魔法少女まどか☆マギカ"DEPTH!"
第4番目"「夢の中じゃ…無いよね」
「え~何それ」
「訳分かんないよね」
学校帰りに女子中学生が寄り道する場所と言えば、ファーストフードと相場が決まっている。
まどか達も御多聞に漏れず、学校から繁華街中央部のショッピングセンターの一角でさやかと
仁美と放課後ティータイムのひと時を楽しんでいた。
と言いたい所だが、目下の話題は、まどかとほむらの諍いについてだった。
転校初日にガン付けされ、妙な視線を送られ困惑するまどかだったが、極めつけはほむらが別
れ際に言ってのけた「貴女は貴女のままでいれば良い」の一言だった。
理想の自分への僅かな変身願望を持つまどかにとって、ほむらの一言は幼い自分の感情を言い
当てられた、気恥ずかしいようでグサリと来た。
しかし、一方で未来への可能性を完全否定されたような気がして、実は本気で意気消沈してい
た。
「文武平等で才色兼備と思いきや…実はサイコな電波さん?くぅ~何処までキャラ立てすれば気
が済むんだあの転校生は!萌えか!そこが萌えなのか。冷静に考えると萌えポイントか。誰の弱
点を的確に突いてんの?私?私なのか!」
「まどかさん、本当に暁美さんとは初対面ですの」
MPを吸い取られそうな不思議な踊りで机をのたうち回るさやかに仁美が生温かい視線を向け、
話の筋を元へと戻す。
「常識的にはそうなんだけど」
「何それ、非常識なとこで心辺りがあると」
「うぅんとね。上手く言えないんだけど…シン君と雰囲気が似てるなぁって…それにほむらちゃ
ん変にシン君に突っ掛かってる…ような気がして。別にシン君悪い事して無いし、優しい子なの
に」
ゴツンと盛大な擬音を上げ、二人はテーブルに突っ伏してしまう。
真剣に悩んでいる割には、まさか、惚気にも似た愚痴を聞かされるとは思っても見なかったの
だ。
「あんたね…転校生とは別の方向でキャラが立ち始め立てるわよ」
「本当ですわねぇ」
「ひ、酷いよ。私真面目に悩んでるのに!」
「あぁも決まりだわ、それ前世の因果だわ。親戚君と転校生は時空を超えてまどかと取り合う運
命。ライバルなんだわ。これで決まりだわ」
「なら…アスカさんが騎士で暁美さんがまどかさんを奪ってしまう、悪い"魔女"でしょうか」
「二人とも酷いよぉ」
忍び笑いを漏らす二人をまどかは、恨めしそうに見つめ、頼んだホットドックを喉に押し込め
る。
その様子がどんぐりを頬張るリスのようで、また二人の忍び笑いを買うのにまどかは気が付い
いない。
「あら、もうこんな時間、お先に失礼しますわ」
「今日はピアノ?それとも日本舞踊?」
「お茶のお稽古ですわ。もうまもなく受験だと言うのに、いつまで続けさせられるのか」
「うわぁ、小市民に生まれて良かったわ」
裕福な家の子供が多く通う見滝原中学でも、仁美は頭三つ飛び抜ける名家のご令嬢だ。
そんな、彼女とまどかとさやかがいつ友達になったのか、定かでは無く、きっかけも思い出せ
無い。
三人は気が付けば友達だったし、いつも三人で一緒に居た記憶しか無い。
最近はシンの登場やほむらの乱入で若干の変化はあったが、三人の関係は変わる事も無かった。
本当の友達なんてそんな物なのだろう。
「まどか、あたし達も行こうか」
「うん」
会計を済ませ、モール内の人で賑わう中央エントランスで仁美と別れる。
後は用事が無ければ、本屋に行くか、HMVに行くか、その辺をブラブラとウィンドウショッ
ピングに興じるか、門限に間に合うように帰ればまず怒られる事は無い。
「ちょっと待って、さやかちゃん。電話みたい」
「誰から?」
「シン君から」
「お熱いねぇ、ひゅーひゅー」
「もう、そんなんじゃ無いから!」
さやかに冷やかされ、顔を赤くし店の外へ逃げて行くまどかを尻目に、さやかは、何か面白い
本は無いかと、平積みにされた雑誌の山に目を向ける。
趣味、漫画、ファッション、経済、種別も何も無く無作為に陳列され雑多な印象を受けるが、
本屋では全体に妙な調和が感じられるから不思議だ。
さやかはその中の一つ、音楽雑誌を手に取り慣れた手つきでページを捲る。
手に取った雑誌は、さやかが定期購読している雑誌の一つで、毎月一言一句間違えずに朗読
出来るくらい読みこんでいる。
その内の一ページに半年前の某所で開かれたコンクールのグラビアが目に留まる。
天才少年バイオリスト上条恭介の文字が瞳に飛び込むと、さやかは反射的に雑誌を閉じ、悲
しみを堪えるように、元へと戻した。
「親戚君、何て?」
「もうすぐ帰る時間だから迎えに来るって」
「わぉ、やっぱり、ラブラブじゃん」
「ち、違うってば、もう!もう!」
苦悶の表情をひた隠しながら、さやかは、電話を終えたまどかを迎える。
一丁前に顔を赤くし抗議の声を上げるまどかを、さやかは満面の笑みを返すが、心の底に巣
くった僅かな淀みは隠しようの無い事実でもある。
学校でも子供っぽいと有名な、鹿目まどかに遅い春が訪れるのは、親友としても同じ女の子
としても喜ぶべきことだ。だが、喉奥に刺さった小骨のように、淀みはさやかの柔らかい心を
本人も気付かない領域で痛め付けていた。
「何処で待ち合わせ?」
「駅前のHMVで待ち合わせ」
「オッケイ、いいよ。お姫様の為に、お供しようじゃない」
ひび割れたガラスの表情をひた隠しながら、さやかは、忍び笑いを漏らし微笑みと共に頷い
た。
倉庫脇、出荷前の段ボールの山を白い塊が弾丸のように疾駆する。
薄暗い空間にも関わらず一切躊躇する事なく、荷物と荷物の間をすり抜け、野生動物以上の
跳躍と加速を繰り返し、追跡者から逃れるように暗闇を縦断する。
塊は兎にも狐のようにも見えたが、長い耳と小さな体躯に見合わない巨大な尻尾は、それが
凡そ"世界"の理とは程遠い存在のようにも思えた。
荒い息を吐く中でも、紫水晶のような硬質の輝きを備えた光弾が、"彼"を狙い容赦無く降り
注ぐ。
「っく!」
光弾は、コンクリート製の床を易々を砕き、彼を必要に狙い続けている。
走りながらも、襲撃者に備えるように後ろを振り返る様子は、本能が優先される動物では無
く、理性を行動理念に置く極めて人間に近い反応だと言えた。
「終わりよ…インキュベーター」
暗闇の底から怨嗟の声が響き、紫水晶の光弾が散弾銃のように天から降り注ぐ。
インキュベーターと呼ばれた生物は、体を捻り、伸ばし、驚異的な身体能力で紫水晶の弾幕
を掻い潜るが、弾けた光弾の威力に押され、ゴムまりのように跳ね廊下を押し流されて行った。
まどかがシンの待ち合わせ場所に選んだのは、行き付けのCDショップだった。
ポップスは勿論、近年行き場を失くしつつある、オールズクラシック問わず幅広い品揃えが
売りの大手チェーン店の一つだ。
意外にもクラシック好きなさやかと、アイドルソングが好きなまどかが共存出来てしまう貴
重な場所なのだ。
「あっ、あったあった」
今月発売したばかりの新曲を手に取り、まどかは顔を綻ばせる。
手に取ったのはヒットチャート常連の現役女子中学生のアイドルユニットの曲だった。
学業優先でメディアに顔出しこそ控えているが、同い年でありながら、既にアイドルと言う
"特別な存在"である彼女達には、まどかは憧憬の念を抱いてしまう。
どうすればそうなれるのか。
カラオケで"偶然"にも大手メディアのプロデューサーの目に留まる、小高い丘の公園で思い
出の曲を口ずさんでいたら、大物歌手の目に止まり、オーディションを受けろと誘われる。
浅はかな想像で真実は補えるが、実際は何倍、何十倍の努力と苦難の道があったはずだ。
でも、もしかすると「大した努力も無しに特別な存在になれたのかも知れない」と思う心も
ある。
もし、目の前に何のリスクも無く"特別"が転がり込んだ場合、きっと自分が抗う術を持たな
いんだろうと漠然と感じてしまうのは罪だろうか。
「いいなぁ…私もこんな風になれないかな」
理想と現実のギャップに溜息を漏らしながらも体でリズムを刻む。
お小遣いの残金と残り日数を天秤にかけ、買うべきか、買わぬべきかと、ふらふら、揺れて
いると突然音が途切れた。
「まどか…探したぞ」
「あっ、シン君」
「シン君じゃない。全く…何度電話しても出ないと思ったら」
後ろを振り返ると視聴用のヘッドホンを取り上げ、シンが深い嘆息しながら、バツが悪そう
に佇んでいた。
「へへ…ごめんね」
携帯を見れば、シンからの着信履歴が十重二十重の様相を見せている。
子供じゃ無いんだからと思う反面、「そんなに心配してくれたんだ」とむず痒く何とも心地
よい気持ちが下腹を捕まえて離さず、自然と頬が緩んだ。
「子供じゃ無いんだから…そんなに心配しないでも大丈夫なのに」
「絶対何て無いだろ。たださえ最近は物騒なんだ。迎えの手間を惜しむくらい何でも無い」
「えへへ」
着信履歴の多さがシンが自分を大切に思ってくれるパラメーターのような気がして、恥ずか
しさからもじもじと体をくねらせ、確かに妙な方向でキャラが立って来ているようにも思えた。
「それに、この店広いんだから、入口まで来てくれないと探すのが手間だろ。出来れば次は一
回で出て欲しいけど」
「だよねぇ」
だが、まどかの中学生日記も、シンの朴訥さが炸裂し一瞬で幻想を砕かれ項垂れる。
出来るならば、もう少し萌えるシュチュエーションに浸っていたかったが、そうそう上手く
は行かないようだ。
「おっ親戚君来たんだ」
「美樹も居たんだな」
「あれ、お邪魔だった?」
「そんなわけ無いだろ。むしろ、邪魔しに来たのは俺の方だろ」
「良く分かってるじゃん。私のまどかをかどわかしに来たのは悪い騎士様かい?」
「なんだよ、それ、っ痛」
挨拶代わりの凸ピンと無謀に受けたシンは、無言のまま恨めしそうにさやかと見つめる。
何と言うべきか、異性で全く気を使わなくても済む相手と言うのは、さやかにとっては貴
重だ。
幼馴染である上条恭介は、言うなれば繊細でお耽美路線の異性の為に、小突くなどのスキ
ンシップは非常に取りにくい。
反面、シンは小突いても少々の悪ふざけをしても、情けない顔で無言の抗議の声を上げる
だけだ。
言い方は悪いが、さやかにとって遠慮の欠片も無く非情に絡みやすい相手なのだ。
「睨まない睨まない。親戚君は顔も良いんだから、男は黙って我慢、我慢」
「分かってるよ。我慢が良い男の条件なんだろ」
何とも女にとって都合が良過ぎる条件だが、昼休みに聞いた"仁美とさやかの良い男講座"
によると良い男の条件とは、まず第一に我慢らしい。
「騙されている気がする」
「シン君…多分それ騙されてるよ…」
シンと妙なシンパシーを感じながら苦笑いを漏らしていると、次の瞬間何かがまどかの頭
の中を過ったような気がした。
『…けて』
「え?」
気の性と思えるくらい、即座に消えてしまいそうな儚い違和感だが、断続的に感じれば、
それは既に気の性ではないだろう。
『助けて』
やはり気の性では無い。
まるで、電話越しの相手と話すような不可思議な声質だったが、まどかに助けを求める声
は、頭に"直接"響いて来る。
「まどか、何処行くの?」
「分かんない!でも、助けなきゃ」
「まどっ!」
シンとさやか、二人の制止の声も届かす、まどかは何かに促される一心不乱に走りだす。
何をそんなに焦っているのか。
当の本人にも理解出来なかったが、脳裏に響く声は段々と弱くなっている。
弱々しく、しかし、重く響く声は、まるで、命が尽きる寸前の輝きのように思え、背中
を這いまわる焦燥と冷たい悪寒に突き動かされ、まどかは走り続けた。
声を頼りに裏口からスタッフオンリーの倉庫を抜け、気が付けば人気の無い薄暗い駐車
場で息を切らし佇んでいた。
『助けて』
ひと際甲高い声が脳裏に弾けた瞬間、通気口の外壁が砕け、中から兎のような白い生き
物が落下して来る。
驚きのあまり思わず後ずさるが、兎から流れ出る大量の血液がまどかに正気を取り戻さ
せた。
「貴女なの」
「ひぃ、ひぃ、へひぃ」
まどかは、兎が人語を話し、制服が血で汚れるにも関わらず、反射的に兎を抱き上げる。
兎からは夥しい量の血液が流れ落ち、まどかの制服を血で染めて行くが、目の前で今に
も息絶えようとしている"彼"の容体の方が気になった。
「助けて」
「そいつから離れなさい」
「…ほむらちゃん」
末期の言葉のように、兎のひと際甲高い"声"に呼応するように、転校生の冷徹な声色が
駐車場内に響き渡った。
声と共にまどかの目の前に現れたのは、暁美ほむらの姿だった。
「だ、だって、この子怪我してる」
「二度は言わないの…そいつから離れなさい」
何故こんな場所に居るのかと問う前に、ほむらの有無を言わさぬ言葉の暴力まどかを貫
く。
まどかには、拒否権など最初から存在しないかのようなほむらの高圧的な態度に足が竦
む。
凍った鉄のように無機質な敵意がまどかの肺腑を締め上げ、生まれて初めて向けられる
掛け値無しの純粋な敵意にまどかは目尻に涙が浮かぶ。
「駄目だよ!酷い事しないで」
「貴方には関係無い」
庇うように背を向け、必死の抵抗もほむらの敵意に両断される。
ほむらが、まどかでは無く"兎"に向ける敵意は、動物虐待など生易しい感情では無い。
肌を突き刺すようなほむらの憎しみに、まどかは涙を浮かべ後ずさる。
いっそ全てを投げ捨てて逃げ出してしまえば、彼女の物語は一旦の終局を迎えたかも知
れない。
しかし、とっさに抱きかかえた兎の荒い呼吸と暖かさがまどかに首の皮一枚の正気を取
り戻させてしまった。
「だってこの子、私を呼んでた!聞こえたんだもん!助けてって!」
「…そう」
暫し無言の時が流れる。
吹き付ける風で施錠用の鎖が揺れ、ちゃきちゃきと場違いな音を上げ二人を包み込む。
後になって思う事だが、その時のほむらの顔をまどかは一生忘れないだろう。
苦虫を噛み潰し、重苦しい吐息を吐く様子は、まるで身を焦がす絶望を体現しているよ
うにも見えた。
同い年のはずなのに、暁美ほむらは、何故こんな悲しい顔で自分を睨むのか、まどかに
はさっぱり理解出来ない。
「…ほむらちゃん」
自然とほむらの名前が口から洩れると同時に、まどかの周囲に白煙が立ち込める。
「まどか、こっち!」
「さやかちゃん!」
消化器をほむらに向け噴射するさやかが視界の隅に映るや否や、まどかは、さやかの方
へ走りだす。
一瞬ほむらの方へ振り返ろうとしたが、気持ちとは別に体はこの場から一刻も早く離れ
たいのか止まる事を知らない。
さやかの思わぬ反撃を受けたほむらは、左手に"魔力"を溜め、充満する白煙を一刀に斬
り伏せる。
充満した白煙が四散すると、心の中で毒を吐き、追跡を開始しようとした矢先、タイミ
ング"良く"魔力の胎動が木霊する。
「こんな時に…」
周囲の空間が歪み明滅し、穢れから生まれ出る魔素が現実を犯していく。
浮かぶ幻影は無数の蝶。
古代ギリシャの遺跡跡に無数の蝶が毒々しいリ"燐粉"をまき散らし、毒素をまき散らし
現実に領空審判を開廷する。
空間が折り紙のように破れ、出来の悪いオブジェのように継ぎ接ぎのように重なり、ま
た破ける。
ひと際強い閃光が周囲に溢れ、光が収まる頃には枯れた薔薇の棘と破れたトランプが地
面に突き刺さる機会な世界がほむらの前に広がっていた。
「何あいつ、今度はコスプレで動物虐待?でもさ、まどか。それぬいぐるみじゃないよね。
生き物?」
「分かんない、分かんないけど。この子、助けなきゃ」
胸に抱く兎からは、体温がどんどん失われて行く。
もう一刻の猶予もあらず、今直にでも病院に見せなければならないだろう。
ほむらの目的も制服姿とは違う謎の衣装もまどかの思考からは飛び去り、胸に抱いた命
を助ける算段を探す為、高速で回転している。
出来る事は今すぐにこの場を離れる事だったが、時間は無情にもほんの少しだけ足りな
かった。
「あれ、非常口は!?何処よここ」
「変だよ…ここ、どんどん道が変わってく」
「ああもう!どうなってんのさ!」
困惑の声を上げるさやかとまどかと嘲笑うかのように異変は急速に広がる。
空間が明滅し広がり捻じれ恐るべき速度で"捕食"されて行く。
地面の感覚が曖昧になり、まるで万華鏡の中に居るように世界が"ズレ"を感じ、内臓を
彷彿させる生温い鼓動に吐き気を覚えた。
蝶とトランプ、そして、薔薇の棘の奇怪なオブジェが周囲を埋め尽くし、まどかの知る
世界は跡形も無く遮断された。
「な、何か居る…」
奇妙な敵意を感じ、振り返った先にはこれまた奇妙な物体が大挙して押し寄せつつあっ
た。
奇怪な物体を端的に表現すればマシュマロだろうか。
マシュマロに英国紳士のようなカイゼル髭が生え、体と思わしき部位に薔薇の棘が巻き
ついている。
それでどう歩いているのか不可思議だが、マシュマロの足は翡翠色の一匹な大きな蝶だ。
『Das sind mir unbekannte Blumen.
Ja, sie sind mir auch unbekannt.
Schneiden wir sie ab.
Ja schneiden doch sie ab.
Die Rosen schenken wir unserer Konigin.
Belka Stil Ubersetzung』
人の可聴領域を超えた高周波がまどかの耳を刺激する。
何と言っているのか聞き取れないが、歌うような口調とは裏腹にマシュマロの棘から
伸びた鋏が不気味に鳴り揺れた。
「冗談だよね、私、悪い夢でも見てるんだよね」
逃げる暇も無く囲まれ、マシュマロからは、ちゃき、ちゃきと鋏を斬る音が不気味な
音が木霊する中で、その鋏で彼らが自分達をどうするのか、どうしたいのか、悪い想像
だけが脳裏を駆け廻り、恐怖で声が上ずり足が竦む。
ちゃき、ちゃきと命を刈り取る音が無数に反響し、まどかとさやかは恐怖と現実逃避
から目を強く瞑った。
次に耳に届いた残響音は、鋏では無く銃声と床を力強く踏みしめる靴音だった。
「二人共逃げろ!」
「シン君!」
「親戚君!」
パン、パンと響く銃声はドラマのように派手さは無いが、胃の底に重苦しく響く。
パンと一鳴りする度に、マシュマロの頭が弾け、カランと場違いな音を立て薬莢の落
下音が響く。
シンは、速度を緩める事無く地面を力強く蹴り、全力疾走のまま銃を連射した。
考えるよりも早く体が反応し、百メートルを九秒台で走る健脚で、マシュマロの包囲
網を駆け抜けたシンは、まどかとさやかを庇うように躍り出る。
「…無事だよな」
「ぶ、無事だけど」
「シン君、それ…」
困惑する二人に振り返る様子も無く、シンは銃の照準を付け冷静に引き金を引く。
その度に弾装が蠕動し、送弾、発射、廃莢を繰り返し、マズルフラッシュが乱舞する
度にマシュマロが弾け飛んだ。
「いや、いや、いや。助けて貰ってあれだけど、親戚君!エアガンじゃ無いよね、本物
だよね!バキューンとかドギャギューンとか虹色ビームでボカーンの本物だよね!」
恐怖と緊張で神経が束で切れたのか、顔を青白くさせた、さやかが妙に高いテンショ
ンで捲し立てる。
「これは、その…エアガン」
「絶対嘘だあああ!」
腹に響く重低音と言い耳に残る物理的な衝撃は、シンの持つ銃が玩具で無い事を如実
に告げ、本物の銃を持つ親友の謎の親戚。
コスプレしながら動物"虐待"を行う謎の転校生。
謎のなま物を助けようとする親友。
謎、謎、謎と続けば、そろそろ謎がネタ切れのインフレを起こし、さやかの胃袋はも
う満腹で胸焼け寸前だった。
「あぁもう、転校生と言い、あんたと言い、なんでこんなにデンジャーなのよ。知って
る?日本の法律だと鉄砲撃つのも持つのも犯罪なのよ!何でこんなとこで本場のテキサ
ス根性丸出しにしてるわけ!」
「さやかちゃん、今、…そんな事言ってる場合じゃ」
「あぁ、もう、まどかの持ってる白饅頭と言い、転校生の鉄砲と言い、一体全体何なの
よ!」
「で、でも、シン君が居ないと、私達今頃どうなってたか。鉄砲持っててもシン君はシ
ン君だし」
「一人賢者モードに戻るな、馬鹿まどかぁ!」
「それ…絶対意味違うよ、さやかちゃん」
二人の掛け合い漫才が続く中も、シンは冷静に照準を定め、一体一体、マシュマロ、
いや"使い魔"を始末して行く。
「で、でもさ!ほら、このまま行けば逃げられるかも知れないし」
「惚れた男の事は全部鵜呑みにして受け入れたら、駄目よまどか。それは為すがまま
じゃなくて、されるがままなのよ!」
「わーわーわー!何言ってるのさやかちゃん。ち、違うからねシン君!今の絶対違う
からね!」
眼前の"外敵"に集中したシンは、二人の気配と動向にこそ気は配っていたが、二人
のガールズトークを意図的に遮断していた。
肌に突き刺さる敵意と害意と、まるで、慣れ親しんだ旧友のように触れ合っている。
何の感情を浮かべない表情は、生き物というよりも、所定の動作を淡々とこなす機
械のようだ。
呼吸の乱れも無く、感情の乱れも無く、狙いを定め引き金を引く。
(結局俺はまともな人間じゃないんだな)
結論から言えば人間は、記憶が無かろうと、刻み込まれた習慣は決して消える事は
無い。
それが、日常的に行われて来た行為ならば尚の事だ。
暖かい日常の最中で常に感じていた胸の違和感はいつの間にか消え失せ、後ろ暗い
人生を生きて来たと裏付ける行動に、理由と動機はどうあれ、シン・アスカと言う人
間の本性を暴き出された苦さだけが胸の奥に引っかき傷のように刻まれる。
「しまった…」
「どうしたの、親戚君?」
「弾切れだ」
「「え゛」」
申し訳無さそうに引きつった笑みを漏らすシンに、まどかとさやかの頓狂な声が突
き刺さる。
考え事をしていたとは言え、予備のマガジンも無い状況で弾切れなど全く笑えない。
「あ、後先考えず、ポンポン撃ってるから、肝心な所で弾切れになるんでしょう!こ
のアンポンタン!」
「し、仕方無いだろ。数が多過ぎるんだ」
シン達を取り囲んだ"使い魔"の数は、概算で約五十体。
たかだが銃数発の装弾数では、一発一殺としても、弾切れを起こす事は必須だが、
それにしても迂闊過ぎる失態だ。
おまけに一体何処から沸いて来るのか、使い魔は徐々に数を増やし、包囲網を狭め
ている。
「二人共、合図したら走れ」
「走れって、もしかして、あんた…馬鹿、あんたはどうするのよ」
「…戦う」
「戦うって、あんな訳分かんないの相手して無事に済むわけないでしょ」
「そうだよ、死んじゃったら、死んじゃったらどうするの!?」
「それでも、戦う」
まどかの悲痛な叫びを無視し、シンは、銃を逆手に持ち変え徒手空拳の構えを取る。
記憶も無く、自分の存在に実感も無いシンだが、今確かに思える事は、二人に死ん
で欲しく無い事実だ。
ほんの一時でも、シンはまどか達と触れ合って安らぎを覚えたからこそ、こんな"場
所"は自分のような人間に相応しいと苦笑する。
脳裏に火花が散り、桜と幼い女の子の微笑が瞼の裏に浮かぶ。
だが、今のシンに取って瑣末な事なのか違和感も抱かずイメージは即座に消失した。
やはり、自分は「まともでは無い」と自嘲の笑みを浮かべたシンは、困惑し心配そ
うな表情を浮かべる二人を覗き見る。
記憶も実感も無くても、せめて、最後の瞬間まで虚勢を張り続けたい。
無様な男の意地だったが、何も無いよりはずっといい
二人を逃がす退路は"必ず"開くと覚悟を決めた瞬間、突如天井が崩落し、無数の鎖
がシン達を囲むように展開され、金色の光源が鎖から漏れ、シン達の周囲を優しく包
み込んで行く。
「これは…」
「危なかったわね…でも、もう大丈夫」
コンコンと規則的な足音が耳に届き、ひと際強い金色の光が明滅すると、目の前に
一人の少女が現れていた。
年はシンよりも年下に思えるが、まどかとさやかよりは年上だろうか。
カールがかかった金色の髪と憂いを帯びた翡翠色の瞳がやけに儚げに感じる。
胸元のリボンで彼女が見滝原中学の三年生である事は分かったが、何故こんな危険
な空間にノコノコ現れ平然としていられるのか。
警戒芯よりも筋の通らない不可思議さ、シンは眉を潜めるが、まどかと比べるまで
も無く、平均以上のさやかすら超えた歩く度に揺れる大きな豊満な胸から「目に毒だ」
とばかり視線を逸らした。
「あら、キュウベエを助けてくれたのね、ありがとう。その子は私の大切な友達なの」
「私呼ばれたんです、頭の中に直接この子の声が」
「そう…そうなのね。その制服、貴女達も見滝原の生徒だろうけど。二年生かしら?」
弾かれたように事情を説明するまどかに、少女は微笑を浮かべ、キュウベエと呼ば
れた兎の頭を撫でる。
「あんたは?」
使い魔が鎖に触れると熱せられたポップコーンが弾けるように、パンと小気味良い音
を立てて使い魔が消滅する。
仲魔の消滅にたたらを踏んだのか、使い魔達は進軍を止め騒ぎ始めた。
突如として現れた謎の少女が援軍だと結論付けるには早計だったが、事実としてシン
は彼女に助けられている。
「正義の味方かしら」
「正義の味方って、そんな旨い話し」
「あら本当よ。でも、貴方こそ何者かしらね。その銃、見た所本物のようだけど」
「こ、これは」
警戒芯とは違う純粋な好奇心で銃を見られ、バツが悪くなり慌てて隠すがもう遅い。
咄嗟の判断とは一般人の前で銃を使ってしまった。
銃を使った事は後悔していない。
銃を使わなければまどかとさやかはどうなっていたか分からないし、後々の事など
今は関係無い。
シンにとって、誰かが危険に晒される位なら、自らの名誉が汚れようと関係無い事だ。
(っ痛)
誰かの為に引き金を引く事すら躊躇わない。
その結果、己がどうなっても構わない。
バキンと鎖の弾ける音が脳裏を横切り、何か得体の知れない巨大なビジョンがシンの
脳裏を蹂躙する。
漆黒の宇宙と青い地球を背景に無数の巨人が飛びまわり、赤黒い粒子砲が明滅し溶解
した鋼鉄の巨人が火球を散らす。
(何だよこれ)
宇宙空間に浮かぶ巨人、ロボットが何を意味しているのかシンには理解出来ない。
だが、機械の巨人は恐ろしく強い力を持ち、シン・アスカの人生は巨人と共に生きて
来た事だけは本能が理解していた。
「大丈夫かしら、貴方顔色が悪いわよ」
「な、何でもないです…それとあんた…貴方は一体誰なんですか?」
青白い顔を隠すように虚勢を張る。
目の前の少女は敵では無いように思えるが味方である保証も無い。
シンは、自分の後ろ暗い考えに心底うんざりするが、用心に超した事は無い。
シンの懊悩を知ってか知らずか、少女は微笑を浮かべ使い魔達に向き直った。
「そうそう、自己紹介がまだだったわね。私の名前は巴マミ…でも、その前、一仕事片
づけちゃっていいかしら」
軽やかなステップを踏み、マミは金色の宝石を中空に掲げる。
金色の軌跡に当てられるように膨大な光量が周囲に溢れ、マミの体を包んで行く。
見滝原の制服が黄色を基調とした欧州の声楽隊のように変化し、大きな羽飾りが金色
の髪に添えられ、光が物理的な圧力となって弾けると中空に飛び上がったマミが空中で
制止していた。
「来なさい」
滞空しながらも優雅な動作で右腕を振るうと、空間が湾曲し銀の装飾を受けたマスケ
ット銃が出現する。
撃針が火打石(フリント)を強打すると灼熱化した無数の銃弾が使い魔達を巻き込み、
大爆発を起こす。
使い魔は木端微塵に吹き飛ばされ、コンクリートの地面が抉れ、爆風が熱風と粉塵を
うず高く巻き上げた。
熱せられたコンクリートの破片が融解し、熱風となって頬を乱暴で撫で上げ、目の前
の光景が現実だと目も背ける暇も無く自覚させられる。
「無茶苦茶だ」
少女の蹂躙は最早戦車の速射砲すら生温いだろう。
もっと、広範囲に及ぶ暴力、戦闘機が運用するミサイル攻撃に匹敵しかねない勢いだ。
「少しやり過ぎたかしら」
あれだけの破壊の後にも関わらず、マミは何処から出したのか、優雅に紅茶を飲みな
がら苦笑している。
圧倒的な理不尽に、もう笑うしかないとシンは引きつった笑みを浮かべ頭を抱えた。
「あんたは一体…何なんだ」
「それは銃を持ってる貴方が言える事じゃないでしょ」
それはそうだが、目の前で地面にクレーターを開けた人間に言われたくは無い。
マミの行動に完全に呆けているまどかとさやかの肩を揺すり、シンは深い溜息をついた。
マミの攻撃に空間が怖気づいたのか、空間の歪みが昇圧され通常空間に回帰されて行く。
捻じれた空間が戻り、周囲が元居た駐車場の風景へと戻る。
戻れたとホッと一段落着いたと思った矢先、現世には意外な人物が待ち受けていた。
「暁美ほむら…」
「貴方も居たのねシン・アスカ」
本当に今日はほむらに良く会う。
敵意と困惑が混ざった視線をシンに向けている、
巴マミと名乗る少女と似たような格好をしている彼女が、訳有りの状況を何か知ってい
るようだ。
ほむらもマミのように不思議な技を使うのだろうか。
いや、むしろ、サドっ気全開の表情でサブマシンガンを乱射するほむらを"何故か"想像
してしまいシンは慌てて"エゲツナイ妄想"を振り払った。
「魔女は逃げたわ。仕留めたいなら直に追いかけなさい」
「私が用があるのは、貴女じゃない」
「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの。お互い余計なトラブルとは無縁
でいたいと思わない?」
二人の間には浅からぬ因縁があるのだろうか。
二人の少女は敵意の紫電を飛ばし一触即発の様相を見せている。
やがて、ほむらの方が折れたのか興味を失くしたのか。
まどかとシンと一瞥すると身を翻し音も無く暗闇に消えて行く。
事が終わったのか有耶無耶のまま続いているのか。
どちらにせよ「助かった」と感じたシンは、放心するまどかとさやかに向き直る。
二人は熱と光と衝撃の乱舞で完全に機能停止しているのか未だに微動だにしない。
シンは、嘆息し正気に戻すべく頬を叩き始めた。
呆けていた二人も、マミがキュウベエを治療する頃には正気を取り戻したのか治療を心
配そうに見つめている。
金色の光に当てられたキュウベエだったが、傷だらけだった体が切り傷一つ残さず嘘の
ように全快していた。
「ありがとうマミ、助かったよ」
「お礼はこの娘達に…私は通りがかっただけだから」
「どうもありがとう僕の名前はキュウベエ」
傷が治ったキュウベエと名乗った兎は、まどかとさやかに無垢な瞳のまま語りかける。
「貴方が私の名前を呼んだの?」
「そうだよ、鹿目まどか、それと美樹さやか」
「何であたし達の名前を?」
「僕、君たちにお願いがあって来たんだ」
キュウベエは一呼吸置き、まどかとさやかに自身の願いを告げる。
「僕と契約して魔法少女になってよ」
「「へっ?」」
突然現れた不可思議生物から告げられた"お願い"は、何とも言えぬ素っ頓狂な提案だっ
た。
「それから…君は一体誰だい?」
キュウベエがシンに向ける声色は、まどか達とは対照的に「随分テンションが低いな」
と感じたシンだった。
最終更新:2011年06月07日 10:15