十年という月日は早いようで遅く、長いようで短いものだった。少なくとも、今のシンには過去を穏やかに懐古するくらいの落ち着きと余裕があった。
新暦七十五年三月――シン・アスカ・高町がコズミック・イラから第九十七管理外世界、地球に次元漂流してから、十年の月日が経過した。
時空管理局、湾岸特別救助隊に所属する隊員が寝泊りする寮の一室に、シンは何をする事もなく、ベッドに横になっていた。
年単位もの時間が経過すれば、青年を小さい子どもから「中年」と呼ばれるものに変え、もうすぐ三十路になろうかという二十歳後半にまで片足を突っ込ませていた。
漆黒の髪は女と見間違うくらいに肩の下まで伸びており、初対面の男性には女性だと間違えられる事もあり、下心丸出しな声を掛けられる事も珍しくない。
子どもっぽい、幼さを残す顔立ちは精悍さで溢れ、それが端整な顔にプラスされた事で、実年齢よりほんの少し若く見られている事を、シンは知らない。
机の上に置いてある端末が、通信が入った事を知らせる電子音を鳴らすと、シンはゆっくりと起き上がり端末を手に取る。
内容は一通のメール。紅い瞳を左から右、上から下へと動かし、書かれている内容を確認すると、端末をポケットにしまい自室を後にする。向かう先は、指定された局の食堂。
「おぉ~い」
食堂へとやって来たシンに、直ぐ様声が掛けられる。
出入り口の傍にある四人掛けのテーブルに、一人の少女が手を振っている。茶髪のショートカットに黄色いヘアピン、管理局の青い制服に身を包んだ八神はやてだった。その手元には飲み物が置かれている。
闇の書事件解決までは動かなかった足はすっかり完治し、家族同然だった車椅子に別れを告げていた。
心身共に成長したはやては、特別捜査官として数々の難事件を解決に導き、局内での活躍を知らない者はいない程、優秀な魔導師として現在に至る。
シンも微笑を浮かべ手を振り替えし、はやてが座るテーブルへと近づく。そして彼女の対面に腰掛けた。
「久しぶりだな」
「そうやねぇ、アスカさん忙しいから滅多に会えんし。あっごめんなぁ偶の休みに呼び出して」
「いいって」
両手を合わせ拝み倒すように謝罪するはやてに、シンは苦笑交じりに「そんな事ない」と手を振った。
シン・アスカの現在の肩書きは『湾岸特別救助隊』の、いくつかある小隊の一つ『クリムゾン』の隊長である。ちなみにこの名前、シンの周囲の者――部下や上司達――が勝手に命名し、彼は「恥ずかしいから止めてくれ」と日々反対署名(シンのみ)を部隊長に申請しているが、一向に認められていない。救助隊のみならず、他の部署にまで浸透してしまっているので、もう手遅れなのだが……。
湾岸特別救助隊とは、時空管理局・災害担当課の中でも、特に人命救助を専門とする部隊で、危険地帯への突入や迅速な救助活動等を行う為、個人として高い能力が要求される部隊。そして彼が所属するそこでは、ミッドチルダ南部の港湾地区を担当しており、陸上と海上両方が担当区域である事など、特別救助隊で一番激務な部署。
シンの制服ははやてのそれとは違い、ギンギラギンでちっともさりげなくない、銀色仕様。まぁそんな目立つ制服でも、災害担当局員の憧れなのだが。
「そか。そう言ってくれると助かるわぁ。でな、アスカさん」
「大丈夫、直ぐ来ると思う」
「おおきに」
シンの言葉に、はやては小さく頷いた。
はやてがシンを呼び出したのは、デートの約束を取り付ける訳でもなく、昼食を一緒に取る訳でもなく(シン主観だが)、彼を通してある人物を呼び出してほしい、というものだった。
はやてがその人物に直接会いに行くなり交渉すればいいのが一番だが、前者は彼女自身多忙である事、後者は、何とも間抜けな話だが、その人物との連絡手段がなかった。そこで彼女は繋がりがあるシンを仲介人として頼ったのであった。
二人の耳に、くぐもった振動音が入る。どうやらそれははやての端末から発せられるものだったようで、彼女がポケットからそれを取り出し、通話ボタンを押して、連絡を入れてきた相手と言葉を交わす。
シンがテーブルに両腕を乗せたと同時に、はやてへの用事は終わったらしく、彼女は「ありがとう」と会話を止め、端末をポケットにしまい直した。
「来たって」
顔を綻ばせるはやてに、シンも小さな笑みを返した。
それからは、二人は互いの近況や仕事の愚痴等、他愛のない話を続けていた。後者に関しては、はやてが管理局の、組織としての体質にあーだこーだと不満を述べたり、ミッドチルダで食べられる日本食はあまり美味しくない、等々。
どうやら、はやては日々ストレスと死闘を演じていたらしい。今のところ、そこからくる負担に、彼女の美貌が損なわれる事はなさそうだが。
「おい」
はやての愚痴がエンジンの火を噴き始め、シンがうんざりしかかったちょうど、彼の背中に冷ややかな声が掛けられる。本来ならシンより先にはやてが気がつきそうだが、彼女は自分の鬱憤を晴らす事に夢中になっていた所為で、その目は曇っていた。
シンが振り向き、はやてがハッとしたように視線を向けると、二人の『美女』が立っていた。
一人ははやてと同じ髪型――髪色は銀だが――を煩わしそうに掻き上げ、エメラルドグリーンの瞳をシン『だけ』に向けている。紺のタートルネックの胸元は、遠目からでもよく分かる程、大きく膨らんでいた。下半身のジーンズタイトスカートから伸びた、雪のように白い太ももが、健康的な色気を醸し出している。もう一人は青色の長い、嘗てツインテールだった髪を、ポニーテールで纏めていた。花柄のキャミソールが可愛らしいが、薄着なので体のラインがくっきり出ている。他人の視線には無頓着なのだろうか。隣の巨乳とは対照的に、小さな胸がスレンダーな体にマッチしている。流行のパンツを穿いた下半身は肌の露出がなく、鉄壁のガードを誇っていた。ただ、こちらもピッタリしているので、お尻の線がくっきりだが。
「出迎えくらい寄越せ、馬鹿者」
「シ~ン」
ギロリ、とシンを睨む闇統べる王の横を、雷刃の襲撃者が走り抜け背中から彼に抱きついた。
「元気そうだな」
シンは雷刃の襲撃者の頭を撫でつつ、久しぶりの再会を喜んだ。
闇統べる王も雷刃の襲撃者と同じなのか、鋭い視線は変わらないが、口元は小さく緩んでいた。彼女はシンの隣に腰を下ろす。
雷刃の襲撃者ははやての隣に座ろうとしたが、はやてが椅子をシンの隣まで持ってきてくれて、彼女もシンの隣に落ち着いた。
時が経つにつれ、マテリアル達の容姿は人間と同じように成長していった。彼女達とほぼ同類の、はやての守護騎士達の方は、十年前と変わっていない。両者の違いは、未だに不明のままだった。当事者達に言わせれば「どうでもいい」らしいが。
管理局での奉仕活動を無事に終えた雷刃の襲撃者と闇統べる王は、一年間のみ管理局員として働き、そして辞め、第九十七管理外世界の地球、日本の海鳴市にある私立聖祥大学付属小学校に通う事になった。二人はエスカレーター式に小、中、高を卒業し、闇統べる王は大学に、雷刃の襲撃者は喫茶『翠屋』にパティシエ見習いとして日々奮闘している。
変わったのは外見だけでなく、中身も多少の変化があった。
闇統べる王は言葉遣いが柔らかくなった。これは本人が言うには「塵芥共に我の、真の言葉を聞かせるのは惜しい」との事。シン達の前では、相変わらずの我様言葉だ。
雷刃の襲撃者は高町桃子が作るお菓子の数々に魅了されたらしく「僕も作りたい!」の一言から端を発した『将来の夢はケーキ屋さん計画』は順調に進み、調理師免許の資格も習得済みである。
「久しぶりやなぁ二人共」
「飲み物取ってくる」
「いらん、いいから早く用件を済ませろ」
「ここにパフェってあったっけ?」
はやてが話を進めようとするが、シン達は聞こえていないのかメニュー表を片手に騒ぎ出す。
「それでな、今日私が呼んだんは――」
「パフェはあるぞ、チョコとストロベリーと……」
「じゃあね、両方」
「止めておけ。こんな所の料理なぞ三流だ」
はやての眉がヒクヒクと震える。表情こそにこやかだが、彼女から怒りのプレッシャーが発せられ始めてきた。
「雷刃ちゃんと統べ子ちゃんになぁ」
「パティシエとしては色んなとこの料理に興味があるんだよ」
「パティシエ……っは! 半人前のくせに妄想だけは逞しいな」
「何だとぉ!?」
「喧嘩するなよ……」
はやての額に青筋が立ちまくり、彼女は握り拳を作りゆっくりと天に掲げる。その姿を見た、とある男性局員が「我が生涯に一片の悔いなし……」と呟いた。
「闇統べ何か世界征服とか頭ぱっぱらぱーじゃないか! そんな奴に僕の夢を馬鹿にする資格なんかないね!」
「貴様……私を愚弄するか」
「すいませーん、注文を――」
「うるさぁーい!」
はやての絶叫と共に拳がテーブルに振り落とされ、食堂内に響く。
シン達は勿論、周りにいた局員や食堂のおばちゃんまで、皆目を丸くし言葉を失った。騒がしかった室内が水を打ったかのように静まり返る。
「何だ子鴉。それとも、流石鴉だけあって喧しいか」
闇統べる王だけは椅子に踏ん反り返り挑発的な笑みを浮かべていたが。
「ちょう黙れ」
「……ふ、ふん」
マジでブチ切れ五秒前どころかとっくにロケットタートしているはやてに、闇統べる王は腕を組み小さく鼻を鳴らした。気丈に振舞ってはいるが、その額から冷や汗を掻いているのは、気圧されている証拠か。
闇の欠片事件で、自身のお腹に風穴を空けられた苦い思い出は、未だに彼女を苦しめているのかもしれない。
『ご、ごめんあんさい』
「ん、ええよ」
どもりながら頭を下げ謝罪するシンと雷刃の襲撃者に、はやても落ち着いたのか、傍に置いてあったジュースをストロー越しに啜り、一息吐いた。しかし三十手前の男が二十手前の小娘に頭を下げている図は、情けなくおかしいものだ。
「で、今日二人を呼んだ理由やねんけど」
はやては腕を組んで、それをテーブルの上に乗せ身を乗り出すようにマテリアル達を見据えた。この時、闇統べる王とほぼ同じ姿勢になる。両者の違いは、はやての腕は自身の体に密着しているが、闇統べる王はタートルネック越しの西瓜が腕と体との密着を妨げていた。それを見たはやては、ふつふつと黒い感情が湧き出てくるのを感じた。
そりゃ、小さいより大きい方がいい。小の代わりは大でも出来るが、大の代わりは小には無理なのだから。
はやての周りにも、闇統べる王と同等、それ以上の大きさを持つ人物もいる。何も思うところがないという訳ではないのだ。
せめて、あのパイパイをどう揉んでくれようか、と静かに計略を巡らせ始めた。
「? 早く言え」
「ん、んん。ごめんな」
可愛らしく小首を傾げる闇統べる王に、はやては邪な心を誤魔化すように咳払いをし、
「前に言うとった、私の部隊が稼動準備中や」
本題に入った。随分と脱線してしまい事故が起きてしまったが、幸い怪我人等は出なかったのが奇跡だ。周囲の人達も、いつの間にか元に戻っている。ただシン達の近くにいた局員達は、いつの間にか姿を消していたが。
「今二人は管理局から退いた身や」
闇統べる王は眼光を鋭くし、雷刃の襲撃者ははやての話を聞いていないのか欠伸をしている。
「そんな二人にこんな事頼むのは間違ってる思うけど……それでも……!」
はやては居住まいを正し、マテリアル達に頭を下げた。
「魔導師として、機動六課に、私に力を貸してください」
闇統べる王は黙ってはやての下げた頭を睨み据え、雷刃の襲撃者は彼女とシンを交互に見比べた。彼ははやての話を予め把握していたのだろうか、特に驚きもせず、黙っていた。
「その体勢を止めろ。話が出来ない」
闇統べる王の冷たい声に、はやてはゆっくりと顔を上げた。
闇統べる王がはやてに向ける全てのものは、いつだって無機質で冷酷だった。彼女から見れば、はやては闇の書の主、闇を統べる王の玉座を放棄した腰抜けに他ならなかった。許せなかったのだ。
「今日呼び出したのはそれが全てか?」
「そうや」
「そうか……」
闇統べる王は伏目がちに立ち上がり、律儀に椅子を戻して踵を返す。彼女が向いた先は、食堂の出入り口。
「断る。私も忙しい身だ。貴様の『仲良しごっこ』に付き合う気はない」
「…………」
「おい」
言い過ぎだろ、とシンが険の篭もった声と視線を闇統べる王の背中に向けるが、彼女は詫びれもせずそのままだった。
はやては若干顔を伏せ、唇を噛み締める。テーブルの下の手は、管理局の制服をきつく握り締めていた。
『仲良しごっこ』と皮肉を漏らされても、はやては何も言い返せなかった。
機動六課にスカウトした局員に、はやてに近い人が多かったからだ。
組織の中で、親しい人と一緒に仕事をしたいという気持ちは誰にでもある。だが、はやてのそれは、あからさま過ぎた。
管理局の上層部にも、闇統べる王と同じ意見を持つ者は少なくなかった。
「だが」
「……え?」
闇の欠片事件では敵同士、解決後もいがみ合うといっていい程、絶望的な仲の悪さ。口を開けば挑発と皮肉が飛び交い、最悪の場合バリアジャケットを展開するまでに至った。
絶対に仲直りしない、できっこない――幼いはやては、常にそう思っていた。十年経った今では、その気持ちは和らいでいるが、彼女と分かり合えるとは微塵も思っていない。
はやては、闇統べる王を通して、自分自身を見ているような気がしたのだ。もしかしたら――守護騎士達やなのは達と出会えず、一人ぼっちだったら。姿形が同じというのも、それに拍車を掛けている。
そのような、憎まれ口しか聞いた事のない闇統べる王の、穏やかな声色に、はやては耳を疑った。
「もしうぬが、手に負えない塵芥が出てきたら、直ぐに知らせろ」
「統べ子、ちゃん?」
「その時は、我が三分で方を付けてやる」
闇統べる王の言葉に驚いたのははやてだけではなく、シンや雷刃の襲撃者も同じだった。
「それで文句はあるまい」
闇統べる王は額に手を当て、大きく息を吐き出した。
「我は帰る。今週中にレポートを書き上げなくてはならないからな。シン・アスカ、八神はやて」
じゃあな、と闇統べる王はそのまま歩き出した。
はやては魚みたいにぽかんとして呆気に取られていたが、彼女の言葉を理解したのか、その顔に喜色が浮かびまくる。
「ありがとう!」
はやてはその場で立ち上がり、感謝の意を込めたお辞儀をすると、闇統べる王は振り向かず、ひらひらと手の平を振っていた。
「照れてるかもな」
「だよねー」
シンと雷刃の襲撃者も口元を緩める。
「雷刃ちゃん、ごめんなぁ。やっぱり私、さっきの話は……」
「あー、そうしてくれると僕も助かる、かな」
席に座り直したはやては、雷刃の襲撃者を見据え再び頭を下げる。彼女は気まずそうに組んだ両手をテーブルの上に乗せた。はやての頼みをきっぱりと断れなかった身としては、彼女が考え直してくれた事に感謝しつつも、小さな罪悪感が生まれたからだ。
「僕も今の仕事、止めたくないし……でも、闇統べの気持ちと同じさ。困った時は直ぐに駆けつける」
その時は一番にね、と雷刃の襲撃者は、はやてにウインクした。一番に拘ったのは、彼女が『雷』の名を持つからか。
「そか。ほんと、ありがとな」
「えへへ」
「……そういえば」
はやてと雷刃の襲撃者が微笑み合う中、シンは制服の袖を捲くり腕時計に視線を落とした。
まだ、あと一人、この場に呼んだ人物が姿を現していないのだ。彼女の性格なら、遅刻する事はありえないといっていい程しないのだが……。
天気予報だって、百発百中ではない。魔法が発達したこのミッドチルダという世界でも、それは全次元世界の共通事項なのかもしれない。
「すみません、遅れました」
シンの背中に、もう一度声が掛かった。今度のそれは、闇統べる王のものとは対照的な、温かく穏やかなものだった。慈愛に満ち溢れているというか、クラシック音楽特有の落ち着きさが感じられるもの。
「珍しいな」
「すみません、緊急の呼び出しで」
シンは背後の人物に振り返らなかった。姿を確認しなくても、誰だか分かっているのだ。
十年前のあの日から、共にいたパートナーの声を、聞き間違う筈がなかった。
新暦七十五年五月十三日。
機動六課の屋外訓練場に、新人フォワード四人組が横一列に並んでいた。皆訓練用の防護服に身を包んでいる。その内二人――少年と少女は、これから行われる訓練に備え心を落ち着かせているのか、屈伸と伸脚を繰り返していた。
「今日が初めてだっけ」
「うん」
「訓練の初日」
「うん」
「……雨降ってきた」
「うん」
残りの二人の一人――ティアナは、隣の――最後の一人――スバルが相変わらずの上の空だったのを確認し、困ったものだと吐息を漏らした。
今日の天気は快晴。絶好の訓練日和である。勿論、天気予報での降水確率はゼロだ。
スバルは、機動六課のフォワードとして迎えられてから、ずっとこの調子だった。持ち前の明るい性格は鳴りを潜め、溜め息と陰鬱さを周囲に撒き散らしていた。
ティアナは、訓練校時代からの親友が初めて見せるものにショックを受け、どうしたものかと顎に手を当てる。
「何だっけ……憧れの人?」
「うん……」
ティアナの言葉に、スバルは小さく頷き、先程のまでとは少し違う生返事を返す。
スバルは四年前、ミッドチルダの臨海空港で起きた大規模な火災発生に、姉のギンガともども巻き込まれた。
当時のスバルは魔法も何も、力を持たない、か弱い少女だった。荒れ狂う炎の波の中、はぐれた姉を探して懸命に歩いていた。そうして、火の海の中を彷徨っていた時、スバルの背後にあった銅像の根元がひび割れ、彼女に覆いかぶさるように折れた。
絶体絶命。幼いスバルは恐怖で目を瞑る。
助けて、と。心の中で叫んだ声は、確かに届いた。
『怪我はありませんか?』
一人の魔導師に。
上空からふわりと着地した魔導師が、穏やかな笑みを浮かべて。
その時、スバルは思った。彼女のようになりたい、と。誰かを守り、助けられるような人になりたい、と。
それから、スバルは『明日への力』を求め、魔導師の道を志したのだ。
「折角管理局に入ったのに、一度も会えないんだよ? おかしいよ」
「おかしいって」
あたしに言われても、とティアナはふくれるスバルに手を焼く。
スバルの不満に思う気持ちは分かるが、ここで管理局に文句を言ったり愚痴を零したところで、憧れの人が目の前に現れる、なんて都合のいい事が起こる筈もなく。
魔法という、第九十七管理外世界の地球から見れば『奇跡』に等しいものが蔓延っているミッドチルダでも、無理な話だった。
「せめて名前だけでも聞いてればなー」
「確かに……そうすれば人に聞くだけだし」
「それで運命の再会をして『大きくなったね』って頭撫でてもらうんだー!」
「はいはい……」
またか、とティアナはスバルに散々聞かされた、理想という名の妄想話を断ち切るように手を振る。普段は活発だが落ち着きがなく、悪い言い方をすれば女の子らしくないスバルだが、この時だけは非常にそれらしかった。失礼な話だが。
「みんなぁー、集まってぇー」
そんな、訓練とは全く関係ない話をしていると、訓練場の出入り口の方から、ティアナ達を呼ぶ、どこか気の抜けた声が響く。
「っと、スバル行くわ……スバル?」
早く行こう、とティアナは駆け出したが、隣のスバルが突っ立ったままの状態な事に立ち止まり首を傾げた。
一体どうしたというのだろう。まだ妄想の世界から帰還していないのなら、一発くれてやろうかとティアナが思ったその時、
「スバル!?」
相棒が走り出した。それも全速力。
何があったのよ、と聞く暇もなく先に行ってしまったスバルの背中を忌々しげに睨みつつ、一人残されたティアナも足を動かす。
ようやく集まった新人達を見回した金髪の女性は、満足げに頷いた。
「じゃあ、訓練を始めるんだけど……その前に」
そう言って、隣の、茶髪の女性の背中をポンと叩く。
茶髪の女性は暝黙したまま、一歩前に出た。
「皆さん、初めまして」
口を開くと、川のせせらぎを連想させる、母性溢れる声。
ティアナは思わず見惚れてしまった。
(って、そんなキャラじゃないし!)
ティアナは胸に湧いた感情を振り払うように頭を振り、スバルはどうしたんだろうと視線を横に向けると、彼女は「わあぁ……!」と、小さく歓喜の声を漏らしていた。
(なるほど、この人か)
どうやら、この茶髪の女性がスバルの『憧れの人』みたいだ。彼女の瞳はらんらんと夜空に耀く星のような有り様だった。頬も紅潮している。
(それにしても、出来過ぎじゃない?)
ティアナは、この機動六課を設立した人物に、届くかどうかも分からない念話を送った。
(まぁ、いいか)
親友がこんなにも喜んでいるのだから、それに水を差すのも野暮というものである。
ティアナは視線をスバルの憧れの人に戻す。
「……という訳で、本日から皆さんの指導、そして隊長を務めさせて頂く……」
嫌いじゃない――ティアナは直感的に、そう思った。何故なら、
「星光の殲滅者です」
執務官になるという夢もあるが、自分も彼女みたいに、誰かに尊敬されるような魔導師になるのもいい、という思いを、胸に抱いたから――
魔法少女リリカルなのはマテリアル ~スターライトブレイカーズ~
はじまります。
最終更新:2011年06月07日 09:23