第四話『LOVEデスティニー』
デルフリンガーと二人の着替えなど、諸々の生活必需品を購入した日の晩、いつものように
才人の部屋へやってきたルイズは、ポテチ片手にベッドでゴロゴロしながら漫画雑誌を読みふけっていた。
実家の母の目に触れようものなら即座に比喩表現でなく怒りの嵐が巻き起こり、
身体一つでの逆スカイダイビングを体験させられそうになるだらしない光景であったが、
このように気兼ねなくくつろげるのは他の誰でもない才人の傍なればこそである。
しかし彼女の胸中にわだかまる悩みごとのせいかその顔色はいささかすぐれない。
「サイトー、やっぱり地球に来れることはしばらく黙ってたほうがいいわよね?」
「そりゃあ住んでたところとはまた別な世界なわけだし、おまけに自分らの人生が、
知らない結末まで漫画やアニメになってるなんていうのはいい気分じゃねえもんな」
ましてやそれが家族の仇によって思い人を喪うという悲惨な結末ならなおさらだ。
シンたちがどのような人生を歩んできたのか確認するにあたり、二人はガンダムSEED
DESTINYを知る友人やネットの評判などから漫画版を選んだわけだが、
かつて目を通したコミックスの中、ベルリンでステラを喪ったシンが慟哭するシーンや、
仇を討って抜け殻のようになってしまうシーンは、ルイズにとってなまじ本人たちを
血の通った人間として知っている分、真実胸に刺さるものがあり痛々しくて見ていられない程だった。
「できたら早いうちに紹介したいけど……ガンダムのことがどうばれるか
わかったもんじゃないし、できるだけ隠しておくべきよね」
「故郷へ帰れるなんて下手に期待させてもかわいそうだしな」
「────へくしっ!」
同時刻、学生寮のルイズの部屋で話題の少年のくしゃみが炸裂した。
「……シン、寒いの?」
「いや、平気だよ。誰かが噂でもしてるんじゃないかな?」
「だめ! 風邪だったらどうするの?」
悪寒も何も無いそれを、生まれつき免疫系を強化されていたために病気には
いささか鈍感になっていた本人は特に気にもしなかったが、ステラはそう思わなかったようで
言うが早いかシンを抱え上げ、以前はルイズが使用していた天蓋付きの豪華なベッド
──彼女と共にこの部屋で寝るようになってしばらく経つが、シンはいまだに
床へ敷いた寝袋の世話になっている──へ横たえると、自らもその隣へと潜り込み身体を密着させる。
その突然の事態に、異性との接触に不慣れなシンは気が気でない。
「ス、ステラ? 一体何を」
「寒いときはこうやって暖めあうといいってシエスタが言ってた」
「何教えてるんだあの人はああああああああ!?」
その意味を微塵も疑っていないようなそぶりで、耳を疑うような発言が飛び出した。
こういうことにはとことん無垢なステラへ余計なことを吹き込んでくれた黒髪のメイドに対し、
彼は叫ばずにはいられなかった。
彼女への気持ちはどちらかといえば庇護欲に近く、はっきり恋愛感情とは言い切れないものであったが、
シンとて思春期真っ只中の青少年。二人っきりの空間で憎からず思っている美少女と
密着して平静を保っていられるはずも無い。それがメリハリの利いた男好きのする体型なら尚更だ。
(これは、流石に……やばいぞ)
早鐘を打つ心臓の鼓動が伝わりそうなほどの距離で、むにむにと形を変える
柔らかな双丘と鼻腔を突く少女の芳香という誘惑に、シンは自らが男であることを
否応無く意識させられる。
「うふふ……シン、あったかい?」
そんななか不意に向けられたひだまりのように暖かで無邪気な笑顔と、心地よい触感でもって
胸板へ攻撃をかける発育の良い肉体のギャップ。
その身を包むのは色気もへったくれもない簡素な寝間着だったが、そんなものは
何の慰めにもならないほどの破壊力と性に無自覚なステラの行動。
召喚されてこのかた無意識のうちにシンを苛んでいた、同胞のいない心細さと
それを埋めようと鎌首をもたげる本能を前に、追い詰められてゆく彼の理性が
限界を迎えたのは当然の帰結であった。
「ステラ……」
彼は囁くように彼女の名を呼ぶと、迷わずその愛らしく健康的な桜色の唇を奪い、貪るように舌を挿しいれる。
縦横無尽に蠢き、口内を舐りまわす異物にステラは戸惑ったが、そのこそばゆくも不思議な感触に
おそるおそる自らの舌を差し出すと、たちまち彼女はシンによって絡めとられ蹂躙されるがままとなった。
互いの唾液を求め合うように抱き合う二人の舌が絡み合い、合わさった唇の隙間から熱っぽい吐息が漏れる。
そうするうちにどれほどの時間が経っただろう。口の中で知らないことなど何も無いとさえ思えるほどお互いを味わった二人は、
銀の橋を架けながらなんとも名残惜しそうに唇を離したものの、しばらく視線を合わせることも出来なかった。
(い、勢いでやっちゃったけど、いきなり舌入れるとか何考えてるんだ俺────!?)
この期に及んで我に返り、茹蛸のようになりながらあわあわとうろたえるシンをよそに、菫色の瞳を潤ませ
頬を桜色に上気させたステラはもじもじとパジャマのボタンをもてあそびつつ、上目遣いに彼へ語りかける。
「シエスタはこうするとシンがよろこぶって教えてくれたけど……今のシン、困ってる。
シンはこういうの、嫌い? わたしどうしたらいい?」
頬を染め、拙くも想い人へ必死に応えようとする彼女のいじらしさに心打たれたシンは、その想いに熱い抱擁と
先程よりもささやかながら愛情のこもったついばむような接吻で応え、ステラの不安を雪へ熱湯を注ぐように蕩かしてゆく。
そしてその行為は少年に自らの気持ちを自覚させる切っ掛けとなった。
「ステラは何も心配することなんてないんだ。最初は驚いたけどうれしかったよ」
そっか、今更になってようやくわかったよ。俺はステラのことが“好き”なんだ! でなきゃこんなにドキドキするもんか!!
彼女にここまでされるまで気づけなかったとかどれだけ俺は馬鹿だったんだ?
恋心を自覚した途端、枯れ草に火を放つがごとく胸の内に熱いものが広がり、愛しさが膨れ上がる。
彼は覚悟を決めると、次なるステップへ足を踏み入れるべくステラを抱く腕を少しずつずらし、
引き締まっていながらも程よく脂肪が乗る、絶妙な丸みを持つ尻へその両手を伸ばした。
詳細は省かせていただくが、その夜一匹の黒兎が飢えた野獣と化して、いたいけな仔犬を
その毒牙にかけた。とだけ言っておこう。つーか兎に牙なんかねーよ。
何で私がこんなことを……というルイズの愚痴をBGMに、ぐるんぐるんじゃぶじゃぶとシーツは回る。
粗相してしまった生徒がメイドに隠れてこっそりと洗濯するのは学院でも稀に見られる光景であったが、
ルイズが自ら杖を振り、シーツを洗っているのは彼女の名誉に誓ってそういうことではなく、
もちろんこれはシンとステラが毎晩眠るベッドに敷かれているものに相違ない。
「ミス・ヴァリエール?」
ぎゃあ! 間の悪いことに現れてしまったシエスタに、ルイズは悲鳴を上げた。
「シ、シエスタちがうのよこれはわたしがやったわけじゃなくて……」
その桃色の髪と区別できないほど頬を染め、泡を食ったようにしどろもどろで弁解に終始するルイズを
見てしまったシエスタは、にっこりと見なかったことにして自分の仕事に取り掛かる。
しかしそのさなか、彼女は不意に桶の中で流転していたシーツに見慣れぬ赤茶けた染みを見つけてしまい、
その艶やかな髪とお揃いの黒い瞳を驚愕に見開いた。
「────あら! こ、これってもしかして…………まあ」
「……だって、こんな染み、ステラに任せられないじゃない」
そういうことだった。ちなみに、ステラと睦みあっていたシンがルイズに発見された際、
床の上に正座で説教されたのは言うまでもない。
「ねえルイズ」
「なによ授業中に?」
時は午前、処は教室、コルベールが教鞭を執る火の授業の最中、珍しくルイズの隣へ
やってきたキュルケはひそひそと彼女に囁きかけた。
「ゆうべあなたの部屋からあの最中の声が聞こえてきたんだけど……
まさかダーリンをものにしたわけ?」
ヴァリエールのくせになかなかやるわねー。などという誤解以外の何物でもない一言に
ルイズは額を机に激しく激突させ、次いで瞬間湯沸かし器の如き様相でキュルケへ猛抗議する。
────バン!
「シンとしてたのはあたしじゃないわよ!!」
水を打ったように静まり返り、机を叩いて立ち上がったルイズへ視線を集中させるクラスメイトたち。
遅まきながら自らの行動に思い至った彼女は顔面から火を噴きつつ、酸素を求める
金魚のようにぱくぱくと口を開閉する。
おいおい、ルイズのやつ平民がしてるところをじっくりねっとり観察する趣味があるらしいぞ?
真面目なのと家柄だけが取り柄だと思ってたけど意外とムッツリだったのね。
など噴飯もののざわめきをBGMに、崩れ落ちるように机に突っ伏した彼女は
「私そんな子じゃない……むっつりなんかじゃないのよぉ……」と頭を抱え、
羞恥心のあまりわんわん泣き出してしまうのだった。
「これが若さか」
授業が滅茶苦茶になる中、事の次第を察したコルベールの言葉が教室の喧騒に呑まれ
むなしく溶けてゆく。
「じゃあシン、テキストの五十七ページから付箋の付いているページを読み上げて頂戴」
「……“俺は取り返しの付かないことをしてしまった”」
「そう、意味は確かにその通りなんだけど、原文では“俺はミルクをこぼしてしまった”
という慣用句になっているわ。翻訳魔法を鵜呑みにせず原文との差異を意識して
文章を読み解くと、より理解が深まるわね」
ルイズが教室で赤っ恥をかいているのと同じ時刻、使い魔シン・アスカと
ステラ・ルーシェを生徒役に、学院の図書館で開かれているのは“ルイズ先生”主催の勉強会であった。
言葉こそ不自由なく通じるが読み書きだけが出来ないという不都合を解決するために、
彼女は彼らに勉強を教えているのだ。
「次はステラ、六十六ページの文章を“ゲルマニア語”で読んでごらんなさい」
「いっひ・とりんけ・びあー、いっひ・とりんけん・あるこほるげるん」
「よろしい。同じ内容を今度は今まで通りガリア(共通)語で」
「私は麦酒を飲みます、それだけでなくお酒全般をたくさん飲みます」
さすがに慣れない外国語は発音や単語の抜け落ちなどいささか乱れがあるようだが、
おおむね意味は通っている。生徒たちの飲み込みの速さに満足げにうなずくルイズは、
その他にもハルケギニアの度量衡(サント、メイル、リーグ:長さ、それぞれcm、m、
kmに相当。リーブル:重さ、約0.47kg相当)や通貨単位(エキュー:金貨、
新金貨:四分の三エキュー、スゥ:銀貨、ドニエ:銅貨)、生活するうえでの決まりごとなどを講義した後、
昼休みの開始を知らせる鐘の音とともにその役目を終えた。
「ありがとうございました」
片手で握れる大きさの木彫りの人形へと変わってしまったルイズへ丁寧に礼を述べたシンたちは、
彼女を勉強道具とともに鞄へしまいこむといつも通り厨房へ食事に向かった。
種を明かせばこの人形の名はスキルニルと言い、血を受けた人間の姿や能力を
そっくり写し取るマジックアイテムである。
これこそは曲がりなりにも優等生で通っているルイズが、いかに授業をサボらずに
彼らへ勉強を教えるかという一点において考案した“ダブルイズ”作戦であったが、
肝心の本物ルイズがもはや授業どころではない状態にあることを彼らは知る由も無い。
□□□□
「おじさーん! 今日もこの子のご飯お願い!!」
「おうよ、任せとけ!!」
魔法学院の広場へ竜が舞い降り、その背に跨る少女、マユが厨房のマルトーへ残飯をねだる。
彼女がこの学院への配送を受け持つようになってからすっかりおなじみとなった光景だ。
彼女はいつも仕事に使っている風竜だけでなく、故郷の村にも何匹かの竜を持っているが、
さすがに大食らいの竜を何匹も世話するためには周辺の野生動物だけでは賄いきれず、
このようにかわりばんこに連れてきては厨房から大量に出る残飯を分けてもらうのが日課となっていた。
「ステラ嬢ちゃん、頼んだぜ!」
「わかった!」
「おや、新顔のメイドさんだ」
「この嬢ちゃんはな、ベテランのメイド連中でも腰が退けちまうような
物騒な使い魔にも恐れずに餌をやる達人なのさ」
マルトーが呼んだ見慣れぬメイド、ステラの姿を目に留めたマユは、彼の説明に
へー、まるでわたしみたいと感心する。
「でもお姉さん、うちのジークはなかなかに凶暴でね。わたしも油断した隙にホラ、
右腕をガブリとやられちゃったことが……」
などと意地悪な笑みを浮かべて袖をまくり上げ、肘の辺りから両断されたかのような
傷痕を見せ付けるマユ。無論この古傷は咬傷などでは決して無く、彼女十八番のブラックジョークである。
「本気にするからやめなってばー!」
「もう、新しい子が来るたびにやらかすんだからこの子は」
ステラがマユの痛ましい傷痕に目を丸くするのと同時に、即座に呆れたり
たしなめる声が厨房に満ちる。この勤労少女は、いまやすっかり使用人たちの仲間として
溶け込んでいるのだった。
餌の場所を訊き、火竜ジークのもとへステラが向かうのと入れ替わるように
マユの目の前へ賄いのシチューと白パンが運ばれてくる。
「んー! やっぱりマルトーおじさんの料理ってサイコー!! この味に慣れちゃったら
ほかの料理なんて食べられないよ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。ホレ、遠慮なんてしねえでどんどん食べな!」
舌鼓を打つ少女と同じく、厨房の外では十五メートルもの威容を誇る、真っ赤な鱗も鮮やかな火竜が、
うずたかく積まれたローストチキンの山をパクつき、嬉しそうにビャアビャアやかましく鳴いては
その味に目を細めている。基本的に火山の近くに生息する火竜は、仕留めた獲物を
地熱で蒸し焼きにして食べる習性があるため、調理済みの肉が大量に手に入る
アルヴィースの食堂は格好の餌場なのだ。
「ほら、いっぱい食べてね」
荷車で残飯を運びつつ火竜に餌をやるステラを横目に、シンへ食後の紅茶を手渡した
シエスタは、彼がそれを口に含むのを見計らったように爆弾を投下する。
「……で、ミス・ヴァリエールのお味はいかがだったんですか? シンさん」
「ブ────!?」
見事なほど霧状に噴出されたお茶が、シンの顔前に鮮やかな虹を描く。
「ゲホ、ゲホッ……なんでそうなるんだよ!? 俺が一緒に寝たのはステラ────あ」
語るに落ちるとはまさにこのこと。チェシャ猫のようにニンマリと笑みを浮かべた
シエスタの表情でカマを掛けられたことに気づいた彼は、余りの恥ずかしさにその白皙を桜色に染めた。
「ゆうべ、もにょったんでしょ?」
「も、もにょったって何だよ!?」
「言わせないでください」
なら言わなくていいよ。昨夜のことを根掘り葉掘り突いてくるシエスタにたじたじとなっている
シン・アスカは切実に思った。
「ばれてないとでも思ったんですか? ステラさんの歩き方もぎこちなかったですしー、
シーツにも変な染みが付いちゃってましたしー。あれはもうゆうべなにかありましたって
宣伝してるようなものじゃないですか。いやー、それにしてもお顔を真っ赤にして
必死に染み付きシーツの言い訳するミス・ヴァリエールったら可愛かったなあ……」
もし許されるなら妹にしたい。などとアレなことをぬかして悦に入るシエスタに、
シンはもうこの人何とかしてくれとばかりに頭を抱える。
その笑みもさることながら、黒髪と日に焼けた浅黒い肌も相まっていたずら好きな
黒猫を思わせる彼女の追及は、うろたえ赤面するシンの弱みを巧みに突くように
エスカレートしており、傍目には逆セクハラと言われてもあながち否定できない。
「おやまた新顔さんだ。もしかしてシエスタさんの彼氏?」
「ち、ちがいますよ~、この人はステラさんのいい人です!」
「ま! このお姉さんも可愛い顔してやることやってるのね」
「うん、ゆうべもがんばりすぎちゃって、起きたときルイズに怒られちゃった」
「ステラアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ステラが、シエスタに汚染されてゆく。絶望のあまりがっくりと膝を折る彼は、
その脳裏に高笑いを浮かべる黒髪メイドの姿を幻視した。
食事を終え厨房から出てきたマユが、ジークのそばでわたわた赤面するシンと
それをからかうシエスタたちを冷やかす中、彼女はシエスタの口から聞き捨てならないことを耳にした。
「しかもですよ、このシンさんは貴族三人を相手に一歩も退かず、
愛するステラさんのために勝利を掴んだとっても凄い人なんです!!」
「ああ、みんなが言ってた我らの剣ってこの人……シン?」
はっとして彼を注視したマユは、その瞳に忘れようも無い紅を見た。それだけで良かった。
二人が互いを理解するのにそれ以上の言葉は必要ない。
「おにい、ちゃん?」
「マユ、なのか?」
「────おにいちゃん!」
「────マユ!」
見つめあう互いの瞳に涙がにじみ、どちらとも無く二人は抱擁を交わす。
その光景は引き離された兄妹が、別離の時間を取り戻そうとしているかのよう、
否、ともすれば睦まじい恋人同士の劇的な再会と見えぬことも無い。
過ぎ去った月日は思春期を迎えた彼女の肉体に見違えるような女らしさを与えており、
かつて十に満たない幼子とは思えぬ発育を誇っていたマユは、いまやシンと同年代と言い張っても
通じそうなほど美しく健やかに育っていた。
「大きく、なったな。綺麗になりすぎててわからなかったよ」
「おにいちゃんも、たくましくなった。こうしてると良くわかるよ」
突然の事態に蚊帳の外へ置かれたシエスタとステラは顔を見合わせるしかない。
「ステラさん、なんなんですかこれ」
「ステラわかんない」
しかし目の前で抱き合う二人を見ていると、シエスタの胸中にふつふつと黒いものが湧いてくる。
ステラさんというものがありながら……あれか、釣った魚に餌はやらないタイプなのか。
おまけに節操なしかこの淫獣! 爆発しろ!!
「ああ、紹介するよ。マユは俺の妹なんだ」
彼女の脳内がそんな思考に染まるなか、当事者であるシンによってされた発言によって、
シエスタは混乱の渦中へ蹴落とされる。
「いやいやいやいや! おかしいでしょう!? そこまで熱烈なラブシーン演じておいて、
妹ぉ? 馬鹿にしてるんですか!?」
そんなことを言われたって困るだろう。兄妹は互いに顔を見合わせ、どうしよう?
とでも言いたそうな心底困った表情を浮かべた。
「あー、シエスタ。初めて会ったときに、俺がここに来る前は軍隊に居たって話したよな?
今までマユは、俺が軍に行く前に起きた戦争で両親と一緒に死んだとばっかり思ってたんだ」
シンはとりあえずほあー! と奇声を上げつつ荒ぶるほっちゃんのポーズをとっている
黒髪メイドを落ち着かせるため、今まで他人にベラベラ語ることも無いと省いていた、
戦争で家族を喪い外国へ移ったという軍に入るまでの大まかないきさつを説明する羽目になった。
「え……? シンさん、ご家族を亡くされてたんですか?」
それを聞いた彼女は、冷や水を浴びせられたように落ち着きを取り戻す。
「あまり人に話すことでもないから黙ってたんだけどな。それで死んだと思ってたマユが
こうして生きてたのが嬉しくてさ、つい胸がいっぱいになっちゃったんだ」
「でもマユ、お前どうしてここに居るんだ? その右腕だってあの時ちぎれたんじゃ……」
シンは胸に顔を埋めたまま離れようとしない妹の頭を撫でながら、抱いて当然の疑問を口にする。
その問いに答えるべく、マユはシャツの袖で涙をぬぐいながら気持ちを落ち着け、
徐々にではあるが口を開いた。
「わたしね、四年前にある女の人の使い魔になったの。その人はすごく優しい人でね、
大怪我してたわたしを普通の生活が送れるくらいまで治してくれたんだ」
そう言って捲り上げられた右腕には、接合した跡であろう古傷と、使い魔として
契約した証であるルーンが刻まれていた。そのルーンは、読めるものが見れば
始祖の使い魔の一角を担う神の右腕と同じ“ヴィンダールブ”と読めただろう。
「ここが地球じゃないってわかって、もうおにいちゃんには会えないんだって知ったときは
すっごく悲しかった。でもね、使い魔になってどんな動物とも仲良くなれるって知ってからは、
もう二度と手に入らないくらい貴重な薬を使い切ってまで助けてくれたおねえちゃんのために
少しでも恩返ししようっていろいろ教わって、去年の始めごろからこっちで竜便を始めたの」
「お前も使い魔になってたのか!」
「お前もって、まさかおにいちゃんも?」
問いに答えるようにシンはマユの目の前に左手を翳す。そこにはガンダールヴの文字が
その存在を主張していた。
「わあ……途中から同じ字、おにいちゃんとおそろいだ」
その綴りの共通点を目ざとく見出したマユは、感嘆の声を漏らす。
「でも召喚されたのが四年前だって? オーブが連合軍に攻められたのは二年前だぞ?」
「え……? おにいちゃんはいま何歳で、使い魔になったのって、いつ?」
「十六歳。今月始めごろに“春の使い魔召喚”って儀式でこっちに呼ばれた」
「どういうことなの? 呼ばれた時間がこんなにずれてるなんて……」
そんな二人のやり取りに、首をかしげたシエスタがおずおずと手を挙げる。
「あのう、さっきから二年前とか四年前とか、一体何のお話なんでしょう?」
「ああ、俺たちが使い魔になった時期がずれてるのはおかしいなって話。
マユは四年前に召喚されたって言うけど、家族が死んだ戦争は二年前に起こったんだ」
「不思議なこともあるものですね……」
「まあ俺は学者じゃないからどうしてそうなったのかいつまでも考えてても仕方ないけどな」
「そうそう、理屈なんかどうでもいいよ。おにいちゃんがここに居るっていうだけで充分だもん!」
埒の明かない疑問を一言で片付けると、マユは兄とのスキンシップを再開した。
「う~~~~」
だが面白くないのは先ほどから除け者にされているステラである。
彼女はマユに笑顔を向けるシンの姿を見るたびに胸へ奔る言いようのない痛みを覚え、
その幼い心を悩ませるのだった。
「あら、ずいぶん楽しそうじゃない」
「あ! ルイズさん!!」
「ミス・ヴァリエール、ごきげんよう」
そんななかやってきたのは食事を終えたルイズだった。彼女は竜便の少女も交えて語らう
使い魔たちを慈しむように目を細める。
今朝はおどろいちゃったけど、まあ恋人同士ならそういうことになるのは仕方ないだろうし、
ここは主人として器の大きさを示しておくべきよね。
朝のハプニングを水に流し、そんな“余裕のポーズ”で接する彼女だったが、
ふと状況に違和感を覚え疑問の声を上げた。
「ステラ、どうかしたの?」
「なんでもない」
恋仲となったシンをよそに、目を伏せどこか寂しげにうつむくステラの姿に原因を察したルイズは、
これみよがしに“僕たちのせいです”というプラカードを掲げる二人に歩み寄ると
その柳眉を吊り上げ、頭上に雷を落とす。
「ちょっとシン! ステラほったらかしにして他の女の子とベタベタするとかなに考えてるの!?」
その剣幕に驚いたシンは、あわてて彼女の誤解を解こうとする。
「ま、まってくださいよルイズさん!」
「おにいちゃん、この人誰?」
「……へ? おにいちゃん?」
「妹なんです! 他の魔法使いに召喚されてた!」
「な、なあんだ。てっきりあんたが公然と浮気でも始めたのかと……」
シンの浮気が自分の勘違いと悟ったルイズは妹という事実にほっと胸をなでおろす。
そんな彼女を前に、俺ってそんなに女にだらしなく見えるのか? と主人による評価に
へこみつつ、彼はあらためて妹をルイズへ紹介する。
「この人が俺とステラを召喚したルイズさんだ。こっちは俺の妹のマユです」
「はじめまして、マユ・アスカです。兄がお世話になってます!」
「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールよ。平民でそこまで竜に乗れるなんてすごいのね」
本来貴族と平民の間には深い溝が出来ているものだが、そんなものは関係ないとばかりに
二人はごく自然と握手を交わす。しかし傍から見れば十六歳のルイズと十三歳のマユは、
発育のせいか互いの年齢が逆転しているようにも思えるのはご愛嬌だ。
「それにしてもあなたを召喚したメイジってすごい水の使い手なのね。
もげた腕もすっかりくっついてるし、いっぺん死に掛けた娘とは思えないわ」
ルイズはマユの傷痕を見、かつて行われたであろうその巧みな治療に感心した。
だが、何の気なしに放たれたその一言は致命的なほどまっすぐに使い魔の疑心へ突き刺さる。
「なあ、ルイズさん────アンタ、なんでマユが死んだって知ってるんだ?」
シンは家族の死をまだシエスタにしか話していない。それにマユ・アスカが
どのように死んだかなどという、ハルケギニアの人間には決して知りえないことを口にした主に対し、
彼は今まで見せたことのないほど警戒心を露にした。
「ねえおにいちゃん、この人ハルケギニアの貴族だよね? なんでわたしの腕がもげたって知ってるの?」
「…………ごめんシエスタ、この子達に話があるからしばらく席を外すわ」
兄妹の反応にルイズはしまった! とでも言いたげに身を強張らせると、観念したように首を振り、
戸惑うシエスタへ断りを入れてシン、ステラ、マユの三人についてくるよう促すと
重い足取りで寮の階段を上ってゆく。
「さて、何から話せばいいのかしらね」
自分は椅子に、三人をベッドへ座らせた彼女は、深々とため息をつくと重々しく口を開いた。
「そんなの決まってる、俺の質問に答えてくれ」
するとルイズは部屋の隅の箪笥を指し示し「答えは簡単、私が地球に行ったことがあるからよ」
と事も無げに言う。
予想外の答えに息を呑むマユと、地球……ネオに会えるの? と期待の目を向けるステラ、
こいつは何を言っているのだという顔のシンを前に、ルイズの唇は滔々と言葉を紡いでゆく。
「あんたには前にこの箪笥は私の恋人の部屋に繋がってるって言ったでしょう?
────私の恋人は地球人なの」
それを聞いてシンは立ち上がり、掴みかからんばかりに激昂した。
「アンタ……俺を騙してたのか!? 元の場所へ送り返す魔法は無いって言っておいて!!」
「黙ってたことは謝るわ。でもあの時はそんなこと伝える余裕なんて無かったじゃない」
「そ、それは……」
「でもね、私コズミック・イラには一度も行ったことがないのよ」
正論で冷や水を浴びせられたシンをよそに、ルイズは机の引き出しから取り出した
ピンク色の携帯電話でどこかへとメールを打つと、彼にとって聞き捨てならないことを漏らす。
「だって私が行ったことがあるのは二十一世紀の地球で、あんたたちの住んでた世界が
テレビ番組や漫画の舞台として出回ってる世界なんだもの」
「なんだよ、それ」
「論より証拠、説明するより見たほうが早いわ。ついてきなさい」
そう言ってルイズは自分そっくりに化けさせたスキルニルへ残りの授業への出席を命じると、
毎朝顔を出す箪笥の引き出しを開け、迷うことなくその中へするりと入り込む。
指示に従い一歩遅れて彼女の後を追った三人を襲った、足元がおぼつかなくなるような
奇妙な浮遊感の後に、目の前に広がっていたのは学院の寮とは比べるべくもない六畳ほどの洋室だ。
目に飛び込んでくる壁に据え付けられたエアコンや机の上のパソコン、天井の蛍光灯などの電化製品が、
ハルケギニアへ来て以来シンたちが忘れかけていた、現代文明への郷愁を思い起こさせる。
「コズミック・イラのお客さま方、ようこそ地球へ。歓迎するわよ」
自分たちの出てきたクローゼット内の姿見を背にしたまま、あまりのことに呆然とする
彼らをルイズは芝居がかった口調で出迎える。
狐につままれたような顔で辺りを見渡すステラ、マユとともに、足拭きマットの敷かれた
クローゼットから、彼女に手渡されたスリッパに履き替えて出てきたシンは、
「これがあんたたちの出てくる漫画」と差し出されたコミックスを見て打ちのめされてしまう。
何せ「機動戦士ガンダムSEEDDESTINY」と記されたその表紙に躍っていたのは
シンと思しき黒髪赤目の主人公と、勇ましくライフルを構えるトリコロールのフォースインパルス。
トドメに中を見てみれば、フリーダムが終結させたヤキン・ドゥーエ戦に続いて
オノゴロ島で家族を喪った時の光景が冒頭からしっかりと描かれている始末。
そのまま椅子代わりにあてがわれたベッドの上でページを進めていくうちに、
ステラの死とアスランの離反、ザフトの敗北という結末を目にして頭を殴られたような
衝撃を受けたシンは返す言葉も無くうなだれた。
両隣で彼のめくるページを追っていた二人も、その結末にかける言葉も無い。
せめてもの救いといえば、主人公シン・アスカが全てを出し切った果てに迎えた自身の敗北を
納得して受け入れた、というところだろうか。
「……ステラもネオも、死んじゃった」
こんなのステラ、嫌。彼女は言葉少なにそう漏らすと、コミックスを遠ざけて膝を抱える。
序盤でいきなり殺されてしまったマユも、この物語の存在に困惑を隠せない。
────やっぱりステラはあのままじゃ助からなかったのか。
うすうすとは感じていたものの、いざその現実を見せ付けられるのは言葉に出来ないほどに辛いものだ。
それにあの時彼女を返そうとしたネオ・ロアノークという指揮官がいくら善人だったとしても、
彼らの生殺与奪を握るブルーコスモスの盟主であるジブリールの命令には逆らえなかったのだろう。
“ステラは……俺たちは……戦って……勝ち続けるしか……生き残る術はない!!”
シンの中で漫画のネオの発した言葉が何度もリフレインし続ける。
「……C.Eに帰せなんて言われても嫌よ。漫画じゃ助かったけど、これだけ長い間
ほっつき歩いていた兵隊が、今更戻ってきて無事に済むと思う?
それに、せっかくステラが助かったのに、妹だって生きていたのに、
アンタこの娘たちを一人ぼっちにするつもりなの?」
深刻な彼の表情を見て、いつC.Eに帰せと言い出すか気が気でないルイズは
シンが早まった真似に走らないよう釘を刺そうとする。
「だめ、一人は嫌! シンも一緒がいい!!」
「そうだよ! わたしだってもうおにいちゃんと離れたくなんて無いよ!!」
それを聞いて血相を変えた二人の少女は、今にも死んでしまいそうな彼にすがりつくが、
本人の返答は意外にも使い魔生活の肯定だった。
「……心配しなくても、ステラとマユを置いていったりなんか絶対にしないよ」
二人を安心させようと微笑んだシンは、両腕に抱いた彼女たちの頭をくしゃりと
やや乱暴に撫でながら、自らにも言い聞かせるかのように耳元へ囁く。
「本当? 約束だよ!」
向こうへ残してきたミネルバの仲間たちは確かに大事だ。だがそれ以上に、
この手に抱いたステラのぬくもりや生きていたマユ、魔法学院の人々との触れ合いは
シンの中で大きなものとなっていた。
「では改めまして、わたしマユ・アスカ。今はトリスタニアの居酒屋、“魅惑の妖精亭”に
下宿しながら運び屋やってます! 御用の際はぜひ、我がウエストウッド運送にお任せあれ!」
「ステラ、ステラ・ルーシェ。トリステイン魔法学院で使い魔たちの世話係やってる。
あとシンの“奥さん”! よろしくね、マユ」
「あははは……そっか、奥さんか。じゃあステラさんはマユのおねえちゃんになるんだ
…………よろしくね」
にこやかに握手を交わす二人だったが、世の男が見れば十中八九が魅力的だと答えるだろう
その愛らしい笑みは背筋が薄ら寒くなるほどに作り物めいており、彼女たちの纏う空気は
ある種の圧迫感すら伴って聴覚で感じ取れそうなほどに部屋を震わせている。
(ちょっと、あんたの彼女と妹でしょ!? なんとかしなさいよ!)
(なんとかって何するんです!? 俺だってまだ死にたくないですよ!! ルイズさんこそ
魔法で何とかしてくださいよ!!)
背後に狼と竜の幻影を背負って向かい合う彼女たちを前に、シンとルイズはどうすることも出来ずに
うろたえるばかりで、この状況に割って入ることもなく解決役を押し付けあっていた。
これを情けないと思う無かれ。誰だって命は惜しいのだ。
余談だが、この針のむしろ同然の状況を救ってくれた才人の母がお茶菓子とともに現れた際、
二人は涙ながらに平身低頭し感謝したことは言うまでもない。
その後、母親に「あんたの留守中にルイズちゃんが他の男を連れ込んだわよー」などと
有ること無いこと吹き込まれた才人が、「母ちゃん! 冗談でも言っていいことと
悪いことがあんだろー!!」と高校から怒鳴り込んできたり、使い魔トリオが久方ぶりの
コーラとポテチに舌鼓を打つなど、少々のアクシデントこそあったものの終始にぎやかに
進行した地球訪問は、そんなこんなでお開きとなり、三人は名残惜しくもハルケギニアへ帰還した。
「ねえルイズさん、最後に一つだけいいですか?」
「……俺たちを助けてくれたのは、俺たちが漫画のキャラだったからですか?」
「そんなわけないでしょ。調べてみるまであんたらの素性どころか、ガンダム自体
ほとんど知らなかったわよ」
ルイズは盛大にため息をつくと、そんなの当然でしょ? とばかりに言い放つ。
「それだけ聞ければ十分です。今日はすいませんでした、それじゃ」
赤い夕陽が部屋を染める中、クローゼットへ消えてゆく使い魔の姿に、彼女は明日もまた
いつもと同じ日常が訪れることを切に願うのだった。
最終更新:2011年11月23日 15:55