の厨房へ食材を届けに来ていた運び屋の少女が、それを聞いて興味を引かれ
手近な使用人に声を掛ける。
「今の爆発、なに?」
「ああ、“使い魔召喚”でゼロのルイズ様がやらかしたんだろうさ」
「ふーん……魔法が使えない貴族って、居るところには居るもんなのね」
気にはなったものの、ここでのんきに油を売っている暇は無い。それっきり興味をなくした彼女は、
さっさと次の届け先へ回るべく荷を降ろして身軽になった風竜へ跨ると、燦々たる陽光に
その首もとへあしらった運び屋を示すプレートを煌めかせながら、
抜けるような大空へと軽やかに舞いあがる。
────いつのまにか気絶していたシン・アスカが目覚めたとき、彼の乗るMSインパルスは
どことも知れぬ草原に立っていた。
(……ここは一体どこなんだ? 俺は確かに、ステラを連合へ返そうとインパルスで
ミネルバを飛び出したはずだ!)
海上を飛んでいたはずなのに、いつの間にか地上に降り立っていたという異常事態に
彼は取り乱しそうになったが、自らの腕の中で苦しげな寝息を立てる、助けようと連れ出した
少女の存在が、辛うじて理性の手綱を繋ぎ止めてくれている。
落ち着いて周囲を見渡せば、目に入るのは中世ヨーロッパのものを思わせる石造りの塔が一つ。
中央のそれを囲むように背の低い五本の塔が立ち、大まかな五角形を形作っていた。
他には周囲を城壁に囲まれている以外、大きな建物は見当たらない。
そんななか、機体の集音マイクが足元にたむろす少年少女の会話を拾った。
「ルイズがゴーレムを召喚したぞー!」
「きゃはは、ガーゴイルならまだしもゴーレムが使い魔なんて何の冗談よ」
「だよなー、ゴーレムなんて命令しなきゃ動かない木偶の坊だもんなー」
「コモンしか使えないドット以下にはお似合いの使い魔だ!」
周囲からの嘲笑を意にも介さず、正面の小柄な少女は呆然とこちらを見上げている。
ところどころよく判らない単語が混じっていたが、どうやら彼らはインパルスが
ここに居るのがおかしいらしい。……まさか、MSを知らないのか?
そんな疑問が浮かんだのもつかの間、ふと、モニターの隅にありえないものが映る。
不審に思いカメラをズームにしたところ、シンの目は空想上の生物、ドラゴンが
草原に鎮座しているのを捉え、驚愕に見開かれた。
他にもよくよく見れば、ペットの動物か何かに思っていた周囲の動物たちも、
種族の違う翼を生やしていたり、尻尾が燃えていたり等、何処かしら普通とは違っているのがわかる。
────ここは地球じゃあない! 火を見るより明らかな現実を突きつけられたシンは我知らず息を呑んだ。
だが普段なら取り乱してもおかしくない状況で、彼の心は不思議なほど落ち着いていた。
騒ぎ出すこともせずに状況を確認しようとしているのは、ひとえに苦しむステラを
助けなければならないという使命感のなせる業であった。
ひとまず言葉は通じるようだが、自分がどのような状況に置かれているのか
確認しなくてはならない。シンはおもむろにマイクのスイッチを入れて呼びかける。
『────あ、あー。こちらの言葉が解るか? 解るなら手をあげてくれ』
鋼鉄の巨人が口を利いたのに驚く一同。内部に操縦者が居ることにも気付かないらしい。
今まで以上に騒ぎ出す少年たちを制しながら、一番年長で頭の禿げ上がった男が問いかけてきた。
彼等は学校制服のような揃いのブラウスやプリーツスカート、ズボンに身を包んでいたので、
振る舞いからこの中年はおそらく教師だろうと推測される。
『何故俺がここに居るのか、事情を知っているなら説明してもらいたい』
「私はこのトリステイン魔法学院教師、ジャン・コルベールと申します。
言葉を話せるなら話は早い、状況がつかめていない様子ですのでご説明しましょう」
コルベールと名乗った中年教師の説明を受けたシンは、その信じがたい内容に
自分の耳を疑わざるを得なかった。
曰く、ここはハルケギニアという大陸のトリステイン王国で、インパルスを含めた
彼らは魔法学院の進級試験『使い魔召喚』で眼前のルイズ嬢に呼び出されたらしいのだ。
────魔法! 確かに、そうとでも考えなければ周囲の怪生物や一瞬での転移は
説明が付かないだろう。それでもなおシンの理性は形ばかりの抵抗を行っていたが、
ダメ押しにいくつかの初歩的な魔法を使ってもらったことでトドメを刺される。
『……召喚したものを元の場所に返す魔法は無いのか?』
「寡聞にして聞いたことはありませんな」
ふと思った疑問を訊いてみたがあえなく撃沈。だが、此処に魔法が実在するというのなら……腕の中で衰弱した彼女を見やる。
『魔法で病気や怪我を治療することはどれくらいできる?』
コルベールによる説明を受けてわかったことだが、この世界の回復魔法のレベルは
シンが知るゲームや漫画ほどの域には達してないようだった。
だが、それでも外科の分野は術者次第でかなりのレベルでの治療が可能で、
内科も外因性の病ならほぼ問題なく治療できるらしい。
『……使い魔にはなってもいい。けど、こっちの頼みをひとつだけ聞いてくれないか?』
「────な、何が望みなの?」
置いてきぼりにされていた件のルイズが、シンの『頼み』に反応してようやく会話に参加した。
進級がかかっているのだ。必死にもなろう。
『病人が居る。あと何日も持たない危険な状態なんだ、一刻も早く彼女の治療を頼みたい』
膝をついた降着姿勢をとった後にハッチを開け、ワイヤーを伝いながらゆっくりと降りる。
鮮やかなトリコロールだった巨人がくすんだ鉄灰色に変わったのもさることながら、
その腹から人間が出てきたことに目を丸くしたコルベールのもとへ、ステラを抱えたシンが歩み寄る。
ルイズは、自ら歩くことも出来ぬほど痛ましく衰弱した彼女を見てひどくショックを受けた様子で、
二つ返事で治療を約束してくれた。
学院の医務室で、シンたちはステラの治療が終わるのを静かに見守っていた。
エクステンデッドに使用された薬物が魔法でどうにかなる代物なのかは分からない。
けど……まともな科学技術も、エクステンデッドを生み出した連合も無いこの世界では、
俺にはもう頼れるものなんて有りはしないんだ!
もはや頼れるすべてを失ったも同然の彼にとって、この治療はまさに藁をも掴む思いであった。
医療を担当する水の魔法使いが、呪文を唱え終わり一息ついた。彼が満足のいった顔で
杖をしまうのを見て、シンは雨の中飼い主を見つけた仔犬のような表情で医師にすがりついた。
「先生、ステラは……彼女は大丈夫なんですか?」
「ええ。ここまで体内の水が澱んだ患者は初めてでしたが、どうにか持ち直しましたよ。
後は様子を見ながら何度か『ヒーリング』をかけ、滋養のある食べ物を与えていれば
じきに体調も戻るでしょう」
「よかった……本当に……」
シンは血色も良くなり、以前とはうってかわって安らかな寝息を立てるステラの手を握り締め、
感涙にむせび泣いた。
ステラの治療が一段落した後、改めて名乗ったシンはコルベールたちから質問攻めに遭った。
君は何処の出身か、あのゴーレムは何なのか等、どちらかといえば技術的なことが多かったのには辟易したが、その一つ一つに、シンはハルケギニアの文明レベルと引き比べての
たとえ話を交えながら律儀に説明していった。
C.E(コズミック・イラ)の簡単な歴史に始まり、自分と彼女が敵同士であったこと、
病に蝕まれていた彼女を救うために自軍を脱走し、その途中で何かの光に包まれて
気を失ったかと思ったら、気づいたときには学院の広場に立っていたこと……
「おそらく君が包まれた光というのが、使い魔を召喚する扉だったのかも知れないね」
「召喚されたときに気絶したのも、もしかするとハルケギニアの言語を
無理やり刷り込まれたせいかもしれないわ」
シンのほうも、ルイズたちから魔法やハルケギニアに関しての情報を簡潔に教えてもらう。
その話の中で判ったことだが、一般的に魔法での治療にはその効果を高める水の秘薬という
高価な触媒が必要で、治療費は全額ルイズが負担してくれたという。幸い、ステラの病状は
学院にある秘薬だけで充分回復することが出来たが、シンはそのことに頭が下がりっぱなしだ。
「────召喚してくれてありがとう。治療費だって相当なものだったろうに……
きみに呼ばれなかったら、きっとステラは助からなかったかもしれない」
「気にすることは無いわ。私の家はこのトリステインでも有数の公爵家だもの。
それに目の前で困ってる人を助けるのは当然のことじゃない…………アレ?」
シン共々安堵したルイズだったが、今になってようやく、自分が使い魔召喚最後の仕上げである
コントラクト・サーヴァントを行っていないことに気がついた。
目の前の少年と接吻せねばならない現実から、彼女は目を背けるようにコルベールへ向き直る。
「ミ、ミミミミスタ・コルベール! 忘れていたコントラクト・サーヴァントですが、
少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか!?」
ルイズが誰かと交際しているという噂は聞いたことが無いが、誰か想い人が居るというのなら
他の異性と口付けを交わすのに二の足を踏むのは至極もっともだろう。
得心のいったコルベールは、鷹揚にそれを認めた。
自室に戻ったルイズは、箪笥の引き出しの中に横たえられた鏡を覗き込むと、
その鏡面を被う掛け布を外した。
それはただの鏡というにはいささか趣が異なり、鏡面に込められた魔法の力が
サモン・サーヴァントの召喚ゲートのように息づいている。
それは、系統魔法が満足に使えないと思われていたルイズが唯一使える大魔法の証だ。
そして、彼女が輝く鏡面へと一分のためらいも無く飛び込んだ刹那、ルイズの肉体は
世界の壁を飛び越えて、ハルケギニアから地球へと移動を果たしたのだった。
────かつてこの地を支配していた偉大なるメイジ始祖ブリミルが扱い、
現在は失われたと思われていた伝説の虚無の魔法。
その一つである“世界扉(ワールドドア)”を幼少のみぎりに偶然会得したルイズは、
初めて呪文を唱えた際に運悪く地球へと迷い込んでしまい、それはそれは大変な目にあった。
なにせのどかなラ・ヴァリエールとは大違いな、見慣れない異文化の町並みが広がり、
道を歩けば恐ろしげに唸りをあげる鉄の箱が走り回るのだ。大好きな姉も、
たまに喧嘩もするけれど仲良しの友達もここには居ない。
そんなふうに右も左も判らない未知の世界で途方に暮れ、泣いていた際に
親身になって慰めてくれた少年が居た。それが────
「サイトー、居る?」
日本の平凡な一般家庭、平賀家。その長男の私室へ転移したルイズは、
クローゼットの中に安置された姿見からその姿を現した。魔法学院ではもう授業が始まっているが、
日本では振り替え休日でまだ春休み。出かけていなければ彼は自宅に居るはずだ。
平賀才人、今年で十七歳になる高校二年生。運動神経も成績も平凡なものだが、
小学生の頃に異世界の住人であるルイズと恋に落ち、そのまま交際を続けているという
非凡な人生を送る少年である。
案の定、彼はいつも通りパソコンで趣味のネットサーフィンに興じていた。
「おおルイズ、来たのか」
「あんたに断っておかなきゃいけないことが有るんだけど、いい?」
使い魔として“ガンダム”を召喚してしまい、そのパイロットと契約しなくては
ならないことを話したら、ルイズの言葉を元にして彼の指がキーボードで躍り検索を行う。
「あ、この子だ」
するとたちまちディスプレイに先程であったばかりの黒髪赤目の少年そっくりの
キャラクターが表示され、画面の中の彼とにらめっこしていた才人の顔が彼女へと向いた。
「ところでさ、ルイズ……使い魔との契約って、キスなんだったよな?」
改めてなされた彼の指摘に彼女は大いにうろたえる。キスそのものは確かに
目の前の恋人と一度ならず済ませていたが、彼以外の男と唇を重ねるなど、不貞の臭いがプンプンだ。
「で、でも! しないとわたし留年しちゃうし……ノーカンだもん、
使い魔との契約だからノーカンだもん!」
「許しません、たとえ契約でも罪なので罰としてキスをします」
試験で呼ばれてきたのなら確かに不可抗力なのだろうが、それでも可愛い可愛い恋人が、
よその男と唇を重ねるなどということを笑って許せる男が居るだろうか? もし居るのなら
そいつは彼女のことを愛していないか寝取られマニアのドMである。
才人の脳内裁判は被告ルイズを男と女のラブゲーム法に基づきちゅっちゅの刑に処すことに決め、
速やかに彼女をベッドへ組み敷き自身の唇を寄せる。
「このいけないレモンちゃんめ。こんなにいい匂いで、こんなに肌をすべすべさせて」
「そ、そんな風にされたら、レモンちゃんはずかしい」
才人の鼻が犬のようにルイズの首筋だの、腋だのをフンフン嗅ぎまわり、
頭が沸いているとしか思えない台詞をさも甘い口説き文句のように囁いた。
だが彼女のほうも満更ではない様子で、頬を染め小さな体をくねくねと身悶えさせている。
実にいつも通りの二人であった。
「……お邪魔だったかしら?」
ルイズのさくらんぼのように可憐な唇がふやけそうになるほどキスが交わされた頃。
控えめなノックの音とともに、才人の母が困ったような複雑な微笑を浮かべながら
ぬるくなった紅茶と茶菓子を差し入れに来た。
それが意味することに気づいた二人はピシリと音を立てて硬直する。
「ねえ才人、ルイズちゃん。母さん思うんだけどね…………レモンちゃんは、無いわ」
顔から火が出るとはまさにこのこと。ルイズと才人は爆発した。
□□□□
────ルイズが席を外してからしばらくして、そろそろ日が傾きかけている頃、
コルベールは自らの研究小屋にシンを連れ込み、機体に使われている技術に対する質問を
逐一メモを取りながらしつこく繰り返していた。
他の生徒たちは召喚した使い魔を連れてとっくの昔に帰っている。
「ただいま戻りました、ミスタ・コルベール……?」
「おお、遅かったねミス・ヴァリエール! いやしかし、彼のゴーレム、
いやインパルスといったな。あれは実に素晴らしいね! 未知の技術の宝庫だよ!
シン君、もっと詳しく聞かせてくれたまえ」
なんか禿がはしゃぎまくってた。これは軽く引く。
いや、薄々危惧してはいたが、魔法を使わない技術に傾倒しているコルベールにとって、
科学の粋を凝らした巨大ロボットなどという代物は絶好の研究対象だったのだ。
今の彼は眼前に人参をぶら下げられた馬である。
「電気を動力に変える機関に計算機! 電気の強さに応じて強度の変わる合金といい
素晴らしいの一言だ!」
質問攻めに遭っていたシンは「もう勘弁してくれ」といった顔でこちらへ助けを求めていた。
いろいろあって疲れているだろうし、こちらも契約を済ませたいので助け舟を出してやる。
「ミスタ・コルベール、そろそろコントラクト・サーヴァントを行いたいのですが……」
「おお、これはすまない。物事に熱中すると他のことが意識から抜けてしまってね」
コルベールは苦笑しながら質問を切り上げ、儀式に備えてスケッチ用紙を取り出した。
「もう一度確認しておくけど、これはあくまで契約のための儀式なんだからね。
勘違いしないでよ?」
「わかってるさ、そのぐらい。さっさとやっちゃってくれ」
やはり照れがあるのか頬を赤くした彼はぶっきらぼうに言い捨て、憮然とした表情で腰をかがめる。
……改めて思うことだが、さっきまで私は才人とキスをしていたわけで、
このまま彼ともしたら才人とシンは間接キスになるんじゃないだろうか?
そんな重大事をさもどうでもいいことのようにぼんやり考えながら、
ルイズの儀式はつつがなく続いてゆく。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、
五つの力を司どりしペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
呪文を詠唱し、遠慮がちに軽く触れ合うようなキス……しかし彼の様子に変化は無い。
まずい、軽すぎて失敗したかも? と思ったのも束の間、程なくしてシン・アスカは
ルーンを刻まれる痛みに顔をしかめた。
「ふむ、ちゃんと契約には成功したようだね……珍しいルーンだな」
コルベールはシンの左手に刻まれたルーンをスケッチすると、有意義な時間を
過ごさせてくれたことに礼を言い、フライの呪文で帰路に着く。
その夜、シンはコックピットから寝袋を持ち込み医務室の床の上に寝転んでいた。
会ったばかりの男女が、おいそれと同じ部屋で寝るわけにいかなかったのもあるし、
ステラの傍に少しでも居てやりたかったからだ。
(ごめんな、レイ。もう俺、そっちに戻れない)
彼は、ステラを逃がすのに協力してくれた親友を思った。
レイはきっとシンが裏切ったと思うだろう。ルナマリアもきっと怒っているだろう。
シンは今更になって、インパルスという最大戦力を欠いたミネルバが、どこまで勝ち残れるのか
不安でたまらなくなった。
たとえC.Eに帰ることが出来たとしても、捕虜をつれて脱走した身では銃殺刑は免れ得ないだろう。
それでも彼は罰を受ける覚悟で戻るつもりだったが、頼れるものの居ない
ステラのことを考えるとそれだけで決意が鈍ってしまう。
(俺はどうすればいいんだ……誰か教えてくれよ)
彼は心に纏わり付くいろいろなものを振り払うように瞳を閉ざし、寝袋のファスナーを上げる。
そんな苦悩する若者を見守るように、カーテンの隙間からハルケギニア特有の
双月の光が優しく照らしていた。
最終更新:2011年05月24日 10:52