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酔っ払いのなのは小ネタ-17

「ミッドにも梅雨ってあるんかなぁ」

窓をパタパタと音を立てて叩く雨を眺めながら、山ほど重なった案件から少しだけ気を逸す様に、八神はやては呟いた。
事務仕事をする時、掛けているとはかどる気がするからという理由でしている伊達眼鏡をはずし、眉間を少し揉みながら
故郷の日本を瞼に写す。 紫陽花の花言葉は心変わりだったか? 
ここ数日間、休みを忘れたかの様に降り続く雨は今も止む気配は無い。
六課解散後、皆がそれぞれの道を力強く歩き出してからどれほど経っただろうか?
相も変わらず自分は忙しく走り回っている。

「偉くなるってのも考えモンやな」

彼女の小さな体に纏わり付くしがらみは、登れば登るほどに増えていった。
気の赴くままに何処かへと行ってしまいたくなる事がある。 ふと何処かここでは無い何処かへと胸を焦がす。
だがそんなことなど出来るはずも無い。 いや、やってしまう事は出来るが、はやてはそんな事が出来る様な人間では無いと言うべきか。
かつて六課の集まった元部下達は皆優秀であり、その活躍は誰と無く耳に入れてくれる。
それを聞くたびにはやては嬉しくなり、そして自分もやらねばいけないといった気持ちで焦げ付きそうになる心は鳴りを潜めるのだ。

副官を務めたグリフィスは本局次元航行部隊に転属し、バリバリの事務屋として鳴らしている。
災害救助に執務官、保護区に赴いた部下もいればお母さんになった親友もいる。
そしてもう一人。 六課解散後、正直な所あまり行く場所の無かった彼は今もなお、部下として付いている。
魔法の魔の字も出ない彼は、なし崩しの様に六課に捻りこみ、在任時は完全な生身の格闘教官を務めながら副官補佐として勉強を重ねていた。
元々が努力家なのだろう。 真綿が水を吸うように知識を吸収し、その豊富すぎる戦場の経験もあってか、メキメキと指揮官としての才を見せ始めた。 
少ない情報から確実に現場の状況を理解し、組み立てる様は正直な所憧れすら持って眺めていたものだ。
あれは一つの才能だろう。 豪胆な心臓と繊細な感情は奇跡のように両立し、自らの経験も相まって戦場の指揮官としては理想的な人物だった。
だが本当は自分も戦場の最中へと飛び出していく性格なのだ。 それを必死で押さえ込み、血が滲んで震える拳はCICの中に居る人間の心を捕らえて離さない。 
事実として、J・S事件の中盤以降は彼の立案した作戦に私が判を押すという形態が常で有り、私を含めた
すべての人間がそれを受け入れていた事実がそれを物語る。

可愛い部下や家族に親友達に、行って戦って来いと告げるのが本当は辛かった
自分の官僚としての才能をおこがましくも感じてはいたが、指揮官としての才能をほとんど感じなかった。
皆を信頼してはいたが、やはり行けと命じ、モニターを見つめるのは堪えた。
情けない自分とは裏腹に、しっかりとした声色で行けと命じ指示を飛ばす彼を越権行為だと騒ぐ気持ちには一切なれず、それどころか依存してしまった。

しかし彼は戦場のに生きる軍人としては最高ではあったが、政治家ではまったくと言っていいほどに無かった。
事務仕事はそこそこに出来るが、如何せん彼は世渡りが下手だった。
真っ直ぐ過ぎる心は美徳以外の何物でもないが、気高い精神だけでは上へと昇ってはいけない。
寝技や政治的な搦め手を使えるほど器用でもない。 過去に積み上げた実績も無ければ強力な後ろ盾も持たない。
早い話、ポッと出の風来坊なのだ。
そして蛇蝎の如く忌み嫌われる質量兵器の使い手であったという過去。 それだけならばまだマシだったが、元エースという称号は
ミッドにおいては栄光のそれで無く、大量殺戮者のレッテルでしかない。


聖王協会やハラオウン家の威光は私の時で大分目減りしている。 これ以上の干渉は管理局での彼らの立場が危うくなる。
借りを作りすぎるのは毒でしかない。 何よりも彼自身がそれを望まなかった。
本心を言えば、はやては部下として彼の下に付きたかった。
彼が出来ない政治家を自分がやればそれでいい。 機動六課を強引に作り上げた自分の政治力には自信がある。
官僚としてグリフィスを迎え入れ、直属の部隊としてヴォルケンリッターの騎士を組み込み、エースオブエースと金の雷光を両腕に従えて
彼は現場で思う存分に戦い、指揮し、輝かしい道を歩む。
本気そう思っていた。 あの時の六課に関わったほぼ総ての人間がそれを夢想した。 
そんな夢を描かせるほどに彼は真摯で、有能で、志高く、気高かった。

「ホンマに嫌な雨やなぁ…… 纏わり付くようや」
「そうですねぇ」

傍らのリィンにぼやいてみても、何も変わりはしない。
元部下や親友達について考えていたはずなのに、気が付けば頭は彼の事だけを考えていた。
解散後、それぞれが自分の希望の部署へとすんなりと行けたのは六課在籍という手柄があったからだ。
はやての指揮官としての功績など無いに等しかったが、それでも名目上の指揮官は彼女だった。
真偽のはっきりとしない情報、矢継ぎ早に起きる不測の事態、錯綜する戦場。
後手後手に回る状況で自分が思いついたのは下策だけだった。

事件後、彼の功績は目に見える形では残っておらず、加えて私を含む隊長陣のネームバリューが仇となった。
幼少時より管理局で名を上げた広告塔のような私達と、ポッと出の元殺戮者。
管理局と大衆が望むのは前者だった。
苦悩する私達を見て彼は自分から手柄など要らない、守れたという事実があればそれでいいと答え、少し悲しそうな顔をした後退席した。
今考えてもあの悲しみがなんだったのか、はやては理解出来ないでいる。
他の部隊からの招聘を断り、捜査官とし戻る際に貰った土産が彼だった。 このまま埋もれさせてしまうには惜し過ぎる才だったし、はやて
自身の感情もあった。

それは彼の持つ気高い精神と苛烈な生き様に対する憧れ、自身が想像した兄の様な優しさに対する思慕。
時折見せるどこか破れた様な悲しい笑顔と澄んだ紅い瞳。 かと思えば幼さの残る弾ける様な笑顔。
憧憬とやすらぎと保護欲はやがて混ざり合い、初恋は形を変えて愛へ成長した。
恋とは激しく燃え上がるようなものなのだろうと、ぼんやりと考えていたはやてだが、自身のそれは燠火だと思っていた。
ジリジリを肌を焼いたり、優しく暖めてくれたり、思い出したかの様に燃え上がる。


自分の下で実績を積ませ、いつか自分を追い越して高みへと登らせたいと思いながらもこのまま自分の下から出て行って欲しくないとも思う。
結局自分がどちらを望んでいるのか分からなくなり、口に出たのは

「たぶん…… どっちもなんやろなぁ、はぁ…… わからんモンやな」
「なにがですか? はやてちゃん?」
「ん~、なんでも無いわ。 仕事しよか」
「はいです!」

分からないという結論と仕事の再開を告げる宣言だけだった。
コンソールと流れるように滑らせ、先に解決した事件の報告書を手早く打ち込み始め、やがて作業に没頭し1時間ほど経った頃に、
無遠慮にドアがプシュッっと小気味よく開いた。
ほとんど終わった文書の作成画面から目を離すと、見えたのは濡れ鴉みたいな艶のある黒髪を少しオールバックに後ろへと流している。
親友であるフェイトの様な綺麗なルビーレッドとは違って、見つめていれば引きづり込まれそうになる血の様な紅。

「はやて一人か? まだ終わってないのかよ」
「一人じゃ無いです! リィンもいるです!」
「はは、悪い。 見えなかったよ、小さくて」
「きぃぃぃぃっ! リィンは小さくなんてないです!! あえて小さいだけです!!!」
「結局小さいじゃん」

ドアと同じ様に無遠慮な挨拶をした愛しい人は、軽い漫才をした後むきぃぃぃとむくれるリィンを軽くなだめると、何時の頃からか
彼女の指定席となった頭頂部に座らせて、手に持った二本の缶コーヒーの内一本を差し出しながら口を開いた。

「飲むか?」
「ん…… 貰うわ、もうほとんど終わりや」
「了解、んじゃ待つよ。 メシでも食ってくか?」
「十分で終わらすわ」

再度了解と告げ、申し訳程度に置いてある来客用ソファーに腰掛けるシン・アスカを見て、はやてはじんわりと幸せになった。

「なんで笑ってるんだ?」

知らんわ、と答えを返すとはやては少し温くなった缶コーヒーを啜って、聞こえないように呟く。

「ホンマにもう…… 知らんわ…… 人の気も知らんと好き勝手言うんやから」

デスクに立てかけてある写真立てには、駐車場でバイクと一緒に笑う彼と、明らかの通りがかりのはやてがわずかに写っている。
そっと気づかれない様に、自然な仕草で写真立てを見えないように倒したとき、写りこんだ自身の頬は嬉しそうに笑っていた。


メサイヤ戦後、選んだのは犬の道だった。 仮初でもいい、戦争が無くなり、理不尽に泣く人が出ないようになるのならば
蝙蝠野郎と罵られてでも、亡き親友の仇でも尻尾を垂れて戦うことを選んだ。 勝手な妄想だが彼ならお前らしいと言ってくれる気がした。
大規模戦争の代わりに訪れたのは各地で大量発生した地域紛争と暴動。 持つものと持たざるものの対立構造は同じナチュラル同士、
コーディネイター同士でも適応され、その度に彼はカタパルトから重たい腰を叩かれた。

やがて何年かすると、赤い髪の彼女は自身から去っていった。 彼女を引き止めることも、ましてや責める事も出来やしなかった。
戦場に出るたびに悲しそうになる眼で見つめられるのが怖かった。 逃げるように戦場へと赴き帰ってくる度に彼女の肌の温もりに甘えた。
汗ばんだ肌を重ねて、その胸に抱かれながら眠り戦う日々。 どれほどの不安と重みを背負わせたのだろう?
最後にごめんなさい、と謝りながら出て行く後姿にごめんを言いづけ、その日の夕食はすべて吐いた。

いつしかシンは部下を持つようになり、コックピットに座る時間は減っていったのを対象に、人の上に立つということと、命を預かり送り出すということに
頭を悩ませるようになった。 CICのモニターを見ながら忙しく脳みそを働かせて、無事を祈るのがこれ程辛いものだったのかと実感して初めて
彼女の痛みの欠片を知った。
あぁ、これは……なんて痛いのだろうか


その日がいつもり暑かったのを彼は覚えている。 砂漠は人に容赦が無い。 MSの数は大幅な軍縮でいつも足りなかったし、常に最前線に出される
アスカ隊のMSは現地改修という名の継ぎはぎだらけ。 それでもなんとか凌いできた。
しかし無理に無理を重ねた部隊は疲弊し、熱砂の地獄で殺しあう毎日は成長したかつてのひよっこ達の神経はすっかりと磨耗させていた。
ここに至るまでにいったいどれだけの雛が死んだのだろうか?
もう遺族への手紙など書くのはゴメンだった。

本部からの情報にあった通り、敵は驚く程の数のMSで武装されていたし、軍人崩れが数多く連度が高かった。
戦後民生品として武器の一切を取り外れ、払い下げられた復興用のMSは、銃弾がパンより安い御時勢であればかつての役割をすぐに取り戻す。
どうにならず、久方ぶりの相棒のシートに座ったその日、少し頼りない副長に誰かの面影を見ながらシンは激を飛ばす。

「大丈夫だよ、俺が出るんだぜ? 運命の刃を信じろ」

血走った眼をするMS隊の部下に声をかけた。

[そんなに怖い顔するなよ、安心して後ろで眺めてればいいさ。 帰ってシャワーを浴びたらキンキンに冷えたビールでも飲やろうぜ」

安心した笑顔をみせる部下達に死なせるものかと決意し、出撃。
大丈夫だ、もうすぐ後詰の部隊が到着する。 そうすればこの一面砂だらけの世界とはさようならして、少し休もう。
平和の為に殺しあう懊悩はそれからでもいい。


独り言は砂漠の風に掻き消えて、罰は背中から打ちつけられた。

「気にするなよ、こんな終わり方でも仕方ない人生だったんだから」
「なんで、なんであんたはそんなに純粋なんだよ! だから…… だから俺はぁ!」
「うるせぇよ、最後ぐらい悪人らしくさせろ、俺を憎めよ? お前ら。 お前達には俺を憎む理由が有って俺を撃つ権利が有る、
 だから俺を憎めよ、それで終わりにしろ。 お前ら全員だ」
「どうしてあんたは」
「うるせぇって言ってんだろ? 黙れよガキ共、最後まで聞くぐらいしろよ。 んで最後の命令だ。 これだけは絶対守ってもらうぞ。
 いいか、花は大切にしろよ? いくら大切にしても人は吹き飛ばす。 それでも植え直せば良いかもしれないけどな、お前達は吹き飛んだ
 花を悼んでやれ、憎しみで引金を引くな。 そんな事はこれで最後にしろ、お前達のそれは俺が持っていく、だから……」

アスカ隊は全員、過去に俺が蹂躙した場所から集められた部下達だった。
不自然なまでに最前線に出せれ続けたのは、友軍誤射を期待した上層部だろう。 多分、本当に多分だけど、アスランは泣くんだろうなと
シンは少し笑って、あの時からの九年を振り返りながら堕ちた。

仕事を手早く片付ける彼女をぼんやりと横目に眺めながら、シン・アスカはつまらない事を考えていた。
この世界に墜とされた時、自分を見つけ、保護してくれたのが彼女、八神はやてだ。
人懐っこい笑顔を浮かべてにっこりと笑いながら、眼ぇ覚めた? 物凄い大怪我やったんやで? と顔を覗き込まれたのを良く覚えている。
綺麗と可愛いが同居していて、酷く眩しかった。

キリッとしまった顔をしたり、優しく笑ったり可愛く甘えたりする彼女が好きだ。
けれども、触れられない。


無様に生き残ったと後悔した。
死ぬべきだった。 振り返ってみれば本当にろくでも無い人生だ。 無様に死ぬのがお似合いなのに、不恰好に生き残ってしまった
後悔しかない。 なんで死ねないのだと眼に見えない何かに怒りもした。 魔法だとか次元世界だとかは正直な話、彼にはどうでも良かったのだ。
そして母のように労わりながら生きていることを喜ぶはやてが苦手になり、マユの様に人懐っこく笑いながら話すはやてを好きになった。

親友だったレイの、違う可能性のようなフェイト。
厳しくて優しかったなのは。

それでもシンが好きになったのは、痛かったやろ? もう大丈夫や、私の胸で泣いたらえぇと泣かせてくれた。
料理は出来るんやねぇ、手伝わせてぇなと甘える彼女だった。

戦うことしか出来ないから、ジェイル・スカリエッティを追うのを手伝った。 なによりも守られるべき子供が戦うのが我慢ならないのだ。
一回りも年下の子供達がせめて生き残れるようにと、得意の殺し為に技術を教える日々。 
やりあえば魔法などという便利なものを持たない彼は非力だが、魔力が切れればただのお互いにただの人間なのだ。
平和の為に力を振るう懊悩は非殺傷設定の偽善が誤魔化してくれる。
部下を戦場に送り出すことに慣れないはやての為に、変わりに行って来いと命じた。
酷い自己矛盾だと自分を笑った。

だけども、それでも…… どんな命でも生きれるのならば、生かしたい

とりあえずでも総てが終わって、どこかでひっそりと生きて行こうかと考えていたが、あっちだこっちだ付いて来ぃやと引っ張りまわされた。
面倒だと考えたりもしたが、今も書類と睨めっこしている横顔を見つめていると、それも良いかと思えてくるから不思議だ。
そんな益体も無いことをつらつら考えていると、いつからかそこを指定席にしているリィンが少し尖った声色で話しかけてきた。
何度も叩き落としたり頭を振って落としても、意地になってそこに座り続ける小さな彼女に根負けしたのはいつだったろうか?
もうそこはお前の指定席で良いよと言った時、勝ったですぅ~と人の頭の上ではしゃいでいた。 負けづ嫌い性分が少しだけ刺激されたので、
つまづいた振りをして落っことしてやったのは流石に自分でも子供みたいだと思う。

「誰をジロジロ見てるんですか? はっ! まさかはやてちゃんに劣情を感じて手篭めにしてやろうかと!」
「ん? そう言われるとやけにはやてが色っぽく見えてきたな」

ギャーギャー騒ぎ始めながらも頭の上から退こうとしない小さなリィンを、迷惑かけたらあかんよとはやてが優しく

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最終更新:2011年06月07日 08:52
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