魔法少女。
瘴気を孕み人類に仇名す魔獣を人知れず闇に葬る狩人。
自身も人ならざる魔力<チカラ>を用いて戦う不義の狩人。
その命が尽きる時、円環の理にし難い自らも消滅する悲しき狩人。
たった一つの奇跡を代償に生涯を修羅の道へ進む事を宿命付けられた孤独の狩人。
それが、魔法少女に身を窶した乙女の宿業なのだ。
「巴~これで赤点六つ目だぞ。卒業じゃない…追試大丈夫か?」
「た、多分、大丈夫だと思います、先生」
巴マミ。
見滝原女子高等学校三年生。
昼は花も恥じらう乙女を演じ、夜は人類の宿敵"魔獣"を滅するベテラン魔法少女を演じる十八歳。
魂の抜けたマミの様子にクラスメイト達は合掌し不憫に思った教師は目を背けた。
巴マミ。
華の女子高生であり、正義の味方"魔法少女"だ。
だが、残念な事に彼女の成績は下の下だった。
「世界は無情よね」
窓際にもたれ掛り、憂いを帯びた瞳でアンニュイな気分を演出しようとも、赤ペケの量は減りは
しない。
奇跡を望む者は覚えておくと良い。
奇跡の代償はかくも重き物だと言う事を。
魔法少女まどか☆マギカRELEASE
幕間"汝、奇跡の対価に何を願うや"
「暁美さん…恥を忍んでお願いするわ、私に勉強を教えて頂戴!」
「本当に恥ね巴マミ。一応確認しておくけど。私は貴女よりも年下なのよ」
「それだけ緊急事態なのよ!」
テーブルの上には、見るも無残なテストの山が積み上がり、マミが涙目で救援を訴えている。
突然学校の先輩でもあり、同じ魔法少女仲間でもある、巴マミに携帯で呼び出されたのが三十分
前。
切羽詰まったマミの声に驚き、何事かと近所のファミリーレストランまで制服のまま走って来て
みればこの体たらくだ。
一度自分の交友関係を真剣に考えた方が良いと、ほむらは深い溜息を付いた。
「理数系は全滅…古文は兎も角、暗記さえ出来てれば点数が取れるはずの世界史も赤点。現代、生
物、公民軒並み魔女化。巴マミ…貴女本当に真面目に勉強しているのかしら?」
ここまで赤点が続けばいっそ爽快だが、正直な話どうやって進級出来たのか優等生のほむらには
想像すら出来ない。
理数系は理解力が肝だが、暗記科目すら点数が取れないのは本人の怠慢では無かろうか。
「し、失礼ね!世界史は辛うじて赤点だったのよ。最後の選択問題さえ間違えなければ赤点じゃ無
かったんだからね」
「五十歩百歩と言う日本語を知ってるのかしら、巴マミ」
瞳からハイライトが消え、ほむらの背後から立ち昇る巨大な重圧にマミは気圧され、背中に嫌な
汗をかく。
だが、ここで尻込みしては、恥を忍び勇気を振り絞った意味が無くなる為にマミも必死だ。
「し、仕方無いじゃない。魔法少女なんて因果な商売やってるんですもの。勉強する時間も満足に
取れないの」
「確かにそうね。昼は学生、夜は魔獣狩り。勉強なんかしてる暇ないものね」
「そうよねぇ」と背後にお花を浮かべ、急に機嫌良く微笑むマミに、ほむらは盛大に溜息を付き、
鞄から一枚の紙を取り出した。
「暁美さん、これは?」
「この前の統一模試の結果よ」
「見ていいのかしら?」
「どうぞ」
冷たい微笑を浮かべるほむらの表情が気になったが、頭にクエッションマークを浮かべたマミは、
言われるがままに試験結果に目を通し、口をあんぐりと開け絶句した。
「全国五位…」
「自分の不勉強を棚に上げてはいけないわ、巴マミ」
髪をかき上げるお決まりのポーズで勝ち誇り、ちょっと溜飲を下げる。
どや顔のほむらと対象的には、マミは、全国五位の文字が目に飛び込んだ瞬間、ピキリと音を上げ
完全に石化した。
わざわざ自慢してくるのだから、それなりの成績だと思ったが、まさか、全国模試で一桁と思わな
かった。
秀才だ努力家だとは理解していたが、彼女の学力はマミと比べ月とスッポン、ティロ・フィナーレ
とキュウベエほどの開きがある。
寝る間も惜しんで魔獣と戦う同じ魔法少女でありながら、この差は一体何なのか。
確かにちょっと勉強に詰まれば、息抜きと称して趣味のお菓子作りに没頭したり、テレビやラジオ
に夢中になったりするのはマミの悪い癖だが、全国一桁代を叩き出す頭脳は同じ人間とは思えない。
「お、お願いよ。こんな事クラスのお友達にも恥ずかしくて言えないの。頼れるのは暁美さんだけな
のよ。ねっ人助けだと思って。全国五位の貴女なら、私の進級なんて魔獣をきっと倒すより簡単よ、
ほむほむ」
「今度ほむほむって言ったら、引っ叩くわよ」
顔を引きつらせ、額に怒りの四つ角を浮かべたほむらは、マミのテスト結果をもう一度精査する。
何度見ても見るも無残な酷い結果である。
英語だけが辛うじて平均点を超えているが、たった一教科超えた所で焼け石に水、大勢を覆すに
はあまりには無力だ。
選択教科を除き、全七科目中、六つが赤点。
見滝原女子高は、赤点四つで強制補講の刑に処され、三度与えられる追試に合格しなければ、非常
に憂慮すべき事態、つまり、もう一回同じ授業を受ける羽目になる。
普通三度もあれば合格出来ると思えるが、テストの内容を見ても、マミが合格出来るのは、部の悪
い賭けとしか言えない。
だが、目の前の少女は、ほむらと同じ境遇にして茨の道を歩む同士。
そして、今まで苦楽を共にして来た戦友であり、かけがいの無い親友なのだ。
確かにマミは、極稀に、いや、結構な頻度でほむらをどうしようも無く苛々させるが、それでも決
して切れない絆は嘘や伊達では無い。
出来れば力になってやりたいし、力にならないと言う選択肢は最初から存在しなかった。
「それで、追試はいつなの?」
仕方無いわねと苦笑し微笑むほむらの表情がマミの言葉で裏返る。
「それが困った事に明日なの」
注文したばかりのジンジャーエールを盛大に噴き出し、コンマ以下三桁の高速でテーブルに頭を打
ち付け、反力を利用し頭を盛大にカチ上げると、スパコーンと小気味良い音と共にマミの頭に火花が
散る。
「巴マミ…貴女本当に馬鹿!?追試とは言えこんな点数しか取れない貴女にどうやって一晩で"何"を
どうやって""どのすれば"教え込めば良いの?奇跡も魔法もある世界だけど、奇跡を起こすのも限界
があるの。いえ、確かに奇跡は起こしてこそ価値がある物よ。でも、ゼロにゼロをかけてもゼロなの。
無い袖は振れないし、宇宙の法則を書き換えるまどかでも難しいわ!言うに事欠いて「明日なの」で
すって!無理無茶無謀な難題、寝言は寝てから言って頂戴。呑気にティア・フィナーレーって魔獣相
手にのたうってる場合じゃないでしょ。全く…貴女、脳に行くはずの栄養が全部胸に行ってるんじゃ
ないの!」
「ティロ・フィナーレは一生懸命考えたの!」
「考えたのじゃないわよ。一生懸命辞書引いている暇あったら、単語の一つでも覚えなさい!」
「ひ、酷いわ、ほむほむ。そこまで言う事無いじゃない」
「二回目よ。次言ったら本当に産まれて来た事を後悔させて上げるから」
「タッ君が「ほむほむ」って呼んでも怒らしデレデレ顔なのに、私が駄目なのは、ずるいと思うわ」
「本当に吹き飛ばすわよ!この馬鹿女!」
髪の毛を逆立たせ、額に怒りの四つ角をダース単位で浮かべたほむらは、一瞬だけ"魔法少女"に本
気で変身しかけるが鉄の自制心で押さえつける。
二順目の世界では魔法少女としての特性が変化し、重火器の類はは使わなくなったが、長年培った
習慣は変わらず、ひっそりと密かに隠し持ったデリンジャーでマミの頭を撃ち抜こうかと、物騒な想
像に駆られたのは永遠の秘密だろう。
「お、落ち着いて、ほむほむ。明日は数学と古文だけなの。それも、出題範囲が分かってるから、決
して勝ち目の無い戦いじゃないのよ」
「はぁ…はぁ…優しい担任の先生に感謝しなさい、巴マミ。ついでに、私の堪忍袋の丈夫さにも」
「破裂してるわ。それは、とっくに破裂してるわよ、ほむ、じゃなくて、暁美さん」
「次は…本当に無いわよ…」
肩で息を付き、ギロリとマミを睨みつけ、残ったジンジャーエールを飲み干し、ホールスタッフに
お代わりを要求する。
「平常心、平常心」と心の中で魔法の呪文を唱えながらも、マミの追試対策を練り始める。
テストの内容から分かるにマミは基本が出来ていない。
ならば、もういっその事割り切って、本質を理解させるよりは、設問を解かせるだけ解かせて、解
法をパターン化させ体に覚え込ませる以外ないだろう。
「取り敢えず、この問題を解いて貰えるかしら」
簡単な数学の問題をノートに書き連ね、マミに指し出す。
マミは、一瞬尻込みするが、瞳に火を付け、ほむらの手からノートを受け取った。
「任せて頂戴。これくらいなら、私でも解けるわ」
自信満々で問題に向かうマミに、ほむらは忍び笑いを漏らし、マミから借りた教科書と追試用の課
題に目を通す。
こうなれば、今日はトコトンまでマミに付き合うと覚悟を決めた。
幸いな事に明日は土曜日だ。
徹夜しても生活に支障は無い。
休日返上で生徒の追試に駆り出される教師も不幸と言えば不幸だが、そこは、先輩の彼女の為に骨
を折って貰うしかない。
見滝原女子は三回まで追試の権利が与えられる。
今日が駄目でも次回。
次回が駄目でも次々回がある。
次々回が駄目なら、後はティロ・フィナーレである。
(私も丸くなったものね)
元々丸顔だが、それは関係無い。
前の世界なら考えるまでも無く、一刀両断で最初から断っていた。
次の問題をノートに書き出しつつ、自分自身の変化に微苦笑を漏らした。
因みにタッ君とは、ほむらの近所に住む、鹿目家”一人息子”のタツヤの事である。
今年小学校にあがったばかりの可愛い盛りの男の子である。
ひょんな事から懐かれ、現在に至っているが、ほむらにとってタツヤは目に入れても痛くない存
在、平たく言えば溺愛の対象に育っている。
タツヤに危機が迫った時、真面目な意味で彼女は、万象お繰り合わせの上で戦闘に望むだろう。
もう色々と放りっぱなしで。
「出来たわ、暁美さん、どうかしら」
「早いわね。まぁ基本だけど…さぁ出来はどうかしら」
「どれどれ」とマミの解答を見た瞬間、今度は、ほむらが石化した。
マミの解答は、何と言うか酷かった。
何が酷いかと問われれば全部酷かった。
解法の理解、不理解では無い。
ここまで来ると、最早神に祈るしか無いように思えてしまう。
「どうかしら、暁美さん」
「無理ね。諦めなさい…巴マミ。来年は同級生ね」
「問題が解けないって言うなら、も、もう駄目よ、落第するしか無いじゃない!」
「貴女!メンタルがどうしてそう豆腐以下の強度しかないの!」
ぽぽぽぽ~んと本日何度目かのほむらの雄叫びがファミレスに木霊する。
盛大に泣き崩れるマミをほむらは、パフェとケーキで何とか宥め付かせ、眉間に皺を寄せ顔を引
きつらせ、必死に考えを振り絞る。
これは次善策などと格好付けて胡坐をかいている場合では無い。
巴マミに勉強を教えるのは、明らかに自分の手に余り、人手が足りていないのは明白だ。
(拙いわね。援軍が間に合うかしら)
時間的な配分を考え今から徹夜して内容を叩きこむにしても、援軍が来てくれないと始まらない。
こんな事ならば、「暇なら来て欲しい」などと曖昧なメールを打たなければ良かった。
後悔は先に立たずと己の見通しの悪さに項垂れた矢先、ファミレスの前に一台の大きなエンジン
音を上げ、サイドカーが停車する。
深紅に塗装したC700を同色のYAMAHA製FZ1 FAZER GTに強引に取り付けた車体はアンバランスな印
象を拭えないが、細部を改造しているのか小奇麗に纏まっている。
「暁美さん…この問題なのだけど…どうかした?」
「念には念を入れて正解だったわね」
急に無口になったほむらに不安を覚えたのか、マミは、ふと、視線を外に向けると、見慣れたサ
イドカーが目に映る。
後部座席から、ホットパンツとオレンジ色のパーカーを来た、佐倉杏子が勢い良く飛び降り、から
かうようにその場に一回転する。
サイドカーには、大きなトートバックを抱えた、小花柄のブラウスと白いオーガンジーのスカー
ト姿の美樹さやかが座り、車体と同色の深紅のフルフェイスを脱いだ、シン・アスカが車体から降
りようとする、さやかに手を貸すのが窓から見えた。
「ひ、酷いわ…アスカ君達も呼んだのね!裏切りよ」
「巴…マミ…貴女ねえ」
またも盛大に泣き崩れるマミに、ほむらは本日何回目かの溜息を付いた。
「状況は理解出来たかしら、シン・アスカ、美樹さやか、佐倉杏子」
「一応。それで…俺達が呼ばれたのか」
「マミさんって成績悪かったんだ」
「頼むぜリーダー…学校のテストくらいパスしろよ」
誰が代金を払うのか不明だが、ほむらに飲み物を振る舞われた三人は、一様に感想を述べる。
学校の成績が皆にバレたマミは、魂が半分抜け枯れススキのように霞んでいる。
杏子が、クリームソーダをボコボコと泡立たせる度に、背中が煤けて行くようだ。
「ティロ・フィナーレとか難しい言葉を知ってるからよ…リーダー、英語は得意だと思ってた
ぜ」
「一生懸命考えたの!」
「そのネタはもういいわ。杏子、貴女古文は得意かしら?」
必死に主張するマミを押しのけ、返事を聞く前に資料を押し付ける。
「得意じゃねえけど、全く出来ないってわけじゃねえな」
「それで良いわ。美樹さやかも文系だったわね」
「まぁね。数学、物理よりは得意ね」
「結構。なら課題とテスト結果を精査して、二時間を目途に対策を立てて頂戴」
「はいはい、了解しました。副リーダー殿。杏子もちゃんと手伝いなさいよ」
「分かってるって。心配すんなよ」
杏子は、勉強は得意では無いが馬鹿では無い。
問題は彼女のサボり癖だが、さやかが居れば問題無いだろう。
さやかも見滝原女子の中では頭は良い方だ。二人に任せておけばまず心配は無いだろう。
「パッと見だけど、…これなら、私達でも出来ると思うけど。転校生、あんたはどうすんの?数
学の方を考えるの?」
「私は総合監修。これまでの授業内容と恵子から完璧な追試験問題を作ってみせるわ。確率と統
計からヤマを張るのは得意なの。任せておきなさい」
「あんた、昔からヤマとか張るの得意だもんね」
半ば呆れたような口調だが、さやかの言葉に悪意は籠っておらず、ただの事実を確認しただけ
の事だ。
ほむらは、綿密な予測計算に基づき行動を決める慎重派。
対してさやかは、経験と直感を頼りに計算を凌駕する感覚派。
二人の間柄を表現するならば、馬が会うようで会わず、噛み合っていないようで噛み合う不思
議な関係なのだ。
「俺は…どうすれば」
「シン・アスカ。貴方は理系だから、私と交代。問題を作るまで"リーダー"に基本を教えてあげ
なさい」
「分かった」
シンは、静かに頷くと、ほむらから資料を受け取るとマミの隣に腰を降ろす。
さやか達は、邪魔になるとの思いから席を立ち、空いている場所へと移動し、一言三言、打ち
合わせした作業を開始する。
流石は日々命を賭けて戦いに望んでいるだけの事はある。
夕方のファミリーレストランと言えば、混雑し始め、人の声が煩雑になる時間帯だが、周りの
騒音も気にならないのか、すぐ隣を幼稚園児が大声で通り抜けても、眉や苦笑一つ漏らさない驚
異的な集中力である。
「面白そうな事をしているね、さやか」
「駄目よ。今日は魔法少女はお休みよ」
しかし、槍が降っても平気な顔して居座り続けそうな彼女達の集中を乱す存在は、意外にも身
内からであった。
一体いつからそこに居たのか。
一匹の兎のような風体の小動物が、杏子が頼んだコーヒーゼリーをつまみ食いしながら、瞑ら
ぬ瞳でさやかを見つめていた。
仕草こそ小動物のように愛くるしいが、喜怒哀楽を司る感情の起伏が全て抜け落ちた平坦な眼
差しは、まるで底が見えない巨大な深淵を覗いたような錯覚さえ受けるにも関わらず、さやかは
平然としている。
兎の名前はキュウベエ。
見た目は愛くるしい小動物だが、その正体は宇宙のエントロピー矛盾に断固として立ち向かう、
優れた科学技術を持ち、人類の進化を助長する銀河有数の高次生命体だ。
人類が持つ当たり前の生理現象である感情を精神疾患と言い退けてしまう持論には、一人の人
間として流石に閉口せざる得ないが、彼らインキュベーターと言う種族は、何処まで言っても、
何処から来ても、"そう言う"性格の持ち主と割り切った方が精神衛生上都合が良かった。
「分かってるさ。最近は瘴気の濁度が極端に低い。こんな時は、魔獣の活動も制限されるはずだ
からね。魔法少女にも休息は必要さ」
「あんたも一々仕事熱心だね。そんなに碑石<キューブ>が欲しいのかい?」
「欲しい、欲しく無いじゃないよ、杏子。碑石<キューブ>の回収と魔法少女の補佐が、僕たち
インキュベーターの使命であり行動概念だ。好き嫌いでは無く、当たり前の事なんだよ」
「はいはい。あんた達インキュベーターは、いつも決まってお決まりの台詞を吐くんだ。もう慣
れちまったよ」
「前にも説明したけど、僕はいつも本当の事しか言わないよ。相変わらず君たち人類はワケが分
からないよ」
「だからってあたしのコーヒーゼリーを食べるな!」
「良いじゃないか減る物じゃ無いし。栄養補給もインキュベーターにもとって重要な事なんだよ」
「食い物は食べたら、減るに決まってんだろ、これ以上食うな!」
「ほら、仲が良いのは分かったから。時間が無いんだから、キュウベエと遊んでないで手を動か
しなさい」
「遊んでねえよ。こいつが…あたしのおやつを摘み食いするから」
「分かったわよ、おかわりならあたしが頼んであげるから、それキュウベエにあげなさい」
「…ちぇ、さやかは、シンとこいつに、甘過ぎるんだよ。すいません、おかわり下さい」
「別に甘く無いわよ…知ってると思うけど私…男には厳しいからね」
「僕らには雌雄の区別は無いけどね…」
「さやか…怖いよ」
表情こそ笑顔だったが、背後に浮かべる幻影は阿修羅だ。
ドスの効いた声が、また、不可避の重圧を発生させ周囲の人間に冷や汗を誘発させる。
キュウベエは、笑顔の意味こそ理解こそ出来なかったが、背中に妙な違和感が走り抜けるの
を感じた。
彼"ら"に感情があれば、さやかの発する重圧に股間を冷たくさせただろうが、幸か不幸か感
情が無くさやかの発する重圧を十分の一も理解出来ず、妙な気配を感じた程度に留まったが、
杏子はさやかの重圧に負け半泣きになりながら、無言でコーヒーゼリーを指し出した。
「別に怖く無いでしょ」
客観的に見て、美樹さやかは、暁美ほむらや巴マミに比べても何の遜色も無い美少女だ。
誰にも言った事は無いが、街で何度かスカウトの人間から声をかけられた経験もある。
姐御肌の気さくな性格と時折見せる影、そして、過去の経験から毛嫌いとまではいかないが、
異性に異常に厳しい態度が、妙な色気を生み"後輩"達に絶大な人気を得ている。
ショートカットの中学生時代とは違い、さやかは、高校に入学と同時に髪を伸ばし始めた。
理由はいくつかある。
魔法少女になった事も髪を伸ばした要因でもあるし、親友だと思っていた仁美に幼馴染で当
時の想い人だった上条恭介を取られた事も関係するが、それとは別にただ何となく伸ばした事
も否定できない。
(…あいつの為じゃないけど)
しかし、ショートよりロングが好みとさやかの言う"あいつ"が発言した頃から髪を伸ばし始
めたのも事実だった。
ふと、視線を別の席に伸ばせば、マミに勉強を教えるシンの姿が目に映った。
元々口下手な彼は、人に物を教えるのが苦手だ。
だが、彼は彼なりに不器用ながらも必死のようだ。
時折、顔を赤く染めそっぽを向く理由も心得ている。
、シンの視線がマミの爆乳に向いているのを、さやかは見逃さず、回数までキッチリカウント
している。
後で説教と心底で硬く誓い問題作成に勤しんでいる。
問題を作る時間はゆっくりと流れ、普段の忙しさが嘘のようだ。
決して戻れぬ日常は、感傷だと分かっていても、魔獣が現れない夜は、こんなにも緩やかで
平穏なのかと感傷に浸ってしまう。
「君達は友達想いだね」
「急に何だよ」
カリカリとノートに文字を書く音が小さく聞こえる中、突然キュウベエが突拍子も無く喋り
出す。
「聞こえなかったのかい?君達が友達想いだと言ったんだよ。優しいんだね」
感情を精神疾患と言い切るインキュベーターの口から「友達」と出ただけで驚きなのに、加
えて「優しい」等と飛び出れば、胡散臭さ抜群である。
表が有ろうと無かろうと裏を探ってしまう。
「感情が無いインキュベーターとは思えねえ言葉だな。明日は瘴気が濃いな」
「それは違うよ杏子。確かに僕たちインキュベーターに感情は無いし、君達人類の持つ精神の
起伏は未だに理解不能だ。だけど、感情、喜怒哀楽が無いのと事実から目を背ける事は違う。
僕は純然たる事実を告げているだけで、君達のような関係を統計学的にも生物学的にも友達想
いだと言うんだろ」
「はいはい、そうだよ。統計的に見てあたし達は"仲間"想いだ。ったく、口の減らないマスコ
ットだぜ」
「キャラ付けの為には、関西弁の方が良かったかな?」
「減らず口ばっか言ってる暇があったら、これでも食っとけ」
頼んだばかりのプリンをキュウベエの口へと詰め込み強引に黙らせる。
モゴモゴと必死に口を動かし姿は、可愛らしく彼の本性を知っている杏子が見ても、思わず
和んでしまう。
本当に仕草だけ見れば愛らしいのだが、喋り始めると途端にボロが出る為、非常に残念な生
き物であると思わざる得ない。
「酷いな生き物には適切な食事量があるんだ。過度の食物摂取は有害だよ」
「まだ言うか、こいつは…へいへい、毒舌家のマスコットの方が、あたし達らしくて似合って
る相性抜群だぜ」
「杏子…黙って手を動かす。キュウベエに構ってたら朝になるわよ」
「そうだね杏子。前から思ってた事だけど、君はいつも迅速性にかける。気が付いた時にはい
つも手遅れだ」
「お、お前に言われたくねえぞ、毒舌白兎!」
「杏子…他のお客さんに迷惑でしょ」
さやかに、ジト目で注意され目尻に涙を浮かべ杏子は、キュウベエに抗議の声を上げる。
「見ろ、お、お前のせいでさやかに怒られただろ!」
「自分の失態を僕に責任転嫁してはいけないよ」
「んだと、ここの野郎ぉ、お、表に出ろちくしょう!」
「涙目で言う台詞じゃないね」
さやかは、ポーカーフェイスのキュウベエと涙目の杏子のじゃれ合いに「やれやれ」と溜息
を付き、重い腰を上げる
「もう…これ食べて、落ち着きなさい」
「ふぁ、ふぁんきゅう」
お供のポテトを杏子の口に山盛り詰め込み、もう一度念を念押しする。
突然接近したさやかの唇に杏子が頬を赤く染めるのは、驚いたからで、決して百合的な意味
合いでは無いと信じたい。
「口に食べ物を入れて黙らせるのは君が本家だったんだね、美樹さやか」
「あんまり杏子をからかって遊ばないでよね。杏子は、あいつと同じで頭に血が昇りやすいの」
「それについては謝るよ。君達の反応が実に興味深くてね。インキュベーターらしからぬ行動
だったね」
「楽しんでるでしょ。あんた、やっぱり、感情があるんじゃないの?」
「まさか、重ねて言うけど、僕達には君達のような精神の起伏は無いよ」
「やっぱり楽しんでるじゃない」
「それは無いね。君達人類は相変わらずわけが分からないよ」
キュウベエがお決まりのセリフを口に出せば、後は何を言ってもはぐらかされるだけだ。
インキュベーター"キュウベエ"との付き合いもかれこれ三年。
彼らの"性格"にも十二分に慣れた。
「でも、君は良いのかい?さやか」
「今度は私?それで、何が良いの」
「マミの事さ。ほら、かなり急接近しているように見えるけど」
からかうようなキュウベエの口調に誘われ、マミに視線を向けると、さやかの額に怒りの四
つ角が浮かぶ。
声こそ聞こえないが、手を動かすシンにマミが寄り添い、傍目に見れば恋人同士が逢瀬を楽
しんでいるようにしか見えない。
「別に…あいつが何してようが関係無いし」
そうは言ったが、鼻の下を伸ばすシンにむかっ腹が立つが抑えられない。
文字の筆圧が自然と上がり、ノートに深く皺が刻まれる。
「マミの胸は大きいからね。本人にその気が無くても人類の雄は大変なんじゃないかな」
魔力で視力を強化すれば一目瞭然が、シンの右腕にマミの巨乳がめり込んでいるのが確認出
来た。
中学時代、同年代と比較しても規格外のバストサイズを誇っていたマミだが、高校に進学す
るとサイズはDカップからFカップへと更なる飛躍を遂げ、性長は留まる事を知らない。
さやかも男子禁制のお店で触らせ貰った事があるが我知らず拝み、ほむらは、本気で凹んで
いた。。
まさにマミの胸のポテンシャルは無限大だ。
恐らくマミは、シンの言葉を一言一句危機漏らすまいと、ノート必死で覗きこんでいるだけ
だろう。
本人に誘惑する気が更々無くても、ちょっと体を寄せれば当たってしまうほど巨大で雄大な
乳房の持ち主だ。
そして、彼女は心を許した相手には、酷く迂闊で遠慮が無い所があり油断も隙も無い。
「鼻の下を伸ばしてるね」
「顔を赤く染めているね」
「彼の視線が胸に釘付けみたいだね」
シンの様子を逐一報告するキュウベエにもむかっ腹が立ってしょうが無いが、胸ごときで一
喜一憂するシンも気に入らない。
大は小を兼ねると言うが、大きさだけが優劣を決めるわけは無い。
量より質とは言いきらないが、形とか弾力とか、揉んだ感触とか、大きさ以上に大事な事が
沢山ある事をシンはまるで分かって無いのでは無いか。
「これだから…男って奴は…」
「さやかぁ」
何度も繰り返した事があるのか、ベキリと砕けたシャーペンをさりげなくペンケースに仕
舞い、代わりの取り出す笑顔を取り繕う動作など堂に入り過ぎ役者顔負けの有様だ。
嫉妬では無く、もっと原始的に感情に振り回され、心底腹が立つのだが、それが不思議と
嫌で無かった。
そして、先刻から乙女全開なさやかの様子に杏子は拗ねに拗ねていた。
「不穏な妖気を放ってるのは貴女かしら、美樹さやか。貴女…性懲りも無く、また、魔女化
したいのかしら?」
いつの間にこちらに来たのか。
不穏な空気をまき散らすさやかに、ほむらは、理由を察したのか、呆れた顔で頭を叩いて
正気に戻す。
「何回も聞くけど、魔女化って何よ転校生」
「魔女化は魔女化よ。文字通りの意味でそれ以上でもそれ以下でも無いわ」
「あんたも大概わけ分かんないわよね、転校生」
さやかの呆れ顔に、ほむらは、忍び笑いを漏らし隣に腰を降ろす。
二順目の世界では、まどかの記憶は、ほむらにしか継承されなかった。
あれだけ仲の良かった友達同士でも、まどかの記憶は残らなかったのだ。
自分の執着を除けば、無二の親友だった彼女が、まどかの記憶が残るのが最も可能性が高
かったはず。
しかし、彼女にはまどかの記憶は残らず、彼女の記憶を持つのは、弟であるタツヤを除け
ば、ほむら一人になってしまった。
ほむらは、その事でさやかを責めるつもり毛頭無い。
ただ、交わした約束と願いが無情な真跡となり心に降り積もり、僅かな寂しさが産まれる
のは許して欲しい思っていた。
「我慢は体に毒よ。嫌な嫌。好きならと自己主張しなさい。誰も止めたりしないから」
「べ、別に、あたしは…あいつの事を何とも思って無いし」
「別にシン・アスカの事を言ってるつもりは無いわ。一般論を言っただけよ」
からかわれたと察したのか、さやかは顔を真っ赤にするが、形勢不利を感じたのか、口を
尖らせたまま素直に引き下がる。
「何か言いたいのかしら」
「言わない。言っても返り討ちにされそうだし」
「結構よ。そうね…貴女が魔女化の意味が分かった時、それはきっと奇跡が起こった時ね。
それが私の祈りであり、願いなんだから、寂しいけど、とても喜ばしいことだわ」」
「なにそれ?」
「深くは考えなくて良いから…貴女は今、自分がどうしたいのか、考えなさい」
「どうしたいかって、それは」
僅かな逡巡の後、両頬を叩き気合いを入れ、快活な笑顔でさやかは目を輝かせる。
「取り敢えず…マミさんの麗しいお乳で鼻の下伸ばしてるあいつを引っ叩きたい」
「なら、そうしない。誰も止めないわ。むしろ、やってしまいなさい。カップ数が絶対的な
差で無い事を教えてあげなさい」
「分かってるじゃない、転校生」
「それから言えば交代時間よ、リーダーの世話しっかりお願いね」
「行くわよ杏子。手伝って」
「おっしゃ、任せろ!」
多分杏子は、さやかに構って貰えなかった鬱憤をシンで存分に晴らすつもりなのだろう。
気の毒な事だが、あの男は一度痛い目にあった方が良いと思う。
手を出すなら、何人でも良いから最後まで手を出せば良い物を、皆中途半端に啄ばむか
ら後がややこしくなるのだ。
(女の敵ね)
ほむらは、自分の悲しいくらいに平坦な胸に未来の希望と嫉妬の炎を乗せ、さやかを送
り出す、
バカンとホール中に響いた轟音に耳を傾けながら、ほむらは、瞳を閉じ、ひとりごちる。
『痛っ…つうう。何するんだよ、美樹』
『鼻の下伸ばしてるからでしょ…みっともない。マミさんも。いつまでもこいつにひっつ
いてないで、時間無いんですからね。次は古文です、古文』
『あぁ、美樹さんの意地悪。ね、もうちょっといいじゃない』
『駄目です。時間は有効に使わないといけません。ほら、あんたは、転校生のとこいって
次の問題作りよ』
『分かってるよ』
『あぁん、やっぱり美樹さんの意地悪ぅ』
『覚悟しなよリーダー。あたし達の指導はさやかの胸みたいに柔らかくないぜ。リーダー
にカップは負けてるけどよ。柔らかさなら完封勝利だからな』
ブフォとコーヒーを吐くシンと、さやかに思いっきり引っ叩かれる杏子に「何やってるの
か」と溜息を付き
アイスティーで唇を濡らし、忍び笑いを漏らす。
ドリンクバーで入れたアイスティーは、もう、温くなってしまっていたが、紅茶の苦みが
心地良く、シン達の喧騒に耳を傾けつつ、ほむらは、ほっと一息ついた。
(奇跡はきっと起こる。そうだよね、まどか)
世界は鹿目まどかに犠牲によって一度書き変わった。
祈りが絶望によって消失する魔法少女はもう産まれない。
希望と絶望は未だ等価値である事は否めない。
だが、希望を持って未来に進んで行って良いのだと、概念と化してしまったまどが太陽の
ように照らしてくれる。
まどかが居ない寂しさも孤独も、今の仲間達とならいつかきっと消えて行くのだろう。
だが、今だけは、ほんの今だけは、仲間と共に過ごす幸福とまどかとの記憶に浸っていた
いと思うほむらだった。
朝焼けが酷く眩しい。
時刻は既に午前五時を超え、東の空からお日様がゆっくりと顔を出しつつある。
新聞配達と気の早い早朝出勤のサラリーマンが、足早に駅に向かい歩いて行くが、街は未
だ眠り人の気配はまばらだ。
「疲れた」
「本当…疲れたわね」
小休憩とばかりに、シンを連れ立って店の外に出てさやかはm早朝の心地よい空気を吸い
込む。
夏の心地よい冷気が喉と肺を満たし、特訓で疲れた体に活力が戻って来るのを感じる。
マミの追試特訓は、まさに熾烈を極めた。
何かと騒動が起きる度に脱線し続ける特訓に最終的にほむらがキレた。
ハートマン軍曹並みのシゴキに杏子が真っ先に音を上げ、マミとほむらは最後の仕上げと
ばかり、マンツーマンで最終総ざらいの真っ最中。
鬼気迫る二人の様子は、必殺技でも習得しかねない勢いだ。
「佐倉は?」
「疲れて寝てる。杏子は、頭は良いのに集中無いのよね」
「そっか。あいつらしいよ」
「まぁ…そんな事だろうとは思ってたけどね」
忍び笑いを互いに漏らし頷きあう。
付かず離れず互いが最も心地よい良い距離で交わす言葉は新鮮だ。
仲間と過ごす時間も大好きだが、こうやって想い人と二人っきりで過ごす時間、恥ずかしい
話だがさやかは大好きだった。
背中を駆け上げるくすぐたっさも、頬に走る熱も、彼の動作一つ一つに目を配るのも心地よ
い。
「でも。たまにはこういうのも良いかもね」
「確かに…魔獣と戦うよりはずっといい」
シン・アスカには、三年前以前の記憶が無い。
記憶は無いが、さやかがシンに出会って三年
三年分の記憶と苦楽を共にした思い出は蓄積され、シン・アスカと言う人間を形作っている。
想いを抱くには十分な時間だ。
「あのさ…」
「ん?」
「な、なんでもない」
『私は、あんたがどんな女の子と仲良くしてても構わない。どんな形でも良いから、一緒に居
てくれればそれで良いから』
語尾に進むにつれ段々と小さくなり、さやかの声はシンに届かなくなる。
言えればどんなに楽だろうか。
しかし、魔法少女はベテランだが、乙女は初心者のさやかには些かハードルが高く、伝えた
い気持ちは、いつも三分の一も伝わらない。
「なんだよ、歯切れが悪いな」
「何でも無いわよ、馬鹿!察しなかった罰よ。勉強会が終わったら、私と杏子を連れてデート
に連れて行くこと。これは決定事項よ。拒否権は認めないからね。男の甲斐性なんだから、美
少女二人くらいちゃんとエスコートしなさいよ」
「それ…理不尽だろ」
結局、照れ隠しから大声で自分の気持ちを隠す事に終始徹してしまう。
何とも理不尽な要求を突き付けられ、グッタリと項垂れるシンにさやかの声が重なり、さや
かの気持ちを代弁するように一匹の鳩が夏の早朝の空へと飛び去っていく。
気温がじんわりと上がり始め、夏の日差しが彼女達を包んで行く。
もう数時間もすれば、アスファルトに陽炎が立ち昇る蒸し暑い日常が戻ってくるだろう。
「今日も暑くなりそう」とさやかは背伸びをして、もう一度早朝の空気を目一杯吸い込み、満
面の笑顔でシンへ微笑み返す。
「じゃあ、戻ろっか。転校生だけじゃ大変だろうし」
「ああ」
朝の日差しが、朝顔の夜露に反射し鮮やかに輝き、東の空の雲が本格的な夏の到来を告げて
いるように映った。
交わした約束は忘れない。
例えそれが記憶に残らなくても、心に受け継がれていると信じている。
いつか、きっと、奇跡は起こると信じて戦い続ける。
それが、魔法少女の祈りなのだ。
魔法少女まどか☆マギカRELEASE
幕間"汝、奇跡の対価に何を願うや"
Subject-PUELLA MAGI MAMI MAGICA-
I always have a wonderful time, wherever I am, whoever I'm with.
Confusion will be my epitaph.
最終更新:2011年06月07日 11:13