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魔法少女まどか☆マギカ"DEPTH!"第5番目

 無数の弾丸が金色の軌跡を描き、使い魔を撃ち払う。
轟音と暴風が木霊する異界の地で、魔法少女の正装に身を包んだマミがまどかに優雅に告げ
る。

「私は巴マミ。貴方達と同じ見滝原中の三年生。そして、キュウベエと契約した魔法少女よ」
「ま、まどか…これって現実だよね」
「う、うん」

 唖然とするまどかとさやかに、場違いな紅茶の香りが鼻孔を擽る。
 まどかの魔法少女のイメージと言えば、可愛い衣装に身を包み、マスコットと一緒に杖を振り、
異変を解決する女の子が定説だった。

 だが、目の前に巴マミと言う年上の少女は、まどかの持つ魔法少女の既成概念を本当に木端微
塵に撃ち砕いてくれた。
 理想 / 可愛い衣装。
 現実 / フリルと羽飾りは可愛いので問題無し。
 理想 / 人語を話すマスコット。
 現実 / 転校生に虐待されて若干血塗れだでちょっと変わってるけど人の言葉を喋ってるし問題無し。
 理想 / 杖を振って魔法の言葉でぽぽぽぽ~ん。
 現実 / 銀色の装飾銃で巨大なクレーターを穿つ大火力。

(酷いよ…こんなのって無いよ…マミさん格好いいけど…)

 かくも現実は常に非情だ。
 最早木端微塵に砕け散り、文字通り塵一つ残さず消失した使い魔を前に、さめざめと涙を流し、
どうしようも無く思考停止するまどかだった。
 アラームがけたたましい音を立てて鳴り、指し込んだ朝日に促されたまどかはゆっくりと目を
覚ます。

「あう…また、変な夢」

 進級してから夢を回数が比較的増えた。
 それも極上に変な夢ばかり見ている気がする。
 転校生の暁美ほむらの夢から、巴マミと名乗る魔砲少女の夢は、その中で群を抜いて変わり種だ。
 別に狙ってそんな夢ばかり見ているわけでは無いが、やはり、妙な夢を見れば自然と体力を
使う。
 疲れているのだろうかと、幼い頃から愛用している熊の縫いぐるみを抱いて、二度寝したい衝
動に駆られるが、びっしりとかいた寝汗が不快で出来そうに無い。
 シャワーを浴びようと重たい頭を振り、よろよろとベッドを立った瞬間、見てはいけない物が
まどかの目に飛び込んで来た。

「おはよう、まどか」 

 悪意も害意も微塵も感じない純粋な眼差し。
 子供のように透き通る声は、耳を潤し自然と心に染み込み消えて行く。
 人語を解する不可思議な兎、キュウベエ。
 まどかに魔法少女になって欲しいと言う、無表情な彼、彼女から真意は読めない。
 しかし、彼の存在が昨晩の事件は決して夢では無かったと無情にも教えてくれていた。


魔法少女まどか☆マギカ"DEPTH!"
第5番目"「それはとっても嬉しいなって」


「まどかぁ、昨日は帰りが遅かったんだって?」
「先輩の家にお呼ばれしてて」
「シンの坊やもかい?」
「うん、シン君も一緒に」
「なるほど羊が狼を食べちゃったんだ」
「もう、何よそれ」
「まぁ一応門限は、決めてるけどさ。細かい事は言うつもりないけど、夕食の前には連絡入れな。
その為に携帯持たせてるんだからさ。お目付役も付けてるつもりだけど、坊やはあんたに弱いみ
たいだし」

 鹿目家の母子の会話は洗面所から始まる。
 専業主夫の父とは違い、毎晩遅くまで働いて帰ってくる母とは夜に会う機会が殆ど無い。
 たまに早く帰って来てもリビングでノートパソコンを睨みながら晩酌する姿は、中々に近寄り
がたい雰囲気を放っている為、洗面所での語らいは母と娘の貴重なコミュニケーションの時間だ
った。
 歯を磨きながら「ふがふが」と会話する様子は、母娘と言うよりも年の離れた姉妹のようだ。

「お母さんまでそんな事言う。皆シン君にお願いばっかりしてるよ」
「いいの、いいの。居候の身分は何かと肩身が狭いからね。特に坊やは妙なとこで生真面目だか
ら、暇しない程度に仕事を与えてやった方が気楽なもんなのさ。そっちの方がお互いに気を使わ
なくても済むし公平だろ」
「誤魔化される気がするよ」
「大人になれば分かるよ。分かってもどうしようもないもんだけどさ」

 詢子は意地悪く笑うと、ヴィトンの化粧ケースからルージュを取り出し慣れた手つきで身嗜みを
整える。
 たったそれだけの行為が、大人と子供を隔てる巨大な崖のような感じ、まどかはいつも落ち着か
ない気分になる。
 一応頭の中で母と同じ動作を思い浮かべて見えるが、かなり下駄を履かせて貰った孫にも衣装と
言ったところだった。

「ふ~ん、ふ~ん」

 ふと後ろを見れば、いつの間にお湯を張ったのか、洗面器の中でキュウベエが気持ち良さそうに
鼻歌を唄っている。
 キュウベエ曰く、魔法少女になる素質を持つ人間しか彼の姿を見る事は出来ないらしい。
 現にあれだけ大っぴらに堂々と振る舞っているのに詢子にはキュウベエの姿が見えていないらし
い。
 魔法少女になる素質とは、即ち魔力に対する耐性と遺伝的な適正を指すらしい。
 魔女は血で飛ぶとは有名なアニメ映画の台詞ではあるが、キュウベエの言葉を信じるならば、強
ち間違っていたわけでは無いようだ。

(でも、それなら、シン君も魔法少女になれるはずなんだけど)

 シンもまどかと同じくキュウベエの姿を視認し言葉を交わしていた。
 つまり、それは、魔法少女として素質を持つはずだが、不思議とキュウベエはシンを積極的には
勧誘していなかった。
 そればかりか、かなり矛盾した発言を残している。

(シン君が魔法少女…)

 シンが、ふりふりのドレスを着て、蛍光色の杖を振る様子を思い浮かべ、まどかは思わず噴き出
し、昨日の事を思い出した。


 茜色の夕暮れの中、マミを先頭にまどかとさやかはゆっくりと歩き続けている。
 その後ろに自転車を引いたシンが続き、住宅街の中を言葉も無く進む。
 戦闘の高揚と恐怖が、複雑に入り組み、心の表面を撫でる感触にまどかは眉を潜め、手を繋いだ
さやかの体温にほっと胸を撫で下した。
 先刻までの出来事を夢か現か判断する前に、初めて見た本物の"戦い"に恐怖を感じていた。
 しかし、同様に高揚感も隠す事が出来ずにもいる。
 憧れていた普通で無い何か、特別である何かが、目の前にぶら下がり手招きしている現状に期待
を抱くのは果たして罪な事なのだろうか。

「うわぁ」
「素敵なお部屋ぁ」
「お邪魔します」
「一人暮らしだけと遠慮しないで、ろくなお持て成しの準備も無いんだけど」

 通された部屋は市内の高級マンションの一室だ。
 通された部屋は家具も少なく殺風景に見えるが、ホテルの一室のように調和が取れ単純にセンスが
良い。
 テーブルの上に飾ってある花瓶とクロスも高級品だが、自己主張せず部屋に自然に溶け込んでいる。

「適当に座っててくれるかしら」

 まどかとさやかは、興味津津だが、シンはどうにも落ち着かない。
 記憶を失う前の自分はどうだか知らないが、現在の"自分"は女の子の部屋に入って平常心でいられる
ほど度量は大きく無い。
 確かに出会いこそまどかの部屋で目覚めたシンだが、それっきりだ。
 あれから、まどかの部屋には、朝起こす時ドアをノックするだけで部屋の中には小指の先も入ってい
ない。
 まどかは、ゲームやら雑談やら勉強やら、事ある毎にシンを部屋に誘うとするが、居候先の娘さんに
億が一の間違いがあっては拙い。
 当然間違いを犯すつもりは更々無いが、母親の性格を考えても兎に角拙いのだ。
 そうで無くとも鹿目まどかは危機感と言うか、異性に対して異常にに無防備な所があって、逆にシン
の方が冷や冷やする事が多い。
 風呂上がりしかり、食事中しかり、薄着で室内を平気で出歩くしかり。
 そんな無防備な"妹"が危険な提案を日夜繰り返す為に、シンは気が気では無い。
 さりとて、断る度胸もあらず、結果リビングで遊ぶ妥協案を見せるのが常だった。
 あんな目にあったにも関わらず、マミの部屋で「きゃあきゃあ」と女の子全開の二人に溜息を付き、
諦めたようにテーブルの隅に腰を降ろした。

「貴方は、ミルクとお砂糖はどうする?」
「いいです。いつもブラックで飲んでますから」
「あら、やっぱり男の子なのね。なら、貴方はブラックね。それからケーキはどれにする?」

 何が可笑しいのか、マミは苦笑しながらシンの前に珈琲を置き、手作りケーキが山盛りのトレイを
指し出す。
 焼き立ての良い香りが鼻孔をくすぐるが、あまりの量に思わず圧倒されてしまう。
 見ているだけで胸焼けしそうだ。
 シンは、圧倒されながらも、甘さ控えめであろうチョコケーキを手に取り会釈し、珈琲を口にした。

「マミさん凄っごく美味しいです」
「滅茶美味っすよ」
「ありがとう」

 確かにマミの焼いたケーキは市販のケーキよりもずっと美味しかった。
 珈琲も豆からひいているのか、香りもコクもずっと良い。

「キュウベエに選ばれた以上、貴方達にとっても人事じゃないものね。ある程度の説明は必要かと思
って」
「うんうん。何でも聞いてくれたまえ」
「さやかちゃん…それ逆」

 さやかを見つめ微笑を浮かべたマミは、少し表情を引き締め、手のひらから小さな宝石を取りだす。
 宝石にはイースターエッグのような精緻な細工が施され、石核の部分は淡く輝く金色の光を灯して
いる。



「わぁ綺麗」
「これがソウルジェム。キュウベエに選ばれた"女の子"が契約によって産み出す宝石よ。魔力に源で
あり魔法少女であることの証でもあるの」
「契約って?」
「僕は君たちの願い事をなんでも一つ叶えてあげる」

 キュウベエの言い様にシンは珈琲を噴きかける。

「どうかしたのかい、えっと君は?」
「シン・アスカ」
「そうか。シン・アスカ。何も可笑しい事は無い。僕は何でも願いを叶えてあげられる」
「何でもって?」
「そう何でもさ。どんな奇跡だって君達が望めば叶えて上げられる。馬鹿馬鹿しいと思うかい?」
「あんな物を見たんだ。馬鹿馬鹿しいとは思えない。でも信用出来ない」
「かもしれないね。でも、これは純粋な事実だ。僕は君達が"望む"ならどんな願いだって一つ"だけ"
叶えてあげられる。でも、それと引き換えに手にするのがソウルジェム。その石を手にした者は魔女
と戦う使命を課せられるんだ」
「魔女?あの変な化け物のことか?」
「あれは魔女の使い魔さ。厳密に言えば魔女じゃないけど放置すれば君たち人類に被害が出るだろう
ね」
「願いの代償は怪物退治…か。一応ギブ・アンド・テイクなんだな」
「魔女と戦うにはそれなりに危険が伴う。無理強いは出来ないからね」
「まぁまぁ親戚君、一応最後まで話を聞いてみないとさ」
「そうだよ、シン君」

 場の空気が悪くなるのを察したまどかとさやかは、慌てて場を取り繕う。

「そうそう、ほら、あたしのケーキもあげるから」
「ふぉい、みふぃ」

 自分の"食べかけ"のケーキをシンの口に突っ込みに、更に次々とケーキを飲みこませる。
 シンも怒って吐き出せば良い物を抗議の視線一つ送っただけで、後はさやかのされるがままにされ
ている。 
 まるで「リスみたいだ」とまどかはシンに微苦笑を漏らし、そっとキュウベエを覗き見た。
 キュウベエは、瞑らぬ瞳のままシンとまどか達を見つめ続けている。
 その表情からは、まどかにはキュウベエが何を考えているのか伺い知る事も出来ない。
 でも、表情から感情が読めないキュウベエとは違い、目を細めたシンの顔はいつも違う見た事も無
い厳しい顔だった。


 場面は今朝の洗面所へと戻る。
 キュウベエはどんな願いでも一つだけ叶えてくれるとまどか達に言った。
 しかし、代償として魔女と戦う事にもなると"忠告"してくれた。
 シンの言う通りキュウベエの"契約"はギブ・アンド・テイクの法則に則っている。
 契約には代償が付き纏う。
 当たり前の話しだが、まどかには代償と言う概念が今一つ捉え辛かった。
 彼女にとって代償とは我慢の領域を出ず、何かを犠牲にする代償が想像出来ないのだ。
 国語的な意味では代償を理解出来ても、それが何に紐付き、どんな事態を招くのか、まどかにはピ
ンと来ない。
 そして「ピンと来ない」困った時の知恵袋と言えば母、と言うのがまどかにとってのお約束だった。

「ねぇママ」
「うぅん?」
「もしも、もしもだよ。魔法でどんな願い事を一つ叶えて貰えるって言ったどうする?」
「役員を二人ばかり余所へ飛ばして貰うわ」
「うわぁいママ、目が怖いよ」

 夢も希望も微塵も無い願いだが、願いには違い無い。
 だが、金銀財宝も不老不死も無い、生活の根付いた現実的過ぎる願いにまどかは顔を引きつらせ嘆息
する。

(そう言う意味じゅ無いんだけどなぁ)

 どうにも話が噛み合っていない。
 無理からぬ事も知れないが、まどかは歯がゆさを隠しきれないでいる。
 まどか達少女は願いに夢を乗せているが、詢子達大人は願いに別の物を乗せているような気がして
ならないのだ。。 
 どんな願いでも一つ"だけ"叶えてくれる。
 互いの願いは根っこの表層部分では同じだろう。
 だが、肝心要の本質は似て非なる印象を受けてしまうのは何故だろうか。

「まぁ美味い話しには裏があるからね。美味いだけに関わらず、どんな出来事には裏と表があるもんな
のさ。一元的に物事を判断するのは、ちょいと危険だってことさね」
「それも大人になれば分かるの、ママ?」
「嫌んや。こればっかりは当事者になって、何回か"痛い目"見ないと絶対に分かんないもんさ。分かっ
ても避けられない、避けてはいけない時もあるしね」
「逃げちゃ駄目ってこと」
「いんや、逃げてもいいんだよ。でも、避けちゃ駄目って事もあるのさ」
「良く分かんないよ」
「まぁ、まどかにもその内分かる時が来るって。さて、今日も元気にお仕事行きますか」
「うん、いってらっしゃい」

 化粧を終えた詢子は道具を治め、何とも投げやりな助言を残し、意気揚々と仕事に出かける。
 今日は土曜日。
 バリキャリな母は休日出勤に出かけたが、学生は当然の事休日だ。

「シン君とさやかちゃんでも誘って、何処かに行こうかな」

 魔女と魔法少女と願いの関係。
 逃げる事と避けてはいけない事の違い。
 昨日今日で結論を出せる程、簡単な"課題"では無かった。


 土曜日の午前中。
 人ごみで賑わう繁華街をシンは不機嫌な顔でひた歩いていた。

『魔女ってなんなの?魔法少女とは違うの?』
『願いから生まれるのが魔法少女とすれば、魔女は呪いから生まれた存在なんだ。魔法少女が希望と振
りまくように魔女は絶望をまき散らす。しかも、その存在は普通の人間には見えないから性質が悪い。
不安や猜疑心過剰な怒りや恨み。そう言う災いの種を世界にまき散らしているんだ』

 昨日のマミとキュウベエとの会話を思い出す。
 休日の散策は気分転換と考えを纏める時間稼ぎのつもりだったが、どうにも上手く行かない。
 自転車を駐輪場に止め、繁華街の練り歩く間も、心に薄暗い闇が鬱積するのがシン自身にも分かった。 
 家族連れや同年代の友人達の行き交い、皆笑い合い、休日を謳歌している。
 キュウベエの言葉が真実ならば、こんな呑気な日常の中にも魔女は潜み、人々を虎視眈々と狙っている。
 魔女は人の世に災いをまき散らす。
 そして、マミは理由がはっきりしない自殺や殺人は、かなりの確率で魔女が原因だとも言った。

「なんだよ、それ」

 姿は見えず、声も聞こえず、誰の目に留まる事も無く気が付けば人が死ぬ。
 考えれば考えるだけも理不尽な話だ。
 災害や病気の方が目に見えて分かるだけマシだ。
 そして、魔女を見る事が出来るのは、魔法少女だけだと言う。

「何でも一つ願い事を叶えてくれるか」

 キュウベエは、魔女と戦う危険と引き換えにどんな奇跡も叶えてくれると言う。
 記憶が戻ると言うなら、危険を承知で魔女との戦いに飛び込んでみるのも選択肢の一つだ。
 だが、シンの希望は次の瞬間には、粉々に砕かれてしまった。 

『僕の姿は見えるって事は君にも魔法少女?君は男の子だから魔法少年になる資格はあるはずだ。でも、
駄目だ君には魔法少女になる資格は無い。僕にも分からないけど、君は奇跡を叶える資格が無い』

 キュウベエが見える事が魔法少女である事の証のはずだが、いきなり前提が覆され、理不尽な気持ちで
一杯になってしまう。

「なら、最初から期待させるなよな」

 キュウベエに毒づきたくなるが、契約(ルール)だと言われてしまえば是非も無い。
 元々あるはずの無い奇跡のような存在にケチを付けようにもどうにも出来ない。
 自分の事が駄目ならば、シンの心配は、既にまどかとさやかの二人に移っていた。
 二人共願い事に意識が行き過ぎ、魔女と戦う危険性を度外視しているようにも思える。
 昨日の晩に死にかけたにも関わらず、目の前にぶら下げられた人参で危険が霞んでしまっている。

「でも、仕方無いんだよな」

 誰だって、何でも願い事を叶えて貰えるとしたら、少々の危険は無視して首を立てに振ってしまう。
 現にシンも記憶が戻るならば、それも構わないと思ってしまったのだ。
 人の事をとやかく言う権利は無いだろう。
 仮定の話だが、キュウベエと契約した場合、途中で契約は破棄出来るのか。
 破棄する為には、やはり、代償を要求されるのだろうか。
 例えどんな願い事が叶うとしても、命に代えられない。
 シン個人としては、二人が魔法少女になる事は反対だ。
 反対だが、そもそも、自分にあの二人の願いを止める権利はあるのか。
 考えれば考える程、頭の中がこんがりがり、むしゃくしゃする。
 元々口下手な人間であるシンは、どう上手く言い繕っても途中でボロが出る。
 口で言っても駄目なら行動に出るべきだと自問しても、どう行動に出て良いのか分からず、
結局元来た道に戻り、思考の堂々巡りに陥ってしまう。
 気晴らしに出た休日も、繁華街に潜んでいるかも知れない魔女の存在を考えると気が気で無かった。

「悪循環だよな」

 どうして良いのか分からず項垂れたシンは、ゲームセンター横の自動販売機で缶コーヒーを買い
一服する。
 薄い苦みが喉を癒し、安っぽい香りに妙な落ち着きを覚える。
 ゲームセンターからは、クラブミュージックがけたたましい音量が流れ、自動ドアが開く度に大
通りまで店内の騒音が漏れる始末だ。


「気分転換にはいいか」

 こんな場所で腐っていても埒が明かない。
 気分転換のつもりならば、いっそいつもと違う場所で時間を潰すのもいいかも知れない。
 店内に入れば、まだ、開店直後だと言うのに最新型のゲーム筺体には、人が列を為して群がっている。
 シンも並んでみようかと思ったが、列に並ぶ時間を考えると、どうにも食指が動かず、空いているゲ
ームを探し、店内を練り歩き、幾つかのプライズ商品をやってみたが、クレーンの貧弱さに顔を引きつ
らせ、戦果はゼロだ。
 途中UFOキャッチャーの中にキュウベエに似たヌイグルミを見つけ、余計に体を脱力させる始末だ
った。

「向いて無い。俺、絶対ゲームに向いて無いんだ」

 プライズ商品に百円を十枚プレゼントした瞬間、シンは己の得手不得手を完璧に悟った。
 シンは、無題使いする方では無いが、僅か十五分で小遣いの三分の一を持って行かれれば、精神的に
辛い。使い道も無い金だが、無いと有るとでは精神的に随分と違うのだ。

「あら、シン君じゃ無いの」

 もう見るだけにしようと、辺りをウロウロしていたシンの耳に聞き慣れた声が届く。
 ふと、振り返れば、そこには私服姿のマミが妙に上機嫌で微笑んでいた。

「あんた…巴マミ」
「マミで良いわよ。もう、他人じゃ無いでしょ」

 フロントレースが特徴の上品で可愛い白いワンピースから素肌がチラリと見えに兎に角眩しい。
 流行っているのだろうか。
ワンピースに合わせたピンクのミュールは、まどかも持っていた気がする。 
 出会ってたった一日しか経っていないが、制服姿では無い私服のマミは異様に新鮮なのだ。
 全体的にふわふわとした印象で実に女の子らしいが、可愛い中にも清楚さが際立って見え、小動物的な
可愛さを持つまどかや、ボーイッシュなイメージがあるさやかとはまた違った女の子の姿に、眩しさから
シンは無言で視線を逸らした。

「誤解されるような言い方、やめて下さいよ」
「あら?いけないかしら?」
「いけないってわけじゃないですけど」
「なら、良いじゃない」
「良いとか悪いじゃ無くて、ですね」
「でも、意外な所で会うわね。やっぱり男の子はゲームとか好きなのね」 

 シンは、マミにこちらの言い分を完璧に封じられ白旗を上げ敗北宣言する。
 学年は違うが、恐らく年下の女の子に男の子と呼ばれるのは抵抗がある。
 何と言うか背中がむず痒くなるのだ。

「意外なのは俺の方です。ゲームセンターでマミ…えっと"さん"に会うとは思って無かったので」
「律儀ねぇ。マミでいいのに」

 そっぽを向いてマミの名前を呼ぶシンに、マミは忍び笑いを漏らす。

「やっぱり、私のイメージに合わないのかしら?」
「それは…まぁ。マミ…さんはお嬢様ってイメージがあるんで。ケーキとか上手でしたし」
「ありがとう。そう言えばケーキはお口にあったかしら」
「凄く美味しかったです。昨日ちゃんと言ったじゃ無いですか…」
「また、食べたい?」

 促すようなマミ視線がくすぐったい。
 何と言うか、見透かされているような、シンにケーキを「食べたい」と言わせたいような、力加減が
絶妙なのだ。

「…出来れば」
「ちゃんと言わないと駄目。作ってあげないわよ」
「…食べたいので、また作ってくれると非常に有りがたいです"上官"殿」
「了解しました」

 意地悪な笑みを浮かべるマミを前にシンは、半ば自棄になりながら大声で答える。
 何事かと幾人かの客が何事か振り返るが「いちゃついているだけか」と直に興味を失くし三々五々に
散って行った。

「マミ…さん。最初とキャラが違いませんか?」
「ふふ、ごめんなさい。ちょっと意地悪したくなったのよね」

 悪戯でからかわれては堪らない。
 どうして自分の周囲の女の子は、こうも自分をからかって遊ぶのか。
 恥ずかしさと気恥ずかしさでシンの心臓は爆発しそうだ。

「ここってストレス解消にはもってこいなのよ」
「ストレス解消?」
「これよ、これ」


 悪戯っぽく笑ったマミの右手には、銃型のジョイパットが握られ、背後には特殊部隊風の制服に身
を包んだ白人がゾンビ相手に猛るデモが流れている。

「銃?ガンシューティングですか」

 魔女の結界の中でマミは、マスケット銃を使い、魔女の使い魔を撃ち倒していた。
 確かに彼女に似合うゲームと言えばこれしかないだろう。

「そうよ、貴方もどう?」
「俺、ゲームは、あまりやったこと無いんで」

 まどかが遊び相手に誘ってくるゲームは、パズルゲームかボードゲームだけだ。
 ガンシューティングや格闘ゲームとは、記憶の限りでは経験は無かった。

「大丈夫よ。最近のゲームは変にリアルだから。実戦とあまり変わらないわ。あんな精密にピン
ポールショットが出来るんだもの。私と一緒なら全国スコア更新も狙えるわよ」

 マミの実戦の一言にシンの体が強張る。
 銃を撃つ事で命を守ったが、同時に命を奪う行為でもある。
 矛盾する行動の末に撃った事も守った事も後悔してないが、改めて指摘されると後ろ暗い気分に
なる。
 まどかとさやかは、魔女の結界から出た後「ありがとう」とシンに言った
 後ろ暗い行為で得たまどかとさやかの笑顔が胸に堪える。
 二人が本当に気にしていないと分かるだけ、尚更堪えた。

「心配しなくても、撃っても人は死なないし誰も傷つけないわよ。ゲームだから」
「…良いですよ。やりましょう」

 銃を撃った罪悪感とまどか達に対する後ろめたさを言い当てられたような気がして、シンの頬に
さっと朱が指す。

「やってやりますよ」
「そうこなくちゃね」

 悪戯っ娘のような笑みを浮かべたマミを余所に、シンは財布の中から百円を取り出しジョイパッド
を手に取った。

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最終更新:2011年06月07日 10:43
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