「聖なる夜の小さな奇跡」
―――聖なる夜に奇跡は起きる―――
そんなことを信じていたのはいつまでだろう?
黒髪赤眼の男、シン・アスカは胸中で問いかける。
家族を失い、軍に入って戦い、いきなり別の世界に飛ばされ、そこで様々な人間と出会い、戦ってきた日々。
戦いという現実にこの上なく密着した世界に長く浸っていた男。
そんな彼も幼いころに抱いた幻想を不意に思い出さざるを得なかった。
それほどにその日は特別だった。
シンの意識が目覚めたのは暗闇に包まれた世界。
ここはどこだ?
問うべき相手もおらず胸中でつぶやくしかない。
その前に不意に輝きが生まれる。
辺りを包む暗闇と比べれば余りにも小さい光。
しかしそれは暗闇の中でも己の存在を強硬に主張していた。
その輝きは徐々に大きさを増し、姿見の鏡程の大きさになる。
輝きは徐々に鮮明に中の何かを映し出していく。
シンはそこに一つの像を認めた。
栗毛ポニーテールが特徴的な一人の女性。
落ち着いた中にも明るさがよくあらわれた顔立ちをした彼女。
シンもよく知った人物だった。
彼女はこちらに向かっていつもの人懐っこい笑顔を向けている。
そしてその口が開いた。
「シン、いつもありがとう。感謝しているんだよ、こう見えても。」
そのまま笑顔とともに彼女の映像は消える。
軽く茶化すような口調が彼女らしいとシンは苦笑した。
これは夢なのだろうか?
シンは胸中で自問する。
だがその間にも輝きは新たな像を映し出した。
長い金の髪、シャープに知的で美しい容貌、グラマラスな体つき。
そんな特徴と一見反する優しく穏やかな笑顔を浮かべる女性。
「シン、私は君と一緒にすごせている事がうれしいよ。
君にとってもそうであるといいな。」
そして先程のように彼女の映像も消える。
まったく穏やかにドキッとさせる事をいう人だと思えて、シンはおかしかった。
これが夢であるならそれでもいい。
そう思えるほどに与えられた言葉が幸せだった。
やがてまた新たな像が映し出される。
オレンジの髪にツインテール、ピシッっとしたまじめそうな顔立ちにややキツめの眼が特徴的な、ともすれば強気そうな印象を与える女性。
だけど今現れた彼女の顔はほんのりと頬を赤く染め、どこか口ごもるような表情をしている。いつもならはっきりと物をいってくる彼女なのに、とシンは思う。
やがて彼女の口が開いた。
「シン、あんたはいつもいつも朴念仁で、ぶっきらぼうで、突っ走ってて……いろいろ言いたい事はあるし、
あたしもいつもいろいろと言ってるけど、でもね」
彼女の表情がここで不意にはにかむ。
「あたしも結構助けられてるのよ、あんたのまっすぐな所やお節介な所に。
これからもよろしくね。」
彼女の映像も先程までと同じようにまた消える。
本当に素直じゃないんだな、とシンは声をあげて笑いたくなった。
ああ、きっとこれは夢だろう。
自分の望みが夢となって表れているのだろうか、
シンがそう思っていると次の像が映し出された。
栗毛の髪をショートでまとめ、輝きを灯した大きな瞳が印象的な女性。
しかしその顔にはこれまでの三人とは違い、どこか憂いの色があった。
なぜだろう?
シンは思わず胸中で問う。
今の彼女の表情には、いつものようなやたらとエネルギッシュな活力も、
どこか底が知れない笑顔から感じられるしたたかさも感じられない。
その事がシンの心をなぜかざわつかせる。
なんでだよ? なんでこの人はこんな顔をしているんだ? 俺はこの人のこんな顔をみたくなんか、
とシンが思った時、彼女の口が開いた。
「シン、私は時々不安になるんよ。
私達は、私は、あなたの居場所になれてるんやろうか?」
いつもからは想像もできないほどに心細げな震えた声。
「シンはもともとこの世界の住人やない。
次元跳躍の力で偶然やってきてしまっただけのイレギュラーや。
またいつか同じ事が起きた時、シンが帰る場所はここでなくてもええ。
いつかそんな事が起るんやないかと、それを考えると私は……私は……」
彼女の声は先細りになっていき、最後にはかすれていく。
―――やめろ―――
思わず叫んだはずだった。
しかしその声は届かない。響かない。
そのことにシンが戸惑ううちに、彼女の言葉が続く。
「シン、私はこう見えてもあなたに感謝しとるんよ。
あなたと同じ時を過ごせている事をどれだけ神様に感謝しても足らへん。
皆も多かれ少なかれ似たような事を思うとる。
あなたのひたむきさはそうやって周りの人に幸せを与えてきたんよ。
せやからな……」
そして彼女は笑顔を浮かべる。不安を押し殺した虚勢の笑顔を。
「あなたの居場所になれる所がここに一つあるんやから、
その事を覚えておいてほしいんや。」
そう彼女が締めくくった表情を見たとき、
―――もう、やめてくれ―――
シンは心の中で絶叫した。
相変わらず声は出ない。
だけど叫ばずにはいられない。
彼女のあんな表情を見たいわけじゃない。
―――いつもいつも無茶ばかりしてるくせに―――
前にいる彼女の映像が消えかかっている。
彼女の顔にはまだあの表情が張り付いている。
他人に心配をかけまいと、自分の辛い心を必死に押し殺した笑顔が。
―――なんだってこんな時はしおらしくなるんだよ、あんたは―――
まだだ、まだ力が足りない。
声は届かない。響かない。
シンは渾身の力を振り絞り想いを声として叩きつける。
その瞬間、世界が暗転し砕け散るような感触がシンの身体に満ちた。
最初に視界に入ったのは遥か上にある無機質な壁だった。
意識がはっきりしてくるにつれてシンはそれが天井であることに気がつく。
「あ、あれ、俺はいったい……?」
戸惑いを思わず口に出すシンに対し、
「それはこっちの台詞よ。いきなり何を言ってるのよ、あんた。」
聞きなれた声が上から降ってきた。
オレンジの髪にツインテールが視界に入る。
呆気にとられたようなティアナの顔が自分の上にあった。
「シンったらいきなり倒れこんじゃって心配したんだよ。」
「うんうん、とっても心配したよ。」
また別の顔二つが自分を覗き込んでくる。
栗毛ポニーテールと金髪ロング。
こちらを気遣うような、なのはとフェイトの顔。
「それで心配して皆で様子をみとったら、いきなりシンがあんなことを叫びだすんやもん。
驚いたで。」
そしてまたも新たな顔が自分を覗き込んでくる。
栗毛ショートの髪に輝きを灯した大きな瞳が目についた。
微笑をうかべた八神はやての顔。
「あんな事って……俺は何を言ったんですか?」
思わず問い返したシンの言葉に、こちらを覗き込んでいた4人の女性は一様に顔を見合わせ、やがてなんとも言えない表情をむけた。
「ちょっと……いいづらいよ。」
「うんうん、そうだよね。」
「ですよね。」
「せやな。さすがにあれは……」
4人が口々に言いだす。
「ちょっと待ってくれ! 俺は本当に何を言ったんだよ!」
彼女たちのリアクションから不安に駆られ、シンは声を上げる。
しかし4人は一様にこちらを覗き込んでいた身体を起こし、動き出す。
「と、とにかく、シンも元気みたいだから、もう行こうよ。」
「う、うん。そうだよね。」
「ほ、ほら、あんたも早く立ちなさいよ。」
「い、急がんと遅れてしまうで、シン。」
「遅れるって何にですか?」
4人に促され、話がつかめないシンは問う。
その問いにはやてが答えた。
「まだ混乱しとるんやな。これからクリスマスのお祝いを6課でやるんやないか。
もうみんないっとるはずやで。」
「あ!」
その返答にシンは今日が何の日であるかを思い出した。
あわててシンは立ち上がり、4人を追ってドアに向かう。
その途中―――
―――でも不思議なんだよね、意識が落ちていたシンを覗き込んでいた時、なんか心がシンと繋がっていたような気がしたんだ―――
―――シンったらいきなり俺の居場所はここだ、なんて言い出すから驚いたよ―――
―――いきなり何を言い出すのよ、あいつは、ど、どういう意味なのか気になるじゃない、そもそも誰に言ったのよ―――
そんななのは達の声が聞こえたように感じた。
それは耳にではなく、意識に直接響くような感覚だった。
「え?」
思わず間抜けな声が出た。
「どうしたんや? シン。」
それに対してはやてがこちらに問うてきた。
ほかの三人もこちらを訝しげに見ている。
先程のような声はもう聞こえない。
やっぱり気のせいだったのか、と思いつつ、改めてシンは問うてきたはやての顔を見る。
そこには先程の暗闇の世界で見たような表情はなく、どこか晴れやかな顔をしたはやてがいた。
「どうしたんや? 何か私に言いたい事があるんやろうか?」
「あ、ああ、ありますよ。ありますとも。」
はやての言葉に反射的に返したシンは、少し息を吐いて呼吸を落ちつけ、言った。
「メリー・クリスマス」
これはクリスマスに起きたほんの小さな奇跡の話。
最終更新:2011年06月07日 08:24