家々に灯った明かりが役目を終える深夜、春先に残る肌寒さを切り裂くように二つの影が疾走する。
シンの妹であるマユを襲い、『悪魔召喚プログラム』を奪った謎のサイボーグ達だ。
機械によって強化された彼女達は、およそ人間とは思えない身体能力を発揮し屋根の上を駆け回っていた。
それを、これまた人間を逸脱した速度でアンドロイドのデスティニーが追いかけていく。
戦闘を想定して一から創りだされた彼女は、当然走る速度も生身が残るサイボーグに劣っていない。
ただし思いっきり足を踏み出すと人家の屋根など軽くぶち破ってしまうほど自重が重いため、
アームドベース「インパルス」を使って空から二人を追跡していた。
もっとも、突貫を役割として与えられた飛行能力だけに、強すぎる突進力に振り回されて
いまだに狼藉者達には追いつけていなかったが・・・。
家々の壁など紙同然に突き破るような火器ばかり搭載してきてしまったために、
重量が増して細かい挙動ができないのも追いつけない原因の一つだった。
マユ『デス子、あいつらは?』
デス子「現在追跡中です。開けた場所に誘いこんでいるので、もう少しで追いつけるかと」
マユ『絶対に見失わないでね。それと、増援も気になるからそっちにも注意して』
デス子「奴らに仲間がいるのですか?」
マユ『あとから出て来た方はセインと名乗り、あなたのセンサーはドゥーエという名前を聞きとっている。
6(セーレ)と2(ドゥーエ)。イタリアの数体系になぞらえているとすれば、
少なくともあと四体か五体以上の姉妹がいることになるわ』
デス子「私を足止めして“なり変った”ことからしても、事前調査は済ませているはず。
にもかかわらず少人数で来たということは、戦力の過剰投入を避けた、
というよりは戦力を割く余裕が無かったと考えるべきでしょうか」
マユ『だとしても、迎えの部隊くらいはよこしているでしょうし、急がないとどんどんこちらが不利になるわね』
家に残ったマユから通信を受け取りつつ、デス子は敵の逃走経路を予想しながらウェポンを選択していく。
いくらこちらをかく乱しているように動いても、逃走経路を直線で結べば大よその目的地が見えてくる。
居住区を超えた先にある港、そこで仲間と合流してから海路でこの街を脱出する腹積もりなのだろう。
だが、その前に彼女達は進路上に障害物の少ない海沿いの道に出なければならない。
デス子「お任せください。その前に仕留めてみせます」
背中に備え付けられた大出力バーニアで無理やり自重を持ちあげている姿は優雅とはほど遠い。
戦艦でも相手にするかのような無骨でごてごての重武装を積み込んだその姿は、
『武装神姫』というよりも『武神“姫”羅鋼(ぶじんきらはがね)』と言った方が正しい。
だが、それらが持ちえる破壊力は、戦いを追撃戦から殲滅戦に塗り替えるには十分だ。
矛先にいるのがたった二人という事実が、哀れに思えてくるほどに。
一方、マユの部屋を爆破して『悪魔召喚プログラム』を奪い去ったドゥーエとセインも、
状況をあまり芳しく思っていなかった。
厄介なことにデスティニーの性能は予測数値上で自分達の二段階ほど上をいっている。
まともに戦っても勝ち目は薄い。かといって、このまま合流地点までに引き離せなければ
回収に来てくれた仲間にまで害が及ぶ。
ドゥーエ「いい加減しつこいわね。セイン、『無機物潜行(ディープダイバー)』は使えないの」
セイン「人を抱えてとなると走るより早く泳ぐのは無理かなぁ。あ、べ、別にドゥーエ姉が重いって言ってるわけじゃないんだからね」
ドゥーエ「わざとらしくどもらないでよ!」
セイン「あはは、大丈夫だって。深夜で人通りもないみたいだし、
あとちょっとで開けた場所に出るからそこで“ダイブ”すれば逃げ切れる、逃げ切れる!」
ドゥーエ「・・・不安だわ」
速度がでないことの他にも問題点はある。
セインの物体を透過する能力は確かに強力だが、泳ぎが得意なイルカでも永遠と泳ぎ続けることはできないように、
体力の消耗からいって人一人抱えての長時間潜航は難しいのだ。
ドゥーエが顔を変えて人ごみに紛れるという考えもあったが、デスティニーはアンドロイドだ。
こちらを感知する方法を持っていないとも限らない。
人質を取ることも考えたが、目立ち過ぎて逃げ場がなくなってしまう様が目に見えている。
ようは、居住区を過ぎるまではお互いどうすることもできないのだ。
一人家に残ったマユは、焼け跡から生き残った機材を再起動してコピーを取った際に消去した
『悪魔召喚プログラム』の再構築にかかっていた。
マユ(私も、私にできることをやっておかないと)
無機物の中を自在に動きまわれる、姿を偽るなどの特殊能力からして、連中が単なるテロ組織や軍隊である可能性はないに等しい。
プログラムを狙ってきた事を踏まえても、魔術やオカルト方面に詳しい類いの、
それも高価なサイボーグを何体も生産できるほどの資金を持つ大組織だろう。
だとすれば、連中がプログラムの価値だけでなく使い方さえ熟知している可能性は、残念ながら極めて高い。
マユ(狙いが『悪魔召喚プログラム』だとすれば、どうして私が手に入れたことを知っていたんだろう。
ここが嗅ぎつけられた事といい、綿密に準備されていたことといい、流れがどんどん悪い方向に傾いてる気がする)
マユは起こるかも知れない万が一に備えて準備をし始めた。
毒を以て毒を制す、その言葉の持つ恐ろしさをおぼろげながらに噛みしめながら。
題名未定 第2.5話「 盾を取り、槍を高くかざせ 」 中篇
居住区を抜け海沿いのさびれた道路に出た瞬間、合図したかのように状況が変化する。
まず仕掛けたのは、ドゥーエ達だった。
セインがドゥーエを抱え込み、『無機物潜行(ディープダイバー)』の能力を使って地中に潜ったのだ。
ドゥーエ「抜けたわよ、セイン。逃げ切って見せなさい」
セイン「任せてよ、ドゥーエ姉。」
デス子「甘いっ!」
一気に港へ向かおうとするセイン達だったが、それを予期していたデス子は両肩のキャノンの標準を下に向けた。
中身は、地殻を砕き、その下にある敵基地を破壊することを目的として開発されたレーザー誘導地中貫通爆弾(バンカーバスター)だ。
複数の種類があるアームドベース「インパルス」の中、もっとも古いタイプの
「タイプ・ストライク」と命名されたシリーズ。
それらの大元になったのが、現在装備中の「IWSPパック」だ。
使いにくいが、その分どんな状況にも対応できるよう無理をして色々搭載している。
目下の地面に放たれたそれは、目論見通り一瞬にして地中を砕き地面を焼いた。
それにせっつかれて、セイン達が慌てて地表に飛び出してくる。
ドゥーエ「あつ、熱い! 何なの今のは!」
セイン「公共の道路にバンカーバスターぶっぱなすか、普通!?」
デス子「逃さないといったはずです!」
命からがら丸焼きから逃げ延びた彼女達に、今度はひき肉になる恐怖が襲う。
デス子が腕に装着した盾を標的二人に向けると、内蔵されていたM61バルカンが待っていましたとばかりに火を噴いた。
戦闘機に搭載されている20mmのガトリング砲である。
反動を抑えるために毎分800発に抑えてあるものの、そもそも人間に向けて撃っていいものではない。(使用後の光景的な意味で)
戦闘機人といえど、こんな狂気をまともに受け止めれば粉みじんになってしまうだろう。
デス子「ほらほら、どうしたんですか! もっと動かないと当たってしまいますよ!」
セイン「無理無理無理ぃ! こんなの絶対に無理ぃ!!」
ドゥーエ「なんで? なんでそんなに切れてるの!?」
デス子「しらじらしいことを! 私が居ない隙にマユ様を殺そうとした報いを受けなさい!」
ドゥーエ「セイン! あんたって子はあぁっ!」
セイン「ええ、私のせい? 私のせいなの!?」
バルカンから逃れるために地中に潜り、そのたびにバンカーバスターにお尻を焼かれながら
上に出てバルカンを浴びせられを何度繰り返しただろうか。
死の恐怖に耐えながら、セインとドゥーエはやっとこさ港の倉庫に逃げ込んだ。
戦闘機人に実装されたばかりの“電磁力シールド”がなければとっくの昔に大地に還っているところだ。
幸いにして、夜の港は人がおらず、隠れる場所も豊富にある。
灯りにさえ気をつければ、見つかる事はまずないだろう。
セイン「ゼェゼェ、し、死ぬかと思った・・・」
ドゥーエ「ハァハァ・・・よく・・・やるわよ。車が一台でも通れば・・・大惨事だっていうのに・・・」
セイン「あの、ボロボロの道路も、血税で、治すんだぞ・・・」
ドゥーエ「とにかく、あとは、む、迎えの船を待つだけよ・・・」
ここに来るまでどれほど命がけだったかは、体力を強化されている彼女達が
息を切らせていることからしてもわかってもらえるだろう。
命があることを信じてもいない神様に感謝していると、二人の頭に内蔵されたセンサーに
暗号化された通信文が届けられた。
直接通話をして来ないことから察するに、港に二人が到着するとどこかの拠点から
自動的にメッセージが送信されるようになっていたのだろう。
セイン「お、ウーノ姉からの暗号通信だ。なになに、入り江の向こうに小型の潜水艦を用意しておいたから
それに乗って逃げなさい、だって」
ドゥーエ「さすがウーノ姉様は動きが早いわね。さぁ、長居は無用よセイン」
周囲を警戒しながらそろりそろりと倉庫街を抜けて、二人は最高の逃げ場である海へと潜った。
海の途方もない広さは、セインの『無機物潜行(ディープダイバー)』にとって最大の武器になる。
動体反応を消してくれる魚の群れや、熱反応を消してくれる海の水が天然のセンサー殺しとして働いてくれるためだ。
まして夜の海ともなれば、強い光源を使ったとしても視界は限りなくゼロに近い。
ソナーがあるならまだしも、逃げることに特化させれば海でのセインは無敵に近い能力を誇っていた。
さすがに水中までは追ってこれないだろうとたかをくくって、安心して潜水艦まで向かう二人。
が、油断していた彼女達にさらなる悪夢が襲いかかる。
ドゥーエ「もうこんな任務二度とごめんだわ」
セイン「もう少し、もう少しで・・・」
ようやくここから逃げきれると安堵した矢先、海中にいる二人を何かが追い越していったかと思うと、
次の瞬間小型潜水艦の右舷が大爆発をおこした。
あっという間に、スクリューが吹き飛び、分厚い装甲がえぐれ、エンジンが浸水する。
セイン・ドゥーエ「「げぇっ、魚雷!?」」
泡と破片をまき散らしながら海底へ沈んでいく小型潜水艦と、それを呆然と見守るセインとドゥーエ。
これで、逃げ出す手段は完全に途絶えたことになる。
セイン「・・・(ふ、船が粉々に・・・)」
ドゥーエ「・・・(姿が見えないと思ったら、傍受した通信を頼りに先回りしてたってわけか。負け戦ね、これは)」
地中と違い、海には遮蔽物になるものが無い。
さすがのセインも魚雷より早く泳ぎ続けるのは不可能だ。
雷撃戦ともなれば、海の戦闘など考慮していないサイボーグなどなすすべもなくやられてしまうだろう。
戦々恐々としつつ倉庫街に戻った二人を待っていたのは、勝ったというのに薄笑いすら浮かべず
仁王立ちしているデスティニーだった。
ここまでくると、もはや驚く気力すら湧いてこない。
デス子「この街の詳細なデータがある以上、地の利はこちらにあります。
逃がさないといったはずですよ」
ドゥーエ「あの魚雷もあなたの仕業? 」
デス子「ええ、用意していた水中用の「アビスインパルスパック」に換装しました。
最初からマユ様の指示で海中に追い込む作戦でしたので。ああ、暗号通信の解読も数分で終わらせてくださいました」
あの妹死んどけばよかったのに、と呟きたかったセインだが、万が一にも聞こえたらやばいので黙っていることにする。
デス子「海中のあなた達を見逃したのは、プログラムの完全な破壊を見届けられないと困るからです。
どうしますか。この場で大人しくそれを返すというのなら、見逃してあげてもかまいませんが」
ドゥーエ「冗談でしょう? ここまで来てただで手放せっていうの?」
デス子「ここまで来た努力をくんだつもりですよ。それとも、プログラムと一緒に吹き飛びますか。
私としてはどちらでも構いませんよ」
違う。これは“交渉”でも“脅し”でもなく、完全な“譲歩”だ。
デス子の目的はプログラムの破壊なのだからセイン達の命を気にかける必要はない。
にもかかわらず、全てを水に流して逃がしてくれるというのは、
破格の条件過ぎて裏があるのではないかと疑いたくなるほどドゥーエ達にとってはありがたい話だった。
屈辱的だが、ここで意地を張って無駄死にするほどドゥーエは馬鹿ではない。
ドゥーエ「・・・のるわ、その条件」
セイン「ドゥーエ姉!」
ドゥーエ「負けた相手を無条件で見逃してくれるなんてきまぐれ、そうあるもんじゃない。
ねぇ、聞いていいかしら。それもマユって子の指示?」
デス子「私の勝手な判断です。命令はプログラムの破壊のみですし、余計な血でマユ様を汚すわけにはいきませんので」
その答えに、ドゥーエは少し驚かされた。
自己の判断で行動するアンドロイドなど空想の産物だと思っていたからだ。
そして同時に、マユの考えたものと同じ疑問に行きついた。
自分に指示を出した上の人間は、『何故プログラムだけでなく、このアンドロイドも奪おうとはしなかったのか』
デス子「どうかしましたか?」
ドゥーエ「・・・いいえ、何でもないわ」
今はそんな事を考えている場合ではないと、ドゥーエは頭を切り替える。
ドゥーエ「もしも、体勢を立て直して再攻撃を仕掛けてきたらどうするつもりなの」
デス子「無論、マユ様を連れて逃げます」
セイン「え、戦うんじゃなくて!?」
デス子「まさか。プログラムさえ破壊できたならあとはすたこらサッサですよ。
入念に準備した相手に何度も勝てると思うほど、私は傲慢ではありません」
ドゥーエ「ロボットが傲慢を語るとはつくづく人間くさいわよね、あんた」
デス子「私にとっては褒め言葉ですよ。さて、そろそろ渡してもらいましょうか」
お互いを探り合う情報戦は引き分けに終わり、次の段階へ戦いの舞台が移る。
優秀な戦士は、素直に従ったふりをしていながら、相手をどう出し抜こうかと策を巡らせるものだ。
現に今この瞬間も、デス子は銃のトリガーから指を離していないし、セインはいつでも『無機物潜行(ディープダイバー)』を
使えるように準備している。
次に事態が動くのは、プログラムが渡った時か。それとも、ドゥーエ達が逃げ出す時か。
張りつめた空気の中、ドゥーエはゆっくりと腰のパックに入れていた携帯電話を床に置き、
勢いをつけてデス子の方まで滑らせた。
防水加工された携帯は塩水に濡れた地面を氷上であるかの様に移動して・・・。
セイン「なに、あれ・・・」ゾクッ
――――――地面から生えた“何者か”の腕によって、途中で受け止められた。
何者かといったが、細く、長く、紫色の肌をした人間の腕などあるはずがない。
明らかに人から外れた“それ”は、徐々に地面の下から浮かび上がりながら、その全貌を現していく。
マユ『質量が徐々に増大してる。なんで?! 未知の要素でも取り込んでるっていうの!』
デス子「構成物質不明、地球上に該当生物無し。マユ様、これは!?」
マユ『あり得ない、こんな物理法則を無視した生物がいるわけ・・・っまさか!?』
口の部分についた鳥のようなくちばしに、背中に生えた蝙蝠のような翼。
首の周りの白い羽毛に、足には鶏の様なかぎづめ。
マユ様『本物の・・・悪魔、なの?』
映画にでも出てくるような異形の怪物が、マユ達の目の前で現実の世界に顕在した。
?「グゲゲゲ! 見ツケタ、ヨウヤク見ツケタゾ! 夢二マデ見タ我ラガ大総統ノ台座ヲ!」
最終更新:2011年06月07日 10:48